たわいもない日々の雑感を綴ってみたいと思いまする。

入学式
千葉県立八千代西高校(八千代市、大迫太校長)が、入学金の未納を理由に新入生2人を入学式に出席させなかったそうだ。昨日出先から帰る途中、車のラジオで聞いた。
すっげ〜ことをしたもんだ。これが、まず一頭に浮かんだ言葉。衝撃の出来事だった。

学校側は事前の説明で、入学式当日に入学金を持参することも、分納も可であることを伝えていたそうであるが。
まあ、給食費の未払いとか、支払い能力があると思われるにもかかわらず授業料を支払わないことがあるとは聞いているが、それにしても高校生活の門出でいきなりゼニカネで門前払いとは・・・

すばらしい高校である。開いた口の顎が地の底までおちる。さぞかし素晴らしい授業をするのだろう。成績アップの結果が出せないような授業なら授業料を返してもらうと事前に説明して、授業料の返納を求めることを是認するものであろう。

この2人の家庭のもつ個別具体的な事情は知る術もないが、それを知っても知らなくても人道的な立場から入学式から排除したという事実を非難するものである。
あとでじっくり話し合えばいいことではないか。さまざまな問題をはらんだ「新」教育基本法でも
1.すべて国民は、等しく、その能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位または門地によって、教育上差別されないこと。
3.国および地方公共団体は、能力があるにもかかわらず、経済的理由によって修学が困難な者に対して、奨学の措置を講じなければならないこと。

としているではないか。入試を通過したのだから、能力はあるのだろう、ならば入学式のあと 国および地方公共団体を交えて話し合えばいいのではなかったか。コイズミ&タケナカの怪しげな「改革」で、儲かって儲かって仕方がない独占資本ほんの一握りの労働貴族たちのはるか地の底で庶民は死ぬほどの労働を強いられる者、派遣の不定期雇用と低賃金に苦しむ者で社会は満ち満ちているのだ。そんな世知辛い世の中の矛盾を15歳の子供に生に味わわせるようなまねを良識ある大人がしなくてもよかろ。

なんにしてもこの入学式から排除された2人の生徒が気の毒でならない。「極左」の私なら間違いなく机の一つも蹴り倒してこっちから願い下げだぁ!といって帰るだろう。
こうした、資本が生みだす矛盾が資本をやがて打ち倒す変革の種となるのである。
どうか、この2人の生徒が入学後も周囲から不当な差別やイジメに遭わないことと、この屈辱を金色夜叉の間貫一となってはね返すようなことがないことを願いたい。がんばれぇ!



寛一お宮


怒!その2
ちょうど、20年前のこと南国土佐に旅をしていたころ、ソウルオリンピックは開催中で
鈴木大地選手がかのバサロで金メダルを獲得した。ちょうどそのころ、昭和天皇は生死の境を彷徨っていた。度重なる下血に、とれたて新鮮な人民の生き血を輸血して命をつないでいた。報道は後の高知県知事となる橋本氏が張りつき、氏の顔はひろく人民の知るところとなった。

そんなマスコミの昭和天皇の病状を伝える報道に宮内庁より圧力がかかった。確かな記憶ではないのだが「下々のものが陛下のご病状にたちいってもの申すは恐れ多いことである」といったことだったとおもう。マスコミは一気に自主規制モードに移行し、庶民のあいだにも祭りの取りやめなど自粛ムードが広がった。

日本という民主主義国家を超越してある、唯一無二の天皇という特別な存在は、国民の知る権利も、報道の自由も、いともあっさりと自らに制限を課すことを躊躇させない存在なのだとそのとき実感した。それほどに、天皇はいまなお、ふれることの許されないイデと国家暴力の手厚いガードに包まれている。

この天皇制と日の丸・君が代そして、靖国は三位一体をなす。

いま、政治系ブログのあいだで、左右入り乱れて様々に論じられている。映画「靖国」の上映中止問題なのであるが、私は表現の自由へたいする政治の不当な介入であり、国民の権利を踏みにじる行為であると考えている。

上映を予定していた映画館の公式発表によれば、右翼の街宣車による情宣行為に危機をいだいての上映中止であるとのことである。それならプリンスホテルの日教組集会の会場ドタキャン問題と同レベルの問題であり、そうした天皇制ボナパルティストの暴力行為を断固として糾弾してゆかねばならない。

しかし今回の問題はそれとは異次元の問題である。極右発言で世間をあっといわせることで有名なる稲田朋美代議士が「靖国」製作にあたり補助金をだした文化庁に圧力をかけ、文化庁に試写会を準備させ、80人もの代議士とともに試写会に臨んだのである。
試写を終え、稲田代議士は「偏ったメッセージがある」と言いはなったそうである。

稲田代議士は、文字通り代議士であり、権力細胞の1人である。同時に氏は日本帝国主義政治委員会の表組織ともいえる、日本会議の公然メンバーである。そんな氏が80人の代議士とともに試写会に訪れ、「偏ったメッセージがある」といえば、映画館が守るべき表現の自由をすすんで放棄してしまったことは誠に情けない限り、ともいえないのではなかろうか。

上映を中止した映画館の中には、かなりきわどい問題作を臆せず上映してきた、根性のある映画館もあったと聞く(非国民研究開発さまよりの情報)。まさにその点に鑑みても、この稲田氏の組織した80名による試写会は、あからさまな表現の自由への政治介入であり、表現の自由を脅かすものとして、大きな圧力をなし、萎縮効果をもたらしたものであると思う。

そして、名古屋では「靖国」の上映を予定していた名古屋シネマテーク に日本会議愛知県本部西三河支部幹事長杉田謙一氏他が訪れ、恫喝をしたそうである(当人のブログ「草莽の記」より)。靖国におよび遊就館を訪れたことのないシネマテークの代表と支配人に杉田氏は早急に上京し、参拝および拝観を要求した。代表と支配人は速攻上京して、靖国へとむかったことから、事は軽く受け流せるようなものでなく、重大な事態であったことがうかがえる。

日本会議をつながりとした、表現の自由への政治介入と、それに呼応した天皇制ボナパルティストの跳梁跋扈を許してはならない。断固とした糾弾の声をありとあらゆる合法的手段を用いてあげてゆこう。
今回の出来事は権力内部の一部極右の跳ね返り分子と天皇制ボナパルティストの反動的策動ではあるが、折からの日の丸・君が代における踏み込んだ強制の方針に相対するものであると私は考える。あきらかにアドバルーンである。民衆の反応を注視しているものである。ここできっちりと反撃をしておかなければ、転石坂を転げるがごときこととなろう。

言論の自由、表現の自由、思想信条の自由、集会結社の自由などなど自由権を浸食、解体することを通して、国民誰もが日の丸を高く掲げ、君が代を高らかと歌うだろう。靖国は国家に命を捧げることを厭わない思想を再び担保し、天皇もまたは人から神となり国民のはるか頭上に君臨することとなろう。この邪悪な3つの封印を解かしてはならない。二度目は茶番劇なのだから。


怒! その1
当ブログは「お気楽系」なので、日々の雑感を綴る日記として、園芸あり猫ネタあり、一丁前に能書きを振り回すこともあるが、やはり基本は「お気楽系」路線なのである。てなわけで庭木のお話やら、猫さんの日々を紹介しながら穏やかな日々を暮らせたらとってもハッピ〜♪ と思うものである。

ところが、社会というものは生産力が共労と技術革新によって増大し、剰余価値を生みだすようになって、搾取するものと搾取されるものがうまれると勢い、政治は搾取する側のものへと転化する。本来政治はまつりごとでみんなでするものなのに、搾取される側は蚊帳の外、疎外されることとあいなるわけなのである。

とはいえ、為政者がトンデモなことをしでかすなら、のんきに園芸や猫の話をしている場合じゃない!ここで黙ってたら明るいニッポンの夜明けはないと思われるときは、強力に政治にコミットしてゆかねばならないと思うのが政治との関わり合いとしては最低限のレベルであり、それが基本スタンスであるとかんがえている。

とんでもないことは、この一週間密集して発生した。新しい順に言えば、映画「靖国」の上映中止、全国の卒業式に絡んで、日の丸・君が代。根津さんの処分問題、学習指導要領で「我が国と郷土を愛し」 君が代を「歌えるよう指導する」と明確な方針をうちだした。さきだっての「道徳教育」の強化ともあいまって「新」教育基本法を楯にした本格的な教育反動が全面的に開始された。

全国の支援の声と力を結集し、根津さんの免職解雇をはねかえした。大きな勝利であると私は思う。都教委は卑劣にもまたもや停職6ヶ月の処分を下した。引き続き微力ながら根津さん河原井さんの闘いを支持してゆきたいと思う。二人は、去年の沖縄の教科書検定をめぐる11万決起にならぶ、教育反動に抗する砦である。ここを守らずして誰が後に続こうか。

国を愛す。だれの国か? 主権在民 ならば国民の自由ではないか。何故「指導」されねばならない。絶対王政を経て市民革命によって成立した近代国家は資本家とそのパシリの政治家のものである!国は資本家の商売のための営業圏だ、シマだ、縄張りだ。ほんの歴史の一過程に過ぎないものだ。国民は資本家にとって大事な「お客様」であると同時に大事な大事な「価値」をうみだす金のタマゴだ。

資本家も政治家も人民もおなじ日本人だ。日本人として長い民族の歴史と伝統をもち、美しい緑をたたえた山々に清流、四方を幸に富んだ海に囲まれ情緒豊かな四季をもった国土。この日本人ならだれもが見てすばらしいと感じる国土。それに資本による人民にたいする抑圧・差別・搾取・収奪をなす機構をひっそりと重ね合わせて、資本家と政治家はペテンを吐く「我が国と郷土」を愛せと
日の丸・君が代はそうしたペテンを押しつける道具にすぎない。強制とそれに抗する者を弾圧するための踏み絵だ。

教育は国の礎。であればこそ、そこでの反動にはなにより敏感でなくてはならない。戦後民主主義として獲得された諸権利を楯とし、矛として粘り強く抗してゆこう。根津さん河原井さんを微力ながらも応援してゆこうと思う。やがて、ちいさな力が結集し、金のタマゴを割ったときガリアの雄鶏は雄叫びをもって時を告げるだろう。

「ヘーゲルはどこかで、すべての世界史上の大事件と大人物はいわば2度現れる、と言っている。ただ彼は、一度は悲劇として、二度目は茶番として、とつけくわえるのを忘れた。ダントンのかわりにコシディエール、ロベスピエールのかわりにルイ・ブラン、1793-1795年の山岳党のかわりに1848-1851年の山岳党、伯父のかわりに甥。そして、ブリュメール18日の再販が演じられた事情も、これと同じ戯画である!
 
人間は、自分で自分の歴史をつくる。しかし、自由自在に、自分で勝手に選んだ状況のもとで歴史をつくるのではなくて、直接にありあわせる、あたえられた、過去からうけついだ状況のもとでつくるのである。あらゆる死んだ世代の伝統が、生きている人間の頭のうえに、悪魔のようにのしかかっている。そこで、人間は、自分自身と物事とを変革する仕事、これまでになかったものをつくりだす仕事にたずさわっているように見える。

ちょうどそのときに、まさにそういう革命的危機の時期に、気づかわしげに過去の幽霊を呼びだして自分の用事をさせ、その名まえや、戦いの合言葉や、衣装を借りうけて、そういう由緒ある衣装をつけ、そういう借り物のせりふをつかって、世界史の新しい場面を演じるのである。」(ルイ・ボナパルトのブリュメール18日)

またも、かわりばえのしない厚化粧のような、日の丸・君が代で「愛国心」などという茶番劇を演じさせてはならない。

次回「靖国」へつづく

守ろう集会の自由!
なんぼ時事問題が苦手とはいえ、時には速攻でとりあげねばならないものもある。それでもちょっと遅くなったのだが・・・

ヤメ蚊さまやアッテンさまのところで、グランドプリンスホテル新高輪が右翼の妨害を口実に日教組教研集会の会場使用を拒否した問題をとりあげておられた。司法の判断をあっさりと踏みにじっての拒否である。

右翼の街宣行動という民間の暴力に膝を屈し集会の自由を自ら進んで放棄するこの行為を断じてみすごしてはならない。我々庶民は民間の反動的暴力に無関心であってはならない。そのことが社会に及ぼす影響力は絶大だ。大きな萎縮効果をもたらすには十分だ。
民主主義の鉄壁の防波堤も小さな穴から崩壊する。悪しき前例をはね返すような断固たる抗議の声を上げてゆこうではないか。

以下アッテンボローの雑記帳より転載

(転送可)日教組集会問題・ホテルにクレームを! 2008年02月03日21:26 (この日記は、転載・転送可です。集会の自由を守るため、どんどん広げてください。)

グランドプリンスホテル新高輪が右翼の妨害を口実に日教組教研集会の会場の使用を裁判所の命令にも従わず拒否した問題について、マスコミ各社はホテルに批判的な社説を掲げています。

新潟日報「大ホテルがこんな無法を」:http://www.niigata-nippo.co.jp/editorial/index.asp?syasetsuNo=1098

東京新聞「集会の自由は守らねば」:http://www.niigata-nippo.co.jp/editorial/index.asp?syasetsuNo=1098

読売新聞「司法をないがしろにする行為だ」:http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20080202-OYT1T00729.htm

毎日新聞「言論の自由に関わる問題だ」:http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20080202ddm005070129000c.html

朝日新聞「ホテルが法を無視とは」:http://www.asahi.com/paper/editorial20080202.html#syasetu1

また、最近mixiから忽然と姿を消した古井戸さんが、本ブログでこの件を批判されています。http://blog.so-net.ne.jp/furuido/2008-02-02-1

まったく、コクドグループ再建の際に誓ったはずの「法令遵守」はどこへ行ったんでしょう?

ホテルへは、クレームのメールをホームページ等から発信できます。
1人1人の力は小さいですが、数が集まれば如何に愚かなことをしたかと言うことを認識出来るのではないでしょうか?
ぜひ、ご協力願います。

グランドプリンスホテル新高輪
〒108-8612 東京都港区高輪 3-13-1
TEL : 03-3442 -1111 FAX : 03-3444-1234

ホームページ(意見を送れます)
https://www3.princehotels.co.jp/support/index.html

文例
================================
グランドプリンスホテル新高輪 殿

貴ホテルが右翼の妨害を口実に日教組教研集会の会場使用を拒否した問題について知りました。3度に及ぶ裁判所の決定にも従わない貴ホテルの態度は司法制度の根幹を揺るがす暴挙であり、法治国家にあるまじき非道です。集会・結社・表現の自由を保障した憲法21条にも違反し、市民の自由を脅かすものです。法令遵守が企業・団体に求められてる今日、貴ホテルの行為は決して許されるものではありません。以上、抗議します。

住所(○○市程度で可。またはメールアドレス等も可)
氏名
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もう、コクド関連の企業はパスだ。パルコなんかいかない、西武線も利用しない、スノボも苗場はノーサンキュー。野球も少々問題はあれどソフトバンクに鞍替えだあぁあ!


庶民の諸権利をないがしろにしようとするものに一言「なめんなよぉ!」
なめんなよ2

怒!新「テロ」特措法成立
新「テロ」特措法が成立した。無念の思いである。2005年9月11日の衆院選の大敗北がいまでも悔やまれる。しかし、過ぎたる事を悔やんでも仕方ないので。

第一に、この油注ぎパシリ法がほかでもない、アメリカ帝国主義のアフガニスタン&イラク人民にむけての侵略行為の兵站活動であり、紛れもない軍事行動であるということを徹底的にはっきりさなければならない。アメリカ帝国主義の意をうけたカルザイ政権など軍事的梃子入れ無しにはもはや存在し得ない。日本は事実上の参戦国家なのだ。

第二に、この油注ぎパシリ法は、格差社会の進展から貧困に苦しむ庶民の血税を、侵略を支えるのみならず給油活動をつうじて企業に独占的な利益をもたらすものであるということだ。イラク戦争に端を発した度重なる原油価格の上昇は庶民の生活を確実に圧迫してきている。「国際社会の要請」なるペテン的言辞をもって、資本家の利害を貫き民衆にさらなる困苦を強制するもの以外のなにものでもないのである。

日本人民はこの新「テロ」特措法の成立に断固たる怒りをもって、自公連立政権を打ち倒し、政権交代をはたさねばならない。選挙は近い、それまで怒りを忘却してはならない。

敗北を怒りにかえて頑張ろう!

でも、政権交代を勝ち取っても民主党がだめなら、そんときは大衆的実力闘争をしょう。と思う。
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