たわいもない日々の雑感を綴ってみたいと思いまする。

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恐れ
今日は週のはじまりですが、いきなりお疲れモードです。そんなわけで短めに。

先日の池田香代子さんの講演のなかでみせていただいた映像に、武装せる園芸家は大きな衝撃をうけました。
橋本公さんというかたが創られたものだそうです。やれ抑止力だ、ほれエコだとか、やたらと抽象的、観念的に核の脅威をあつかってますが、そのおそろしさを具体的にイメージさせる映像に背筋が寒くなりました。

革命なんて絵空事のようにおもっておられる人は圧倒的多数だろうとおもいますが、歴史をふりかえるとあとちょっと、あ!おっしぃ というシチュエーションはいくらでもありました。敗北の連続のなかで敗北から学び人間解放の事業は一歩一歩前進してきたのだとおもいます。核の廃絶の道は、核によって構造的暴力を維持しようとする者たちを打倒してゆくことにしかありません。

だ・け・ど このたびの100年に一度の経済危機の先にある世界大戦の先には戦後革命期の好機はあり得ないように思います。ワンチャンスのラストチャンスだと・・・ 

とはいえ、希望は捨ててはいけません。


そんな映像を今日は貼らせていただきます。








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禁書
土佐の高知さんのところで「共産主義は人間解放が目標」という記事があがっていた。
おぉ!ひさびさ登場のコアな記事だとおもいつらつらと読ませていただいた。
マルクスの「ゴータ綱領批判」を引用して書かれていたのだが、そのなかでこれをあつかった学習会でだされた質問をとりあげられていた。

先に断っておくが、私は氏にたいして悪意はない。もちろん特別にシンパシーもないが、すくなくともコメントを「ニセ左翼暴力集団」として排除しないことには敬意をはらっているし、感謝もしている。私のコメンターとしてのつきあいのなかでは最古の部類に属するブログでもあるし。

そうしたうえで、この学習会での質問への回答にはビックルだった。

さて、そこでのコメントで糖酒がすすめておられたジョン ホロウェイの「権力を取らずに世界を変える」という本、結構、趣味者のあいだで話題になっているようだ。読んでみようかと”でいっぃく 商店”からamazonへとんだところで訳者” 四茂野 修” の名をみてあっさりやめた。そういう思考や態度こそが責められてしかるべきなのはわかっているのだが・・・

しばらく前に、最近ごぶさたなのだが、B系のあるステージの高い方が内田樹の批判を書かれていた。私はそのとおりだと思った。そして最後にだめ押しのようにかかれた一文から、いつも内田樹の書く話は魅力的ではあるのだが、なぜか胃腸不良をひきおこすような良くないものが含まれているような違和感を禁じ得ない理由が理解できた。

「権力を取らずに世界を変える」という表題からして、なんとも興味をそそるのだが、不勉強者の私が酸いも辛いもかみわける自信がない以上、手にすることがはばかれる一冊だろう。糖酒がきっと書評を書いてくださるであろうからそれを読ませていただいてからにしよう。¥3150という価格も躊躇わせるには微妙なお値段でもあるし。

なんておもいつつなじみのホームセンターに立ち寄ったらスポーツ用品フェアーの準備で靴をやらウェアーやらを店員さんがせっせとならべていた。そのなかでなぜか、何の脈絡もなく不自然にもAVIREXのブーツが格安でならべられていた。お値段というとビックルもんの¥4900に骨髄反射で買った。一般には¥18900で販売されているらしいので掘り出し物である。とはいえ、頭ではなく足に投資するする自分が情けなくもある。が、自分らしくもある、が、理論は理論家になんて代行主義はいかんなとも・・・ 


偶然発見の掘り出し物の靴 箱にUSAFのマークが入っていることには批判もあるだろう
とおもう 遠い昔、指導部に自己批判には至らずもお叱りをいただいたことあり
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箱の中身はこんな感じ 結構ヘビーなお姿である これで闘いにいくか
園芸をするかその選択が重要
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連赤
失業だぁ! なんて記事を書いてアップしてから、しばらくしてケータイコール。
お仕事の依頼がありますた。「ありがとうございます」の一つ返事でひきうけたのですが、すごく大変、神経おもいっきり磨り減ります。

「薩長くんなら一日ですむから」といわれていったのですが、全然すみません、このあいだ二日はかかるだろうといいわれていて楽勝一日で完了とはわけが違います。そんなわけでちょっと残業をして、明日もお仕事です、間違いなく残業ですwa。この不景気だし、しょうがないっか。

最近またまたレンタルビデオにはまってます。貧乏人の娯楽です。いついっても”おぉおお”というくらい店内は混雑。もちろん旧作一筋のまとめ借りです。サーバーを立てたので、あまり大声ではいえませんが、サーバーにつっこんでおけば、家中のPCで24時間いつでもみれます。
レンタルは一週間借りですが、翌日OR翌々日には返却です。これは貸す方もおいしいのではないでしょうか。

つい先日の日曜日、ローザがなんかDVDないのというので、”実録 連赤”あるけどということで、ローザPCで再生してあげました。ワタシはレーニン号でちまちま内職をしていたのでみていなかったのですけど、時々きこえる絶叫。ああ、同志殺しのシーンなんだろうななんておもいつつ、3時間近くみいっていたようです。

ワタシはカフィーをいれにいったついでに、ちょっとだけみたところは、権力が浅間山荘に突入する直前のシーンでした。そこから一緒にみたのですが、見終わってどうだったかと聞いたら、「よくできたいい映画だった」とローザ。
「でも、すごくおもいっしょ。このあいだいい映画だったっていってた「愛を読むひと」とどっちがおもい?」とワタシ。
「そっりゃあ メガトン級に連赤っしょ」とローザ。
「どこがよかったのサ」とワタシ。
「重信房子にたいする認識がかわった。みんなナイーブで、あまりに純粋で、幼く見えた」とローザ
「オリは連赤には激しく否定的だけどね」とワタシ
「昔、AO-TYUさんが気骨のある奴らは、みんなSEKIGUNへいったっていってたよ」とローザ
「そりゃ、しらなんだ」とワタシ

なかなか、もと革命的左翼に片足OR両足、首まで、完全埋没していた人たちの間でも賛否両論のあるこの「実録 連合赤軍」ちょっと気合いいれてみてみようかとおもいました。ちなみに、何をみても翌日にはすっかりクリアーのローザは、この映画が頭からこびりついて離れないと今日もぼやいておりました。

おはり


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ふたつめの天安門
民主化をもとめて、軍の装甲車に踏みつぶされ敗北したとはいえ、最後まで闘いを貫徹した天安門暴動闘争から20年が過ぎた。時の流れははやいものだ。

当時、私は、ある日雇い労働者が多く暮らす町でひっそりと暮らしていた。明るい光と闇が交差するように、めまぐるしく変化する情勢、ついに軍が投入され、緊張がたかまる。

仕事にも行かず、狭い部屋におかれた小さなテレビを食い入るようにみていた。祈るようなおもいだった。
ただただ、祈るよりしかたがなかった。恐れ多くも、人民解放軍の金看板を背負って、民主化をもとめる学生をボコボコに弾圧などしないだろうと淡い期待をこめて、祈った。

祈ってどうこうなるものではないことは歴史が証明してきたことであるのだが。
情け容赦なく、装甲車は学生を踏みつぶした。人民「解放」軍だった。

かつて、ハンガリー暴動を戦車で踏みつぶしたソビエト軍のように。いな、突入直後、戦車を取り囲む人民の抗議の声にソビエト軍兵士は深刻な動揺と葛藤をみせたという、その一点において、人民「解放軍」は人間性のかけらもないスターリニスト官僚の犬だということが満天下にあきらかになった瞬間だった。

「改革開放」路線が呼び込んだ、外国資本を梃子にして、中国経済は爆発的に発展をしてきた。お金は、それをもつことによって、人に「自由と平等」をあたえる。中国人民はかつてなく豊かになった。そんな、ライフスタイルの変化の中で、若い世代は、民主化の要求をかかげ、命をかけて闘った学生たちを知らぬ者もいるそうだ。
だが、もう一方でお金は、それをもっている量のちがいから、不平等と不自由を人にもたらす。いま中国はすさまじいばかりの格差が生じていると聞く、世界恐慌の影響もあり、いたるところで矛盾が表出している。

毛主席の「指導」が、あまねく人民に広くゆきわたり、深く浸透しているからなのか、はたまた、お金がもたらす「自由と平等」が個々人への分断と利己心へと転化していないのか、しきれていないのか。
中国人民の強さは、団結への志向の強さにあると思う。人に不自由と不平等がある限り、そこにはかならずそれに抗する闘いが生まれる。20年の時をへて、知らぬ存ぜぬ、思い出したくもない、為政者によって忘却の彼方においやられようとしていた天安門暴動闘争がいままた、語られ、思い起こされることの意義はとてもおおきい。

殴った拳の痛みを忘れることはたやすくても、殴られた頬の痛みはきえはしない。幾たび殴られようと前に進んでゆくことを止めることはできない、それが踏みつけられた民衆の闘いだとおもう。

中国スターリニストといっしょになって踏みつけつづけている私たちも、そう遠くなくやってくるであろう三つめの天安門に、いまは一筋の光明すらみえない困難なときではあるが、胸をはって、大きな声で”連帯”といえるような闘いをもって応えたいとおもふ。

20年まえのあの日、奪われた多くの命が、安らかならんことと、いままたあらためて敬意を表したい。黙祷!


追記
あのとき、学生のもとを訪れ、大泣きに涙を流しながら語りかけた趙紫陽に感動した。
ヘタレ・スターリニストの万里のあからさまな日和見主義と裏切りに怒りがこみあげた。
腐れスターリニストの李鵬、こいつがいちばん嫌いだった。怒りに頭は爆発していた。顔がつるべえに似ている。





ソウルへの道
老いた父母よ 寝込んでもう三年
うら山の薬草もとりつくしちまった
わたしがいっちまったら 面倒をだれがみる
ソウルへゆく道 なぜこう険しい

この歌は、記憶違いかもしれないが「ソウルへの道」という名の歌だったと思っている。
南朝鮮(韓国)の民主化闘争をになった人々がかかえていた、家族問題などなどのしがらみを切々と歌ったものだ。たしか3番まで歌詞はあった気がするのだが、あいにくいまでは思い出すことができない。

私は、この歌詞を遠い昔、幾度となくくちずさんできたものである。ここ何十年ものあいだ、政治的な関心がなかったこともあり、この歌ともすっかりごぶさたしていたしだいである。

「極左」系ブロガーのオフ会ともいえる北総大地での全国集会への参加は、このたびも叶わなかった。
アッテンさんはもとより、お誘いいただいた、あるみさん、このたびは、なのなのさんもETC実装ではせ参じると聞いた。

情けないかな、武装せる園芸家は”お金”がなかったのである。当座の資金調達のため前受金に目が眩み、引き受けたのが、北総大地とは真反対の方向、火の国への長期出張のお仕事だった。
ウン十年ぶりにこの歌をくちずさんだ。命をかけて民主化闘争を闘った人々にくらべたら、あまりにもとるにたりないその理由に、申し訳なさをかんじつつ。

前回の秋にひきつづき、今回の欠席は、慢性的金欠症とあいまって、さすがに凹んだ。先週ようやく無罪放免となって帰ってきたのだが、すっかり消耗し、もう書くのをやめようかなとおもった。
だけど、やっぱり書くのをやめるのを、やめた。自らすすんで口をつぐむべきではないと。語り合い、ふれあうことはとても重要な契機だ。

うまくいかないことがあっても、消耗して果てるのではなく、はねかえして”とりもどし策動”に腐心するのが○学童的思考であったはずた。そんなわけで、己の日和見主義に恥じ入りつつも”私はいずれ闘いの隊列に加わる意志がある”表現としてまだまだ「たわいもない話」を書かせていただこうと思った、まるで冬に逆戻りしたような寒い一日の日曜日だった。

追記、あるみさん、お誘いいただいたのに、のぼりの下に集まることができず申し訳ございませんでした。だが、いずれかならず。


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