たわいもない日々の雑感を綴ってみたいと思いまする。

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春7
今日はバラをいきます。先週はちょっと性根が入るくらい忙しくて、バラを愛でている余裕もなくひたすら賃労働に励んでおりました。若き日に些細な縁から、社会の変革運動に足を突っ込んだ私が堅気の真っ当な仕事に就けるはずもなく、あの当時身につけた数々のスキルをネタに細々と零細極弱小資本家としてひっそりと生きて参りました。決してヤクザ屋さんではありませんよぉ(苦笑)

毎度のセリフではありますが、「明るいニッポンの夜明けをみてから天へと召されたい」と思うものでありますが、そのためには唯物論的現実の問題として生きてゆかねばならないというわけで、魂まで捧げるつもりはさらさらないことは言うまでもないのですが、それなりに社会の要請に応える意味で納期を厳守し、誠意をもってお仕事に励むのであります。それにしても、コイズミ&ヘイゾリッヒ・タッケンナッカーがニッポンを席巻して以降とても暮らしぶりは悪くなった。いつの日か必ず吊るさんといかんよね、コイツら!

というのは単なる愚痴でありまして、要は毎日おっそーくに帰っても鉢植えが多数を占めるうちのバラは毎日水遣りをせねばならないのであります。そうした事情から各所にガーデンライトを設置し、深夜12時近くに帰宅しても水遣りは出来るようになっているのであります。ガーデンライトはタイマー標準装備にて、夕刻から深夜12時ちょっと過ぎまで点灯するようになっております。

うちで多く栽培しているオールドローズの多くは照り葉ではなくマットな葉が多く、撥水性が照り葉に比べて悪いためか病気の発生に対する抵抗力が弱いように思われる。
病気の発生を抑制することを考えたら圧倒的に水遣りは早朝がいいそうだ。とはいえ、水遣りに1時間以上、場合によって地植えのものも含めると2時間ちかくかかることを思うと、とてもじゃないが早朝水遣りをしていたら、その延長線上からお仕事をする意志が消滅してしまう恐れがあるので、うちでは帰宅後に一回、鉢底から水が出るまでと決めている。個別具体的な栽培環境に依存することはもちろんのことだが、早朝水遣りは黒点病の発生を抑止するにはとても効果的らしい。

そうした状況で深夜の水遣りのみがバラとの接点となった先週が過ぎてみれば随分と沢山の品種が開花を通り越して、散り始めていた。週末の前線の影響での土砂降りもそれに拍車をかけた。開花して開ききる直前の一番「びゅーてぃほー」な瞬間を見逃してしまった、誠に無念残念なのであった。とはいえ、イングリッシュローズもオールドローズも、モダンローズの多くの品種群と比べると開花から散り始める直前までその美しい花姿は、若干の色合いの変化を伴いながらも、変わらないところが素晴らしい!

愚痴と能書きはここらまでにして、バラを貼っておきます。癒されて下さいませませ。
といいつつ自分がいちばん癒されるのだという事実を知る(爆)

モダンローズのアイスバーグ
アイスバーグ2

アイスバーグ


モダンローズでつるバラのアンクルウォーター
アンクルウォーター


モダンローズでつるバラのアンジェラ
アンジェラ


イングリッシュローズのエグランティーヌ
エグランティーヌ2

エグランティーヌ


モダンローズでつるバラのエバーゴールド
エバーゴールド


イングリッシュローズのキャスリンモーリー
キャスリンモーリー

キャスリンモーリー2


イングリッシュローズのグラハムトーマス
グラハムトーマス


イングリッシュローズのグラミスキャッスル
グラミスキャッスル


イングリッシュローズのグルスアンアーヘン
グルスアンアーヘン


名前をすっかり忘れたクレマチス(ごめん!)
クレマチス


まだまだ続きます
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スターリン主義 レーニンとスターリン
肩こり指数 ★☆☆

「スターリンはあまりに粗暴である。この欠陥は、われわれだけの中では、またわれわれの中で党員を扱うには充分耐えていけるが、書記長にあっては耐えがたいものになる。それが、私が、同志諸君がスターリンをその地位から取り除く方法について考え、彼に代えてあらゆる点で同志スターリンよりも優れた別の人、つまり彼よりも寛容で、忠誠で、鄭重で、同志にたいして配慮に厚く、気紛れでない別の人を任命することを提案する理由である。」
これは1923年の1月4日、レーニンが遺言の最後につけ加えた一文である。

例年なら、貧乏暇ありなのだが、今年はなぜかお仕事が忙しい。とはいえ単価は大暴落なので貧乏暇無し状態にくたびれ果て、すっかり書く気も失せ、コメント返しも放棄し、更新をサボってしまった。過分な期待を寄せて下さった土岐さまどうも失礼いたしました。プレッシャーをいただき筆が止まったわけではございません。価値判断はできれば回避しようかなどとも考えていたりはしますが(笑)。ともあれ、やはりトロツキーの頭蓋骨に7cmのピッケルが打ち込まれるところまで歴史の叙述は必要かと考えております。
それでは続きをいきます。

NEPを導入した年のおわりごろ激務による過労からレーニンは著しく体調を崩し、翌年1922年5月に脳卒中の発作により右半身に麻痺を患うこととなる。
時をおなじくして、民族の坩堝といわれるほどに他民族国家であったロシアは、革命後、各所で民族の独立が勝ち取られソビエトが誕生した。この民族の独立にどう向き合うかを巡って党内で議論がなされたのであるが、グルジアをめぐって対立が生じていた。

そうしたさなか、1922年3月の第11回党大会ののちの4月、党中央委員会はスターリンを最高指導部としての共産党書記長に選出する。 スターリンはグルジア問題に対してロシア連邦政府がすべての諸共和国の政府となることを前提として、ロシア・ソビエト社会主義連邦共和国に「自治共和国」として参加をすることを提起するのである。レーニンはこれに対してソビエト社会主義連邦共和国にロシア連邦政府が政府となるのではなく、すべての諸ソビエト共和国とともにソビエトロシアは対等で平等の権利を有するものとしてソビエト社会主義連邦共和国をつくるべきであるとして、スターリンの提起を大ロシア排外主義と呼び激しく非難するのである。

このグルジア問題をきっかけとして、レーニンはスターリンが絶大な権力を自らに集中したことに激しい危惧を抱いていたのである。
病に倒れたレーニンの最後の闘争は、大ロシア排外主義的傾向との闘い、ツァーの置き土産である官僚機構の重圧とそれに蝕まれつつある党、そして、なにより後継者スターリンとの闘いとして為されるのだった。そうしたものとして翌年の1923年4月17日の第12回党大会に向けて精力的に準備を進めるのであるが、スターリンの意を介した党中央委員会と官僚のさまざまな妨害と監視に直面することとなる。そして、暮れの12月23日に襲った激しい発作は完全にレーニンから右手と右足の感覚を奪った。

国家と党の行く末を案じる彼は、口述筆記で民族問題に関する覚え書きと遺書を残すがスターリンと党中央委員会はこれを握りつぶしたのである。党大会直前の1923年3月7日レーニンを三度襲った激しい発作は半身の自由と言葉を奪い彼の政治生命は尽き、それから一年足らずの1924年1月21日に無念意志半ばにして、53歳の若さでこの世を去ったのだった。

次回 「スターリンとトロツキー」につづく 

晩年のレーニン 気の毒で言葉もない!
悲劇の種ははスターリンの手で世界中にまき散らされることとなる
lenin2.jpg


スターリン主義  NEP
肩こり指数 ★☆☆

NEP=ネップという言葉をご存じだろうか。電子レンジでチンをするときに使うのはラップ、世界に誇るトヨタ自動車のディーラーはネッツ。そのどちらも関係がない、革命ロシアが真っ先に直面した内外のとてつもない困難がもたらした経済政策の名前がNEPなのだ。このNEPのもたらした「副作用」が後のスターリン主義の培養土となったのである。その歴史的過程をふりかえってみると、必然と偶然がなんとも複雑に絡み合いながら途方もない悲劇へと突き進んでゆくその様は、なんともやりきれない思いを喚起する。
かくのごときスターリン主義の誤りを確認するうえで、その発生のプロセスを簡単にではあるが振り返りつつ、その問題点を指摘してゆきたいと思う。

1917年2月に起こったロシア2月革命がツァーを打倒し生みだしたボリシェヴィキとメンシェビキ、エス・エルとの間で生じた二重権力は同年の10月25日の10月革命をもってレーニンとボリシェヴィキは蜂起し、権力を奪取する。臨時政府は打倒され、翌日26日レーニンはソビエト大会で社会主義秩序建設を高らかと宣言する。

革命以後の激動に一時休息を与えるため、ドイツとの帝国主義戦争の即時停戦をもとめて、広範な領土の喪失と賠償義務という犠牲をはらいブレスト・リトフスク講和条約を締結するのであるが、米、英、仏、チェコ、ポーランドの十字軍による革命ロシア圧殺の干渉は止むことを知らず、くわえて旧帝政時代からの反革命的将軍に率いられた資本家、地主とそれら階級的利害を代表する諸党派によるクーデターや白色テロリズムとの激烈な内戦が3年間にわたって闘われたのである。

レーニンはこの内戦のさなかの1919年3月2~6日に第三インターナショナルを設立する。彼は、遅れた資本主義であったロシアの後進性を突破し、内戦によって疲弊した国土と経済を回復するためには国際共産主義運動の前進による他国の革命の勝利との結合による援助が不可欠であると考えていたし、そうした世界革命の突破口として革命ロシアを位置づけていたのである。

しかし、ベーラ・クンのハンガリー・ソビエト共和国は5ヶ月で倒れ、イタリアではアントニオ・グラムシが反ファシズム社会主義統一戦線を創設するも失敗に終わる。ブルガリア共産党の指導者ゲオルク・ドミトロフは激しい弾圧に亡命、ロシア革命の高揚はアメリカでも日本でも共産主義運動を生みだすが勝利にほど遠く。もっとも期待していたドイツ革命はキール軍港での蜂起を皮切りに全国に波及しレーテ(評議会)をうち立て、革命の勝利は手の届くところにあったにもかかわらず、主体の側の遅れから権力を奪取へ導くことができず、惜しくも敗北を喫することになる。

革命ロシアの生みだした高揚と、ヨーロッパを支配した戦後革命の気運は後退し、革命ロシアは孤立をよぎなくされる。ロシアは列強により国境を封鎖され、反革命によって港湾、鉄道施設、主要工業地帯、穀物生産地は占拠された状態がつづいた。迫り来る飢餓の危機に、レーニンは産業の国有化の推進と農民からの穀物徴発を基本方針とした戦時共産主義という強力な軍事的国家統制を1918年にひいたのだった。

それからの3年間は、革命ロシアにとってすさまじい苦闘の時間だった。1919年、反革命メンシェビキ、エス・エルは、飢えと寒さに命を落としてゆく多くの労働者や農民の怒りと不満にストライキを呼びかけ、1920年から1921年にかけて大規模な農民の反乱が相次ぐこととなる。労農同盟の呼びかけのもと、ともに闘ってきた農民指導者であるマフノが叛旗をひるがえしウクライナ地方で反乱を組織する。ボリシェヴィキはトロツキー率いる赤軍をもって1921年8月これを武力で鎮圧する。

時をおなじくして、1921年3月、クロンシュタット・ソビエトでは、その出身の多くを農民とする水兵達がエス・エルの影響のもと、戦時共産主義の即時変更による穀物の徴用の即時停止と自由市場の復活を求めて蜂起する。レーニンとトロツキー、ボリシェヴィキ中央委員会は速攻でトゥハチェフスキー率いる赤軍を送り込みこれを鎮圧した。
しかしレーニンはクロンシュタット兵士の反乱を重大な啓示ととらえ、その戦闘のさなか開かれた第10回党大会で新経済政策=NEP(ネップ)=NEW EXPLOITATION OF PROLETARIANS(プロレタリアの新たな搾取)を提案するのである。

レーニン自らが”国家資本主義”と規定したNEPは、穀物の徴用を廃止し食料税におきかえ、穀物の自由市場を開くことによって、農民が生産力を回復させ、かつ増大させることをもって、内戦で荒廃した都市と工業へ食料・原材料 を供給し復興させることをとおして農村に必要な工業製品の供給をおこない、農業の社会主義的改革をすすめる物質的基礎とするものだった。同時に、NEPは国内での外国資本の展開を認め、小規模商人や企業家に対する従来の措置を緩和するものとなった。

第10回党大会でNEPと抱き合わせるように党の分派の禁止を決定した。ボリシェヴィキは戦時共産主義のもとですべての反対政党を禁止していたが、この決定はそれを更に推し進めるものであった。帝国主義列強の干渉戦争と内戦下において、反対政党の反革命的蜂起や白色テロとの闘いの必然的帰結としての反対政党の禁止、非合法化は妥当なものであると思うものであるが、民主集中制を担保してきた自由な分派活動を禁じたのは、NEPにたいしてブハーリン、シリヤーブニコフ、コロンタイなどの党内左派の根強い反対が頑として存在していたからなのである。それは、広範な領土の喪失と賠償義務という犠牲をはらってでもブレスト・リトフスク講和条約の早期締結をなさねば革命ロシアがもたないと判断したレーニンに党内左派の反対が立ちはだかったのとおなじように。

内戦で疲弊し荒廃した国土と産業のなかにあって、NEPはたとへ党の民主主義を犠牲にしてでも実施せねばならない状況があった。レーニンは「勝ち取られた革命はいきのこらねばならない」ものとしてNEPを提起した。事は一刻の猶予もなかったのである。
遅れた農業国でありながら資本主義の帝国主義段階にあったロシアの特殊性は、革命の主体をプロレタリア労働者階級が担いきることができず、圧倒的多数の農民との同盟があってこそ革命を勝利へと導くことができた。だから、党は農民との盟約にかけて最大限の現実的譲歩を決断しなければならなかったのだ。

同時に戦時共産主義下での非常措置とそれにつづくNEPは、ロシア経済の急速な復興には成果をもたらしたが、それは同時にとても危険な政策だった。農村ではクラーク(富農)が、都市ではネップマン(個人企業家)が急成長し利益をあげ、党と官僚の機関は強権を振るえるようになっていた。
レーニンはそうした状況を憂慮しつつ、NEPはあくまでも革命ロシアが他国の革命と結合する世界革命の展望を堅持したうえでの一時的な避難措置であると考えていたし、彼の最も良き理解者であったトロツキーもまた、官僚機構が社会を支配する現状に警告を発し続けるのであった。それほどに、革命ロシアの民主主義は強力な官僚機構のもとに危機に瀕していたのである。

次回につづく・・・

春6
たまには一知半解な政治や経済や猫さんの話題などにブレながらも、園芸ブログをはじめてよかったな~と思うのは、沢山のバラまにあ、園芸家の方々が開いておられるブログと交流することができることだと思っている。

園芸はとかく自分だけの閉じた世界として庭を造り、植物を育てるのであるが、そこはやはり、隣の庭が気になるものなのだ。今年も、「国際バラとガーデニングショウ」が所沢の西武ドームで開かれている。ぜひとも行ってみたいイベントなのだが、無念にも地方のド田舎に暮らす身&マルビンスキーなので、仕事はあっさり休業することも不可能ではないが、そこへ行くための貨幣がないのである。今年も無念!

この「国際バラとガーデニングショウ」での見物のひとつは、限られたスペースの中でテーマに沿ったさまざまな第一線級の造園家の庭造りを見ることができると言うことであるし、もう一つの見物は、バリバリのプロが育て上げたバラを見ることができることであると私は思っている。いわゆる、”本物”に触れることのできる数少ないチャンスの一つではないだろうか。

あいにく前述の理由により、行くことが叶わぬ私なのであるが、そんな「国際バラとガーデニングショウ」への興味にも負けないくらい、激しい興味関心を呼び起こして止まない素晴らしい庭造り、バラ作りをしておられる方々が数ある園芸系ブログの中にはた~くさんなのである。別段、不必要に競い合おうなどという気持ちはさらさらないが、自分の育てたバラよりも数段立派な花を拝見すると俄然、探求心が燃え上がる。土地土地の気象条件の違いなども実に面白いものだ。

バラは、施肥や、消毒、予防、剪定などなど、栽培者が目的意識的に為さねばならない課題が実に多い。で、あればこそ、十人十色の栽培のノウハウがあって、それが栽培を奥の深いものにしている。あっちこっちのぞかせていただいては、大いに学ばせていただいている次第なのだ。そして、汲めども尽きない飽くなき欲望に、増殖するバラ苗なのであるが、来年はこれを手に入れてやろうと欲望の炎をメラメラと燃え立たすのも、ひと様の素晴らしい開花のフォトを拝見してのことなのである。

本当にデジカメの普及とブログの隆盛はとても素晴らしく、有り難いことである。
だれもが、情報の発信者になることができる。それはそれは感動ものである。

能書きが長くなりましたが、今日もバラを貼っておきます。今週も賃労働お疲れ様でした。週末です、一週間のお疲れをバラで癒してくださいませませ。

ハイブリッドティーのパスカリ うちで最も古い株 今年は大輪に咲いた
パスカリ


イングリッシュローズのパットオースチン これまた大輪にして 花つき抜群
パットオースチン


イングリッシュローズの定番 ヘリテージ 今年は地植えはものすごい蕾の数 100はゆうに超えていて数えるのがめんどくさくなってやめた しかもかつてなく大輪
ヘリテージ


ハイブリッドパーペチュアルのフラウカールドルシュキ 今年で3回目の開花 誘引スペースを広くとってみた そしたらおもいっきり咲いた いままでで最高の出来 大輪の白バラ びゅーてぃほ~♪
フラウカールドルシュキ


イングリッシュローズのベンジャミン・ブリテン
ベンジャミンブリテン


イングリッシュローズのモリニュー 写真ではクロッカスローズによく似ているが 実物は黄色の色合いがよりはっきりと強い 
モリニュー2

モリニュー1


アーリーモダンローズでハイブリッドティーのレディーメリーフィッツウィリアム 相原苗との縁を結んだもう一本がこれ モダンローズの祖ラ・フランスの孫にあたる 
レディーメリーフィッツウィリアム


たまには、堅苦しい能書きもはさみながらもまだまだつづきます。

春5
ひきつづきお仕事が忙しい日々なのである。少々寝不足気味でもあり、疲れ目状態。
そんなわけで、文字を沢山書くのが辛いので、今日もバラの写真を貼っておきます。
困ったときのバラ便り、てか。m(_ _)m

モスローズのアンリマルタン 蕾に苔が生えたようなところが特徴。強健無比な一季咲き
アンリマルタン


イングリッシュローズのウイリアムシェークスピア2000
ウイリアムシェークスピア2000


フロリバンダのオリンピックファイアー 今年で5年目の古株
オリンピックファイアー


イングリッシュローズのエブリン すっごデカ! にして評判高き良い香り
エブリン


イングリッシュローズのクロッカスローズ やわらかなアプリコットイエローがとても好き!
クロッカスローズ


イングリッシュローズのチャールズレイニーマッキントッシュ macユーザーのためのバラ?
チャールズレイニーマッキントッシュ


アンティックローズのゴルデルゼ 某ホームセンターで京成バラフェアーで購入3年目の株 全然期待していなかったが、咲かせてみると感動もの。実物はこの写真よりずっといいです。
ゴルデルゼ


イングリッシュローズのスノーグース 玄関脇のウエルカムローズ
スノーグース


まだまだつづく・・・

春4
バラがさきまくり~♪ 今年は液肥の投入がよかったのか大輪ぞろい。ただし、どうも天候の影響か花持ちは良くないように思う。それとも肥料が過多に残っているのかも。今後の課題だね。

能書きはそこそこにして、バラを貼ります。

ノアゼットローズのマダムアルフレッドキャリエール
マダムアルフレッドキャリエール


イングリッシュローズのゴールデンセレブレーション
ゴールデンセレブレーション


チャイナローズのルイ14世
ルイ14世

ルイ14


イングリッシュローズのメアリーローズ
メアリーローズ


メアリーローズの花変わりのルドーテ
ルドーテ

ルドーテ2


おなじくメアリーローズの花変わりのウインチェスターキャセドラル
ウインチェスターキャセドラル


ティーローズのソンブロイ
ソンブロイ


ハイブリッドムスクのコーネリア
コーネリア


ハイブリッドムスクのバフビューティー
バフビューティー


今日はここまで、癒されて下さい。 そして、明日からまた一週間賃労働に励みましょう。

猫の効用
うちは猫を6匹完全室内飼いにしていることは以前から書いていることなのだが、これがなんというか、建具や家具に爪をたてるは、障子は破くわの悪戯揃い。

とはいえ、縁があってうちで一緒に暮らすこととあいなったわけであるから、運命と思ってあきらめている。以前にもやはり書いたかも知れないが、これら猫たちはネズミの害を防ぐために野生を家畜として改良したイエネコ亜種なんだそうである。

敗戦帝国主義ニッポンの奇跡の先進工業国としての復活は、ケイジアンの後押しで国家主導のインフラ整備を高水準でなしとげた。おかげさんで、恐慌の危機は回避されゼネコンは潤い、財政は真っ赤になり、ネズミはほとんど目にすることはなくなった。そうそう、化学工業の発展による猫イラズの発明も画期的だった。

てなわけで、猫イラズは本当に猫イラズ状態を生みだしたわけである。
さて、今日はそんな肩こり話をするつもりはなく、イエネコがネズミをとらなくなった今、たんなる愛玩動物かというと、うちではゴキブリを猫がとるのである。

うちは、オープンキッチンスタイルなので台所がクローズされていない。ので、ゴミを溜めない、洗い物はしゃんしゃんするというのが鉄則になっている。ので、ゴキブリがでることはほとんどない。のだが、夏になるとさすがに1から2匹くらいは登場する。
するってーと一瞬にして、6匹の猫が集結し、包囲、猫パンチ、猫キックの猛打をもって殲滅するのである。あとは頃合いをみはからって戦後処理をすればそれでOKなのだ。

ここに私は、あらたな猫の効用を見いだした。うちの衛生管理の弱点は猫によって補完されている。とはいえ、すっかり角が研ぎ落とされた建具が許されるわけではないが・・・しょうがないよね。

別に会議をしているわけではありもはん どうやら外からコガネムシが進入した模様 コガネムシは風前の灯火
猫の会議


こうして寝ている姿をみると、かなりの悪事も許してしまう
おひるね



第四の「敵」
連休中におもいっきり遊び呆けて、園芸三昧と軽い学習にはまっていたのでお仕事がとてもまずいことになった。予測はできたのだけれど、世間が休んでいたら休みたいのが人情だよね。てなわけで、かなり短時間に膨大な文字を書かねばならない状況なので軽い話題でお茶を濁しておこう(笑)。

バラが満開になりつつある。比較的遅めの出足であったイングリッシュローズもマッキントッシュを皮切りにぞくぞくと開花をはじめている。至福の時の始まりである。

と同時にやってくるのが、キター!!コガネムシなのである。昨日あたりからやってきて花に潜り込んでせっせせっせと食害に励んでいるのはマメコガネ、小さいコガネムシである。開花したら農薬は撒けないので、発見し次第「テデトール」を用いて駆除するのであるが、なかなか花弁の重なりの奥へと潜り込んで厄介な虫なのだ。

虫さんには虫さんの暮らしがあるのだからと、悟りの境地にはほど遠い俗物の私は、当然
「なんでオレのバラを食うんだよぉおお!!」と激憤するのであるが、仕舞にはその数の多さに「好きにしてください」ということになるのでありました。無念!!

ところで、コガネムシ、テッポウムシ、バラゾウムシの3大強敵につづく強敵がもう一つ。昔某大学の荒鷲「ローザルクセンブルク」とよばれたローザそのひとである。
バラの開花がはじまるとローザは鋏をもってこれを切るのである。
そしてこうするのであった。
アレンジ2


そう、切り花にして飾るのが趣味なのである。まあ、そう悪い趣味ではないと思うのだが、やっぱり栽培者としては「なんで、オレのバラをきっちまうんだよぉお!!」という感情が拭えない。イングリッシュローズは耐病性もよく、花付きもよいのだが花持ちがよくない。切り花としては不向きだろうと私は思っている。作出者のデビット・オースチンの自著によれば、ばっさりと枝ごと切ってきてブリキのバケツにでもいけるがよいといっているが、まだまだそれほどにうちの株は充実していない。まだ若い株ばかりなのだ。ばっさりきったら無くなっちゃうじゃん、と言う程度なのだ。

ローザは園芸が好きなのであるが、実は決定的な弱点がある。それは「ミミーちゃん」ことミミズが大の苦手なのだ。草取りでもしていてコイツに遭遇したら一気に1mくらいは後方に絶叫とともにドン引きする。てなわけで栽培にはネガティブなので、ひたすら私の栽培成果の収奪に徹している。バラにしてみれば眞に恐るべしであろう。

まあ、花を摘んでごきげんならそれで良しとせねばならないか。夫婦円満はとても大事。というたわいもない話でございました。


切り花を飾るのはトイレ。でないと猫が束になってやってきて速攻で引っこ抜きサッカーを始めるから、まったくとんでもない連中である。
アレンジ1

春3
バラの栽培は幾つかの経験を通じてしか解決することのできないものがあるとおもうのだが、その一つに肥培管理があると思う。私はいまだにこの点がクリアーできていると思えるレベルにはない。

原則は蕾が色づいたら肥料を切り、開花中に肥料が残存していないことということになるのだろうが、そもそも残ってるか残ってないかなんて目視出来るモンじゃない。
うちは一貫して手作り調合有機肥料なのであるが、それは土壌のコンディションを向上させることもさることながら、一番の理由はやり過ぎの失敗がほぼないということに負うところが大きい。それと肥料代を安くあげたいからね。

今年はお仕事が忙しく施肥のタイミングが大きく遅れたので、春先に蕾が上がりはじめたときその小ささ「にしょぼい春」という危機感を覚えていた。有機肥料が微生物によって分解し、有効なものとなるタイミングがずれていたようである。てなわけで今回はじめて化学肥料の液肥をつかってみたのだが結果は上場のようである。

いままで液肥は開花後のお礼肥にだけ使ってきたのだが、いかんせん如雨露は面倒くさいことこのうえないのである。6L如雨露で何回もつくらねばならない。
液肥0


そこで今回はお風呂の残り湯の冷めたものに液肥を投入し一挙に大量製造!ちょっとバスクリンぽくもある。
液肥1


これを水中ポンプでくみ上げて使用する。水中ポンプは3年前に台風で床下浸水の被害にあったとき買ったもの、洗濯にも使用する
液肥2


これは実に画期的であった。3000から4000倍希釈の薄い液肥を2日おきのペースで与えたらみるみるうちに蕾はナイスバディーなものとなった。どうも従来の方法では過肥をおそれるあまり肥料がたりなかったようである。蕾を大量にあげる品種はその多くが黄変して開花前に落ちてしまう。摘蕾して調整するのだがなかなかうまくいかなかったのだが今年はその必要は最小限のようである。

さて、話はかわってフェティシズムとしてのバラ族ではなく、園芸的バラ族にはまってゆくきっかけが、ある日ふとホームセンターの園芸コーナーでミニバラを買ったことに始まる人は多いのではなかろうか。私もその一人である。そんなきっかけとなったミニバラはもう5年目の開花をむかえようとしている。

ミニバラ1


ミニバラ2


ミニバラ3


これらミニバラはあまり品種に関心がなかった時期のものなので名無しさんなのだが、毎年見事な花をつける。ミニバラは強健種が多く、黒点病で葉を全て落としても復活するだけのポテンシャルをもっている。少々その結果枯れがはいっても、シュートを出してくる強者である。
これら、手近なところの3鉢を撮したものであるが8号鉢で育てている。わりとコンパクトに見えるのはミニバラはブッシュ状に茂みになるので、通常のバラの剪定のように枝を切るのが面倒なので地際すれすれくらいまでバッサリと切ってしまうからなのである。

ホームセンターの園芸コーナーで売られているミニバラはほとんどが開花した状態で店頭になるぶわけだが、実はあれは4本程度の幼齢の苗を束にしているのである。
一年それを育てたのち、ひきつづき栽培を続けようと思うのであれば、冬の休眠期にその4株を分割し、一鉢ごとに植え替えることをおすすめしたい。そうして一年ほど育てるならば、かならずシュートをたち上げながら株は大きく育つのである。これら写真のものは全てひと株で植えてあるものである。
そうしたら抜群の四季咲きと強健なミニバラに育つ。

さて、株をそだてるということなのだが、それはいいかえると株もとからベーサルシュートを立ち上げさせるということに他ならない。株もとはシュートが出ることによって大きくなる。健全な状態の株は開花を制限することによって、生殖成長を抑制することをもって栄養成長をうながしシュートをだす。

去年怒濤のコガネムシの食害と止まることを知らなかった黒点病の蔓延に主幹を2本失った栽培3年目のハイブリッドティーの聖火なのであるが
聖火


当然蕾はとりまくっている。するって~と株もとからシュートのタマゴが登場してくる。ちょっと見づらいのだがVにのびた主幹の真ん中にみえる赤い点がシュートのタマゴなのである。今年はコレを育てることに専念し、開花は秋にまで持ち越すつもりである。
聖火2


写真はティーローズのペルル・デ・ダルジャン(左)とハイブリッドティーのラジアンス(右)なのだが
ペルルデダルジャンとラジアンス


ペルルは3年目の株だが今年どうも成長がおもわしくなかった。葉が大きく展開しなかったのだ。コガネムシの食害を疑ったのだが、鉢をとってみるとパンパンに根鉢ができていた。コガネムシではないということを確認し鉢に戻そうと株もとを持ったとき、「ばぁきぃい」といういっやーな音とともに株は真っ二つに割れ、頭の中は真っ白になった。
速攻、究明モードに移行し破断面を詳細に調べると、テッポウムシ(ゴマダラカミキリの幼虫)の食害と判明した。真っ二つになって根から完全に離れてしまった主幹の中にそいつはいた。当然、速攻、極刑の打ち首にした。まだ半分は根がついていたので、切断した根を取り除き鉢のサイズを小さくし軽い土にかえ植え替えたのがこれ。この株も今年は栄養成長に専念して回復をまたねばなるまい。この株は相原産なので株を大きく傷つけるような今回の事態に遭遇しても根頭癌腫病の心配がほとんどない、バクテローズ処理された株であることがなんとも有り難い、たぶん助かるだろう。
ペルルデダルジャン


一方のハイブリッドティーのラジアンスは2年目で去年はせっせせっせと摘蕾に励んで株を育てたので、今年初めての開花をむかえる。開花前からいきなりシュート2本登場。本当は開花後にシュートが出るのが良いらしいのだが、まあ、素人栽培だから気にしない、気にしない。
ラジアンス


おなじくこちらのティーローズ エトワール・ド・リオン君も開花は秒読み段階
エトワールドリオン


なのだけどいきなりシュート君成長中。去年、手抜き栽培の報いをうけ、あまりすばらしい成長といえなかったので、とりあえずウエルカム。
エトワールドリオン2


なかなか天候や敵がおおくて思うようにならないことが多い園芸なのであるが、またそれもよしということで、本日開花のバラを貼っておきます。

ティーローズではめずらし赤いバラのフランシス・ドゥブリュウイ
フランシスドゥブリュウイ


つるバラのようになるティーローズのグロワール・ド・ディジョン
ディジョン


同じくつるバラのようになるティーローズのソンブロイ 極上の白バラだと思う
ソンブロイ


ティーローズのサフラノ 毎度の早咲き
サフラノ

サフラノ2


ハイブリッドルゴッサのコンラット・フェルディナンド・マイヤ 舌を噛みそうな名前 これまた早咲きなれど今年はサフラノに先をこされますた。大輪にして良い香りがする、素晴らしい
コンラットフェルディナンドマイヤー


ブルボンローズのクイーンオブベッダーズ これが相原組との初めての出会い。秋の大苗で購入、根と土がついて送られてきたことにびっくり~したもんだ。夕方の水やり中に開花に気づくていたらく。
クイーンオブベッダーズ


いよいよバラの開花が始まりました。順次記事にアップしてゆきますので乞うご期待。



「成績表」
憲法記念日なのである。ゴールデンウイークとして一斉レジャー決起の様相を呈した、かつての高度経済成長以降の景気のよいニッポンは影をひそめ、いい日旅立ちでどっかへでかけてみるも、安くて近くてお手軽なスペシャル銭湯へ出かけて、日々の賃労働の疲れてへろへろになった腰をジャグジーでいたわるくらいの事しかできなくなったのは当家だけのことではないだろうな~。とおもえるガソリンの値上げ直前の駆け込み買いだめ行列なのである。一言いうならば、いまさらイジマシクじたばたしてもしょうがないじゃん。というところか。素直に生活が被る痛手を怒りに変換するほうが精神衛生に良い気する。なにより個人レベルでガソリンを大量に保管するのはヤバイって。

このゴールデンウイークという一週間の間に、コソーリと名前がかわっていた「昭和の日」、つづくメーデー、そして憲法記念日と連なるところがなんとも言えない気分を喚起する。
そのものズバリを受け取るなら、まるで反動と革命がせめぎ合った痕跡をいまに伝えるかのようではないか。とはいえ、「昭和の日」はあとからコソーリとさしたる話題にもならずにとってつけたものであるからにして、スルーして賃労働にゆくのもよしとしても、メーデーといい、今日の憲法記念日といい一般庶民にとってとても大切な日であると思うものなのである。

日柄一日バラでも愛でながら、憲法のことをいろいろと考える日であってもいいかもしれない。とはいえ、私は法学部に行ったつもりが亜法(阿呆)学部だったので、な~んにも学ばなかったに等しいので素人なのである。てなわけで、思いめぐらす内容などたかがしれているのだけれど。

憲法が国家権力に一定の軛をかけるものであるというのは、おおよそ私らの世代では中学校くらいで教えられたことであるし、私はもちろんその時の担任教師のお言葉をいまでもずっと守り信じている。だから憲法って言うのは?と問われたら権力への軛と答えることにしている。

でもせっかくの年に一度の憲法記念日であるからにして、ちょっと違う視点から憲法を眺めてみる。

憲法は国家のありかた、基本構造を定めた法であるが、それは同時にマルクス主義、レーニン主義国家論にもとづくなら支配の基本方針を定めたものであるといえる。
であるがゆえにその内容は基本方針として国家の支配者=オーナーの意志が貫かれるべき性質のものなのである。

しかしながら憲法は真空において生まれ出るものではなく、それが制定される時点での社会の階級闘争とそれがもたらす力関係を反映するものとなる。かつて大昔の私の指導部は憲法のことを「階級闘争の決算書」とか「階級闘争の成績表」などと呼んでいた。

それは大日本帝国憲法であれば、それに連なる流れとしては以前「明治維新考」でも書いたことなのだが、欧米から流入した人権思想と啓蒙思想によって急進化した反政府勢力による自由民権運動の大爆発を抜きにはかたることはできない。それは、神の国ニッポンが立ち上がる伸るか反るかの激動期であったことを前提としても凄まじい運動であったのであることが想像できる。

さて、話がちょっとそれたが現行の日本国憲法をみるならば、その核心は資本主義社会の大原則を守るための29条の財産権の不可侵にこそあるのであるが、敗戦帝国主義日本という国際的、国内的な特殊な諸事情が複雑に絡み合いながら天皇制を象徴にまでグレードダウンさせながらも存続させつつ、敗戦帝国主義としての武装解除と、戦後革命期の激動を眼前に憲法起草者はニッポンのオーナーと、占領軍GHQの三つどもえの綱引きのなかで日本国憲法を類い希なる民主主義と平和をたからかと謳った憲法として起草したのだろう。

それはあたかも、第一次大戦後のドイツでキール軍港での蜂起に始まるドイツ革命の激動がローザルクセンブルクとリープクネヒトらを筆頭とした多くの優秀な指導部を虐殺することをもって敗北させた代償として、当時やはり類い希な民主主義憲法であったヴァイマル憲法をうみだしたのと同じ構図なのだと思った。

ちょっとレアかもしれないが、憲法は「階級闘争の決算書」とか「階級闘争の成績表」という認識もあるということなのである。であるから頑張って庶民は 憲法が保障する諸権利を意識的に自ら守っていかないと、やがてサイテーの「成績表」をいただくことになる。というお話でありました。 おっとまた翌日になってしまった。good night!


立て万国の労働者!!
今日はメーデーである。5月の日だからメイ&デー な~んて。
労働者の日である。古くは自由の国アメリカで8時間労働を勝ち取る闘いの始まりを記した日であり、それを受けて、無念にもカウツキーらの裏切りによる祖国防衛主義への転落によって第一次大戦に道を開くことをもって崩壊した第2インターナショナルの創設大会で8時間労働要求のデモを行うことを決めた日がこの5月1日であった。

5月1日は万国の労働者が団結と連帯をもって闘う日なのである。

メーデーはこんにち、かつてなく盛り下がっているようにであるが、歴史的にみるならばワタシは一時の後退であると思っている。かつてなく労働条件が劣悪な状況になっていることがだれの目にもあきらかな今にあって、この日がなお廃れず、非合法化されてはいない状況は素直に喜びたいし希望もあると考える。

やりきれない閉塞感と日々の生活の困窮に積もる不満があるのなら、私らのような未組織労働者も多くの労働者の集う会場に足を運んでみるのもいいだろう。そこでともにデモをし、シュプレヒコールの一発でも上げるところから世の変革は始まるものである。
来年はどっかの会場に足をはこんでみることにしよう。 

とやっとこさお仕事からかえってきて記事を書いたら5月2日になってるじゃん。いまいちど8時間労働要求という原点に立ち戻らねばならないか。労働者は闘わないと何も得られない。団結し、連帯しない労働者に力はない。

「立て万国の労働者!!」の言葉通りぼちぼち立ち上がらないと足がしびれて立てなくなったりして、それはまずいかも。
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