今日もはよからせっせせっせとネットを徘徊しながら内職に励んでいると(オイオイ)、突然のケータイコール。クルマ屋さんから「本日納車できそうです、夕刻4時にはすべての準備を済ませておきますので、ご都合がよろしければお越しください。」とのこと。
うぃっし!キタ キタ キター おクルマ キター
てな感じで、「はい、それでは5時に銭もって伺います」といって電話をきった。それから浮かれ気分でお仕事していたので天から”喝”がはいったのか、製造上の不備をあきらかにしただけで、ピリットしないサポートぶりに人民の怒りをかったSEAGATE製1Tハードディスクがエラーをはきまくりシステムがダウンした。
おぉお、ついにきたるべき時がきたかと腹をくくったのだが、あれやらこれやらいじくりまわしたところ、最初は通らなかった再アクティブ化に成功。このたびのおクルマ問題でまた借金を抱えた身では、速攻ハードディスクを買い換えるわけにもいかず、チェックディスクコマンドで精査して使用継続をきめる。
ディスクも1Tとなると4から5時間は余裕でかかる。あ〜ぁ、とふてくされていると、またまたケータイコール、近所の同業者からお仕事の依頼をうけた。「ちょっと打ち合わせしない?」「もち、それなしには乗るも降りるもきめられないよ。でもいまクルマなくていけないんだけど」「ほじじゃあ、むかえにいくから」
てなわけで、送迎つきで打ち合わせにいってくる。たった2日でやりきれとの無理な仰せ、どうかんがえてもサイテー3日はかかるぜ、という内容にかなりつっこんで話を詰めていたら、もうじき5時。
結局はいろいろしがらみがあって、とてつもなく大ごとしなくてはならないことは分かっていても断れず話に乗った。大急ぎで家に帰り”銭”もってクルマ屋にGO!GO!! 商用車なので派手さは一切ないがまばゆいばかりに真っ白く光り輝く新車が目に入った。「あ!これだ、このクルマだ」とおもいつつ店内にはいり、残りの手続きと説明を聞いて”銭”をはらった。
「クルマの取説をさせていただきます、乗ってみてください」の言葉に、運転席に腰をおろし各所の操作の説明をうけたあと、「それじゃあ、いろいろとお世話になりました」といって帰ろうとしたとき、営業さんが「薩長さんお預かりしていたクルマのなかに何か必要なものは残っていませんか。スクラップにしますので」と呼び止めた。じたばたと大急ぎで預けたときのことをおもいおこし、降ろしていないものもあるかもしれないとおもいクルマが置かれた立体駐車場へ足をはこんだ。
立駐のフロアーの片隅にクルマはあった。車内には若干の荷物と領収書、そして要か不要か微妙な書類が残されていた。そそくさとそれらをまとめ小脇にかかえてドアを閉めたとき、なんとも不思議な感情がこみあげてきた。べつに命あるものでもないのだし、すぐに忘れてしまうことなのだろうけど、寂しさのようなおもいが確かにあった。些細なことだが、クルマがかわるという環境の変化に違和感をおぼえる歳になったということか、はたまたこのクルマにのって四苦八苦してきたことの記憶がフラッシュバックしているのか、そのあたりのことは門外漢の私にはわからないれど。
すっかり艶がとんだ塗装、あっちこっちの傷やへこみ、汚れを確認するようにクルマの周りを一回りしてから、
「おつかれさま、そしてありがとう」ってつぶやいてふりかえらず新車へといそいだ。「オレってへんだよなぁ」なんておもいながら。
”たわいもない話”の王道でした。 おはり
今日 机を占拠しているのはうりちゃん 顔がでかい。車一台でセンチはいってたら
この子が逝った時はどうなることやら やれやれ

うりに追われて窓辺でふてくされているのはみこちゃん 最近すごくおデブ
ちょっとまずいかも

うぃっし!キタ キタ キター おクルマ キター
てな感じで、「はい、それでは5時に銭もって伺います」といって電話をきった。それから浮かれ気分でお仕事していたので天から”喝”がはいったのか、製造上の不備をあきらかにしただけで、ピリットしないサポートぶりに人民の怒りをかったSEAGATE製1Tハードディスクがエラーをはきまくりシステムがダウンした。
おぉお、ついにきたるべき時がきたかと腹をくくったのだが、あれやらこれやらいじくりまわしたところ、最初は通らなかった再アクティブ化に成功。このたびのおクルマ問題でまた借金を抱えた身では、速攻ハードディスクを買い換えるわけにもいかず、チェックディスクコマンドで精査して使用継続をきめる。
ディスクも1Tとなると4から5時間は余裕でかかる。あ〜ぁ、とふてくされていると、またまたケータイコール、近所の同業者からお仕事の依頼をうけた。「ちょっと打ち合わせしない?」「もち、それなしには乗るも降りるもきめられないよ。でもいまクルマなくていけないんだけど」「ほじじゃあ、むかえにいくから」
てなわけで、送迎つきで打ち合わせにいってくる。たった2日でやりきれとの無理な仰せ、どうかんがえてもサイテー3日はかかるぜ、という内容にかなりつっこんで話を詰めていたら、もうじき5時。
結局はいろいろしがらみがあって、とてつもなく大ごとしなくてはならないことは分かっていても断れず話に乗った。大急ぎで家に帰り”銭”もってクルマ屋にGO!GO!! 商用車なので派手さは一切ないがまばゆいばかりに真っ白く光り輝く新車が目に入った。「あ!これだ、このクルマだ」とおもいつつ店内にはいり、残りの手続きと説明を聞いて”銭”をはらった。
「クルマの取説をさせていただきます、乗ってみてください」の言葉に、運転席に腰をおろし各所の操作の説明をうけたあと、「それじゃあ、いろいろとお世話になりました」といって帰ろうとしたとき、営業さんが「薩長さんお預かりしていたクルマのなかに何か必要なものは残っていませんか。スクラップにしますので」と呼び止めた。じたばたと大急ぎで預けたときのことをおもいおこし、降ろしていないものもあるかもしれないとおもいクルマが置かれた立体駐車場へ足をはこんだ。
立駐のフロアーの片隅にクルマはあった。車内には若干の荷物と領収書、そして要か不要か微妙な書類が残されていた。そそくさとそれらをまとめ小脇にかかえてドアを閉めたとき、なんとも不思議な感情がこみあげてきた。べつに命あるものでもないのだし、すぐに忘れてしまうことなのだろうけど、寂しさのようなおもいが確かにあった。些細なことだが、クルマがかわるという環境の変化に違和感をおぼえる歳になったということか、はたまたこのクルマにのって四苦八苦してきたことの記憶がフラッシュバックしているのか、そのあたりのことは門外漢の私にはわからないれど。
すっかり艶がとんだ塗装、あっちこっちの傷やへこみ、汚れを確認するようにクルマの周りを一回りしてから、
「おつかれさま、そしてありがとう」ってつぶやいてふりかえらず新車へといそいだ。「オレってへんだよなぁ」なんておもいながら。
”たわいもない話”の王道でした。 おはり
今日 机を占拠しているのはうりちゃん 顔がでかい。車一台でセンチはいってたら
この子が逝った時はどうなることやら やれやれ

うりに追われて窓辺でふてくされているのはみこちゃん 最近すごくおデブ
ちょっとまずいかも

肩こり指数 ★★☆
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ところで物理的諸力に関するいわゆる規則なるものの建前から言っても、戦争指導の理論が精神的量を理論の限界外に追放することは許されない、物理的諸力の効果は精神的諸力の効果と完全に融け合っているので、科学的手続きによって合金を分析するのとは異なり、両者を分離するわけにいかないからである。物理的諸力に関するどんな規則をとりあげてみても、理論はそこに精神的量の関与している事実を認めざるを得ないだろう。もし理論が、自説を一方的に主張する断定的命題の定立を能事とすべきでなければ、理論における精神的量の時分を無視してはならない。
かかる命題は、小心翼々として他説を憚る偏狭なものであるか、さもなければ何もかも自説の中に引き込もうとする僭越でとりとめのないものであるか、二者のうちのいずれかであろう。実際には、精神をまったく度外視した理論といえども、知らぬ間に自説の限界を越えてかかる精神的領域に立ち入らざるを得なかったのである。例えば、いかなる勝利でも、それから生じる精神的効果を考慮に入れない限り、とうてい説明せられえるものではないからである。それだから本編において論究する大方の問題は、物理的原因および結果と、精神的原因および結果との相半ばする組み合わせである。
或いはまたこう言ってもよい。― 刀剣に譬えれば、物理的原因および結果は木製の柄であり、精神的原因および結果は精鋼から成る刀身であり、磨ぎ澄まされた白刃である、と。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
いきなり難解な引用は毎度おなじみのクラウゼヴィッツの「戦争論」より「第三編 戦略一般について 第三章精神的量」からの引用である。
ちょうど一月ほどまえ、お玉ブログでちょいマジで論を張った。私はあちらでは原則、討論を想定していないので慎重さを欠いた行為であったし、本来獲得すべきレベルの人格を相手に、辛辣な言葉を安易にもちいたことは一定真摯な反省に値すると率直謝罪したことは、5月31日の記事のとおりである。
さて、お玉ブログでの当該の記事より私が戦略的撤退をしたのち、すでに50間近のコメントは収束するものと踏んでいたのだが、突如として降臨したスターリンの亡霊にいっきに盛り上がった。スターリン氏VSキンピーさんの激突は互いの拳が空をきるばかりとはいえ、なかなかみごたえはあった。
噂には聞いたが、こんな混じりっけ無しの真性ミリヲタは初めてみた。その思考はものの見事に、まるで絵に描いたような疎外された暴力論そのものであるが、私にとっては、向学のために真逆な意味で大変に参考になった。スターリン氏のように「主義」として体系化されずとも、帝国主義足下で暴力から疎外されて日々を生きる我々は常にそうした観念に支配されているものであり、であればこそ、強いヒーロー仮面ライダーに感動し、4km先の的に走行しながら正確無比にヒットさせるM1A2に魅了されたりする。庶民のうちに秘められた暴力を封印する分厚い綴じ蓋をぶち破る”言葉”を、一番強いのは自らの力を自覚した広汎な人民の組織された暴力であり、そうしたものとして暴力の本質はあるのだということをだれにも分かるように平易に語れねばならないだろう。
アッテンさんをミクシで論破ったといって登場したスターリン氏の想定している戦争は、どうも端的にはただいま上映中のターミネーター4に登場の”スカイネット”で完成するようである。キンピーさんは”北斗の拳ワールド”と表現したがおおよそ酷く現実から遊離した、ヴィッツ大先生の有名な言葉「戦争は政治と異なる手段をもってする政治の継続である」というロゴスとは無縁な、機械的に両者を切断したところでの空想「軍事」主義に陥っているといえよう。そこには、軍事に先んじて政治が設定する”現実的”な目的の一片も垣間見ることができない。
たとえば、こんにち私たちが生きている現代社会においては、資本主義の帝国主義段階という歴史性に規定され、第一に世界的規模での資源と市場、領土の争奪をかけて国境線をひきかえるため、第二に過剰な基幹産業の固定資本を破壊更新する帝国主義的世界大戦は不可避な社会現象であると我々は認識しているのであるが、そうした帝国主義的侵略戦争は、第一の目的を逸脱するものではない。ただし、核との関連で言えば戦争で核が使用される可能性を完全に否定するものではないし、核が通常兵器と大きく一線を画す放射能の問題は、帝国主義者どもにとっては平気の平助であることはイラクやアフガニスタンでの劣化ウラン弾の使用が深刻な人間破壊を引き起こし続けている現状に鑑みてあきらかである。疎外された暴力の権化としての核は、帝国主義者にとって帝国主義軍隊自壊の恐怖と不信が生み出したものという話はとりあえずは、またのちの機会にということにしておこう。
政治は目的を決め、軍事はそれを達成する。そのための手段(武器)は目的が規定する。故本多書記長は「暴力の復権のために」のなかのたとえで「ストライキを弾圧するのに核はつかわない」と少々おおげさな例えをかいておられるが、戦争に限らず日常的にも、見上げるとたわわに実った柿をとるのに、スプリングフィールドM14狙撃銃を装備することがはなはだ滑稽であることはいうまでもなく、竹竿一本で十分なのである。こと力の行使である軍事に関しては、その目的そのものをぶち壊すような武器の選択はありえないということはいっそう真理なのだ。
クラウゼヴィッツ「戦争論」の凄さは、戦争における精神諸力に適切なポジションを与えたことであると思う。そして、国家と戦争との内的関連を精密に考察したこと。さらに故本多書記長は「戦争と革命の基本問題」のなかで、クラウゼヴィッツの考察をさらにおしすすめ、国家それ自体が内部にはらむ階級的分裂から再構成し、戦争と革命の区別と連関を解き明かしている。軍事は人がなすものである以上、そこから論じられるべきものである。武器を”ARM”と表現するのは武器はどれほど発展しても、所詮は”腕”の延長でしかないということをあらわしている。人を危めることは鋼のような思想的確信がなくてはならない。武器は勝つためとは別に、脆弱な思想性しか与えられない帝国主義軍隊の心の葛藤を逓減すべく発展してきたという側面をもっているのである。
武器のみで戦争を語るべきではない。「刀剣に譬えれば、物理的原因および結果は木製の柄であり、精神的原因および結果は精鋼から成る刀身であり、磨ぎ澄まされた白刃である」
次回「防御と攻撃の不均衡と補給」というお題で 不定期につづく(たぶん)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
ところで物理的諸力に関するいわゆる規則なるものの建前から言っても、戦争指導の理論が精神的量を理論の限界外に追放することは許されない、物理的諸力の効果は精神的諸力の効果と完全に融け合っているので、科学的手続きによって合金を分析するのとは異なり、両者を分離するわけにいかないからである。物理的諸力に関するどんな規則をとりあげてみても、理論はそこに精神的量の関与している事実を認めざるを得ないだろう。もし理論が、自説を一方的に主張する断定的命題の定立を能事とすべきでなければ、理論における精神的量の時分を無視してはならない。
かかる命題は、小心翼々として他説を憚る偏狭なものであるか、さもなければ何もかも自説の中に引き込もうとする僭越でとりとめのないものであるか、二者のうちのいずれかであろう。実際には、精神をまったく度外視した理論といえども、知らぬ間に自説の限界を越えてかかる精神的領域に立ち入らざるを得なかったのである。例えば、いかなる勝利でも、それから生じる精神的効果を考慮に入れない限り、とうてい説明せられえるものではないからである。それだから本編において論究する大方の問題は、物理的原因および結果と、精神的原因および結果との相半ばする組み合わせである。
或いはまたこう言ってもよい。― 刀剣に譬えれば、物理的原因および結果は木製の柄であり、精神的原因および結果は精鋼から成る刀身であり、磨ぎ澄まされた白刃である、と。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
いきなり難解な引用は毎度おなじみのクラウゼヴィッツの「戦争論」より「第三編 戦略一般について 第三章精神的量」からの引用である。
ちょうど一月ほどまえ、お玉ブログでちょいマジで論を張った。私はあちらでは原則、討論を想定していないので慎重さを欠いた行為であったし、本来獲得すべきレベルの人格を相手に、辛辣な言葉を安易にもちいたことは一定真摯な反省に値すると率直謝罪したことは、5月31日の記事のとおりである。
さて、お玉ブログでの当該の記事より私が戦略的撤退をしたのち、すでに50間近のコメントは収束するものと踏んでいたのだが、突如として降臨したスターリンの亡霊にいっきに盛り上がった。スターリン氏VSキンピーさんの激突は互いの拳が空をきるばかりとはいえ、なかなかみごたえはあった。
噂には聞いたが、こんな混じりっけ無しの真性ミリヲタは初めてみた。その思考はものの見事に、まるで絵に描いたような疎外された暴力論そのものであるが、私にとっては、向学のために真逆な意味で大変に参考になった。スターリン氏のように「主義」として体系化されずとも、帝国主義足下で暴力から疎外されて日々を生きる我々は常にそうした観念に支配されているものであり、であればこそ、強いヒーロー仮面ライダーに感動し、4km先の的に走行しながら正確無比にヒットさせるM1A2に魅了されたりする。庶民のうちに秘められた暴力を封印する分厚い綴じ蓋をぶち破る”言葉”を、一番強いのは自らの力を自覚した広汎な人民の組織された暴力であり、そうしたものとして暴力の本質はあるのだということをだれにも分かるように平易に語れねばならないだろう。
アッテンさんをミクシで論破ったといって登場したスターリン氏の想定している戦争は、どうも端的にはただいま上映中のターミネーター4に登場の”スカイネット”で完成するようである。キンピーさんは”北斗の拳ワールド”と表現したがおおよそ酷く現実から遊離した、ヴィッツ大先生の有名な言葉「戦争は政治と異なる手段をもってする政治の継続である」というロゴスとは無縁な、機械的に両者を切断したところでの空想「軍事」主義に陥っているといえよう。そこには、軍事に先んじて政治が設定する”現実的”な目的の一片も垣間見ることができない。
たとえば、こんにち私たちが生きている現代社会においては、資本主義の帝国主義段階という歴史性に規定され、第一に世界的規模での資源と市場、領土の争奪をかけて国境線をひきかえるため、第二に過剰な基幹産業の固定資本を破壊更新する帝国主義的世界大戦は不可避な社会現象であると我々は認識しているのであるが、そうした帝国主義的侵略戦争は、第一の目的を逸脱するものではない。ただし、核との関連で言えば戦争で核が使用される可能性を完全に否定するものではないし、核が通常兵器と大きく一線を画す放射能の問題は、帝国主義者どもにとっては平気の平助であることはイラクやアフガニスタンでの劣化ウラン弾の使用が深刻な人間破壊を引き起こし続けている現状に鑑みてあきらかである。疎外された暴力の権化としての核は、帝国主義者にとって帝国主義軍隊自壊の恐怖と不信が生み出したものという話はとりあえずは、またのちの機会にということにしておこう。
政治は目的を決め、軍事はそれを達成する。そのための手段(武器)は目的が規定する。故本多書記長は「暴力の復権のために」のなかのたとえで「ストライキを弾圧するのに核はつかわない」と少々おおげさな例えをかいておられるが、戦争に限らず日常的にも、見上げるとたわわに実った柿をとるのに、スプリングフィールドM14狙撃銃を装備することがはなはだ滑稽であることはいうまでもなく、竹竿一本で十分なのである。こと力の行使である軍事に関しては、その目的そのものをぶち壊すような武器の選択はありえないということはいっそう真理なのだ。
クラウゼヴィッツ「戦争論」の凄さは、戦争における精神諸力に適切なポジションを与えたことであると思う。そして、国家と戦争との内的関連を精密に考察したこと。さらに故本多書記長は「戦争と革命の基本問題」のなかで、クラウゼヴィッツの考察をさらにおしすすめ、国家それ自体が内部にはらむ階級的分裂から再構成し、戦争と革命の区別と連関を解き明かしている。軍事は人がなすものである以上、そこから論じられるべきものである。武器を”ARM”と表現するのは武器はどれほど発展しても、所詮は”腕”の延長でしかないということをあらわしている。人を危めることは鋼のような思想的確信がなくてはならない。武器は勝つためとは別に、脆弱な思想性しか与えられない帝国主義軍隊の心の葛藤を逓減すべく発展してきたという側面をもっているのである。
武器のみで戦争を語るべきではない。「刀剣に譬えれば、物理的原因および結果は木製の柄であり、精神的原因および結果は精鋼から成る刀身であり、磨ぎ澄まされた白刃である」
次回「防御と攻撃の不均衡と補給」というお題で 不定期につづく(たぶん)
ようやくブログを更新しようとすれば、もう6月がおわりじゃないっすかぁ。なんだかんだと2週間以上放置しとりました。m(_ _)m
その第一の理由は、例の”鯖”をたてたあとの設定に思いの外てこずりました。鯖をたてるのはどうってことなかったのですが、クライアントとの設定を自動でしてくれるプログラムのインストールが、メインPCの”レーニン号”だけうまく通らず 、サーバーが見つかりませんと、つれない返事をかえすばかり。
”レーニン号”は安定第一をモットーに、不要なサービスや、常駐プログラム、レジストリーも含めて少数先鋭のボリシェヴィキ化しているので、なにか重要なファイル、サービスを切り捨ててしまっていたのかもしれません。そんなわけで、かなり詳細に点検をいれてみたのですが、どうしても原因が特定できず、クリーンインストールとあいないました。
ところが、久々のクリーンインストールで手順を忘れてしまい、あるドライバーが一つどうしても通らず、ゴテにゴテて、あっというまに一週間経過でありました。その後はサーバーとの接続も一発オーライ、目出度く当家のPCはすべてサーバーを指導部と仰ぐようになったのですが、なぜか、どうがんばってもインターネットで外部から当家のサーバーへアクセスできません。どうも串にさせていただいているところで、ポートを閉じているようです。まあ、それはのちほど違う手を考えるとして、とりあえずは三日三晩かけて膨大なデーターを移動したのちは、ファイルサーバーとして順調に機能を開始し、完全放置でも24時間年中無休でせっせとバックアップに励んでくれております。
ようやく、サーバーが片足立ちとはいえたったところで、記事を書こうかと思った矢先に出張のお誘い。
おりからの世界恐慌の時にあって、断ることもできずに行って帰る途中で”車が壊れ”ました。また例のオーバーヒートです(http://kangun.blog123.fc2.com/blog-entry-178.html)。速攻チェックをいれたのですが、このたびはクーラントはナミナミとはいっておりました。それでも、あと一時間ほどでたどり着けるところまできていたので無理をしました。水温計とにらめっこしていると、走行中は温度が下がることが判り可能な限り止まらぬよう、全力で走り続けますた。まるで、キヌアリーブス主演、時速50マイル以下になるとバスが爆発するという映画、”Speed”のノリでもって滝汗で帰ってまいりました。
翌日、おそるおそる自動車屋に修理にもってゆき、翌日、そんな気はしていたが修理代を聞いてビックル! ”260,000円也”。これにはさすがに激しく消耗し、ブログを開いていることもしばし忘れるくらいまいりました。完全に降参の万歳、これが第二の理由です。もうかれこれ14年もこき使ってきたお仕事車なのでしかたないことなのですが・・・ とはいえ、買い換えるには先立つ金が不足です。さりとて、乗切主義的に260,000円突っ込んでも最後的な破局が近いことはあきらかです。いまの日本帝国主義と同じです。
春先に続いて、金策の日々第二弾にほとほとくたびれますた。で、結局500,000円頭金をかき集め、残り500,000円をローンにして、なおかつ、日本帝国主義の延命策である、”エコカー買い換え補助金”の「125,000円」を戦術としてゲットすることにすますた。戦闘系人民が生き延び、帝国主義が疲弊する、これは正しい。例の敵階級につけいる隙を与えたピースなんとかとは違います。というわけで、維持費の安い人民カーの商用の軽バンを新車で購入しました。これも予定としては15年乗ります。これが壊れたら廃業の予定です。それより先に日本帝国主義が壊れる可能性もあります、かなりアリです。さあ、どっちがさきかぁ! とはいえ、壊さないと壊れないということもロドスであるという、たわいもないお話でした。
今年はやたらと貨幣に忙しいばかりで、更新が滞りがちでありますが、それでも訪れてくださる方がおられますことを心より感謝しておりますし、それを大いに励みにさせていただいております。ありがとうございます。
追記 幾年も冬の間、ブラウン管テレビ上部にあいた放熱のスリットのところで、ぬくぬくと猫さんが気持ちよく寝ていました。内部に蓄積された”毛”で火事になりはすまいかと、こまめにコンセントを抜いていたのですが、今朝”逝き”ました。うんともすんともいいません、まったく反応なし。これも17年使い続けた年代物。当家はとうぶんテレビのない日々がつづきそうな模様。まあ、あってもほとんどみないけど、ないとちょっとだけ寂しい。それより、はやく納車にならないことには、仕事ができないのがとても危険だったりする。
おはり
お仕事のさなかもずっと机のうえをはなれない みこ。はっきり言って邪魔だがとても可愛い。
ので、許す。

その第一の理由は、例の”鯖”をたてたあとの設定に思いの外てこずりました。鯖をたてるのはどうってことなかったのですが、クライアントとの設定を自動でしてくれるプログラムのインストールが、メインPCの”レーニン号”だけうまく通らず 、サーバーが見つかりませんと、つれない返事をかえすばかり。
”レーニン号”は安定第一をモットーに、不要なサービスや、常駐プログラム、レジストリーも含めて少数先鋭のボリシェヴィキ化しているので、なにか重要なファイル、サービスを切り捨ててしまっていたのかもしれません。そんなわけで、かなり詳細に点検をいれてみたのですが、どうしても原因が特定できず、クリーンインストールとあいないました。
ところが、久々のクリーンインストールで手順を忘れてしまい、あるドライバーが一つどうしても通らず、ゴテにゴテて、あっというまに一週間経過でありました。その後はサーバーとの接続も一発オーライ、目出度く当家のPCはすべてサーバーを指導部と仰ぐようになったのですが、なぜか、どうがんばってもインターネットで外部から当家のサーバーへアクセスできません。どうも串にさせていただいているところで、ポートを閉じているようです。まあ、それはのちほど違う手を考えるとして、とりあえずは三日三晩かけて膨大なデーターを移動したのちは、ファイルサーバーとして順調に機能を開始し、完全放置でも24時間年中無休でせっせとバックアップに励んでくれております。
ようやく、サーバーが片足立ちとはいえたったところで、記事を書こうかと思った矢先に出張のお誘い。
おりからの世界恐慌の時にあって、断ることもできずに行って帰る途中で”車が壊れ”ました。また例のオーバーヒートです(http://kangun.blog123.fc2.com/blog-entry-178.html)。速攻チェックをいれたのですが、このたびはクーラントはナミナミとはいっておりました。それでも、あと一時間ほどでたどり着けるところまできていたので無理をしました。水温計とにらめっこしていると、走行中は温度が下がることが判り可能な限り止まらぬよう、全力で走り続けますた。まるで、キヌアリーブス主演、時速50マイル以下になるとバスが爆発するという映画、”Speed”のノリでもって滝汗で帰ってまいりました。
翌日、おそるおそる自動車屋に修理にもってゆき、翌日、そんな気はしていたが修理代を聞いてビックル! ”260,000円也”。これにはさすがに激しく消耗し、ブログを開いていることもしばし忘れるくらいまいりました。完全に降参の万歳、これが第二の理由です。もうかれこれ14年もこき使ってきたお仕事車なのでしかたないことなのですが・・・ とはいえ、買い換えるには先立つ金が不足です。さりとて、乗切主義的に260,000円突っ込んでも最後的な破局が近いことはあきらかです。いまの日本帝国主義と同じです。
春先に続いて、金策の日々第二弾にほとほとくたびれますた。で、結局500,000円頭金をかき集め、残り500,000円をローンにして、なおかつ、日本帝国主義の延命策である、”エコカー買い換え補助金”の「125,000円」を戦術としてゲットすることにすますた。戦闘系人民が生き延び、帝国主義が疲弊する、これは正しい。例の敵階級につけいる隙を与えたピースなんとかとは違います。というわけで、維持費の安い人民カーの商用の軽バンを新車で購入しました。これも予定としては15年乗ります。これが壊れたら廃業の予定です。それより先に日本帝国主義が壊れる可能性もあります、かなりアリです。さあ、どっちがさきかぁ! とはいえ、壊さないと壊れないということもロドスであるという、たわいもないお話でした。
今年はやたらと貨幣に忙しいばかりで、更新が滞りがちでありますが、それでも訪れてくださる方がおられますことを心より感謝しておりますし、それを大いに励みにさせていただいております。ありがとうございます。
追記 幾年も冬の間、ブラウン管テレビ上部にあいた放熱のスリットのところで、ぬくぬくと猫さんが気持ちよく寝ていました。内部に蓄積された”毛”で火事になりはすまいかと、こまめにコンセントを抜いていたのですが、今朝”逝き”ました。うんともすんともいいません、まったく反応なし。これも17年使い続けた年代物。当家はとうぶんテレビのない日々がつづきそうな模様。まあ、あってもほとんどみないけど、ないとちょっとだけ寂しい。それより、はやく納車にならないことには、仕事ができないのがとても危険だったりする。
おはり
お仕事のさなかもずっと机のうえをはなれない みこ。はっきり言って邪魔だがとても可愛い。
ので、許す。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
昔々あるところに部落差別問題に非常に熱心な、あるお坊様がおったそうな。この坊様は常日頃から「差別はいかん」と熱心に説き、部落にも入ってボランティアのようなこともするし、解放同盟にも協力的、辻説法に立っては口角泡を飛ばしては熱心に差別を糾弾しておりましたとさ。
さてある日のこと、とある解放同盟の地区幹部の人が、試しにこのお坊様にこう問いかけて見たそうな。
「お坊様、あなたがあまりに熱心に差別反対の説法をしているので、きっとあの坊様も部落だと噂している人がいましたよ」と。。。
するとこの坊様、怒ったような激しい口調で「誰がそんなことを言うとりますか!」と、とっさに叫んでしまったそうな。その後の気まずい沈黙。坊様も自分の言うたことに「はっ」と気づいたが、口に出したことは戻せない。非常にばつの悪い顔で帰っていったそうな。(以下続く)
ブログ旗旗 2009 年 6 月 11 日 の記事 「 再掲】「おいコラ!在日!」と言われた時(賛同者670人突破)」より引用
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
いきなり冒頭から引用なのでありますが、昨日の猫さんの記事にトラックバックがついていたのですが、あいにくの文字化け状態で 「Ρ???????ä????????????Ωä???Ф???????Τ?????ο???Τ??... [続きを読む]」となっておりました。
いつもでしたら判断として速攻削除なのですが、今回は恐る恐るトラックバックさきへと跳んでみました。
”ここがロドスだここで跳べ”てなわけで、跳んでみたら確かにロドスがありました。
私ら的にいえば、かの7・7自己批判がつきだした”内なる差別意識”という問題ということなのですが、そうした難しい問題を実にやさしく簡潔に、経験に即して理解できるよう、本記事は書かれておりました。
あらゆる抑圧と差別に対して主体的に反対し闘うことは、それが被抑圧者、被差別者へ肉薄すればするほどに、おのずと自らの身に同じものが襲いかかってくることになります。ここを越えて前に進まなければなりません。
さて、おりからのグローバリゼーションの進展から、いたるところで外国人労働者をみかけることが多くなり、武装せる園芸家もしばしば外国人労働者とお仕事をする機会があります。実際、今日はお休みなのですが、明日は中国人スタッフのディレクターをするお仕事が入っていたりします。
まあ、いろいろな人がいるわけで、ときに私の脆弱な”血債の思想”を吹き飛ばすような強烈な人格もごくまれにおりますが、圧倒的多数はとてもいい人です。彼らも私のことをいい人だと言ってくれます。
おたがい、言葉と若干の生活習慣のちがいこそあれ、同じ人間だということが実感できる瞬間です。
じっさいに、国境をこえてふれあってみないとどうしてもわからないものはあるものです。そのあたりの話はまたいずれ書かせていただくとして、文字化けトラックバックをあらためて紹介させていただきます。
ブログ旗旗 2009 年 6 月 11 日 の記事 「 再掲】「おいコラ!在日!」と言われた時(賛同者670人突破)」
http://bund.jp/modules/wordpress/?p=2039
”差別はいかんよなぁ”とお思いの方は、ぜひ跳んでいって、一読くださいまし。m(_ _)m
草加さまトラックバックいただきありがとうございました。
昔々あるところに部落差別問題に非常に熱心な、あるお坊様がおったそうな。この坊様は常日頃から「差別はいかん」と熱心に説き、部落にも入ってボランティアのようなこともするし、解放同盟にも協力的、辻説法に立っては口角泡を飛ばしては熱心に差別を糾弾しておりましたとさ。
さてある日のこと、とある解放同盟の地区幹部の人が、試しにこのお坊様にこう問いかけて見たそうな。
「お坊様、あなたがあまりに熱心に差別反対の説法をしているので、きっとあの坊様も部落だと噂している人がいましたよ」と。。。
するとこの坊様、怒ったような激しい口調で「誰がそんなことを言うとりますか!」と、とっさに叫んでしまったそうな。その後の気まずい沈黙。坊様も自分の言うたことに「はっ」と気づいたが、口に出したことは戻せない。非常にばつの悪い顔で帰っていったそうな。(以下続く)
ブログ旗旗 2009 年 6 月 11 日 の記事 「 再掲】「おいコラ!在日!」と言われた時(賛同者670人突破)」より引用
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
いきなり冒頭から引用なのでありますが、昨日の猫さんの記事にトラックバックがついていたのですが、あいにくの文字化け状態で 「Ρ???????ä????????????Ωä???Ф???????Τ?????ο???Τ??... [続きを読む]」となっておりました。
いつもでしたら判断として速攻削除なのですが、今回は恐る恐るトラックバックさきへと跳んでみました。
”ここがロドスだここで跳べ”てなわけで、跳んでみたら確かにロドスがありました。
私ら的にいえば、かの7・7自己批判がつきだした”内なる差別意識”という問題ということなのですが、そうした難しい問題を実にやさしく簡潔に、経験に即して理解できるよう、本記事は書かれておりました。
あらゆる抑圧と差別に対して主体的に反対し闘うことは、それが被抑圧者、被差別者へ肉薄すればするほどに、おのずと自らの身に同じものが襲いかかってくることになります。ここを越えて前に進まなければなりません。
さて、おりからのグローバリゼーションの進展から、いたるところで外国人労働者をみかけることが多くなり、武装せる園芸家もしばしば外国人労働者とお仕事をする機会があります。実際、今日はお休みなのですが、明日は中国人スタッフのディレクターをするお仕事が入っていたりします。
まあ、いろいろな人がいるわけで、ときに私の脆弱な”血債の思想”を吹き飛ばすような強烈な人格もごくまれにおりますが、圧倒的多数はとてもいい人です。彼らも私のことをいい人だと言ってくれます。
おたがい、言葉と若干の生活習慣のちがいこそあれ、同じ人間だということが実感できる瞬間です。
じっさいに、国境をこえてふれあってみないとどうしてもわからないものはあるものです。そのあたりの話はまたいずれ書かせていただくとして、文字化けトラックバックをあらためて紹介させていただきます。
ブログ旗旗 2009 年 6 月 11 日 の記事 「 再掲】「おいコラ!在日!」と言われた時(賛同者670人突破)」
http://bund.jp/modules/wordpress/?p=2039
”差別はいかんよなぁ”とお思いの方は、ぜひ跳んでいって、一読くださいまし。m(_ _)m
草加さまトラックバックいただきありがとうございました。
今日は、あまり能書きを書かずに、率直にバラを貼ります。いつしか当地は梅雨に入ったとのことです。
春もいよいよ終わりですね。すぐに暑い夏がやってきます。
イングリッシュローズ グラハムトーマスです。

こちらは、イングリッシュローズのシャルロット ちょっとクリーミーな黄色です。

アーリーモダン ハイブリッドティーのレディーメリー・フィッツ・ウィリアム 開ききったところです。

ポリアンサのフェアリーです。全くの放置ですが今年はよく育ちよく咲いています。


ハイブリッドムスクのバフビューティー 癌腫なので切らねばならないのですがよく咲いています。

イングリッシュローズのエル・ディー・ブレスウェイト 葉がとぼしいなかみごとなさきっぷり。

こちらはイングリッシュローズのダークレディー シャクヤクみたいです。

イングリッシュローズのアブラハムダービー

イングリッシュローズのパットオースチン ちょっとしょぼいカップ咲きになってます。

イングリッシュローズのチャールズ・レイニー・マッキントッシュ

ハークネスローズのピンクアバンダンス

最後はイングリッシュローズのヘリテージ

天にかえっていった仔猫さんにささげます。 しばらくは戻ってきたらいけないよ。
いつか必ず君らと共存できる社会をうちたてるからそれまで・・・
春もいよいよ終わりですね。すぐに暑い夏がやってきます。
イングリッシュローズ グラハムトーマスです。

こちらは、イングリッシュローズのシャルロット ちょっとクリーミーな黄色です。

アーリーモダン ハイブリッドティーのレディーメリー・フィッツ・ウィリアム 開ききったところです。

ポリアンサのフェアリーです。全くの放置ですが今年はよく育ちよく咲いています。


ハイブリッドムスクのバフビューティー 癌腫なので切らねばならないのですがよく咲いています。

イングリッシュローズのエル・ディー・ブレスウェイト 葉がとぼしいなかみごとなさきっぷり。

こちらはイングリッシュローズのダークレディー シャクヤクみたいです。

イングリッシュローズのアブラハムダービー

イングリッシュローズのパットオースチン ちょっとしょぼいカップ咲きになってます。

イングリッシュローズのチャールズ・レイニー・マッキントッシュ

ハークネスローズのピンクアバンダンス

最後はイングリッシュローズのヘリテージ

天にかえっていった仔猫さんにささげます。 しばらくは戻ってきたらいけないよ。
いつか必ず君らと共存できる社会をうちたてるからそれまで・・・





