たわいもない日々の雑感を綴ってみたいと思いまする。

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はまったぁ! バイオハザード4
バイオハザード4の操作にも慣れてきて、すっかりはまってしまったでござる。
てなわけで、2から3日更新をお休みいたしまする。すんません。
なお、お休み中でもいただきましたコメントにはウキウキでお返事させていただきまする。



農民が鋤、鍬、鎌を手に束になって襲いかかってくるまるで一斉武装蜂起のよう
するって~とプレイヤーは治安部隊か、となんともいやな錯覚を覚える

leonincemetery1.jpg


しょうもないお知らせでした。
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命日
きょう2月26日は、世間一般では226事件という、我々が「より右翼ファシスト的勢力」と規定している皇道派系一部青年将校の武装蜂起があった日である。のだが、ワタシ的には「母べえ」の命日なのである。

亡くなったのが平成元年、あのオブッチーノが平成と書いた紙を両手で広げた翌月、「ご大層」の礼がおこなわれた二日後のことであった。

母べえは私を生んだ産後のひだちが悪く病弱で、過去に2度ほど心筋梗塞をわずらっていた。そもそも、私の家は貧乏な小資本家であった。だが、オヤジは恵まれた強健な体力と高度成長期に事業拡大の幸運をつかみそれなりに裕福な小資本家の地位をえた。その裏では、時代遅れともいえる封建的家父長制度のもと家庭内奴隷として、激務にたえる母べえの姿があったことを私はいまでもおぼえている。オヤジは私に惜しみなくこれでもかといわんばかりにブルジョアイデオロギーを叩き込んだ。母べえの困苦を知る私はそれを断固として拒み続けた。

ここが、私の革命的左翼の原点である。このあたりは実に、相互リンクいただいているアッテンさんに共通するものがある。母べえは私が小さい頃はとても厳しかった。殴られたこともたくさんあった。万年筆のインクをいたずらしていて怒られ頭からインクをかけられたこともあった。泥遊びをしていて服を汚したとき顔に泥を塗られたこともあった。

でも、私は、母べえが大好きだった。オヤジは母べえをなんのためらいもなく殴り、怒鳴り上げた。「おまえの躾がなってないからこ~いうことを子供がするんだろぉ」と。
母べえはオヤジに私が怒られないようにいつでも必死に守ってくれたのだ。

そんな、オヤジにいつも緊張し神経質だった母べえも亡くなる数年前はまるで仏様のようにおだやかだった。とりわけローザをかわいがった。人は仏様のように穏やかになるとお迎えが近いなどと言うことを聞いたことが幾度かあったが、まことに非科学的な認識ではあるがあっさりと同意してしまう私なのである。

母べえの最後はやはり心筋梗塞だった。おりしも一週間の間大学病院で精密検査をし、10年前に倒れ入院したときよりも全身の状態は格段に向上している。養生すればあと10年は大丈夫と太鼓判をおされて退院してきた翌日のことであった。昼時にちょうど親類のものが訪ねてきていて、出前の寿司をほおばっていたとき発作をおこし、一瞬にして逝ったそうである。人の命の明日は医者にはわからないものだと思ったものである。

仕事の忙しさにかまけて、入院中一度も見舞いに行くこともなく、退院一番に職場に電話をかけてきた母べえの「すまなかったね、心配かけたね、いま退院してきたからね。」の言葉を「今忙しいから、あとで電話するって」と遮った私。そのまま、営業にでかけすっかり忘れてしまった。あの電話が母べえの最後の生きている言葉だった。死に目にはあうことはかなわなかった。孝行したいときに親はなし。たしかにその通りだとこれまた思ったものである。

そんなこともあって、この日を私はやさしさと思いやりの日と決めている。べつに何をするわけでもないのだが、腹がたつようなことが多々ある日々の生活の中で、ほんのちょっぴり余裕をもって、す~と息を吸い込んで、気持ちをおちつかせて、他人様の気持ちに思いをめぐらす、そうありたいな。と確認する日なのである。とはいえ、そうなれないことも多い。それを反省する日でもあるあるのだけれど。最後に墓前に参ったのはちょうど10年前のこと。もはやとてつもなく遠くまできてしまった私は、いつまた墓前に参ることが叶うかわからない。相変わらずの親不孝なことである。

そうそう、みこがうちの子になったのもこの日、2月26日。折しも母べえが逝ったあのみぞれまじりの寒い一日と同じ日だったのだ。他の5匹が焼きもちを焼くかも知れないけれど、母べえの生まれ変わりのような気もちょっぴりしたりして、私はみこが一番可愛い。我が儘で気まぐれで意地悪なところも母べえににていたりして、とてつもなく愛おしい。


大好物のカニかまを頬張るみこ とても可愛い
母べえのみこ

切りまくりの午後
今日はなにを書こうか、自由と平等をもたらしたのは貨幣であるという話をしようとおもっていた。のだが、なんとなく堅い話に気がのらないのであった。小雪まじりのあいにくの日曜日に園芸ノルマの達成にもすっかり日和ってしまった。

ほんのちょっとだけバイオハザード4をやってみたのだがあっというまにゾンビに殺されてしまい、すっかりやる気をなくす。ひるちかくになって、いくらか太陽がでてきたので、このかんずっと放置してきた、一年草の植え替えをすべくホームセンターへと苗をかいだしにいった。

てなわけで買ってきた苗

一年草


さっむい外に出たついでに、気を取り直してつるバラの剪定誘因をはじめることにした。狙いは玄関脇の強健なるがゆえ育ちまくったマダムアルフレッド・キャリエール。黒点病にもコガネムシ攻撃にもめげることなく育ちまくり、狭いスペースは枝で茂みのよう。すこしは見習いたいこの根性!

こんな様子

マダムアルフレッド・キャリエール


ふたたび切って切って切りまくるのでありました。気がついたらすっかりとあたりは暗くなり、買ってきた一年草をプランターに植え付けることがでなかった。まあ、明日仕事から帰ったら植え付けしようかとあっさりとあきらめる。

武装せる園芸家は敵からの攻撃から自衛するために庭にライトを点灯している。

ライトアップ1


な~んて、夜遅くにかえっても水やりができるようにライトを点灯でした

ライトアップ2


それにしても日が延びてきた。夕刻1時間は日没が遅くなった。少しずつではあるけれど春は近づきつつある。すでに春一番が吹いたとも聞く。まだまだ寒いけれど、もうちょっとの辛抱だ。いまの仕事が終わればもう春、桜咲く、命の芽吹きの春がやってくる。春と一緒に仕事もくるかはわからないけど、けなげに頑張る武装せる園芸家!明日知れぬ日暮らし者。まあとりあえず、明日からまたがんばって、賃労働にはげむことにしよう。

おまけ 今日の猫さん達

お昼寝


おこたのうえでねぼけまなこの ぴーちゃん

ねぼけまなこ



革命家 小林多喜二
ローザが水曜日に映画を見に行ったらしい。ちょうどみこの脱走騒動で闘論をしたあと見に行ったようだ。見たのは「母べえ」だそうだ。「どんな話だった?」ときくと「学者の親父がアカで特高にパクられて、吉永小百合演じる母べえが一家を支える話だよ♪」とのことであった。

私はもちろん戦後の生まれなので特別高等警察(通称特高)は具体的にしるよしもないが、その悪名高きを知る機会は体験者の話をうかがうことを含め多くあった。いまでも、警察庁警備局と警視庁公安部として再編され秘密警察らしくひっそりと健在である。こいつらのせいで何度引っ越しに貨幣を投じなければならなかったことか、いまでも腹が立つ。

2月20日は小林多喜二が特高にパクられた日である。当時、非合法であった日共の党員だった多喜二は赤坂でのドックを内通者にながされ特高にパクられるのだが、その日のうちに東京築地警察署ないにて想像を絶する拷問によって虐殺されるのである。

翌日2月21日阿佐ヶ谷の自宅で多喜二の遺骸と対面した母は、冷たくなった多喜二を抱きしめ 「それ、もう一度立たねか、みんなのためもう一度立たねか」とよびかけたそうである。なんともやるせない、話である。

ちょっと遅れてしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいなのだが、小林多喜二の冥福を祈るとともに、その死を無駄にすることの無いよう、警察権力の強権化へ道を掃き清める司法反動の阻止と、志布志事件のような捜査手法を断じて許してはならないと思うものである。

民衆は幾多の敗北を通して学び、政治経験を積み、団結してゆけばよい。団結はかならず指導者をうむ。強い団結は強い指導者をつくる。強い指導者に導かれ民衆は、最後の最後にたった一度、たったの一度だけ勝利しさいすればよいのだ。一斉武装蜂起で!


在りし日の小林多喜二
小林多喜二

買った!電動工具2
また買ってしまった。電動工具。日曜日、そう、うりが布団にうんPをしたあの日。
ホームセンターで猫トイレ砂とカニかまを買ったとき、ちらっと電動工具コーナーでみかけたあれ。

どっしよ~かな~と思い悩んでいたのだけれど、レーニン全集をあとまわしにしてこっちを選んだというわけだ。ちょっと情けない、後ろめたい気持ちもある。ごめん!レーニン。あなたを捨てたわけではない。かならず迎えにいくから、いましばらくまっててちょーだい。

てなわけで買ったのはこいつ。

ブロアー1


箱の中身はこれ。

ブロアー2


こいつは宇宙の権力者を打ち倒すための武器。ではなくて、園芸の武器なのである。ブロアーといってターボチャージャーみたいな形をしているが、内蔵のファンをまわして風をおくる電動工具なのである。これ、実はとても便利。

使用法その1 デッキに溜まった落ち葉を吹き飛ばして掃除する。特に床板の隙間にはさまっている落ち葉にはとても有効。

使用法その2 自動車の室内の掃除に抜群の機動性とパワーを発揮する。

使用法その3 ガーデンパーティのバーベキューの炭火おこしに絶大なる威力を発揮。

などなどほかにも使い道はた~くさんある。花粉症の季節には玄関近くにおいて家に入る前にこいつをエアーカーテンがわりにつかって衣類に付着した花粉を飛ばすこともできる。

今回のこいつの最大のチャームポイントは先端のノズルをひねることでエアーの吹き出しと吸い込みをワンタッチで変更できる点にある。従来型はノズルを付け替えたり、集塵袋をつけたりとか面倒だったりしたのだ。その点があっさりとクリアーされているコイツはすばらしい。お代は9800円なり。まあ、まずまずリーズナブルな価格設定であるとは思う。

ちなみにレーニン全集は10,000円なりだったのだが、こちらもすばらしい。レーニンとボリシェビキがさまざまに経験してきた多くの事象は、今日的にも普遍的教訓を多く含んでいると思われる。彼の考察や状況におうじた判断は示唆に富むものである。それは当時のロシアという歴史的特殊性を差し引いても言えることであると思う。てなわけで、次はレーニン全集を買うことにしよう。


3・3米兵の中学生レイプ事件抗議大阪集会への呼びかけ
当ブログと相互リンクさせていただいている”アッテンボローの雑記帳”のアッテンさんからTBをいただいた記事を転載させていただく。

60年 70年と続いた安保闘争は終結したわけではない。闘いの源は枯れてはいない!
それどころか、戦後世界体制の根底的動揺から崩壊へとつきすすむ今日的情勢のなかにあっては沖縄の闘いの21世紀における位置づけは決定的に重要だ。この沖縄人民の闘いと本土人民の闘いの堅い連帯がなによりいま、求められていと思うものである。

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3・3米兵の中学生レイプ事件抗議大阪集会への呼びかけ (転送転載歓迎)
とき:08年3月3日(月) 午後6時30分より
ところ:扇町公園
集会後アメリカ領事館に向けた抗議デモ

 またまた沖縄で痛ましい、ゆるされざる事件が起きてしまいました。米海兵隊キャンプ・コートニー所属のタイロン・ルーサー・ハドナット二等軍曹が、2月10日、沖縄の女子中学生をレイプしました。

 アメリカ政府や米軍は、例によって、「謝罪」し「綱紀粛正」や「兵士に対する教育」を繰り返し表明しています。しかしその後も、沖縄では米兵の飲酒運転、家宅侵入事件などがくり返し起こり、米兵犯罪は深刻な事態に至っています。日本政府も、「遺憾の意」を表明したり「再発防止」を要求してはいますが、何の効果もあらわれていません。

 沖縄の人びと、女性たちは、いつまでこんな境遇に甘んじなければならないのでしょうか。これ以上こんな事件はくり返させてはなりません。今、沖縄では、多くの人びとが、米軍と日本政府に対して抗議の闘いに立ち上がり、2月19日には、県子ども会育成連絡協議会や県婦人連合会など九団体が超党派の県民大会開催を決め、実行委員会準備会(仮称)を発足させました。わたしたちも、本集会呼びかけの5団体で、2月16日には50名で大阪・神戸アメリカ総領事館へ、18日には15名で外務省と防衛省に緊急抗議行動と申し入れを行いました。東京など全国各地でも、多くの抗議行動がとりくまれています。
 しかし、本土・大阪での運動は決定的に立ちおくれているといわざるを得ません。そこで、3月3日に抗議集会とアメリカ領事館に向けたデモを行いたいと思います。また、3月19日のイラク開戦5周年抗議の大阪集会でもひきつづき声を上げていこうと思います。

 この集会の準備中に千葉県沖で、自衛隊の最新鋭イージス艦「あたご」が漁船清徳丸に衝突、沈没させ、漁師の父子2人の生命が危ぶまれています。この事件でも防衛省・自衛隊に抗議の声をあげたいと思います。

 あまり時間はありませんが、万障お繰り合わせの上、多数でご参加下さい。

呼びかけ:おおさかユニオンネットワーク
沖縄と共に基地撤去をめざす関西連絡会
関西共同行動
しないさせない戦争協力関西ネットワーク
米軍犯罪被害者救援センター
連絡先:しないさせない戦争協力関西ネットワーク
中北法律事務所 大阪市北区西天満4-8-2
北ビル本館501号
Tel:06-6364-0123
Fax:06-6364-5247
全港湾大阪支部 大阪市港区築港1-12-27
Tel:06-6575-3131
Fax:06-6575-3134


切りまくる一日
今日はお休みだったので、園芸をした。作業はつるバラの剪定。お仕事がいそがしかったりして、例年より大幅に工程が遅延している。暖冬とはいえないと思うくらい寒い日が続いているのだが、なぜか芽の動きがはやい。すでに品種によっては芽が大きくふくらんで葉を展開しかけているものもある。つるバラの剪定は今日がスタートだ。

以前にも書いたがこれがとてつもなく危険で面倒な作業なのである。うちはつるバラが多い。ざっと思いつく限りで15本はある。どれも3m以上枝を伸ばしている。誘因を解いて、古い枝を切り新しい枝にかえて誘因する。とにかく切って切って切りまくるのである。

去年はどうも枝を多く残しすぎて、葉が茂りすぎて風通しを悪くしたことが病気を招いた原因のひとつであったという反省から、今年はかなり思いきって切りまくっている。
ちょっともったいない気がするくらい。ただ、去年はコガネムシの大量発生で、成長が振るわずあまり良い枝がないことがなんとも辛いところではあるのだが。

てなわけで、剪定ばさみで切って切って切りまくる。ノコギリでこれまた切って切って切りまくる一日であった。本日剪定したつるバラ5本。まだまだ終わりはさきのようんだが、時間はすくない。日曜日にすべてやりきらねばならない。それと、石灰硫黄合剤での消毒をどうしても2月中に済ましておかねばならない。

それにしても、剪定したあとの枝が膨大な量なのでそれを片づけるのも一苦労だ。バラは刺がある。わりとうちの品種は棘が強烈なのが多いので、きれいに片付けておかないと危なかったりする。まあ、あつめてとなりの空き地にぽ~んと捨てるのでお手軽ではあるのだけれど。

ハイブリッド・ルゴサ  コンラット・フェルディナンドマイヤーの棘は強力
とげ


こぼれ種でさいていたノースポール
のーすぽーる


さざんか満開 こいつを植えているとき みこにであった
さざんかまんかい


今年はちょっと開花がおそい花かんざし
はなかんざし


冬のコニファー
こにふぁあ

大脱走
始まりで少々余裕していたら、お仕事が忙しくなってしまった。非常にまずい状況である。とはいえ、今日はお客様の都合でお休みなのである。

イージス艦が漁船にあたって乗員が行方不明であったり、イッシファーラが新銀行東京に都民の血税を突っ込むとか、ブログネタには不自由しない状況であるが、まあもう少し情報が集まってからとりあげてみたいとおもっている。まあ、どちらも怒りに耐えないできごとではあるのだが。

てなわけで、今日もたわいもないお話なのだけれど、三毛猫みこが脱走した。
昼時に猫にカリカリフードをトレイにいれると猛ダッシュでなな、のんの、うり、ぴよと一斉に集合。なぜか、こうとみこの姿がみえない。あちこち探してみても見つからない。
最後にローザの部屋の戸をあけるとこうがいた。ふと見ると窓が20cmほど開いていて網戸も開いている。

あ!、みこが脱走した~!! 真っ青である。みこは気まぐれで、我が儘なのでいったん脱走するとなかなか捕まらないのだ。うりは幾度も脱走したことがあるが、根が食いしん坊なのでカリカリでおびき寄せるとあっさりと、自由を放棄してしまう。だが、みこはそうはいかないのである。以前脱走したときもたいへんてこずったのだ。

速攻ローザに文句をいう。「なんで、窓開けてるんだよ~! みこが脱走したじゃんか~!」 するとローザ「なにいってんのよ~!! ワタシに一日中 猫を監視してろっていうの~!!」  「そう言う問題じゃないだろ~!!!」と私。
てな具合で小一時間白熱闘論となる。

ローザはとても手強い!かつて”某大学の荒鷲”とよばれたのは伊達ではない。結局双方の主張は相容れず時間切れ引き分けとなった。さ~て、それはさておき、どうやってみこを捕まえようかと掃き出しの窓から外を眺めていると、ひょいっとデッキにみこが飛び乗った。そのまま抜き足差し足で帰ってきたので、サッシを開けると怒られるのを察知したのか、耳を後ろに倒したままダッシュで家に飛び込んでソファーの後ろに隠れて出てこない。

まあ、とりあえずはさしたる苦労もなく無事戻ってきたのだからそれでよしとしたのであるが、ローザと険悪になった私のお昼ご飯はなかった。ので、みこもお昼ご飯はなしなのであった。

猫を室内のみで飼うことには賛否はあるし、私も忍びない気持ちはある。だが、うちではお出入り自由で飼っていた猫が7年以上生きたことはない。事故にあうことは決して低い確率ではないのだ。そうしたリスクの少ない土地でのびのびと、ときには狩などできるような飼育ができたらいいなと思いながらも、そうもいかない現状に室内飼いを選択しているのであるが。そうこうするうち、うりはもうすぐ8歳、みこは4歳になる。あっというまに時は過ぎるものだ。


お昼を食べなかったので一心不乱に夕食をいただく みこ
みこのゆうごはん

しまった!!
夕暮れ近い頃、もういちょうクニーオ・ハットヤァーマの記事を書こうと思って枕を書き始めたら、お客様から集金と打ち合わせにくるようにと電話。おりしも膝の上ではずっとうりがのっかっていたので足が痛くなっていた。うりははっきりいってとても重い、6kg以上あるだろう。

寒いと可愛そうだと思い、抱きかかえて寝室の布団のうえにそっとおいて鍵をかけた。うりは引き戸を開けることができるが、締めることはできない。すると、開いた戸からのんのが侵入すると非常にまずいことになる。

のんのは保護したときのトイレの躾に失敗した。タイミングを誤り布団のうえにシッコをさせてしまったのだ。いつもはちゃんとトイレで用を済ますのに、トイレが汚れていたりすると彼女は第二の選択肢に布団を選ぶことがあるのだ。非常に危険である。

てなわけで、戸襖に鍵をかけいそいそと出かけたのである。用事を無事済まし帰りのついでにカニかまを二袋と猫トイレ砂を購入しちょっと遅くなりつつ帰宅。な~んとなく嫌な予感はあったのだが、大急ぎで戸襖を開けると香ばしい臭い!
あ~ぁ!やっぱり。布団のうえにシッコとうんP両方してある。

うりは躾がきっちりしているので、苦渋の選択であったにちがいない。

とりあえず布団をなんとかせねばならない。ということで片付けるものを片付け、布団を丸めてくくり大急ぎで布団丸洗いのコインランドリーへと急いだ。
このコインランドリーは便利ではあるが結構なお値段である。丸洗いが800円で乾燥機が6分100円を1時間半ほどしなければならないので1500円と合計2300円かかるのである。

くわえて丸洗いに30分と乾燥に1時間半で計2時間かかる。7時半に丸洗い投入、コンビニで軽い夕食を買って食しながら選択終了を待ち、8時から乾燥機に投入し、いったん帰宅。やりかけの仕事に手をつけつつ1時間半ほど時間をつぶし、ついさきほどの9時半に布団を回収してきたところである。自業自得とはいえ、あ~あ、くたびれますた。という今日もたわいもないお話でした。おわり。


深々と頭を垂れる うりちゃん ごめん・・・
うりごめんなさい1


なさい でも目が怒ってる  オレ悪くないぜ!
うりごめんなさい2

「亡国の記念日」をまたちょっとだけ
肩こり指数 ★★☆

ちょくちょくのぞかせていただいております愚樵さまから「亡国の記念日」にTBをいただいた。さっそくにおじゃまさせていただき拝読させていただいた。なかなかに興味深い考察をなされておられた。ご厚意にこたえるべく、来年のネタにと、とっておいた(東大の教授と同じじゃん)「亡国の記念日」をまたちょっとだけ紹介させていただこうと思った次第である。

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日本帝国主義の歴史と紀元節

ところで、こういう蒙昧(もうまい)なものが明治以後登場し、かつまた二〇世紀の後半にもう一度よみがえったきたのはなぜでしょうか。それはたんにイデオロギーの問題として解くことはできないのであり、当然そのようなイデオロギーが復活して社会、国家の状態にメスをあてなければなりません。

ところで明治の当初、東京の市民は、天皇についてそんなに尊敬の観念をもっていなかったし、日の丸がなんの旗かさえも知らなかったのですが、こんにちわれわれの親の世代は、天皇とか日の丸について非常によく知っています。それは、明治以来の日本政府のいっかんした上からの教育の展開の結果であります。つまり、天皇がなんであり、日の丸がなんであるかを知らなかった江戸の市民たちがわずか三、四〇年ののちには、天皇のためには生命をささげてもいい、というところまで教育されてしまったのであります。

「日本は神の国である」という思想をうらがえせば、朝鮮人、中国人、インドシナ人など日本の周辺の民族は、神の民族とはちがう、したがってこのような民族はわれわれによって支配されなければならない(八紘一宇)ということになりますが、かつて日向の国を出発して東征した神武天皇の業績と同じように、アジアの近隣の諸国を支配してはじめて日本の発展が可能となる、という侵略思想がその背後で用意されていることはいうまでもないのであります。他方では、それは、天皇の赤子であるから日本国民は天皇=国家にたいして批判したり、抵抗したりしてはならないという反動思想として発展していくことになります。この侵略と反動の思想を統一的に日本国民のうえにおしつけるイデオロギー的テコとして、日本神国説、皇国史観が使われたのです。

では、こうしたことが必然化してくるのはなぜかということになりますが、その原因は日本資本主義、帝国主義の形成のもっている特殊な条件のうちに求められなくてはならないのです。イギリスを中心として世界的に発達した資本主義の発展にたいして、それが世界史的にいえば没落の段階にはいったときに、はじめて日本において資本主義のあゆみがはじまった、という特殊な歴史的関係、具体的にいえば、日本資本主義の本源的蓄積が金融資本形態をもっておこなわれたという点にあります。もともとイギリスを中心に産業資本的蓄積形態を基軸に形成された世界資本主義は、一八七三年の大恐慌から二〇世紀の初頭にかけて、金融資本的蓄積形態を基軸とする帝国主義に世界史的に推転したのでありますが、日本資本主義はその登場の世界史的位置に規定されることによって資本の本源的蓄積が金融資本形態をもっておこなわれたところに第一の特徴があります。

ちなみにもうしますと、明治維新(一八六七年)は、ヨーロッパではマルクスの『資本論』の初版本が出版された年でありますが、このことからもわかるように、第二の特徴は、ヨーロッパにおいてはブルジョア革命の時代が終わってこのブルジョア革命をのりこえてあらたな時代をつくりだすプロレタリア革命の波が明白におしよせているときに、はじめて日本が資本主義の道をあゆみはじめた点にあります。

ヨーロッパでは、一七八九年のフランス革命以来、一八三〇年に七月革命があり、四七年にはドイツ、フランス、オーストリアの三国をまたにかけた大きな革命の波が襲ったことは周知のことですが、四八年ー四九年の革命によってヨーロッパのブルジョアジーは、アンシャン・レジーム(旧体制)を徹底的に打倒していくと、当然ヨーロッパの貧民、プロレタリアートが主力として登場し、ブルジョアジーが永続的に打倒され、権力がプロレタリアートに移行してしまう危険性を革命の途中で自覚するにいたり、そして革命を途中で放棄して旧体制との妥協を開始するのであります。

さらに決定的に歴史を画くしたのは、一八七一年のパリ・コンミューンであります。ここでは、プロレタリアートがブルジョアジーを打倒し、わずか半年であれ、プロレタリアート独裁の国家を樹立する最初の経験をもったわけです。ところで、これは日本の歴史でいえば、明治四、五年にあたります。したがって日本の支配階級は、あらかじめヨーロッパの階級闘争のなかからプロレタリアートにたいする危険性を予知することができたわけです。

一八六八年をエポックとする日本近代史の始まりは、直接的には明治絶対主義政府の樹立であった。そして、この絶対主義政府がヨーロッパの先進諸列強に対抗するためには、どうしても日本を富国強兵しなければならないのですが、そのとは一つの意味をもってあらわれてきます。一つは、富国強兵のために当面必要なもの、造船、兵器、製鉄、石炭、鉄道などに集中的な近代化がおこなわれるために、一方では、製鉄業などでは、ドイツとイギリスの水準と同じ製鉄機械が導入され、他方では、封建制の時代とほとんど変わらないような生産のしくみが膨大に温存されることになります。これは、金融資本形態をもって資本の蓄積がおこなわれると一般化してくることですが、これがこんにちの段階では常識化している日本の二重構造をつくりだした原基的形態を与えたということができます。

もう一つのことは、このようにして近代産業が発展すると、当然そのなかでプロレタリアートが登場し、このプロレタリアートが資本主義を否定して社会主義へむかって反乱を開始することはいうまでもありませんが、しかし、日本においては、現実にプロレタリアートがプロレタリアートという社会的なかたちで登場してくる以前から、日本支配階級は、このプロレタリアートのもっている世界史的危険性をあらかじめ思想的に確認してしていたわけです。したがって、一方では資本主義を発展させながら、そのなかに登場するプロレタリアートにたいしてあらかじめ反革命的に対応しなければならなくなることから、日本における近代化は必然的に旧体制を革命的手段をもって打倒し、そののち日本近代化の道をあゆむというのではなしに、旧体制と徹底的に妥協して、むしろそれと同盟を結んで、プロレタリアートや農民に対抗することを任務としなければならない。そうしてこんどは、旧体制とブルジョアジーの協力の内部にあって、可能なかぎり、絶対政府を内部からきりくずし、ブルジョアジーの階級的利益に相応するような国家の形態にきりかえていったところに日本史の特徴があるといえます。
(本多延嘉著作選第二巻 亡国の記念日より引用)


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倒幕よりはじまる明治維新による「ニッポンの夜明け」は、ヨーロッパにおけるそれのように自由・平等・博愛をスローガンとすることはなく、封建的身分制度を一方で解体しつつ、他方で天皇制イデオロギーと、封建的遺物である家父長制度によって個々人の自由と平等を抑圧することをもってなされた。

そんな庶民が自由と平等を獲得する運動は自由民権運動に始まるが、国会開設を代償に敗北する。つづいて、1890年1897年1918年とつづく米騒動を契機とする民衆の反乱は、敗北の代償として、大正デモクラシーへといたる。

そして、こんにちの「自由と平等」は、敗戦ごの戦後革命の敗北を代償に獲得されたものであると私達は思っている。

不可思議なる「しっぽ」
クニーオ・ハットヤァーマがアルカイダお友達、ペンタゴンごっつあんですにつづいて、志布志事件は冤罪と呼ぶべきではないと発言したそうな。アルカイダとペンタゴンは1000歩ゆずってスルーしても、この発言は見過ごすことはできない。

のだけど、今日もお疲れモードなので明日に譲ることにして、猫さんの話をいきます。

テーマは”しっぽ”猫さんにとってそれは重要な体の一部であると同時に、飼育者にとってもとってもラブリーなものなのである。猫は顔の筋肉が人間のように発達していないので感情を人間のように顔で表現できない。そこで、しっぽは感情を表現する。

ご機嫌なときはまっすぐ天にむかってぴんとしっぽをたて、不機嫌なときや不安なときは小刻みに落ち着き無くしっぽをふる。恐れや恐怖はしっぽを文字通りまく。

ところで、このしっぽ、個体によって長さが違うし太さもちがう。これが実にふしぎである。たとえば、自然界の狐や狸にはじまり、象やキリンはどの個体もおおむね同じしっぽがついているように思うのだが、猫や犬は個体によってちがいがある。まあ、もっとも狐や狸、象キリンは頻繁に多くの種類を比較しうるほど見る機会がないので、実はここにも個体差があるのかもしれないが、すくなくとも図鑑でみるそれらと各地の動物園でみたものとではそうはっきりした差異は認められない。

まあ、それはべつにして、ワタシ的にはまっすぐで長いしっぽが好みなのである。
うちで一番好みに合致するりっぱなしっぽを所有しているのは、茶トラのこうである。

こうしっぽ


つぎが、三毛猫ななのしっぽも長いのであるが、短毛の毛並みにしたがってちょっと細い。まるでネズミのしっぽのようである。

ななしっぽ


つぎが、三毛猫みこでちょっと短いのだが中毛でふさふさのためいい感じである。

みこしっぽ


うりのしっぽはさらにちょっと短い。短毛なのだががっしりした体格にみあう骨太のしっぽはじつに太い。

うりしっぽ


いちばん短いのは三毛猫のんののしっぽ。お殿様のマゲのように短い。こんな短いしっぽの猫は初めてだった。最初はいまいちと思っていたのだが、見慣れてみると実にかわいらしいのである。コイツをぷるぷると左右に振りながら、ちょこまかと走り回る姿はなんとも愛おしい。新境地を開いた気分である。こののんののしっぽは鍵しっぽなのである。鍵しっぽというのはしっぽの先がヘアピンカーブのようにおれていていることを言うらしい。この鍵しっぽは幸運を引っかけて運んでくるというイメージから縁起物なのだそうである。

のんのしっぽ


そんな話を聞いたりしたらますますこのしっぽが愛おしく思えて堪らなくなったのである。そこでついでにといってはなんなのであるが、ねがわくばマジで宝くじの一等とか、なぜか郵便ポストに百万円とかの幸運をそのグレイトな鍵しっぽで引っかけてきてちょうだいな、などとたわいもないことを思ってしまうワタシなのでありました。おしまい。

そうそう、家庭内野良を貫く二毛猫ぴよにはあっさりと取材拒否をうけてしまいましたので記事になりませんでした。ワタシは産経の記者じゃないって言ってるのに、残念!


ココロさま、shiraさま、いただきましたコメントのお返事は明日させていただきます。すんません。お疲れモードにつき今日も早寝をいたします。お休みなさいませませ。


買った!電動工具
いっやあ、更新をさぼってしまった。ちょっと昨日は寒い中仕事がきつかったりして。
久々のアウトドアーでの仕事だったので、速攻寝てしまったのである。もちろんみこと一緒♪

で、今日のお話はというと、亡国の記念日につい出来心で買ってしまった電動工具。
ディスクグラインダーを買ったのである。電動工具を買うのはひさびさで、ウキウキ気分なのである。コイツ10年くらい前に趣味で金属加工をするのに日立製を買ったのだが、煉瓦を切ったり、コンクリートに溝を切ったりとさまざま園芸の武器としてこき使ってきた結果、昨年、犬走り(踏み段大きいもの)をつくったとき目地棒がとれなくなって仕方なくコイツで目地を切っていたら壊れて動かなくなった。
以前からジェット機のような金属音がしていたのでどこかしらの部品が摩耗していたのかもしれない。

てなわけで、チャンスがあったら入手しようとは思っていたのだが、たまたまネコのカリカリフードを買い出しに行ったさきのホームセンターで、安くでていたので買ってしまったのだ。一万円でおつりがくるのならいっか。という感じである。ホームセンターであつかっている電動工具はホームユースとプロユースの二種類があるが、これはプロユースのもの。ボディーが水色はプロユースでグリーンがホームユースなのだ。違いはって言うと耐久性とパワーが違うようだ。



おおむねコイツがあれば、庶民が切りたいと思うものはほとんど切れる。石、煉瓦、鉄、非鉄金属はお手の物といった具合である。ディスクペーパーをつければ研磨も可能だ。
てなわけで以外と重宝する。

だ・け・ど とっても危険。使用するにはとてつもなく緊張する。もちろんゴーグルしてマスクして、夏でも長袖、ゴム手袋標準装備である。危険なこと西の電動丸鋸に東のディスクグラインダーといっても過言ではないだろう。指の一本二本落とすくらいわけのない代物だ。世の中便利なもの、魅力のあるものは往々にしてアブナイ側面をみなもっている。というたわいもないお話でした。


一家に一台ディスクグラインダー

グラインダー

「亡国の記念日」をちょっとだけ
肩のこる話 ★☆☆

今日は「建国記念日」である。昨年の教育基本法の「改正」が真っ正面からうちだした「愛国」ともあいまって、なんともいっや~な気分の一日である。岩国市長選の惜敗と沖縄での海兵隊の少女暴行事件はそんな気分にさらに重くのしかかるようだ。

毎年この日に思い起こすのは、本多著作選のなかでも高い評判があるもののひとつ、亡国の記念日という一九六九年二月一〇日慶応大学でおこなわれた講演を書き起こしたものだ。天皇制ボナパルティズム論を基礎とし、「建国記念日」を論じたものである。

今日は、この「良き日」に、亡国の記念日のエンディングである、「ミネルバの梟は日暮れてとびたつ」の下りを紹介させていただこうと思う。学問とはなんたるかを論じたちょっとお気に入りの下りなのである。

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東大闘争のあの一月一八日、一九日の激闘ののち、法学部研究室にとびこんでいった学者たちがいます。加藤代行のブレーンをなしている国際法の寺沢一、ドイツ政治史の篠原一、国際政治学の坂本義和など高名な諸教授でありますが、これらの教授が東大の問題をどううけとめたのかのなかに、じつは日本の学問のもっている腐敗のふかさを見ることができます。

たとえば、篠原一教授はドイツ政治史の専門家で、最近ではファシズムの研究をやっているようでありますが、どのかれが、今回の東大闘争でナチス・ドイツの法律にかんする貴重なマイクロフィルムが破壊されたので、もう学問をする気がしなくなった、と嘆いているそうであります。しかし、もしファシズムの法律にかんする資料がそんなに重要なら、マス・プリでもして配ればよいので、それを自分の研究室に大事にしまっておいて、はじから小出しにしてそれを研究の成果とするような金利生活者みたいなやり方で学問をやっているところにもともとかれの問題があるわけです。自分の研究室で階級闘争がおこったのだから、これほど研究の素材が、豊富になったことはない。おおいに意気を燃やして学問研究に接近しなければならにはずであります。ところが、からはそういうアプローチの方法をとらないで、マイクロフィルムのなかに学問があると考えている。

もちろん、ナチスの法律の研究をすることじたいが無意味だというわけではありません。ナチスというのは、たとえばアウシュヴィッツ収容所のユダヤ人の大量虐殺の例のようにものすごく残忍で反人間的なことをやっておきながら、他方ではナチスの法律を研究していくと、ナチスが「非常にやさしいこころね」と「ものを大事にする精神」をもっていることがわかります。

たとえばナチスの法律には「カニ・エビその他の甲殻動物であって、その肉が人間の食用に供せられるものを殺すときは、熱湯に、なるべくひとつづつなげこまなくてはならぬ。これらの動物を冷水あるいは温水に入れてから加熱することは、これを禁止する」(生魚その他の冷血動物の屠殺および貯蔵にかんする条令第二条「一」一九三六年一月一四日施行)というような法律が沢山あります。このようにナチス・ドイツは、アウシュヴィッツ収容所で何百万という人間を殺しておいて、他方ではカニやエビの死に方について法律をつくっている。しかし、これこそナチズムというものがもっている本質的論理構造であるといえるのであります。つまり、もののあわれとか、花の風情を一方で盛んにいっている人たちが、もう一方では人間を食いものにし、人間の虐殺のうえに政治をやり、みずからの利益を貫徹するようなことを平気でやっているのですが、だが、この両者のあいだになにひとつ矛盾が存在していないのであります。ところが、わが篠原教授は、ナチスの法律の研究をとおして、こうした支配者の論理構造ををつかみとり、これを実践的に粉砕していくのではなく、逆に、国家権力の重圧のなかで支配者の論理構造の恥ずべき走狗となっていたのであります。

反動的マスコミ屋どもは、東京大学のなかで文化が失われたといっていますが、だいたい文化とは、マイクロフィルムでなくて、まず人間であります。学生が警察権力によって弾圧をうけて、両眼が失明したり、死の危険にさらされているこの事実について、寺沢一や篠原一や坂本義和が心を集中しないで、まず大学の研究室のドアを開けて「オレの本がどれ位残ったか、マイクロフィルムがどの位破損したか」と腐心して泣きべそをかいている――こういう論理構造が進歩の名において東大に存在しているわけです。

ある人たちは、東大のなかにだってマルクス主義の研究がおこなわれ、政府の批判がおこなられているから、学問の真理の探究がおこなわれていると主張してますが、これはまったくおろかなことです。むしろ一見政府を批判するようなものすら大学の中に存在しながら、全体として建国記念日を認め、大学のなかに国家権力をひきこんで、その手によって非人間的行為が現実に展開されているにもかかわらず、そのことのなかからみずからの政治学的結論をひきだすことができないで、マイクロフィルムの損失しか嘆くことができないほどこんにちの大学は腐敗しているとみるべきであります。

そもそもわれわれにとってファシズムの研究とは、ファシズムをなくすこと、あるいはファシズムに代表されているような圧政者の論理を打倒することでなければならないのであります。しかし、実際上は、大学のなかで学問の自由が存在しているかのようなたてまえが、建国記念日というかたちでおこなわれている無知蒙昧を学問の名において、大学の名において擁護するゆえんになってしまっている。こういう大学のあり方そのものをわれわれはうちやぶっていくことでなければならない。

したがって、こんちにの学生にとって唯一のモラルは行動すること、つまり、こういう日本の社会、大学の状態を根本的に変革するたたかいの具体的な担い手として一人ひとりの学生がたちあがることでなければならない。つまり大学中に、社会の不正と徹底的にたたかうというような力が澎湃(ほうはい)としてまきおこり、これが大学を砦として社会の不正に、権力に対抗する部隊として登場してきたときに、はじめて大学は大学のもっているみずからの使命を今日的に達成することになるのだと思います。

われわれは、第二次大戦の最中のレジスタンスにおいてジョリオ・キューリー研究所の内部で、ウラニウムを研究したその手で、試験管をふるったその手で、キューリー爆弾=火炎ビンの製作に熱中していたこの学者たちの態度こそ、こんにちもっとも学問的な態度であるとみなさなくてはならないのであります。もちろん、われわれは学問研究を放棄せよといっているのではない。だがむしろわれわれにとって必要なことは、ファシズムを研究することとファシズムをなくしていくことを篠原一のように機械的に分離することが、実際上それに似たような事柄がおこったときはなんの力にもならないでむしろ権力のなかにあるファシズム的な論理を助長し、イデオロギー的意義を付与していくようなものにしかならなかったのだと、厳しく自己反省し、ファシズムを研究することとファシズムをなくしていくこの両者を一つの実践的行為のなかに結びつけていくことでなければならないのであります。

「ミネルバの梟(ふくろう)は、日暮れてとびたつ」という諺があります。「ミネルバの梟」とは学問とか真理とか研究をさし、「日暮れて」は「人間の実践的行為が終わったあと」をさしています。つまり、人間の歴史的行為が終わったあとに学問は発生するという意味です。つまり歴史を選択し決定するような行為は、あるいはそういう時代がはじまっているようなときは、既成の理論よりむしろおこっている事柄の方がもっとも大きな意味をもっている場合が多いのであります。したがってこんにち必要なのは、こんにち世界の歴史がもっている曲がり角をはっきりと見きわめること、そしてすでに七〇年にむかって開始されている民衆の行動の背後に存在する論理を理論的にふかめながら、同時に七〇年にむかって歴史を動かしていく行為のなかにそれを止揚していくことでなければならない。そしてこんにちの段階では、「学びつつたたかい、たたかいつつ学ぶ」この論理でなければならない、いや学生のみならず、日本のすべての民衆が、七〇年へむかってひとしくかちとってゆくべき共同の論理でなければならないのであります。

こういう日本の歴史の大きな胎動が開始されるときに、はじめて日本において新しい文化が創造される歴史的条件が形成されるのです。われわれは紀元節によって代表されるような無知蒙昧な、荒唐無稽なものが国家の紋章として張りつけられているようなさげすむべき国家に最後の言葉を投げ与えて、新しい日本の社会、国家、文化をわれわれが作りあげていく、その歴史の曲がり角のカジを握らなくてはならないとおもいます。
(本多延嘉著作選第二巻 亡国の記念日より引用)

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古き良き時代のノスタルジーを彷彿させながらも、ロドスへいたるための姿勢が説かれているようにおもわれる。それは、いまでもかわらないものであると。
つづきは、また来年の亡国の記念日にということで・・・

あっ!おっし~い 岩国市長選
岩国市長選は惜しくも井原氏の敗北におわった。まことに残念である。たとえ一票差でも負けは負けのブルジョア選挙制度にブログで文句をいっても致し方ないので、これまた大阪府知事選の結果とともに素直に受け止めねばなるまい。

しかしなが、投票行動をもって明確な意思表示をなした有権者の数といい、その拮抗した結果をみるかぎり、岩国市民の「自業自得」とさじを投げるのは大間違いである。
「財布が空だ」とちょっと脅されて、「目先の札束」に目が眩んだというところではなかろうか。とはいえ、この「目先の札束」の力というのはこうあっさりと批判的に語れるほど軽いものでもないのだけれど。資本主義社会のパワーは「札束」によって表現される。これを越えることは並大抵のことではない。にもかかわらず、半数近くが札束を拒否したことは負けたとはいえ凄いことである。

さて、中央との「太いパイプ」を選挙中訴えた福田氏のことだ、この「太いパイプ」をもって中央から怒濤のごとく札束を岩国市へと運び込むであろう。だがやってくるのは札束だけではない。それと同量、あるいはそれ以上の岩国市民への災であることを忘れてはならない。

この災いこそが、「札束」をこえる力になる。私はそう信じている。だから「自業自得」などとは断じて言いはしない。住民不信に陥ってはならない。井原氏に一票を投じた市民は絶望していけない。負けてはいけない。福田氏に一票を投じた市民の頭上にもひとしく災いは降り注ぐ、だが、札束は全ての市民の頭上に降りはしない。

こうした、ジグザグした攻防をとおして市民の意識は活性化し高められるものだ。岩国市民の闘いも、それに共感をよせる全国の市民もこの無念の結果に失望することなく、前に向かってすすんでいっていただきたいものと思うものである。ただ願わくば国が倒れたら国民はおしまいだ。自治体が借金で首がまわらなくなったら住民の生活もおしまいだ。というロジックに真っ正面から対峙し、迷える民衆の心を明るい未来へと導くことのできるコアな部分の登場がのぞまれるところであるが。もしかしたら、すでに芽吹いているかもしれないかもと思わせるような投票結果ではあった。まだまだチャンスはあるぞ頑張れ岩国!!

ななも応援!?
三毛猫なな2

革命的祖国敗北主義をちょっとだけ・・・
肩のこる話 ☆☆☆

最近おじゃましている愚樵さまのブログで「平和のために市民をやめる」という記事があがっていた。おもうところあってコメントをさせていただこうかと思いなるべく簡潔に書いてみたのだがどうも中途半端な長さと内容となった。てなわけで、愚樵さまあてのコメントとして記事をあげTBさせていただくことにしたものである。


革命的左翼は自国帝国主義国家のなす侵略戦争にたいして一貫した明確な方針を持っている。それは、革命的祖国敗北主義とよばれるものだ。

資本と労働の対立と国際的危機の時代にあって、資本は他国からの軍事的危機をあおり、愛国心と社会排外主義をもって、労働との幻想的共同体国家イデオロギーを生み出し、祖国防衛の「大儀」をもって労働を侵略戦争へと動員することによって自らの経済的破綻とそれにともなう政治的危機を突破するものである。

格差社会の進展は中間的な層を解体し資本と労働の矛盾をより明確にする。その過程で生じるストレスを資本は差別排外主義へと転化する。ひととき巷をにぎわした「希望は戦争」とはまさにそうした過程の生み出したイデの具現である。

革命的左翼は「希望は戦争」という言葉には「希望は革命」という言葉を対置する。
反動的祖国防衛主義にたいしては革命的祖国敗北主義を明確に対置するものである。
それは、表裏一体の過程である。社会に蔓延するストレスの源が資本による搾取によるものであること、国策のなのもとに民衆を抑圧しなされる戦争への準備をつぶさに暴露し、民衆の怒りを革命へと組織するならば、侵略は内乱へと転化され民衆のはるか頭上に君臨する内なる敵、資本を打倒しうるものとなろう。

自国帝国主義国家のなさんとする戦争が敗北するように行動する。これが革命的祖国敗北主義であり、それは「非国民」をなによりの誇りとして主体的にうけとめることであり、平和のために市民をやめることである。


愛唱歌
私はアウトドアーでの仕事もあるのであるが、そんなときヘッドホンステレオで流行歌なんぞを聞きながらしている不謹慎ものである。ヘッドホンステレオとのつきあいは実に長い。ウォークマンの2号目から始まって、一定のサイクルで更新し続けてきた。最後は1998年のMDウォークマンだった。それ以降は、mp3メモリープレイヤーにかえ、最近は携帯電話で聞いている。

同僚は私がいったい何のジャンルの曲を聴いているのか実に興味津々のようなのであるが、あかしてはいない。まさかアムロとか浜崎あゆみなどを聴いて仕事をしているとは思ってもおるまい。そんなこと言えるはずないではないか、いいおっさんが。ということだ。最近は、古典落語なんぞ入れてみようかなんて思っていたりする。
まあ、便利な時代である。多少は賃労働のあじけなさが緩和されるというものだ。

ところで、車での移動中はさすがにヘッドホンステレオは片耳はずして、携帯のハンズフリートークとしてのみ使っている。お仕事車なのでAMラジオくらいは付いているが今時のデラックスなオーディオはない。てなわけで、居眠り運転の防止と退屈しのぎに歌をくちずさんだりするのであるが、昔っからの定番はというと・・・

ワルシャワ労働歌なのである。ちょっとマニアックでコアな歌曲であるので、一人で運転しているときか、一人で仕事をしているときしかくちずさむことはないが、とても好きな歌なのである。


  ワルシャワ労働歌

      暴虐の雲光ををおおい  
      敵の嵐は荒れ狂う
      ひるまず進め我らが友よ 
      敵の鉄鎖をうち砕け
      自由の火柱輝かしく   
      頭上高く燃えたちぬ
      いまや最後の闘いに   
      勝利の旗はひらめかん
      起て同胞よ行け闘いに  
      聖なる血にまみれよ
      砦の上に我らの世界   
      築き固めよ勇ましく

これは、ドイツ語版の日本語訳をつけたもの。ロシア語版とその日本語訳バージョンもあるようだが残念ながら歌ったことはない。

なんとも厳つい歌詞なのであるが、それは民衆が圧政をはねのけ立ち上がるというストーリーで、その筋の者にとってはやたらと空気がはいるものなのである。

ちなみに、かのおフランスの国歌そう、ラ・マルセイエーズ!これは凄い

      いざ進め 祖国の子らよ
      栄光の日は やって来た
      我らに対し 暴君の
      血塗られた軍旗は 掲げられた
      血塗られた軍旗は 掲げられた
      聞こえるか 戦場で
      蠢いているのを 獰猛な兵士どもが
      奴らはやってくる 汝らの元に
      喉を掻ききるため 汝らの女子供の

      武器を取れ 市民らよ
      組織せよ 汝らの軍隊を
      いざ進もう! いざ進もう!
      汚れた血が
      我らの田畑を満たすまで

この歌詞にちょっとドン引きしてしまう私は日和見主義者か。これをサッカーワールドカップで胸を張り高々と歌うのである。世界に向かって堂々と「汚れた血が我らの田畑を満たすまで♪」と。やはり、革命を経験してきた歴史はこうして文化として深々と民衆のなかによしもあしくも根を下ろしているもんだと感服するばかりである。


来週からまた久々にアウトドアーでの仕事だ。寒い時期なので「砦のうぅえ~に♪我らがせっか~ぁいを♪きぃずき固めよ勇ましくぅ~♪」なんてくちずさみながら空気いれて賃労働にはげむのであった。

ワルシャワ労働の聞けるリンクはこちら
http://www.medianetjapan.com/10/travel/vladimir/russian_house/warsaw.html
はっきりいって暗い、寒いだけどある年代の者にはやたらと心に響くものがある。


本文とはなんの関係もなく無心で食べるみこ
みこのおしょくじ


湯たんぽ
眠い。なぜかというと、熟睡できなかったのである。昨晩は遅くまで書類を書いていた。やっとこさ切りのいいところで布団にはいったら足もとに湯たんぽが、じゃなくてうりが潜り込んで先に熟睡していたのだ。

こいつ家に来て7年経つが、私の布団で寝たのは過去1回くらいだろう。いつもローザの布団に潜り込んで寝ているのである。私は寝相が悪い、なかなかベストポジションが決まるまで時間がかかる。そんなこともあって足下に猫がいるのははなはだ危険である。蹴る可能性は高いし、布団をはぎ取る可能性もある。うりは基礎疾患があるので、寒い時期は風邪をひかさぬよう注意をはらっている。そんなわけで、足もとから引き上げお腹にくっつけた。とてもうりは暖かい。アメショーミックスなので毛はすこぶる短めなのだがとても暖かい。”生体湯たんぽ”である。

いつもは三毛猫みこを抱いて寝ているのであるが、こいつ二毛猫ぴよと意地悪シスターズでいつも一緒。猫コタツのうえで(このコタツ中より上の方が暖かい)とぐろをまいて寝ていたので、放置して寝ることにしたのだが眠りに落ちるところでやってきた。
建具にバリバリと爪をたてて開けろと訴えるいけない子なのである。

こりゃいかんと速攻で戸をあけると、みゃ~♪とかいってはいってくる。こんどは布団に入れろと枕に爪をたてる。てなわけで2匹布団に入れて寝ることとあいなったのである。

みこはうりほど暖かくない。みこは中毛程度で毛足が長いのであるが暖かくはない。プニュプニュのぽよよ~んの脂肪が多いのが理由なのか。それにしてもコイツも寝相が悪い。

幸いうりは熟睡していたので、お腹と胸に猫をかかえても大戦争が勃発することはなかったのだが、圧死させてはならないと気をつかいつつ寝たのがよろしくなかった。くわえて、うりはいびきをかく、無視することがかなわぬくらいに。てなわけで眠いのである。

朝目覚めたときには、布団のど真ん中にコイツらでんと寝ていたのである。私はなぜか布団の縁へと追いやられ半分くらい背中がでていた。小雪舞うさっむ~い朝に。
でも、2匹抱えて寝たのははじめて、ちょっと幸福実感。


生体湯たんぽ その名はうり がっしりした体格に青い目 顔がとてもでかい
ゆたんぽうり

守ろう集会の自由!
なんぼ時事問題が苦手とはいえ、時には速攻でとりあげねばならないものもある。それでもちょっと遅くなったのだが・・・

ヤメ蚊さまやアッテンさまのところで、グランドプリンスホテル新高輪が右翼の妨害を口実に日教組教研集会の会場使用を拒否した問題をとりあげておられた。司法の判断をあっさりと踏みにじっての拒否である。

右翼の街宣行動という民間の暴力に膝を屈し集会の自由を自ら進んで放棄するこの行為を断じてみすごしてはならない。我々庶民は民間の反動的暴力に無関心であってはならない。そのことが社会に及ぼす影響力は絶大だ。大きな萎縮効果をもたらすには十分だ。
民主主義の鉄壁の防波堤も小さな穴から崩壊する。悪しき前例をはね返すような断固たる抗議の声を上げてゆこうではないか。

以下アッテンボローの雑記帳より転載

(転送可)日教組集会問題・ホテルにクレームを! 2008年02月03日21:26 (この日記は、転載・転送可です。集会の自由を守るため、どんどん広げてください。)

グランドプリンスホテル新高輪が右翼の妨害を口実に日教組教研集会の会場の使用を裁判所の命令にも従わず拒否した問題について、マスコミ各社はホテルに批判的な社説を掲げています。

新潟日報「大ホテルがこんな無法を」:http://www.niigata-nippo.co.jp/editorial/index.asp?syasetsuNo=1098

東京新聞「集会の自由は守らねば」:http://www.niigata-nippo.co.jp/editorial/index.asp?syasetsuNo=1098

読売新聞「司法をないがしろにする行為だ」:http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20080202-OYT1T00729.htm

毎日新聞「言論の自由に関わる問題だ」:http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20080202ddm005070129000c.html

朝日新聞「ホテルが法を無視とは」:http://www.asahi.com/paper/editorial20080202.html#syasetu1

また、最近mixiから忽然と姿を消した古井戸さんが、本ブログでこの件を批判されています。http://blog.so-net.ne.jp/furuido/2008-02-02-1

まったく、コクドグループ再建の際に誓ったはずの「法令遵守」はどこへ行ったんでしょう?

ホテルへは、クレームのメールをホームページ等から発信できます。
1人1人の力は小さいですが、数が集まれば如何に愚かなことをしたかと言うことを認識出来るのではないでしょうか?
ぜひ、ご協力願います。

グランドプリンスホテル新高輪
〒108-8612 東京都港区高輪 3-13-1
TEL : 03-3442 -1111 FAX : 03-3444-1234

ホームページ(意見を送れます)
https://www3.princehotels.co.jp/support/index.html

文例
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グランドプリンスホテル新高輪 殿

貴ホテルが右翼の妨害を口実に日教組教研集会の会場使用を拒否した問題について知りました。3度に及ぶ裁判所の決定にも従わない貴ホテルの態度は司法制度の根幹を揺るがす暴挙であり、法治国家にあるまじき非道です。集会・結社・表現の自由を保障した憲法21条にも違反し、市民の自由を脅かすものです。法令遵守が企業・団体に求められてる今日、貴ホテルの行為は決して許されるものではありません。以上、抗議します。

住所(○○市程度で可。またはメールアドレス等も可)
氏名
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もう、コクド関連の企業はパスだ。パルコなんかいかない、西武線も利用しない、スノボも苗場はノーサンキュー。野球も少々問題はあれどソフトバンクに鞍替えだあぁあ!


庶民の諸権利をないがしろにしようとするものに一言「なめんなよぉ!」
なめんなよ2

めざすは4コマ漫画
「犯罪」という記事で三介さまからいただいたコメントにふとおもった。

世の中、不正と虚偽に満ちている。ので、ブログネタに困ることはない。まったくそのとおりだ。

去年ふとしたきっかけでブロガーとなったのであるが、その時その瞬間からいまでもずっと思っていることは、明日何を書こうか、今日何を書こうか、なのである。
そして、いつの日かそれも以外と早くネタがつきて、「すんません、ネタが尽きてもはや書けません、長いことご愛読いただきまして有り難うございました」とならないかなんてことを考えたりする。

まあ、世の中はブログネタを日々再生産しているわけで、すくなくともいまのご時世では立ち位置、右でも左でもどのポジションからでも論じることができるわけで、時事問題だけを扱っても政治系ブログとしてはそう困難なく記事をあげてゆけるのだろうけど。まあそうしたうえで、日々欠かさず記事をあげておられるココロさま他、多くの政治系ブロガーの努力には感心を通り越して感動すらおぼえるものである。

実は私は時事問題を扱うことが苦手である。理由は頭が悪いから、というか、頭の回転が遅いからタイムリーな話題に思考がついてゆけない。根っからの勉強嫌いと政治的経験の不足に起因して、一瞬にしてその本質を見極めることが出来る政治的センスがないのである。てなわけで、巷では話題にもならなくなったような頃にとりあげていたりするわけなのであるが。

まあ、今のところは、リアルでお仕事に忙殺されることがない限りは結構ネタに不自由はなくて、どのネタにしようか迷うことのほうが多いのだけど。

レーニンが「何をなすべきか」で説くところの「社会民主主義者の理想は、労働組合の書記ではなくて、どこでおこなわれたものであろうと、またどういう層または階級にかかわるものであろうと、ありとあらゆる専横と圧制の現れに反応することができ、これらすべての現れを、警察権力と資本主義的搾取とについての一つの絵図にまとめあげることができ、一つ一つの些事を利用して、自分の社会主義的信念と自分の民主主義的要求を万人のまえで叙述し、プロレタリアートの解放闘争の世界史的意義を万人に説明することのできる護民官でなければならない」の護民官には及ぶべくすべもないが、そのパシリのパシリのまたパシリで足軽くらいにして、絵図とはいかないまでも4コマ漫画のように論じることが出来たならいいなあと思う次第なのである。

以上つらつらと三介さまのコメント返しにかえて日々雑感でありました。


そんでもネタがないときは猫日記となる 写真はお食事中の猫さんたち
何故箱のなかか?自分の分を食べないで他猫の分を食べにいくお行儀の悪い子達だから

お食事中

岩国元市長井原氏を支持する
私は反基地闘争を全面的に支持する立場から、かならずしも井原氏を全面的に支持するものではないのだが、中央政府のカネという力をもって地方自治を国策のもとにねじ伏せるようなやりかたは断固として拒否するものである。そうした観点から、目先の利益に目がくらみ地方自治をないがしろにしようとするものたちと決別し、市民のいのちと安全を守る井原氏の決断と行動を私は支持するものである。

以下 村野瀬玲奈の秘書課広報室 地方自治の「学校」、岩国市 という記事より転載させていただきます。


Subject: 岩国市の民主主義を守るために「30分の時間カンパ」!

皆さん 重複をお許し下さい。
広島の「岡本非暴力平和研究所」所長の岡本三夫です。

岩国市のことで非常に大事なお願いがあります。
ちょっと長い文章ですが辛抱して読んでください

「誰の心の中にも反骨心はある。自立心がある。矜持がある。
その葛藤に悩みながら人はバランスを保って生きるのではないか」
 (2月1日付 天木直人ブログより)。

岩国市長だった井原勝介さんは、まさにそういうお人です。
悩みながら岩国市民にとって「何がベストか」を真剣に模索しながら市政に全力投球してきた政治家です。

井原さんは、元中央省庁の高級官僚(在タイ日本大使館一等書記官・労働省課長ほか)であり、一地方都市の市長にすぎません。
決して「反基地闘争」の活動家などではありません。
 
米軍基地にもむやみやたらに反対してきたわけではなく、現に沖縄・普天間基地の空中給油・輸送機部隊を岩国基地へ移駐することにも同意しています。

政府からの要請に対する妥協でした。新市庁舎建設のためには、そう妥協することが市民のためになると判断したのです。
 
また、沖合の新滑走路を用いて試験飛行を行ない改めて騒音を測定すること。NLP(夜間飛行離着陸)の恒久的基地の明確化、海上自衛隊の残留などの条件を国に提示するなど、悩みながら岩国市民にとって「何が最善か」を真剣に模索しながら、市政に全力投球してきたのです。

ですから、反基地闘争の人達は、100%井原さんを支持してきたわけではありません。

しかし 米軍再編への全面的かつ積極的協力を露骨なまでに打ち出した「中央政府」のごり押しに対しては、「地方政府」の首長として断固たる態度に出ました。

米軍再編に伴う計画に沿って、厚木基地から岩国へ米軍の空母艦載機を大量に移転するという暴挙に反対を表明したのです。

市民のいのちと安全と財産を預かる市長としては、当然の行動でした。
隣接する広島市民もその多くが岩国米軍基地強化には大反対です。

ですから井原さんの「市民のための市政」という首尾一貫した政治姿勢は大半の岩国市民の支持を受け、住民投票でも市長選挙でも市民の圧倒的な支持を獲得したのは当然でした。

井原さんは「地方自治の本旨に基いて(憲法92条)」まことに誠実な対応をしてきたのです。

しかし今、井原さんは最大の危機に直面しています。
市議会議員・建設業者に関連する会社社長など「目先の利益に目がくらんだ人たち」は、井原さんが再選されると「夕張市のようになる」・「税金が高くなる」 「バスがなくなる」・「病院がつぶれる」などと、根も葉もないウソとデマで市民を誘導し井原さんの落選を狙っているのです。

岩国市民を馬鹿にするにもほどがあります。

大きな米軍基地を抱えた地方都市は沖縄もその1つですが、韓国でもドイツでも軒並み米軍兵士による犯罪が増え、子どもたちは安心して学校に通えず、若い女性は街を一人歩きできず、大企業の地方支店は逃げ出し、経済が停滞し街全体が荒廃します。

沖縄では1995年に、小学生が3人の米軍兵士にレイプされました!

井原さんは岩国市がそういうことにならず、市民が安心して生活できることを心より願って、岩国という小さな地方都市を「人身御供」に米軍に捧げようとする卑屈な「中央政府」の方針に反対し、米政府の言いなりになってゴリ押しする日本政府と文字通り「身体を張って」闘っているのです。

どうか民主主義を守る、この天下分け目の一大決戦に「30分の時間カンパ」をしてください。そうすることによって井原さんを支援してください。パソコンの前で30分間の「時間カンパ」をしてください。

全国規模では、さらにグローバルな規模で、できるだけ多くの知人・友人に岩国市長選挙への応援を訴えて欲しいのです。いろんな形の支援があります。

インターネットで検索してください。岩国市の現状を多くの日本人・外国人に訴えてください。時間のない方はこのメールを知人・友人に転送だけでも結構です。

1人でも多くの人に伝えてください。これは民主主義を守る戦いなのです。
「おカネのある人はおカネを。時間のある人は時間を。知恵のある人は知恵を。何もない人は熱気を!」(市民運動の原点)。井原さんにお寄せ下さい。


以下のようなカンパの窓口もあります。「岩国新市庁舎を勝手に支援する会」
郵便振替 00130-9-583982

インターネットによって市民が結ばれ、連帯できる時代であり、このような好条件があるのに、岩国は遠いからなどの理由で座視傍観し、この一大決戦に破れたら岩国ではなく日本の恥じであり、世界の笑いものになります 

しかし、私たち草の根の市民派の勝利は歴史的な意味を持っています。

「日本の民主主義もここまで育ったか」と賞賛され、日本市民の政治的健全さへの評価が確立することに繋がります。
それは類似の問題に悩む、沖縄や横須賀市での反基地市民運動や六ヶ所村での市民運動にとっては素晴らしい勝利のシンボルとなり、さらに独裁と専制のもとで苦しんでいる多くの世界市民にとって、どれほど大きな励みになるか計り知れません。 

(本来なら 「決戦」ほかの軍事用語は避けるべきですが「分かりやすさ」のために今回はあえて使いましたことをお許し下さい)

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 岡本非暴力平和研究所所長
  〒730-0051 広島市中区大手町1-1-26
  大手町1番ビル305
   電話・ファクス番号 082-209-0633
    okamoto-mit@nifty.com
   http://okamotomitsuo.com/

 「平和を望むなら 平和に備えよ」 Si vis pacem para pacem.

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(転載終了)



ホワイトカラー・エグゼンプション
肩こり指数 ★★★

マルクス「ネタ」が連チャンとなった。ついでにもう一つ。

ちょくちょくのぞかせていただいている津久井先生のブログでマックの店長裁判の判決をとりあげておられた。お題は「McDonaldでホワイトカラー・エグゼンプション違法の先取り」。

私は法学部に行ったのだが、なにも学ばなかったので亜法(「阿呆」)学部。な~んて、全くのド素人で一般庶民。そんな庶民でも理解できるようにわかりやすく論じてくださるので、たいへんに助かっている次第ある。とかく法曹界の用語は専門性がたかく難解で判決文などは、超大作ばかりなので最高の睡眠薬である。だが、民主主義をないがしろにしようとするものとの主戦場の1つは司法の場であるから、無関心であってはならない。

さて、このホワイトカラー・エグゼンプションのホワイトカラーというのは、すでによく知られた言葉であるが、狭義には生産現場からはなれ、商品の販売・管理・事務処理などをする労働者のことをさしてきた。広義には、公務員や生産管理事務・教育・コンサル系サービスなどもふくめるようである。

日本ではこのホワイトカラーが高度成長期の鉱工業、重化学工業のめざましい発展と歩調をあわせて爆発的に増大してきた。それは、単純にいえば増大する生産が生み出す膨大な商品は、商業資本の急速な発展をもたらし、それをもって商品は「命がけの飛躍をなし」貨幣へと姿をかえなくてはならなかったからである。セーが言ったような脳天気な法則はもはや陳腐なものでしかなかったのである。商業資本の役割はとてつもなく重要なものとなった。

さて、ホワイトカラーが多く生息する、商業資本なのであるが、これが資本論のなかで登場するのは、全3巻の3巻目である。いよいよここではじめて資本主義的生産のトータルな姿が論じられるのである。そのなかで「第4篇 商品資本及び貨幣資本の商品取引資本および貨幣取引資本への(商人資本への)転化」ではじめて商業資本は論じられる。

そのなかの「第17章商業利潤」の終わり際でマルクスは実にホワイトカラー・エグゼンプションの必然性を予見したような興味深い指摘をおこなっている。

「商業労働者は直接には剰余価値を生産しない。しかし、彼の労働の価格は、彼の労働力の価値によって、すなわちその生産費によって、規定されているとともに、他方、1つの緊張、力の発揮、および消耗としての、この労働力の行使は、すべての他の賃金労働者のばあいと同様に、決して彼の労働力の価値によって制限されてはいない。それゆえ、彼の賃金は、彼が資本家のためにその実現を助ける利潤量にたいしては、何ら必然的な関係にたたない。かれが資本家に費用をかけるものと、彼が資本家にもたらすものとは、異なるおおいさである。かれがこれを資本家にもたらすのは、かれが直接に剰余価値を作り出すからではなく、彼が一部分は、不払いの労働をなすかぎりにおいて、剰余価値実現の費用の軽減を助けるからである。」

「本来の商業労働者は、賃金労働者の比較的高給な部類に、すなわち、その労働が熟練労働であって平均的労働のうえに位する賃金労働者に属する。しかし、賃金は、資本主義的生産様式の進展とともに、平均的労働にたいする比率においてさえも、低落する傾向がある。これは、一部は店舗内の分業によるものである。すなわち、労働能力のただ一面的な発達がおこなわれることになり、そしてこの生産の費用は、一部は資本家にとって何ら費用をかけるところがなく、むしろ労働者の熟練が機能そのものによって発達し、しかもこの熟練が分業とともに一面的になればなるほど、ますます急速に発展するからである。
第二には、資本主義的生産様式が教授法その他を、ますます実用本位とさせるにしたがって、予備教育、商業知識、言語知識等が、科学や国民教育の進歩とともに、ますます急速に、容易に、一般的に、低廉に再生産されるようになるからである。国民教育の一般化は、この種類の人々を、以前は除外されていた、より劣悪な生活様式に慣らされた諸階級から補充することを、可能にする。さらにそれは志願と、したがって競争とを増大させる。したがって、若干の例外を除けば、資本主義的生産の進展とともに、これらの労働者の労働力は低減する。彼らの労働能力は増加するのに、彼らの賃金は低下する。資本家は、より多くの価値と利潤とが実現されべき場合には、これらの労働者の数を増加させる。この労働者の増加は、つねに剰余価値の増加の結果であって、決してその原因ではない。」


長い引用で恐縮なのであるが、前半の引用は、商業資本における労働は価値を生み出さない。利潤をうみだすものではない。それらを費用を投じ実現するものであることをいっている。

たいへん大雑把な説明となることをあらかじめお断りした上で、産業資本は生産活動において、労働者がうみだした剰余価値を含む商品を、自らが販売し剰余価値ともども貨幣として回収することよりも、商業資本という販売の専門家に剰余価値の一部をつけて商品を譲り渡すのである。その結果、産業資本は「商品の命がけの飛躍」とよばれる売れ残りのリスクと流通過程での時間のロスを商業資本におわせ、資本の回収とそれによる資本の回転を速めるのである。

剰余価値つきで商品を受け取った商業資本は費用をかけて、それを貨幣にかえる。それが商業資本の使命でありそれがすべてだ。かかる費用はすべて産業資本から受け取った剰余価値から支払われる。ゆえに費用をかけず、すべての商品を貨幣へと飛躍させることが剰余価値を利潤へと転化する唯一の道なのである。長い歴史をもつ商業資本は、それに長けている。

そして、後半の引用であるが、ここからががホワイトカラー受難の予言である。資本主義的生産様式の進展により、第1に、分業がすすみ経理事務や営業、在庫管理などなど細分化専門化することによって熟練し、対費用の効率がアップするということ。

第2に教育が社会に広く浸透するに従い、高い能力をもった労働者予備軍が低価格で提供されるようになる。それらは、互いに競争をすることによってますます自らの価格を引き下げる。

さらに今日的には、ITの驚くべき進展がますますにホワイトカラーの価値を引き下げたのではなかろうか。いまや簿記会計の知識がなく、勘定科目を熟知していなくても会計ソフトは入力をどしどし仕分けし、転記し、精算書から経営分析までおこなう時代である。
かつては、販売には天才が存在した。いまでも存在しているのは私もしっている。だが、そんな天才の販売技術は徹底的に分析され標準化されるべくマニュアルとなる。
販売促進のためのあらゆるノウハウをもった、広告代理店が絶大な力を誇る。

産業資本が技術革新をつうじて、高性能な機械が労働を単純化し、より少ない低価格な労働力でより大きな生産をなしてきたように、流通とその派生である商業資本が流通革命とIT革命を梃子にして、より少ない、そして安価な労働力で商品を貨幣へと飛躍させることがかなったいまの世にあってはじめて、おりからのコイズミ&ヘイゾーが切り開いた市場原理主義の回帰はなしえたのであろうし、そうしたあり方を積極的に追認するものとして、ホワイトカラー・エグゼンプションは登場したのではなかろうか。この労働者の新たな受難の始まりはかつて、ブルーカラーとホワイトカラーという色分けをもって労働者に分断をもちこんだイデを乗り越える諸関係ととらえ、働く者がともに手を結びあう契機として積極的にとらえかえさなければならないだろう。

最後に、岩波版資本論では訳者の向坂氏がこうつけくわえている、
「この1865年に書かれた商業プロレタリアートの運命の予測が、それ以来いかに実証されたか、これについては、あらゆる商業的操作と三ヵ国ないし四ヵ国語とに通じていながらも、ロンドンのシティで一週間25シリング――熟練機械製造工一人の賃金よりもはるかに安い――の勤め口を探しあぐねている幾百のドイツ人事務員が、身にこたえて知っている。」とマルクスは手記のなかにかき加えていたと。


やっぱ天才だよね 床屋にはいったほうがいいとおもうけど
Karl_Marx.jpg

犯罪
さぁって記事をかくぞおぉお!!と気合いをいれて枕を書いたところで、ローザが仕事部屋にはいってきて、パワーポイントでレジュメを作ってくれと言う。パワーポイントぉおお!もう十年くらいプレゼンしなきゃなんないような仕事してないっしょ、とっくに使用方法をわすれますた。といって断る。

するってーと、自分でするからどいて頂戴とのこと。しぶしぶ今日もリビングでテレビを眺めながらじっと我慢で待つ。たぶん1時間くらいではできないだろーな、とは思っていたのだがふたたびPCの前に座ることが出来たのは4時間を過ぎていた。

てなわけで土曜日分の更新は日曜日にずれこんでしまった。致し方ないので手抜きなのだが引用ものでお茶をにごしておこう。

マルクスの「剰余価値に関する諸学説」通称、剰余価値学説史のなかの下りを紹介させていただきます。よく当ブログにコメントして下さる三介さまや、ときたまのぞかせていただいている神山先生もとりあげておられたので結構有名な下りであります。剰余価値学説史は、マルクスが資本論の第4巻として構想していたものなのだが未完にて、その死後世に出たものだ。当然能力のとぼしい私はこれを読破してはいない。いまでは古本市場で探し出すより入手するすべはないようだ。太古のむかし経済原論の講義のなかで生産的労働と不生産的労働に関係してこの下りを読んだような記憶がある程度のものなのだが、当時はずいぶんと斜に構えた文章だと思った。


「哲学者は思想を、詩人は詩を、牧師は説教を、教授は概説書を生産する等々。犯罪者は犯罪を生産する。このあとのほうの生産部門と社会全体との関連をもっと詳しく考察すれば、多くの偏見を免れるであろう。犯罪者は犯罪を生産するだけでなく、刑法をも、またそれと同時に刑法を講義する教授をも、またさらに、この同じ教授が自分の講義を『商品』として一般市場に投ずるために必要な概説書をも生産する。これによって国民的富の増加が生ずる。……犯罪者はさらに、警察および刑事裁判所、刑吏、判事、絞首刑吏、陪審員などの全部を生産する。そして、これらのいろいろな職業部門はすべて、社会的分業のそれだけの数の部類を形成しつつ、人間精神のいろいろに違った諸能力を発展させ、新たな諸欲望とそれらを満たす新たな諸方法とをつくりだす。拷問だけでも、きわめて巧妙な機械的発明のきかっけを与え、その道具の生産にたくさんの尊敬すべき職人たちを従事させた。
「犯罪者は、半ば道徳的な、半ば悲劇的な印象を生産し、こうして公衆の道徳的および審美的感情の動きに、ある『サーヴィス』を提供する。彼は、刑法概説書を生産するだけでなく、刑法典としたがってまた刑法立法者とを生産するだけでなく、技術、文学、物語、さらには悲劇をも生産するということは、ミュルナーの『罪』やシラーの『群盗』ばかりではなく、〔ソフォクレスの〕『エディプス』や〔シェークスピアの〕『リチャード三世』さえもが証明するとおりである。犯罪者は、ブルジョア生活の単調と日常の平安とを破る。それによって彼は、停滞を予防し、また、それなしには競争の刺激さえ鈍くなるにちがいないかの不安な緊張と可動性とを呼び起こす。こうして彼は生産諸力に刺激を与える。犯罪は、過剰人口の一部を労働市場から取り去り、それとともに労働者間の競争を減少させ、それによって最低限以下への労賃の低下をある点まで阻止するのであるが、他面、犯罪にたいする闘争が同じ人口中の他の一部を吸収する。このようにして犯罪者は、正しい釣り合いを生み出して『有用な』就業部門の全体の展望を開くところの、かの自然的な『均等化』の一つとして登場するのである。
「犯罪者が生産力の発展に及ぼす影響は詳しく実証することができる。一人の泥棒もいなかったとすれば、いったい錠前が今日のように完成されていたであろうか? 一人の鋳貨偽造者もいなかったとすれば、銀行券の製造が現在のように進んだであろうか? 商業において詐欺がなかったなら、通常の商業部面に顕微鏡の用途が見いだせたであろうか(バベジを見よ)? 応用化学は、尊敬すべき生産熱のおかげであるのと同じように、商品偽造とそれを摘発しようとする努力のおかげではないのか? 犯罪は、つねに新しい財産攻撃手段によって、つねに新しい防禦手段を生じさせ、こうして、機械の発明にたいするストライキとまったく同様、生産的な作用をする。また、私的犯罪の部面は別としても、いったい、国民的犯罪なしに世界市場は、いや諸国民でさえも、成立したであろうか? また、罪の樹は、アダムの時代以来、同時に智恵の樹ではなかったか? 」

なんでも疑ってかかれ!ということを信条にしていたマルクスが書く文章はじつにアイロニーにいつも溢れていて、それゆえに難解である。別段彼がとびっきりの根性曲がりであったとはおもわない。それは彼のブルジョア社会への強烈な怒りをこめた批判のあらわれであり、その情熱のほとばしりだったのだろう。このことにかんしては、誰かが毎度くちにする言葉ではないが理解が出来ないのは理解する側のリテラシーがたりないということになろう。

さて、この下りを出してきたのは、新年早々お玉さまのところで語られた死刑廃止をめぐる熱い討論をきっかけとして犯罪と社会の関係におもいが巡っているからなのである。
貧困が犯罪をもたらす。いや、貨幣が犯罪を誘惑する。あふれかえるばかりの商品の山をなす先進国ニッポンで 発生する犯罪はその多くが貨幣と無縁ではなかろう。私はそのほとんどが貨幣が支配する物神崇拝に帰するものであるような気がする。

そのあたりの社会と犯罪の関係性を唯物論から、とりわけ明治以降から敗戦にいたるまでのスパンで考察してみたいとおもっているのである。政治犯が多かったのは直感でおもうところであるが、貧困故の犯罪はものすごく多かったようなきがするし、社会規範の崩壊が凶悪犯罪を生み出していたようなきがするのであるが、調べてみないことにはなんともいえないところであるが。まあ、ひまにまかせてぼちぼちといったところだ。


追記です。

資本主義的生産様式と犯罪はまるで親子のような切っても切れない関係である。この一文でマルクスがいわんとしていることはそういうこと。社会的な生産活動が生み出す価値が旧社会のように、生の生産物としてあった時代ではその蓄積は倉庫にしまっておくことしかできなかったが、社会的価値が商品として生み出され、商品が貨幣をその価値の表現としたとき、貨幣は限りなく価値を蓄積するすべを獲得する。貨幣は労働が生み出した価値であり、まさに労働そのものだ。

人から人が貨幣を奪うことは、労働の成果を奪うことに他ならない。そうした犯罪が多くのビジネスチャンスをもたらす。それはビッグビジネスだ。社会の主要な産業部門を形成しているといってかまわないだろう。犯罪は資本主義的生産様式になくてはならないものだ。

いっぽうで犯罪の始まりはなんであったか?以前から幾度かふれてきたが資本の本源的蓄積過程(資本主義社会の誕生の過程)は自給自足の農民を暴力的に土地という生産手段から切り離して、大量の日暮らし者の浮浪者を生み出した。おりからの産業資本の勃興に労働者としてそれらは吸収されるわけであるが、職をすべての浮浪者がえることができたわけではない。職にあぶれた者達は犯罪という自営業を始めるにいたるのである。ここに諸国民が成立する。

いまひとつの本源的蓄積過程は、大航海時代をつうじ世界のいたるところで金銀財宝をかき集め貨幣のもとをたくわえる必要があった。東インド会社も悪逆の限りを尽くした、インカ帝国は金銀財宝を奪い尽くされ滅亡した。まさに国民的犯罪をもって世界市場はきりひらかれた。資本主義的生産様式は犯罪をもって成立したのである。




商売繁盛
商売繁盛とはいってもうちのことではありません。相変わらずの貧乏暇あり。

昨日夜に記事を書いていると、ローザがメールを確認するので退けという。しぶしぶリビングでテレビをみていると面白い番組をやっていた。

とある万里の長城ちかくの農村での話だったのだが、この農村おりからの改革開放と市場原理主義のブレークに遅れまいと村の住民は民宿業をこぞって始めたという話だった。

村民のほぼ全てといっていいくらい民宿を始めたようであった。みんなそれぞれ客を獲得すべく創意工夫をするわけなのである。ときには著名な大学教授を呼んで経営セミナーのようなこともしていた。日本で一時はやった村おこしのようなことも模索しつつセミナー参加者は講師の先生のお言葉を聞いていた。そして、話はセミナーの終わり際、参加者との自由討論になって一気に盛り上がりをみせる。お客がすくない民宿の経営者がこぞって講師の先生に異議を申し立てたのだ。先生も真っ赤になって論を展開する。

いっやあ、中国人民はかの毛主席の教育が行き届いていたのが幸か不幸か熱い民族だ。
はやっている○○さんの民宿はみんなで決めた料金より低価格で客をとっている!反則だぁあ!!とはやらない民宿経営者  いやいや、○○さんのところはお客様がくつろげるように念の入ったおもてなしを心がけているからだぁああ!と先生。
こんな具合で熱い闘論が村の青空中央広場で繰り広げられる。

中国が外国資本の導入を梃子に市場を開放し、経済原理を市場にもとめたとき中国人民はお金儲けということを知った。お金儲けは古代中国の秦の始皇帝の頃からあるわけだが、いまのお金儲けはまったく質のことなるものである。いま人民が手にするお金は万能だ。元で買えないものはない。民宿の主人は客が沢山きたら子供部屋をも提供する。子供は外のベランダで勉強していた。自給自足の片手間商売ではない。本気で一切合切を資本として投下するいっぱしの小資本家の登場だ。

共同体としての農業を捨て、こぞって民宿業をはじめたこの村の有り様をみるとき、資本主義という経済システムの生の姿をみるようであった。客の取り合いをつうじて、各民宿がしのぎを削るさまは共同体の崩壊であり、やがて客の入りの少ない民宿は放逐され恨み辛みをかかえながら、はやる民宿に吸収されてゆくのであろう。そうした過程を通じて個々人は栄えあるお金の前での「自由」と「平等」を手にするのだろう。

どうやら、またもや世界史的激動の原動力をなすものは西のロシアと東の中国そして、インド
のようである。北京オリンピックの終わりがこの世のおわりに即向かうことにはならないだろうとは思うけど、1つの区切りとはなろう。


「暴力の復権のために」冒頭の紹介
肩こり指数 ★☆☆

今日はちょっといそがしくもあり。てなわけで、先般「決めポーズ」
http://kangun.blog123.fc2.com/blog-entry-60.html のおしまいに紹介した「暴力の復権のために」のエンディングにつづいて、冒頭を紹介させていただきます。


暴力の復権のために

「もしも、ある社会の根底に非和解的な階級対立や社会矛盾が存在しているにもかかわらず、なおそれらの対立や矛盾が暴力的衝突として発現していないとするならば、このような事態はいったい肯定されるべきことなのであろうか。もちろん、人間史の究極においてみるならば、階級対立や社会矛盾の止揚そのものが問題となることはいうまでもなかろう。
だが、人間はいかにしてその止揚をなしとげるのだろうか。いや、そもそもいかにして問題の所在をつかみとるのであろうか。

いくつかの例をあげて見ることにしよう。

アメリカにおける黒人問題はどうであろうか。アンクル・トムやブラック・ジョニーが神を信じ、奴隷としての平和を愛していたとき、だれが黒人の解放を本気で考えたであろうか。そこに抑圧が存在しなかったわけではないことはいうまでもない。だが、白人ばかりではなく、黒人までもが、黒人の奴隷的秩序を運命のごとくうけいれ、その秩序が動揺して運命の怒りにふれるのをおそれていたのだ。

イエス・キリストのまえの平等だけが、黒人の唯一の救いであったのだ。もう我慢できない──こう叫んで、黒人の青年たちが白人専用のバスやレストランや学校にのりこんだとき、そしてまた白人の過敏なまでの差別的激情を挑発し、警官やK・K ・Kの襲撃に銃をもって返答をしたとき、はじめて奇跡がおこったのだ。黒人は、自分たちの奴隷的差別をなくすためにはまず行動すべきことをしったのであり、また、白人のなかにも黒人の奴隷的抑圧こそ、自分たちの抑圧を運命づけているものだということをしるものがあらわれたのである。二世紀にわたる黒人解放の説得にもかかわらず、運命のごとく北米大陸を支配してきた色の論理は、もう一つの色の論理によっていまや崩壊の端緒に直面しているのだ。

ベトナム問題はどうであろうか。南部ベトナム解放民族戦線は、パリの変形デスクのまえに着席し、アメリカ帝国主義やそのカイライ政権と対峙して、「平和交渉」をつづけている。アメリカ本国ではベトナムにおける自国の敗北を求める声と運動が日に日にたかまっている。だが、最初からこうだったのだろうか。六〇年春、山岳地帯で、水田地帯で、南部解放の武装闘争が開始されたとき、解放戦線にいかなる合法性が保障されていたというのであろうか。五四年のジュネーブ会談によって帝国主義支配のもとにとり残された南部ベトナムの民衆は、アメリカ帝国主義とそのカイライ政権の陰惨きわまる抑圧、ベトミン狩と称しておこなわれた不服従分子の処刑、そして部落の戦略的封鎖のなかで、しかも、ホー・チ・ミン政権の北部支配権を代償に帝国主義の南部支配を承認した中、ソ共産党の裏切りのなかで、無一物の武装闘争を開始したのである。

カイライ軍を追いつめ、米侵略軍を山地やデルタにふかくひきこみ、その戦線を分断し、孤立させ、壊滅させ、さらに都市部を逆包囲し、都市部住民の深部に不抜の革命のとりでをきずきあげたとき、はじめてアメリカ帝国主義はベトナム侵略戦争政策の再検討を余儀なくされたのであり、アメリカ本国の民衆も真剣にベトナム反戦にとりくみ、政府の欺瞞的な「撤退」政策を根底から揺るがしはじめたのである。

「平和交渉」なるものは、ベトナム人民の武装解放闘争に追いつめられたアメリカ帝国主義が、それに合法的地位を与え、体制内的に包摂していこうとする攻撃であり、当然ベトナム人民はこうした帝国主義の苦しまぎれの野望にたいし幻想をふきとばして前進しているが、しかし、ともあれ、この程度の譲歩すら、非合法的な武装闘争がなかったなら問題たりえなかったであろう。」
(改行は薩摩長州によるもの 本多延嘉著作選第二巻より引用)


とかく「理性的」といわれる人類の知性はいまだ社会において暴力を止揚するに至らず。それはあたかも口で言ってもきこうとしない「だだっ子」にも似て。
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