たわいもない日々の雑感を綴ってみたいと思いまする。

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明るい明日のための明治維新考 その2
肩こり指数 ★★★★

先日にひきつづきニッポンの夜明けとしての明治維新をめぐって交わされた某冥王星氏との真摯な討論の残りを上げさせていただく。
クオリティに関しては前回どおりコメント故、隅々まで詰めきることができないので高いものではないがそれなりに、時間軸にそって、全体のかたちと関連がみえるように書いたものである。某冥王星氏も長文、私も長文なので二つ合わせて超長文、2回に分割も考えたがどうしても切りようがないところなので致し方ない。内容よりも、単に長いだけそれもたいした内容じゃないということから読者の疲労度を考慮して、肩こり指数四つ星にしておいた。
まあ、ブログの情熱の何パーセントかは自己満足だ、今回はその比率が高いということです。


冥王星氏の発言
<小御所会議における薩長に姦計>
土佐藩の山内容堂は、この会議に慶喜公を呼んでいないこと自体おかしく、王政復古宣言は一部の者の陰謀だと主張。これに対して岩倉や大久保(薩摩)らの慶喜排斥派(武力倒幕派)は反論できなかった。
まず、将軍職という地位は、武家の棟梁であり、会議に出席しているものが武家であり、将軍職の辞意を留保した朝廷に意向を無視している部分においては、山内容堂の問題提起は非常に辛辣で薩長の弁明の余地すらない。
しかし、山内容堂の「これは幼少の天皇を担ぎ上げておこなった陰謀であり・・」との発言に対し、岩倉は「幼少の天皇とはなんたることか!」と叱咤する。幼少でも天皇は天皇である。当時15歳だった天皇に対する非礼の発言をしたことに気付いた山内容堂はこれ以降黙り込むことになる。
このくだりで問題になることは、まだ幼少である明治天皇の代わりに摂政が存在することから考えるべきであろう。公式的に朝廷内で天皇を補佐する立場である摂政二条家の移行がこの場合は、公的な朝礼であり、明治天皇にはその政治的権威性はない。つまり、幼いことが問題ではなく、政治的権威は天皇に介在するわけではなく、摂政二条家にあるはずであるから、山内容堂は非礼ではない。この部分でおいてまだ山内容堂は奮戦して幕府と公家との同盟政体を模索していたと想定できるだろう。しかし、このような状況を暴力で覆そうとしたのが、薩長である。
全体と通して、会議のはじめは山内容堂により慶喜排斥派は不利な状況となっていた。その長引いた会議の休憩時間中、御所警備にまわっていた西郷隆盛が一言「短刀一本でかたづきもす」と語ったといわれている。これが噂となって会議参加者の知るところとなった。命の危険を感じた容堂は休憩後再開された会議では沈黙した、といわれている。
この西郷発言に励まされ暗に力を得た岩倉は、自らも山内容堂を刺殺する勢いで会議に臨んだ。その気迫に危険を感じ黙ったともいわれているのだが、このような政治の場で暴力をちらつかせる薩長の手法がまともであるか?という問題では、まともとは言えないだろう。

そもそも、これまでの日本の歴史において、権力を天皇に一元化したことは、一部の期間を除けば存在していない。富国強兵を強行するために、やむを得なかった、という論が横行していますが、そういう必然性があるほど、日本が劣勢であるという根拠は何もありません。
大政を奉還して恭順を示している幕府に戦争を仕掛けることに全く大義はありません。これは理由のない暴力であり、それを正当化するに錦の御旗を事後で使うことは近代戦争でも支持が得れるものではないでしょう。
島崎藤村の「夜明け前」という作品に関して読んだ人はどれだけいるでしょうか?この作品が明治維新の地方社会を一番鮮明に述懐してるわけだが、明治政府の民衆は維新に大きな期待を寄せたことが書かれていて、それが結局裏切られる歴史を描いている。明治初期の百姓一揆の頻発などを考察するに、同時に、薩長雄藩の徴税などを見るに、いわゆる搾取状況から成立する明治富国強兵であるという認識も可能である。現実に、自作農が減り、小作農が増えていた事実関係もあるし、殖産興業政策における富国強兵政策も当初の官営主体ではなく、民間払い下げによって成功している部分などは、政府の手腕として評価するにかなり問題があるといえるでしょう。



薩摩長州の発言
<小御所会議における薩長に姦計>

天皇制に関しての記述がございますので、軽くふれておきたいと思います。天皇家は10世紀頃から展開した荘園制によって公民制が崩壊すると、12世紀末には律令制の伝統にもとづく官位授与などの権威は保持しましたが、実質的な政治勢力としては、いち荘園貴族程度のものに衰退し、南北朝内乱をへて室町幕府のもとでさらに衰退を深めました。しかし織豊政権が室町将軍家に対抗するために天皇の権威を利用し、それが江戸時代にも継承されて天皇が将軍職を授与するという形式が固定化したのです。

このわずかに残った権威をめぐって、幕府に対抗する権威を得ようとする反幕府勢力と、天皇との結合によって支配体制の立て直し・強化・維持をねらった幕府との天皇家争奪戦の綱引きが双方朝廷工作の目的でした。そのことは、急速に天皇家の政治的地位を引き上げることとなりました。
さて、天皇家獲得の成功から誕生した明治新政権ですが、「大政復古」になぞって太政官制度にならった支配機構をとりましたが、実態は有司専制政治であったことは周知の事実で、天皇の政治的地位は不確定で、かならずしも最高権力ではありませんでした。

その天皇が機構として確立するのはさきにふれましたように、1890から1900年代にかけてでその契機は、欧米から流入したブルジョア民主主義思想を武器に、在野士族、豪農、中農、非特権的中小産業資本家層がたちあがった自由民権運動を有司専制政権が弾圧する代償として、国会を開設にふみきったことで、1889年の大日本帝国憲法発布により、階級的には半封建的な寄生地主と特権的ブルジョアジー(政商)とのあいだの均衡のうえに絶対主義天皇制として確立します。

時おなじくしてはじまる産業革命、それにともなうプロレタリアート階級の創生に、恐怖したブルジョア階級は寄生地主と結託することによって1890年代後半から天皇制ボナパルティズムへと変容してゆきます。このあたりは唯物史観にもとづく近代史のなかでも最重要なのですが、エントリーが明治維新ですので、論及をいたしません。



私は藤村の「夜明け前」を読んだことないんです。そういう内容だったのですか、こんど読んでみようと思います。さて、self様の感じられたことは、その通りです。地租改正を突破口にはじまった農民への収奪は、おそらく日本有史上最悪の収奪であったと思います。さきにインフラ整備でふれましたが、自作農を解体し、寄生地主を登場させ小作農を拡大し塗炭の苦しみを強いました。このプロセスこそが資本の本源的蓄積に他ならなかったのです。

そのプロセスは過酷です、最初に産業革命をおこしたイギリスでは、その先駆性ゆえに資本主義はほぼ純粋な形をもって自然発生的に発展してゆきました。しかし、この資本の本源的蓄積過程においては、囲い込み運動によって、領主たる土地所有者に突然土地を追われ農民は生きる術を失いました。農民は浮浪者となり物乞いや盗みで生計を立てるものもあらわれました。
ヘンリー8世の統治下では1531年の条令で、そんな着の身着のままの哀れな浮浪者を「労働意欲がない」ときめつけ無慈悲に逮捕し、初犯は鞭打ち、再犯は耳そぎ、3度目の逮捕は死刑をもって弾圧しました。
1601年初の救貧法を国家的なレベルまで改正し近代福祉のパイオニアと謳われるエリザベス救貧法のエリザベス女王ですらその統治下ではそれに、先だつ1547年の条令をもって14歳以上で免許をもたない乞食は鞭打ちと耳に焼き印、3度逮捕されるとやはり死刑をもって弾圧し続けてきたのです。
このようにして領主に税を納めねばならないが、自由意志にもづき労働し共同体として多くの人と結びながら綿々と生きてきた牧歌的な封建農民は「規律正しい従順」な「近代労働者」「賃金労働者」に改造されていったのです

すでに早くから中央集権国家と常備軍をもち、基本的なインフラが整備されていた、イギリスですらこのありさまです。インフラをほとんどもたず、主要産業が農業しかない時点での日本は、農民への収奪によってしかインフラと近代工業を同時に整備する殖産興業政策の財源を得ることができず。農民の苦しみはイギリスの労働者の比ではなかったと思います。

では地租改正がもたらした農業の破壊を精査してゆきます。地租改正(1873年)によって封建領主の土地所有が否定され土地が私有地として認めらたとはいえ、封建領主の元で耕作していた土地に私有権を追認しただけでなので、非常に狭小な耕作地をもつ零細小規模農家が大量に生まれました。
また政府の「旧来ノ歳入ヲ減セサルヲ目的」との方針に、幕末時に封建領主が課していた高額の税率を追認し貨幣での納税を強制したものなので、農民にとっては、幕府の末期の重税と貧困からのスタートでした。
さらに村請け制度は廃止され個々人が納税の責務を負うことになったのはすべてのリスクを押しつける結果となりました。
さらにさらに入会地などの共有地は所有者未確定ということで没収してしまいました。高額な貨幣での納税は小規模自作農家を衰退させ、租税改正にさきだつ田畑永代売買禁止令を解除(1872年)によって土地を手放し小作になる農民が大量に生まれ、土地の集積が寄生地主を登場させました。

この流れに拍車をかけたのが明治十四年の政変(1881年)で松方正義が参議兼大蔵卿となり日本銀行の設立を経て、政府発行紙幣の全廃と兌換紙幣である日本銀行券の発行おこなったことによってひきおこされた。深刻なデフレは、自作農業経営に壊滅的な打撃をあたえ土地の集積をさらに促進し膨大な小作農を生みだししました。どんどん強大になってゆく寄生地主にたいし貧困の度合いをふかめる小作農。

いっぽうで殖産興業ですが、旧幕藩営の諸施設の接収をかわきりに、1870年に第一段階として工部省を新設、鉄道の敷設と管理、官営鉱山炭坑の経営、セメント・ガラス・機械製作などを外国人技師の指導に無批判に模倣的な欧米の技術の導入をおこないました。
1874年に第二段階として設立された内務省は、日本型農業(零細小規模農家)の特色に配慮しつつ、欧米型農業を導入、稲作農業からの脱却をめざすとともに、製糸・ラシャ生産・綿紡績などの農産加工品工場の建設と増産をおこないました。

しかしself様が指摘しておられるように、ごく一部の事業をのぞいて累積赤字を重ねていました。
1881年第三段階として農商務省が新設され、官製事業は縮小され、模範官営工場は一部の特権的ブルジョアー(政商)に格安で払い下げられました。こうして殖産興業政策は1880年代後半には破綻・後退してゆきました。
しかし、殖産興業政策がはたしたインフラの整備と高度な生産技術をそなえた拠点施設を構築できたことは、1900年代初頭から始まる日本産業革命の布石となったことに疑うべき余地はありません。ただし、おびただしい数の農民への激しい収奪とそれにともなう彼ら彼女らの貧困を忘れてはなりません。

さて、農民に話を戻します。どんどん強大になってゆく寄生地主にたいし貧困の度合いをふかめる小作農民は家人を労働者として放出することによって、兼業農家として生き残る道をさぐります。すでに各地では非特権的中小産業資本家たちがマニュファクチュアの段階を脱し成長しておりました。これを可能ならしめたのが、インフラの整備と農業の兼業化と廃業による大量の労働者の創出でした。
殖産興業と地租改正セットですが農民を解体するほどに収奪し興業に投入する、解体された農民は土地を手放す、手放した土地を買って地主ができる、地主のもとで小作農になり収奪される、地主は収奪した剰余利潤を資本家に投資する。収奪された小作農はますます深まる貧困に労働者となって資本家のもとでも搾取される。この恐ろしい社会機構を生み出すのが、近代日本における資本の本源的蓄積の過程なのです。労働者=プロレタリアートの悲劇的な惨状は女工哀史などで知ることができますが私は1979年に映画で見た「あゝ野麦峠」が忘れられません(涙)

明治維新など美化できるようしろものではない。それは想像を絶するような痛みを人民に強いるばかりの暗黒の歴史です。
欧米列強の従属国家となることをぎりぎりでかわしながらの近代国家建設をよしとするより、いっそ属国となっていまの世まで、民族解放闘争をみなが心をひとつにして戦うほうが生の充実はえられかもしれないと思ったりもする薩摩長州です。


最後までおちかれさまでした。バラ貼っておきます癒されてください。

イングリッシュローズ ゴールデンセレブレーション
ゴールデンセレブレーション

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明るい明日のための明治維新考 その1
肩こり指数 ★★☆

この記事は本来某冥王星氏との真摯な討論であるからにして、多少長くなっても氏の発言を引用すること無しに公平性を保証することは難しいと考えたので、符合する部分をすべて引用させていただくこととした。なお文中のself様は当時の冥王星氏のHNである。なおくわえて、これはあくまでも記事にたいするコメントであるからして、歴史的時間軸にそって概要を述べたに過ぎずあまりクオリティーのたかいものではないことをご承知おき願いたい。


冥王星氏の発言

「急進的な改革の必要性の問題」
まず、日本の近代化の必要性は否定しえないでしょう。しかし、多くの血を流して、旧体制を一揆に崩壊させて改革するほどのスピードと必要性があるということは明治維新では一度でも語れることはありません。前述したとおり、明治元勲は当初から幕府よりもその能力と先見性の無さを露呈しており、世界情勢の知識も坂本竜馬などの一部を除けば幕府より優れていたということは言い切れません。当時、それこそ先見性を見出せる人がいるならば、大阪の適塾の門下生達であるでしょう。その門下の人間が倒幕を意識していたというのは事実にもありません。
そもそも、幕末当初の世界情勢において、すぐにでも日本に直接的に行動を取れる欧米諸国があったという分析がまず、極めて情勢理解の問題があります。まず、地理的要因として、日本への侵攻という行動は遠く地理的な時間の猶予があります。総じて、1年は掛かる準備がありますし、植民地戦争の真っ最中の英仏、ロシアもクリミア戦争の前後、アメリカは南北戦争、どこの国家が日本へ本格的侵攻するだけの余力があるというのだろうか?反論で薩英戦争などの事例を出す人がいるが、薩英戦争の経緯において薩摩が攻撃されるだけの不当行為があったことは生麦事件の経緯を踏まえて、当然であり、そもそも薩英戦争の被害は死傷者だけならば、英国側の方が多いのである。薩摩側の死傷者は9人で英国側の死傷者は63人である、(これらの数は正式な統計ではないが、両方の資料に大差はない数字である。)
確かに近代兵器の大きな戦力差は否定しえないものがあるだろう。しかし、防衛側の戦力的差異は、薩摩、長州、幕府が同盟して、対抗すれば、そうそう負けるとは言えないと思う。フランス式の最新式銃の採用や長岡藩のガトリング砲、アームストロング砲などは当時の近代兵器であり、その運用の巧緻さは蘭学者でも一定の水準をもっていたことも推測できる。このような事情からしても、急進的に改革を行う必要性はあるとは言い切れないし、むしろ、公武合体などの方策で平和裏に近代化が図れた可能性は多い。(実際に、近代海軍の基礎は榎本によるものであるし、大村なしには近代軍編などもできたはずもない。大村を一番最初に見初めたのが、宇和島の伊達宗城であり、彼は幕末の四賢候として勇名な人で幕府寄りであるわけで、ここらにも幕府の審美眼は腐っていないとも分析可能である)

薩摩長州の発言
<急進的な改革の必要性の問題>

日本の近代化は大急ぎで達成せねばならなかったと思います。
それは欧米列強との比較において国力に大きなひらきがあると思うからです。たとえば産業革命はイギリスでは1760年ジェニー紡績機と水力紡績機の発明をかわきりにはじまりました。フランスでは1810年、ドイツでは1834年、アメリカでは1820年、ロシアでは1861年にそれぞれ始まっています。そのうちロシアはちょっと特殊なのではずしますが、いちばん遅いドイツとくらべても、討幕派が権力の奪取を宣言した王政復古の大号令(1868年1月3日)を起点にみると29年の遅れです。

しかも日本ではまだ始まるための準備すらできていない状態ですから。準備とは具体的に言えば、全国的なインフラを整備せねばなりません。とりわけエネルギーの確保と、物流と情報の伝達をささえる道路と橋梁、鉄道を整備せねばなりません。そのうえで近代産業をおこしながら、列強ともわたりあえる常備軍をつくってゆかなければなりません。資本主義の前提である資本家も労働者もなく、全国的なネットワークもない状態から社会制度の整備もふくめて、 これら資本の本源的蓄積を 大急ぎで達成しなくてはないけません。
しかも列強の外圧に耐えながら、不平等な条約を頼りに彼らの技術を導入せねば達成はむずかしく、くわえて旧封建勢力の反撃を制圧しなければならない。その戦費や華士族への家禄支給が財政を大きく圧迫していました。
すなわち、勝先生のところでふれましたが、対外交的な理由から決戦的な内戦をさけたことによる負の遺産、これらをかかえての国つくりの始まりであったといえます。

さて、明治政府がおこなったさまざまな改革が資本主義樹立の土台として定着し、天皇制も機構的にも確立するのは1890から1900年代にかけて(大日本帝国憲法の発布から帝国議会がひらかれるまでのあいだ)で、この時期を明治維新の終了とする見解は、旧封建勢力が完全に制圧された西南戦争をもって終わるという見解とともに、学会では有力な説とされています。
ということは、ここでふたたび大政復古の大号令(1868年1月3日)を起点に、大日本帝国憲法発布(1889年2月11日)を終点とすると20年の歳月がかかっているのです。その5年後の1894年日本は日清戦争に突入します。それを梃子にイギリスとのあいだに締結された不平等条約を改正するにいたり悲願達成となります。

また世界的レベルでみた場合1900年代初頭から資本主義は自由主義段階から帝国主義段階へと移行します。膨張しつづける生産力とすでに分割が完了した植民地、売り場のない商品、投資先のない資本が経済発展を停滞させ、政治的危機を生み出します。全世界的規模で侵略によって国境線をひき直すことによってこの矛盾を解消するシステムの時代に突入したのです。つまり世界大戦の時代に突入したのです。

そこから近代日本の建設に要した20年が長いか短いかの評価は別として、まさに絶妙なタイミングで日本は植民地化の危機を回避したといえるのではないでしょうか。事の評価は別として。ただすくなくともself様の地政学的見地から割り出されたセキュリティーマージンはそのスパンがあまりにタイトなのではないかと考えた次第です。


明るい希望の明日につづく(笑)

しょぼい秋その3
ちょっと悲しい記事をあげたので、気分転換にいつものバラをアップいたします。


モダンローズ アイスバーグ
アイスバーグ


イングリッシュローズ ラジオタイムス
ラジオタイムス


イングリッシュローズ シャルロット
CHARLOTTE



ワタシの猫遍歴 続き物 その3
この、小黒猫さんなのだが、悪戯が凄まじかった。子猫だから仕方ないのだけれど。まさに傍若無人の大暴れ。なんとか躾ができないものかネットでいろいろ検索をかけてみた。

そこで、猫に関してたくさんの事を知った。野良猫は、飼い猫が捨てられて繁殖したこと。野良猫は社会から疎外されていること。たくさんの猫が保健所に持ち込まれ殺処分をされていること。殺処分を免れても野良猫の生きる生活環境は過酷で平均4年ほどしか生きられない、それ以下がとても多いこと。企業による動物実験、その需要を見込んだ里親詐欺。そして、避妊虚勢をメルクとした地域猫活動を知った。

くろっぴぃの粗暴乱雑ぶりは結局改善されなかったが、私の猫への認識は大きく変わった。虚勢手術を施し、ワクチンを接種し、室内飼いをめざした。外に出すときは必ず一緒にでて目をくばっていた。幸せな日々が続いた。ずっとずっと続くと思っていた。

くろっぴぃが来てから2ヶ月ほどたったある日、深夜2時過ぎ、私は黒猫の夢で突然目が覚めた。いまでは、それが具体的にどのような夢であったか覚えてはいないが、飛び起きて家中を探した。いない!どこにもいない。浴室の窓が数十センチ開いていた。
しまった!!やられた。鍵をかけ忘れた。あわてて暗闇の中探し回ったが見つからない。
結局、小一時間探して家に戻り朝を待った。

早朝6時からかみさんと、手分けをして探した。くろっぴぃはかみさんに抱かれて帰ってきた。けど、魂はすでに旅だったあとだった。近くの県道で車にはねられていたのだ。
脇の歩道に身を横たえていたそうだ。なきがらには外傷はなく、わずかに口と鼻から血が出ていたが、ただただ穏やかに眠っているだけのようにみえた。でも、体はとても冷たくてかたかった。まるで、自分にいいきかせるように、失われた命は二度と戻ってきて宿ることはないという言葉がぐるぐると頭の中を回り続けた。 とめどなく涙が溢れてきて、泣けた。

黒猫くろっぴぃ

つづく

禁断のゲーム
前回、Tomb Raiderの話をさせていただいたのだが、ちょっと勢いがついて、今回もPCゲームネタをさせてもらいます。

こんな不道徳にして、公序良俗をふみにじり、反動的な暴力に充ち満ちた世界。
それが、「POSTAL2」。

ご存じの方はおられるかな、不評の嵐だったPOSTALの後継3D版なのだ。
詳しくはWikipedia ポスタル (ゲーム) http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%AB_(%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0)

をみていただくと早いし説明の手間が大いに省ける。

POSTALの一作目はたんなる殺人ゲームでもちろん 不道徳にして、公序良俗をふみにじり、反動的な暴力に充ち満ちた世界一色なので、さしたる関心もなく、持ってはいない。

ところが、POSTAL2はというと、少々展開が違う。私は殺人趣味はない(あったりまえだ)、そのような願望もない、過激派と呼ばれたことは昔あるがその分だけ暴力に関してはそこらの「哲学者」より理解の深度は深い、だけど、あえてこの欧米で発禁となった禁断のゲームを入手したのは、無法な世界を体験してみたかったからだ。語弊を恐れずいえばアフガニスタンも、イラクもこのような世界にちがいないと思う。一国の統治秩序が崩壊するといかなる世界が現れるか想像できるだろうか。

不道徳にして、公序良俗をふみにじり、反動的な暴力に充ち満ちた世界ではあるのだけれど、そこに暮らす主人公ポスタル・ジュードは自由なのだ。プレイヤーの自由意志にその行動は任されている。

ポスタル・ジュードは1日に幾つかの決められた用事を済まさねばならない。
初日は、勤めの会社いって小切手を受け取る、それを銀行に行って換金する、スーパーでミルクを買う。もう一つくらいあったかな、まあごくありふれたお使いだ。

とっころがだ、この用事がなかなか一筋縄でいかない、しかし、その阻害要因はかならずしも架空のものでもない、現実的にありうるごくありふれたことばかりなのだ。

そんな、ごくありふれた「むかつくこと」がこれでもかというくらい降りかかってきてプレイヤーの人格が試される。挑発するかのように公衆トイレの隅の方にショットガンがあったり、植え込みの中にグレネードが転がっていたりする。

このゲームはその始まりからなんとも異様なグラフィックとムジークで始まるのであるが、意外にそんなレトリックをとっぱらって冷めた目でやってみると、冒頭で先に述べたのだがトマス・ホッブズの観念が表出し結晶したような世界なのだ。

マルクス風にいえば、私はブルジョア社会(資本主義社会)におけるブルジョアイデオロギー(資本家階級の物事の考え方、あるいはそれらにとって善なること)を具現化した法体系というものを是とするものではない。そのもとでおこなわれる死刑制度には反対であるが、死刑は社会の発展の諸段階においては消極的な意味合いでなく、否定できないものであるし、それゆえ暴力を一般論として否定するものではない。
ハイデッガー風に言うならば「暴力内存在」である。ヘーゲル的にいえば暴力は暴力をもってそれを止揚せねばならない。おっと、肩こり系に話が、流れつつある。

このゲームは思想性が鋭く問われるし、やりようによってはたいへんに哲学的ではあるが、ゲームとして純粋に割り切った場合は一人も殺さないということはとてもむずかしく、緊急避難として殺人を犯さざるおえないことを承認するものであっても生きて用事をすべて済ませ家にたどりつくことは至難のわざなのである。

青少年には絶対にさせるような代物ではないことだけは間違いない。これに限らず、殺しが登場するゲームは青少年にはよくないよね。最近のゲーム機ってグラフィックがリアルだから、虚実の皮膜はどんどん薄くなってるって。Tomb Raiderは最大の敵は谷とか川とか自然の障壁が多いのだけど、多少は人も殺すし、虎、犬なんかも殺す。そんなときちょっと後味が悪い思いがするのは私だけだろうか。べつに私は善良な市民ということもないんだけれど。


テロリストが束になって発砲してくる。「私は君たちの味方だって!!」「うるさい!!!アメリカの犬め」と言っているかは不明 
postal2


ニッポンの夜明け 予告 猫の写真付
肩こり指数 ★☆☆

さぁって、今日はなにを書こうか。筆がすすまないんだなこれが、ぼちぼちスランプ。

去年の9月ころだったろうか「土佐高知の雑記帳」におじゃまして、 「チリ人民連合の9月」というエントリーのなかで某冥王星氏と激しい論争をしたことがある。いきなり「暴言だ」と言われたが、続きの話は理性的にすすんだ。けっして、猛省しろとか、感性・理性・思想が不当だ、言論の自由の冒涜だ、なんてことは一切無しだ、互いの人格を尊重する者同士であればあったりまえのことだ。どちらも長文だったのはブロガーにとって迷惑だったかも知れないが、互いに違うところは違うとしたうえで、理解し合えたと思っている。じつに良い討論であった。

そのときに、はじめて使ったHNが薩摩長州なのだ。単に「土佐の高知」に「薩摩長州」って語呂がよかっただけのことなのだが。

そのあとたまたま某冥王星ブログを覗いてみると、氏が明治維新を佐幕派の立場から誹謗中傷をおりまぜつつ歴史考証を大展開していた。のちに知ったことなのだが氏は倒幕派がダイッキライらしい、とりわけ、薩摩と長州が(大爆笑)。
挑発目的で私が薩摩長州のHNを名乗ったわけでわないのは上記の通りなので、一切、氏の感情は気にせず唯物史観にもとずいた明治維新を対置させていただいたものである。

まあ、私的には明治維新歴史考は、徳川幕府政府軍が勝利しようが薩長反幕府軍事同盟が勝利しようがどちらでもよいわけで、大切なことはそんな表っ面のごたごたにあるのではなくそのはるか頭上に輝く「理性の狡知」であり、その足下のはるかしたでひっそりとよこたわる「生産力」なのである。どちらにしても本質の問題であり、泣きを見た民衆の歴史が大切なのだ。

日本の近代国家としての成立を論ずることは、明治維新にもなぞられながら、怪しげな「構造改革」が進行する今、まるでペリーの来航をも彷彿させる日米年次規制改革要望書なる無理難題が美国からまたもやってくる今、そう無駄なことでもないと思うものである。活き詰まったら振り返ってみることはとても大事だ。

決して賢明な読者は過去のコメントの再掲載でブロガーが手を抜いているなどと本質を見抜かないようによろしくおつきあい願いたい次第である。明日、少々手直しをして掲載します。

今日の内容不足の埋め合わせに猫さんの写真貼っておきます。
癒されてくださいませませ。(^_-)

三毛猫なな おいおい急にそんなところから顔出すなよ(^^)
三毛猫なな


三毛猫のんの 未来をつかもうってか??
三毛猫のんの


二毛猫ぴよ 22世紀が見える!
サビ猫ぴよ


ワタシの猫遍歴 続き物 その2
アメショウMIXのウリを迎えてからもうじき一年たとうとしていた頃、そう、7月も末の頃の夕刻、突然玄関先に黒猫があらわれた。春の生まれだから生後3から4ヶ月の子猫だった。ミルクとキャットフードを少々あげたら去っていった。すごく人慣れしているのでどこぞの飼い猫だと思った。

翌日の夕刻、どこからともなく猫の鳴き声。仕事部屋のブラインドの隙間からそっと覗いてみると目が合ってしまった。ああ!!ヤバ、と思うがはやいか、黒猫ダッシュで開け放しの玄関をぬけて家に飛び込み、私の膝の上にジャンプ。

負けました。私の負けです。完敗です。黒猫は速攻で「くろっぴぃ」の名前を授かりファミリーとなりました。とさ

黒猫くろっぴぃ
黒猫くろっぴぃ

つづく。

しょぼい秋その3
秋晴れである。朝夕はもうすっかり寒いのだが、良い季節になった。人生って良い時ってあっという間だよね。などと年寄り臭いことを言ったりして。でも、良いときがあっただけいいかな・・・ 秋は物寂しかったりする。

引き続きしょぼいながらも健気に咲くバラを貼ります。癒されてくださいましまし。

イングリッシュローズ Sir Edward Elgar 
Sir Edward Elgar


イングリッシュローズ KATHRYN MORLEY
KATHRYN MORLEY


イングリッシュローズ EVELYN
 EVELYN


チャイナローズ 紫燕飛舞
紫燕飛舞


ブルボンローズ Souvneir de la Malmaison
Souvneir de la Malmaison


ティーローズ Duchesse de Brabant
Duchesse de Brabant


祈り
私は、宗教を携えてはいない。しかし、無神論者ということもない。困ったとき、人力及び難きときは、何の躊躇もなく祈る。「神」は必要なのだ、そして、祈りという謙虚な行為も。

先月、仕事のつきあいの友人が亡くなった。胃ガンであった。去年のいまごろ吐血して入院、すでに手遅れ、余命1年を宣告されていたそうだ。

先々月の盆明けに久々、仕事で顔を合わせた。髪は真っ白になり、少々痩せてはいたが元気そうだったのに・・・ 「あしたからまた入院して抗ガン剤治療なんだ」といってその場をあとにした彼の後ろ姿、生きている最後の彼の姿となった。



私の祈りに対する神の応え

大事を成そうとして、力を与えて欲しいと、神に求めたのに
慎み深く、従順であるようにと、弱さを授かった

より偉大なことができるように、健康を求めたのに
よりよきことができるようにと、病弱を与えられた

幸せになろうとして、富を求めたのに
懸命であるようにと、貧困を授かった

世の人々の称賛を得ようとして、権力を求めたのに
神の前に跪くようにと、弱さを授かった

人生を享楽しようとあらゆることを求めたのに
あらゆることを喜べるように、生命を授かった

求めたものは何一つとして与えられなかったが
願いはすべて聞き届けられた
神の意にそわぬ者であるにもかかわらず
心の中の言い表せない祈りも、すべて適えられた

私はあらゆる人の中で、最も豊かに祝福されたのだ
神は、私が必要とすることを一番よく知っておられる

願わくば、神は賛美され、祝福されますように・・・

(ニューヨーク大学リハビリテーション研究所の壁に刻まれている一患者の作)
(非常に重い、治ることのない病気にかかった患者の詩だろうと言われている)]



人はなによりも謙虚でなければならないという、戒めとしてフレームに入れて玄関のちょっとしたスペースに置いています。仕事に行くとき読むようにしています。

でも改憲阻止・軍事大国化反対は、祈ってもだめだからね。声をあげて、動かないとね。
これは、人の力の及ばない神の領域じゃないから。
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しょぼい秋その2
しょぼいながらも、がんばって咲いている健気なバラを紹介させていただこう。
上がティーローズのソンブロイユ 下がおなじくティーローズのグロワール・ド・ディジョン どちらもオールドローズで紅茶の香りがする。
ティーローズのソンブロイユ

ティーローズのグロワール・ド・ディジョン


おわらないゲーム
資本主義という生産関係がもたらす社会は無秩序な私的生産が競い合うことによって・・・・・
なんて、価値法則とか、堅いのを書こうと思ったのだけど気が乗らないのでやめた。

私はPCゲームをときたまする。このファミコン全盛時代にあってだ。うちには、ファミコンがない。理由は①貧乏で買えない ②ケチな妻のローザ・ルクセンブルクが購入を許さない ③グラフィック等のスペックが不満 ④カスタマイズできないのが不満 などなどの理由で、ゲームはPCで、ときめている。

とっころがだ、リーズナブルな価格に裏打ちされた高性能なファミコンの普及を梃子とした、ファミコンソフトの勃興と表裏一体となってPCゲームソフトは衰退の一途をたどってきた。とくにここ数年で売り場から一掃されたの感がある。

このあいだ某ブログでwindowsVistaの販売にまつわる泣き笑い話に絡んで、商業資本における商品展示の 経済モデルが展開されていた。おおお、なるほど商品の仕入れと、在庫、そして展示にはかくのごとき理論的裏付けがあるものと大いに感じ入ったのである。
このことをとりあげて、商業資本の話としてお題にとも思ったのだが、やはり今日はパス。
そういった事情から、量質共にPCゲームソフトはたいへんに入手が難しくなった。

さて、私は、Tomb Raiderのこっそりファンなのだ。シリーズ3からずっと。
この世にこんな難しいゲームソフトがあろうかと思うくらい難しい。いったい何を考えて作ったんだよ、クリエーターはよ~~ぉ というくら難しい。とくにシリーズ3。
私が自己投影するメインキャラ ララ・クロフトは、死にまくる。セーブの回数はゆうに700回を越えていただろう。結局晴れてゲームを完遂するのに1年半という歳月を要したのだ。

去年だったかTomb Raider Legendという最新版がファミコンソフトで登場したのだが、PC板がない、たしかにでているはずなのだが。足を棒にしていくらさがしても売り場に展示されていない。答えは、日本語版はなく、ゆえに輸入するよりないということであった。そこで初登場がamazon.co.jp 。はじめて利用してみた、感動した。すばらしい。流通革命だね。あまり詳しく感想を述べると話が違う方へゆくのでこれもまた後日のお題として。

ネットで注文して、コンビニで楽々払い、速攻で到着。めでたく英語版 Tomb Raider Legend念願のゲット。これまた速攻でインストールして、5月から不屈の闘志で進んできて、後一歩と言うところまできている。

ゲームの感想としては、グラフィック超綺麗、操作性も向上でそう簡単に死ななくなった、ゲーム進行上のキーの発見が容易になったなどなど、従来の殺伐としたSM系の極端な難しさは影をひそめていた。のだが、さっすがTomb Raider!あと一歩というところで進めない。もう3ヶ月足止めだよ。ネパールでのステージで、秘剣をゲットしてから崩壊する足場を八艘跳びで渡り、最後にビッグジャンプをして対岸にランディングで最終ステージへなのだけれど。いけないんだな~。

クリエーターにかせられた販売戦略の邪悪な意図が見え隠れするこの最後の難関をまえにいまだゲームの終わりがみえないままである。そんなこと予想してなかったのですでに最新作のTomb Raider Anniversary(輸入盤)も獲得済みなのだが、これではいつ開封となることやら。ちょっとやっては、あきらめてというおわらないゲームに溜息なのであった。Tomb Raider Legend


ワタシの猫遍歴 続き物 その1
私の家には猫が6匹いる。去年の今頃は7匹いた。
猫嫌いの方々からしたら卒倒ものかもしれないが、正直にいえば好きでもちょっと公言するには躊躇する飼育頭数であると思っている。

な~にも考えずにただ好きだ~!!で飼っていたのは遠い昔、私が科学者を夢見ていた時代のことである(爆)
最初の1匹目のアメショーMIXは捨て猫だった。1歳弱で家の庭に忽然とあらわれた。事情があって半年ちょっとたって召し抱えたのだが、現れた頃の人なつこさは消え失せ、やせ細り、根性は曲がっていた。家にいることは少なく、なかなか懐いてはくれなかった。去勢手術の後も外出外泊は止まなかった。彼は広大な領地を支配する領主さまだったのである。(大笑)で、つづく・・・アメショーMIX アルバティア~ナ・ウリ~タです


労働力の価値ってな~に?
肩こり指数 ★★★

初コメがついた。その年初の収穫したての新米のように嬉しかったりする(つまらん駄洒落)。

初コメ一番は、東西南北氏でありました。ご来場ありがとうございます。ま、どうぞどうぞおあがりくださいまし。お座布団をどうぞ。よろしかったらお茶でも、ぶぶづけでも・・・・といった感謝の気持ちを物質化して、浅学ながら2点ほど氏の疑問について論じてみよう。とりあえず今日は1点だけ。

「価値法則っていうのがイマイチなんです。」そう!、ワタシも価値法則イマイチです。なんてコイズミ流の答弁では答えにならないのであるが、物事の理解には深度というものがあるとおもう。とりわけマルクスの弁証法的思考は単純なものから始めて、複雑なものへと展開してゆく式なので、純粋な思惟の領域での一国内商品経済における価値法則と、それにさまざまな要素がからみあった、資本主義社会全体において貫徹する価値法則とでは深度が異なるというものなのだ。喩えれば、車は車でもクラウンとカローラは乗り心地、安全性などなど違うっしょ。とはいえ、カローラに乗ってみないことには、「いつかはクラウン」(ふっるいコピー、年が知れるか)にならないので、まずはカローラレベルでいきたいとおもう。

まず、一点目から。「労働力の価値」とはなにか。要注意なのは「労働の価値」じゃないっということ。とってもややっこしい概念なのだけれど、とっても重要。資本家が買うのは「労働力」であって、「労働」じゃない。「労働力」っていいうのは文字通り労働をする能力。おちょくってるんじゃないよ。

冒頭のべたとおり、あまり卑近な例をとって説明することは、車という概念ををカローラという車種に限定するようなことにもなりかねないのでよろしくないのだが、あえてたとえ話をすると。

資本家は「労働力」を一定の期間期日を単位として購入する。そして、自らの思うがままに「労働」をさせる。悪い言い方をすれば使いたい放題だ、まさに奴隷といってもいい。それは、あたかもレンタカーを一日借りて走り放題に似ている。建設用機械のユンボを一日借りて穴掘り放題に似ている。

レンタカーが人を乗せて走り移動をするという能力やユンボが穴掘りをする能力が「労働力」なのであり、実際に走っていることや、穴を掘っていることが「労働」であり、走った距離や掘った穴の数が「労働の成果=労働の価値」なのだ。そこから言えることは、資本家は労働者が走った距離や掘った穴の数にたいして賃金を支払っているのではないということだ。

そんじゃあ、労働者の賃金はなにをもって決定されるのか?「労働力」の価値とは?

若い頃は、よく焼き肉食い放題にいったもんだ。2000円ぽっきりで時間限定と取ったものは食い尽くしが原則だ。最近は年をとったのか支払いにみあった量が食べられなくなったのでご無沙汰なのだが。この2000円の価格設定と労働力の価値の決定がじつによく似ている。

食い放題は限定された時間あたりでの平均的日本人の食事量に「欲道係数」を掛けたものを基準に組み立てられた経済モデルなのだろうが、「労働力」の価値というのは一日あたりを単位に考察するならば、それの実体的担い手である労働者が一日生きてゆくのに必要な生活資金ということになる。

もうすこしスパンを広げてみよう。ひと月単位だ。平均的労働者一人が摂取する平均的カロリーにみあった食費、平均的衣料費、家賃または住宅ローンの返済、水道光熱費、医療費、世間並みの文化的生活をおくるための費用(CDかったりとか、雑誌買ったりとか、楽器買ったりとか、テレビ、パソコン、車などの減価償却などなど)その他、世間並みの暮らしをするために必要な経費支出、それらひと月の総計が労働力の価値の一つの構成要素なのだ。

いまひとつの労働力の価値の構成要素は、次世代の労働力を再生産するための費用だ。ぶっちゃけた言い方をすると、男性なら女性をナンパして口説いて(見合いも可)、結婚して(しなくても可)、Hをして(これが重要)、つぎの労働の担い手を育成するためにかかる費用なのだ。つれあいと子供の食費、教育費などなどいちいち言う必要もないか。

それら二つの要素のいち労働者の生涯必要とされる総計合算を平均寿命で割って月あたりに換算したものが月給の基本ベースであり、まさにこれが労働力の価値の実体なのだ。そしてこの労働力の再生産のために費やされる労働時間を必要労働と呼ぶ。

まとめると、死ぬほどは働けない、24時間以上一日に働けないなどの制約のもと、何時間働いても、平均的な賃金を下回ることはあってもとびぬけて増えることはない。生きて女房と子供を養い世間並みの暮らしをする以上の稼ぎはみな資本家殿に召し上げられると言うことだ。まさに、これぞ賃金奴隷であり、「労働者は働けば働くほど貧しくなる」と言ったマルクスの言葉の証なのである。と同時に労働力商品は自らの価値(必要労働)をこえて価値(剰余価値)を生み出すとってもミラクルな商品として他の商品群と一線を画す特別な商品であるということも押さえておかなくてはならない。いかにして、そんなミラクルな商品「労働力」が誕生したのかは、また後ほどと言うことで。

以上のことがマルクスの剰余価値説のコアだと理解している。古典派経済学者は掘った穴にたいする代価としての賃金と考えていたから剰余価値がいったいどこから生じるのかがわからなかった。労働が価値を生み出すという労働価値説といういい線まできてたのだけどね。これを残念とみるか、ほんとは解っていたけどそこまでふみこめなかった見るか諸説はある。

以上コアな部分を押さえた上で、何点か若干の補足をしておきたいと思う。

その1 労働力の価値は、国家レベルで比較した場合、その国における労働者の生活水準に規定される。
そして、それを決定する要因は労働者と資本との力関係である。
であるからにして、「日本は賃金が高すぎて国際競争力が弱まった」という見解はあやまりである。生活コストを押し上げたのは、だれもかれもに車やデジタルコンポ、高級衣料、ブランドバック、薄型液晶TV、学習塾、付加価値つき野菜などなど矢継ぎ早に売りつけた資本の側だろうが。
中国で賃金が安いのは生活してゆくための費用が安いから、理由は圧倒的大多数の国民が貧しい暮らしをしていて、一部成金の超高生活水準をうちけしておつりがくるからだ。

その2 昨今の少子化という現象はさまざまな要因が絡み合っていて、ひとことでこれだ!!とはなかなか言えないのだが、少しずつ整理していって全体像をつかみたいと思っている。
ただ、今日のお題である労働力の価値という問題は一つの重要なポジションを占めているものだと思っている。「次世代の労働力が再生産できないくらい搾取されている」という現状。私の周辺でも、「結婚したいのだけど金がないんだ~」「子供できたら食っていけないよ~」という声をよく聞くようになった。コイズミ登場からのことである。
私は駆け落ちを進めているが、当人達はそうもいかないようだ。

「親はなくとも子はそだつ」などということを誰もが一度は聞いたことがあると思う。
このことは、社会ー地域ー共同体という文脈の中にあって成立する心温まる言葉であると私は思う。これも、あとでその気になったら書こうと思うのだが、資本主義はそうした旧社会的秩序である地域ー共同体を解体することによって成立した。そして、今なお細部にわたって解体し続けている。その結果「金さえあれば子はそだつ」ということにあいなるわけだ。ニッポンのような「先進国」で子供がいっぱしになるにはお金がたくさんかかるのだ。ごくごくまれに、並外れた才能と努力どちらか一方あるいは両方で人生を切り開く子もいるだろうが、それははっきり言って人生の奇跡だろう。

その3 異なった産業部門において、労働力の価値がことなるのは労働の質がことなるからである。たとえば、いささか単純に過ぎるが病院の医師と自動車生産工場の工員の賃金の違い=労働力の価値の違いは、その労働力を生み出すために投じられた資金量にちがいがあるからである。マルクスも言っているが「一番安い」のは食って寝るだけのルンペンプロレタリアートがする、単純肉体労働だろう。

価値法則は次回にさせてもらうが、それが機能するのは同一産業部門の同一職種あるいは、同一商品に対してである。価値法則は、個別資本の差異と変動を乗り越え平均化し、商品のなかに宿る社会的価値へと導くのだ。その結果、ほぼ同一の品質であるなら、ほぼ同一のプライスカードがついた商品を私たちはコンビニでもスーパーでも、各社の自動車のカタログを比較してもみることができるし、自由にえらび購入することが出来る。

そうしたうえで、テクノロジーの発展が労働の質を解消し、単純な労働へと代えてゆくことを忘れてはならない。それは、医療現場でも同じであると思う。いまよりも大規模にテクノロジーが投入されるなら、医療もまたそうなってゆくものであると考えている。そのためには「資本主義で機械化がなされることの限界」をふみこえて社会の諸関係が発展してゆかねばそうはならないのだが。すべての労働者の労働力が等しいものとなってゆく道を、差別や格差をどんどん拡大することを推進力として資本主義は猛烈に切り開き驀進してゆく。


価値法則はまたあとでね。ということで今日はここまで。

しょぼい秋その1
去年は春の嵐に、バラはサイテーの開花だった。
今年の春はすっばらしい開花でいままでで最高だった。

のだが、そのあとがよろしくなかった。
コガネムシの大量発生にみまわれたのである。葉という葉は食べ尽くされた。かろうじて、枯はしなかったものの暑い夏ともあいまって、黒点病もず~と蔓延し続け、反復開花はほとんどなく徒長ばかりなりであった。

その結果、過去経験がないほどしょぼい秋を迎えている。
反省点はあまりに大量のコガネムシのまえに戦意を喪失し、さっさと白旗をかかげ投降したことにある。ほとんど手入れもせず、しょぼい秋などと愚痴ったら、バラにおこられるかも。

台風が少なかったのがせめてもの救いであった。どーかしてるぜ!地球はよ~!! って、地球にも罪はないけど。悪いのは私も含めて人間です。

春のイングリッシュローズ ウンチェスターキャセドラル見てやってください。ウインチェスターキャセドラル


ブログはじめます。
私は、なにを隠そう(べつに隠すことではないが)。小学生低学年の頃、科学者になりたかった。おもいっきり、自然科学系の。お茶の水博士みたいな科学者。

しかしながら、当然のことながらあまりにも天から授かったものが足りなかった。と、天に唾するようなことをいうわけではないが、己の努力も莫大に足らずならなかった。
その挫折はずーと尾をひいている。

たわいもないことなのだけれど、サイトやブログを建てることがとてつもなくむずかしー事だと思い敬遠し続けてきたのだ。

最近のブログの流行から、さまざまに発信される情報に感動したり、啓蒙されたり、腹をたてたりしながらコメントをその先々でさせていただいてきた。それはそれで、楽しいものなのだけれど、やはり言い尽くせてはいないことへの思いがのこる。それをつうじて、しこたま簡潔に語るという能力を開発したこともあるのだけれど。たまには、全面展開で論じてみたい思いが募っていた。

「ブログの作り方」をネットで検索をして、書いてあるとおりしてみたらテンプレ通りに「できちゃった」スタートとあいなった次第なのだ。プラグインとか何とかかんとかわけのわからないことがた~くさんなのであるが、とりあえず発言の手段を得たのだ。感動で目がウルウルなんてことはないが、これでブロガーとして一国一城のおつきあいができるというものである。

科学の進歩、日々産業革命はすごい、それが人の欲道に根ざしたものであるのだから、「エロかっこいい」ならぬ「恐ろし凄い」ということとなろうか。

さて、カテゴリーをきめねばと頭をひねっていたのだが、やっぱり猫がすき、そしてバラが好き、そしてお政治と不経済を少々、あとは、腹が立ったことやら、徒然なるたわいもないことを綴ってゆこうと思う。

科学者になるなどと大それたことは幼い頃の夢としても、人生振り返って(おいおいまだそんな年じゃないだろう)白熱的蜂起的な実行力はあれど、持久力がないという決定的な弱点があるがゆえ、毎日更新などという神業はできそうにない。気が向いたらポチポチ更新してゆきたいと思う次第である。大安吉日
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