たわいもない日々の雑感を綴ってみたいと思いまする。

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「ごね得」 怒!!
中山成彬国土交通相が成田空港の拡張の遅れに関して、反対派の農民に対してごね得という暴言を吐いた。

実に許し難き暴言であり、満腔の怒りをもって抗議の意志をあらわすものである。

そもそも三里塚闘争は、一方的な閣議決定にもとづき農民の意志を一顧だにすることもなく、国家権力機動隊のむきだしの暴力をもって農民を踏みつけ、空港建設の着工を強行したことに始まるものである。

反対派農民の願いは反対同盟結成の日から一貫してただ一つ、「今まで通りこの土地で農業をつづけたい」なのだ。このことのいったいどこが「ごね得」なのか!!

そんなごく当たり前の願いを貫くべく、「農地死守、一切の話し合い拒否、空港絶対反対」の非妥協の実力闘争を続けてきた農民に対して、24時間年中無休の国家権力機動隊による重包囲と日常的嫌がらせ、法治の仮象をもかなぐり捨てた階級的お手盛り法解釈による土地収奪、強制代執行という恫喝をちらつかせつつ、その一方で人の弱さにつけ込んだ札束で横っ面を叩くような卑劣極まる懐柔策を弄しひたすら反対同盟の分断解体を画策してきたのは政府の側ではないか。

そうした国家の全体重をかけた攻撃のもとに、人間関係をずたずたにされ泣きの涙で去って行かざるおえなかった方もおられた。だが、いまなお初心を頑として貫徹しておられる農民の方々は「ごね得」などでは断じてない!三里塚闘争は43年の永きにわたり次の世代へと引き継がれながら不屈に日々闘われている筋金入りの非妥協の実力闘争である。

中山成彬なる「政治家」の暴言はそれを知らぬがゆえの誹謗中傷なのか、はたまた知った上での挑戦状なのか。前者であれば日本帝国主義ブルジョア政治委員会に名を連ねるに値しない、末席を汚すにすぎぬ虚け者であり、後者であるならばいずれ「ごね得」と言う暴言を吐いたことを心底後悔して暮らすことになるであろう。

民衆の怒りはダイナマイトのようなものだ。火がつかなければ痛くも痒くもない。しかし、ひとたび火がつけば一夜にして情勢を一変させる。そんな火種が明々と三里塚ではいまも燃えている。


大地と共に生きる三里塚農民 国策のなのもと暴力で土地を奪う国家とは何か?
それが許されるなら 我々に自由はもはやない
Tomb Raider Legend


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愛唱歌2




いきなり、ようつべ(YouTube)が貼ってある今日の記事。じつはあっちこっちのブログで写真だけではなく、ようつべや動画をはっているのを見て、うちも貼ってみたいものだとおもっていたのだがやり方がわからなかったのだ。今回試しにやってみたらできちゃったというわけである。な~んだ簡単ジャン!というより実際簡単なのだが。 オリジナルの動画を貼るにはどうしたらよいのかは今後の課題だろうけど。

そんなプチ・チャレンジをせしめた動機はというと、白はあまりお好きではない風なので、ときたまコソーリとのぞかせていただいているタモ・ツン先生のところに、血湧き肉躍るような真っ赤っかな歌と映像が展示されていたのだ。それも、冒頭一発目から我が”すぺしゃる”愛唱歌の”ワルシャワ労働歌”が。そんなわけで、是非うちでもこれを貼りたいという願望に突き動かされたのだ。なんて大袈裟!

このワルシャワ労働歌、再生してみると、あっかるい、とっても景気のいいメロディーではないか。パチンコ屋の軍艦マーチにはさすがに引くが、かなりせまっている。
ちょっとショックだった。ウン十年前wolkmanで聞いていた”革命の歌”のなかに収録されていたそれは、もっと暗かったような記憶がある。

過去かぞえきれないくらい歌ったこの歌はいつも暗く重く歌われていたように記憶している。こんなあかるいハッピーソングのようなノリではなかったと断言できる。
ちょっと探してみたのだが見つけることができなかったのだが、以前ようつべで白いお兄さんの大軍が手に手にG棒をもって足取りも軽く行軍しているモノクロ映像のなかで、これを歌っているのを聞いたことがあるが、そっりゃあ、言ったら怒られるかも知れないが、埋葬行進曲のようなノリだった。

革命の歌はいつだってやる気満々、意気揚々と歌わないといかんなと思った。
闘いのさなかでは、士気をたかめ、勝ったときはその勝利をおもいっきり讃え、負けたときには冷え切った民衆の魂を熱く鼓舞するものでなければならない。
ワルシャワ労働歌にこめられたガイストにほんのわずかでもふれたような思いがした。

ちなみに、ワルシャワ労働歌の歌詞はこちら 愛唱歌http://kangun.blog123.fc2.com/blog-entry-87.html
映像の主はヨシフ・スターリン反革命に敗北したレフ・トロツキー

これをなんとかして音声だけを取り出してwolkmanに入れたいのだがどーしたらいいのかわからない。土岐さまならご存じのことと思われるのだが、もしこの記事をお読みになったら秘伝をご教授くださいまし。とだけいって奥ゆかしくもTBはしないことにしておこう。ずうずうしい○中系らしくない思考だが。(^o^)

動画が貼れることがわかったので、これからは面白モノをハケーンしたら貼ってみたいと思うので、新カテゴリーとして”面白動画”を設けます。


オルグ
お芋のケーキ


いきなりお芋のケーキ。これをいただきながら記事を書いている。

このケーキとなりのおばさんが、ご迷惑をおかけしましたといってもってきたのだ。
ワタシとしては、「そんな、迷惑だなんて思っていないから、そんなことをされては困ります」といったのだが無理矢理置いていったので、ならばといただいたのだ。

何が迷惑だったかというと、このたびの連休の最終日に隣の家の長男がうちに訪ねてきていたのだ。彼は、某大手企業のエンジニアにして大阪の研究室で働いているそうで、ローザと同級生なのだそうだ。

8時頃だろうか、私がお仕事の打ち合わせから帰ったら、リビングのテーブルで向かいあって話をしていた。すでに食事は出先ですませていたので、目が合い軽く社交辞令の一発も決めて、そそくさと仕事部屋にはいる。
クーラーのない仕事部屋は暑いので、ドアを開け放って仕事をしていると二人の会話がときどき笑いを交えて聞こえてくる。関心はなきに等しいので特別聞き耳をたてるようなことはなかったのだが、どうやら人生や天下国家を語っているようだった。

お仕事も一区切りというか、いやになったので風呂にはいってからブログを巡回して寝ようと思った12時頃になって、よ~やくお客人はお帰りになった。まあ、「稼ぎのすくないご主人には見切りをつけて、僕と人生をやりなおさないか」な~んてことは多分ないだろうとは思ったのだが、ちょっと気になったので翌朝それとなくローザに聞いてみた。

ローザ曰くには、彼は金ビカ教(某宗教団体で我々はこう呼んでいる)の熱烈信者で、昨晩はオルグに来ていたんだそうな。な~~んだ!である。はっきりいって無謀な企てである。腐っても元○学童であり、統一的な世界観をもったローザが金ピカ教に獲得されるはずがない。時計が翌日を指したとき、さすがに彼女も嫌気がさしたらしく、ちょっとたたみかけるように逆オルグをかけたらお客様は消耗してお帰りになったそうである。

私らとしては、別段気にもとめていなかったし、彼もこれでへこたれるようなら一端の宗教家としてはヘタレであるからにして、めげていないだろうと推測するのだが、おもいっきり気にしていたのが隣のおばさんだったというわけだ。なにぶん田舎暮らしゆえ、世間体を考えてのことなのであろう、手土産持参でごめんなさいとあいなったわけなのである。

はっきりいって、私らの頭脳のなかには「非常識回路」がしっかりと形成されているのでそんなにたいそうな気をつかう必要はないとおもっているし、周囲にもそこはかとなく伝えてあるのだが、やはり、隣の家では、我が家の宗教家には少々頭が痛いと感じている風にみてとれた。

○学童にくらべたら金ピカ教なんてかわいいもんじゃん!と笑い飛ばしつつケーキを我が家のハーブでいれたハーブティーといっしょにいただいたのでありました。
こんどは正月に帰ってきた彼のオルグの矛先が、私に向いたら”ど・う・し・よ・う”
もともと武闘派の私は粉砕オルグをしてしまいそうである。お玉さまのところで「寛容でなければいかんよ」と言ったのに。

たわいもないお話でした。お粗末!



欲望に負けて買った!
今日私は携帯ショップにいった。ほんのちょっとだけどお金に余裕ができたので携帯電話を買い換えようかなって思ったのだ。はやいもので不慮の事故からトイレに落としてしまい買い換えてから2年が経っていた。巷で聞くところによると、携帯の使用料金体系の大きな変化から端末の価格が使用料に転化されることがなくなり、それにともないかつてのようにただ同然のようなプライスも消滅し、眼の玉が飛び出るくらいのお値段にみんなクレジットで買い換えをしているとのことだった。

噂は本当だった。5万から6万円台の最新機種とその一つ古い機種ばかりがずら~と棚に並んでいた。速攻で店員さんがマークにつき、解説を始める。ふ~んと聞きながら、話がとぎれたところでこちらの希望を言う。「音楽が聴きたいので、その種の機能に定評があるSONYの機種が希望です。ワンセグはまったく見る気はないのでテレビ無しはありませんか?」。答えはいともあっさりと「いまではワンセグ無しはございません。」棚のいちばん隅っこにひっそりと陳列してある簡単操作がウリの携帯を指さし「ないタイプですとこちらとなりますが」とのことだった。

だいたい家にいてもテレビなどほとんど見ることはなく、PCに実装したキャプチャーカードでとり溜めておいたものを、何かしらしながら見る程度の私にはワンセグは全く必要が感じられないシロモノなので、気持ちは一気にバックギアにシフトがはいった。私は以前に「愛唱歌」http://kangun.blog123.fc2.com/blog-entry-87.htmlという記事で書いたのだが
仕事の出先で軽やかにムジークでも聞きながらお仕事がしたいだけなのだ。いままでそのためにつかっていた携帯が半日程でバッテリー切れをおこすようになって思い立った買い換えなのだ。

先だってTBいただいた愚樵さまのところで、かつさまがコメントを寄せておられたのだが、まさに「経済における『幻想』領域の拡大 」そのもの。常に拡大再生産を自らの掟として強いる資本主義的生産様式の業。押し売り経済にして、肥大する「幻想」としての創り出された「欲望」。な~んて、シャープなデザインにクラッときてその気になりかけたのだが、やっぱり止めた。いまのが壊れてからにしようと。

携帯ショップをあとにして、お仕事データーのバックアップに、2層書き込みのDVDメディアを買うため立ち寄った、大型量販店でぶらぶらしていてふと目についたのがiPod。そのなかでもiPod nanoが熱烈ラブコールを送ってくる。もうちょっとのところでイキそうだったのだが、やめてwalkmanに決めた。iPodの多機能は、携帯の機能ときっちり重なる部分が多かったからだ。ここは必要な機能を絞り込んで評価し、価格ときっちり照合させて判断を下すのが吉と。そんな一時は、毎度おなじみのマルクス経済学をすっかり忘れ、限界効用学説の忠実なる信者となるヘタレの私なのであった。

私とwalkmanとの付き合いは古い。さかのぼることwalkman2号からの付き合いである。だいたい2年くらいで故障して、修理に出したこともあるが多くは買い換えをしてきた。使いが激しいことは事実で、そのことにさして不満はない。ワイヤレスを買ったこともあるし、MDを買ったこともある。いつもそばにそれはあった。ここ数年は他社のMP3プレイヤーと携帯を使用していたので久しぶりのwalkmanとの出会いとなった。そのあまりにも小さな姿と裏腹の、欲望がもつとてつもないエネルギーの大きさに溜息がでた。

ACTだった若かりし頃は、あまり立ち入ったことは先の「掟」でも書いたとおり語るわけにはいかないが、とにかくあの頃は歩いて歩いて歩きまくる日々だった。ハイテクをとてつもない労力を惜しまぬ執念のローテクでもって打ち破る民衆の闘いのスタンダードなあり方は、ときに大きな苦痛として心を蝕むこともある。そんなときわずかながらでも気持ちをもりあげてくれたのはwalkmanから流れる軽やかなメロディーだった。

あれから、たくさんの月日がながれwalkmanの姿も大きく様変わりしたが、「walkman」の文字にはいまでも鮮明に思い出すことのできるたくさんの思い出がある。あの頃のように「憎しみのるつぼぉおに~♪ あっかくやくるぅう♪」を入れて聞こうとは思っていないが、サブちゃんの「風雪ながれ旅」を聞きながらすっかり伸びきった雑草相手に草取りをするのはちょっと寂しいと思った。


第一印象は、おいおい!こんなパッケージが小さいのかよぉ。プリンターのインクカートリッジよりチョット大きい程度。
walkman1.jpg

中身は当然さらに小さくってこんな感じ。デザインと機能ではiPodは群を抜いていると思うのだが、ホントかウソか音質はいまいちという話を聞いたことがある。はたして真偽のほどはいかに。
walkman2.jpg

キター カウント10000
おかげさまで、アクセスカウンターが10000を越えました。去年の10月にある方からいただいたきっかけから「よぉっしあぁ!」と握り拳もんで気合いをいれて開設したブログでありました。開設早々たくさんの方々からお祝いのコメントを頂戴し、その後もひきつづきコメントを寄せていただいたり、拍手をいただいたりするのを励みと喜びとして、身の丈にあった「たわいもない話」ではありますが、ときに更新をなげだしつつも、止めることなく思いを綴ってまいりました。

これからも、世界のほんの片隅の角の角で、ヒソーリとコソーリと自己表現をつづけてゆきたいと思っておりますので、なにとぞひきつづきお付き合いいただだけたらと思うしだいであります。かさねてありがとうございました。

夏7 「掟」
昨晩からアクセスカウンターが急上昇している。どうやら某掲示板に当ブログの拙い記事が紹介された、というか、晒されたというか。まあ、訪問して下さったかつて無いほどの多くの趣味者の方々からウエッブ拍手をいただきはしても、嵐勘三郎はおられぬようなので、ここは素直に紹介をしていただいたと、この異常事態を受け止めることにしようと思う。

せっかく訪問いただいたのに、趣味者にとってレアにして、ココロときめくようなネタや話題がなくて申し訳ないとも思うのだが、あのトーハは強力に外部注入された「革命精神」の副作用なのかリタイアしたのち、ハードコアなことを語ろうものなら脳内で「Alerts」の警告とともに「階級的犯罪」の言葉が点滅しながらぐるぐると巡るように条件付けられているのである。

というのは、少々冗談が過ぎるが、まんざら嘘ではない。ここ数年、某掲示板やなんとかチャンネルでスレが雨後の竹の子のように上がり、玉石混在の情報がリークしてくるを見て甚だ驚愕するばかりというのは正直な思いなのである。まあ、革命的警戒心を失わなければ、それも多少はありかなっと。そうしたうえで、去ってい行った者は、如何なる事情であれ、裏切りは裏切りなので、黙して語らないというスタンスがスタンダードなのだろう。忍びの掟みたいだけれど。

当ブログは、そんなお約束もきっちり守れないヘタレの元Mが綴るたわいもない日々の雑感と思い出話が時々登場する、園芸ブログなのであります。

今日は本来の路線にもどり、久しぶりに、せっかく訪れたのに収穫無しと思っておられる趣味者の方々にむけて心ばかりのバラのフォトを貼らせていただきます。癒されてお帰り下さいましまし。
ところで、”元G系”というのは楽団恋Cの方かしらな~んて推測してみたりして。まあ、いろいろあったようでありますな・・・



京成バラ園アンティックローズのアンドレ・ル・ノート
すごい賞をイパーイとっている素晴らしいバラなのだが、毎度、バラゾウ君やコガネ君に真っ先にボコボコにされて綺麗に咲くことがないのが残念。栽培者の不徳のいたすところではあるが。
アンドレ・ル・ノート

イングリッシュローズのエグランティーヌ
この時期これほどご立派な花が咲くのはちょっとめずらしい。なにか天変地異のまえぶれでなければいいが。
エグランティーヌ

イングリッシュローズのスノーグース
玄関脇の巨大な鉢にうえてある。枝垂れるように誘引した狙いがビンゴで、八重桜のようでもありなかなかいい感じ。繰り返し反復開花するし、トゲがとても少ないのがありがたい。
スノーグース

京成バラ園アンティックローズのチャイコフスキー
ハーブが激しく葉権を競う厳しい新自由主義のような環境の中で、凛として咲く強健なバラ。
ほのかに縁が白い黄色のバラ。クロッカスローズにも似るが、ハイブリッドティーらしく、より大輪に咲く
チャイコフスキー

イングリッシュローズのザ・シェパーデス
つい出来心で今春買ったER3本のうちの一本。大苗なれど、植え付け時期が遅かったので摘蕾をつづけて根張りを優先してきた。ぼちぼちと思い咲かせてみたのだが、まだ、実力はでていないようだ。たいへん期待している株のひとつ。
ザ・シェパーデス

イングリッシュローズのセントセシリア
最近園芸ネタが途切れていたのは、日没が早くなってきて、帰宅するとあたりはすっかりくらくなってしまっているからなのだ。というわけで、こういう写真となるわけだ。ろくに花を愛でる時間もない。よくみると結構綺麗に咲いてるジャン!とあとで気づく。
セントセシリア

イングリッシュローズのヘリテージ
日没がはやくなってくると、どうしても管理が行き届かなくなってくる。盆があけたころから、毎年お約束のように登場する黒点病。長雨が災いしてか、蔓延が始まっている。ぼちぼちマジで予防、治療をしないと今年も「しょぼい秋」となりそうな予感。
ヘリテージ

イングリッシュローズのメアリーローズ
ヘリテージ、グラハムトーマスとならぶERの旗艦。とても素晴らしい咲きっぷり。なのだが、この時期にそんなにエネルギー使って秋はだいじょうぶなん?
メアリーローズ

おまけの一年草バーベナ
毎年これまたお約束のように天から降ってくることはないが、地から湧いて出てくるように咲きまくる
完全自由放任栽培にしてアダムスミス状態。自然とそれなりの秩序をもって群生する。ただし、バラの株元を覆うようになったときは、少々遠慮してもらうことにしているが。
バーベナ




一枚の写真
おじさんの肉体は骨となり、魂は安らかに天へとのぼっていった。葬儀はとどこおりなく終わった。あわただしい一日だった。

最近の葬儀はなかなか演出が凝らされている。さすがに結婚式場のミュージカルを彷彿させるような舞台芸術に彩られた派手なパフォーマンスとは比較にならないが、在りし日の故人を偲ぶさりげない工夫に思わず涙が頬をつたう。

葬儀の受付の真っ正面に設置された掲示板に掲げられた、故人の若かりし頃を撮した数枚のフォト、その一枚におそらく大正文化華やかなりしき頃のものと思われるものがあった。厚手の外套をまとい、シャッポをかぶり、首にマフラーを巻き、小さくてまん丸で真っ黒のグラサンをかけ、深々と椅子に掛けたフォトだった。どこかのフォトスタジオでとったもののようだった。私はこの写真になぜか一番心ひかれるものがあった。

すっかりセピア色になったその古い写真にきらびやかなものは何一つないが、言いしれぬ緊張を感じさせるそれ以前に撮られた写真にくらべて、あきらかに自由な雰囲気が服装や表情にあらわれているように感じたのだ。

大正の世は、わずか15年そこそこではあるが、今の世にむけて多くの示唆が凝縮した激動の時代であったとおもう。いちどきっちりとこの15年の歴史を整理、再構成してみる必要があるだろうな~とおもった。

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ココアのひと匙

われは知る、テロリストのかなしき心を
言葉とおこなひとを分ちがたきただひとつの心を
奪はれたる言葉のかはりにおこなひをもて語らむとする心を
われとわがからだを敵に擲げつくる心を
しかして、そは真面目にして熱心なる人の常に有つかなしみなり。

はてしなき議論の後の 冷めたるココアのひと匙を啜りて
そのうすにがき舌触りに、われは知る、テロリストのかなしき、かなしき心を。

大正の世を目前に世を去った石川啄木の詩

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イラクでのレジスタンス
今日未明、ローザのおじさんが亡くなった。早朝からあわただし一日にして、ようやく今しがた通夜を終えて帰宅したところだ。96歳での大往生だった。元号明治の最後の年に生まれ、大正、昭和、平成を生き抜いてきた、まさに戦争と革命の時代を知る人だった。

生前、元気なときはそうしたことを語ることはほとんど無かったが、それでも酒がはいったりすると、ごくごくまれに、徴兵されて中国にいたときのことを言葉少なに語ることはあった。「中国はとてつもなく広い、昼間は遙か彼方を見回しても人影をみることもないようなところが、夜になると四方八方から包囲されているような人の気配を感じて恐ろしかった。」と言っていた。

明日は葬儀なわけで、今日とおなじくあわただしい一日になりそうなのでたいした記事もあげることができない。まあ、まいどたいした記事を上げているわけではないので、大げさな言い方かも知れないが。お玉さまのところに久々にコメントをさせていただいたところ、名指しの反論がついた。名指しとなるとスルーするわけにもいかないかなっと思いお返事を書いてみたのだが、どうもお玉規格に適合しそうにない。

そんなわけで、自ブログで書いてTBしようと思ったのだが、そうもいかないようだ。
時間がたつと書く気が失せる性分なので「ま!いっか」てなことになることは十分にありえるのだが、まあ、それはそれでもいい、そのうち忘れたような頃に気が向いて書いてもいいだろう。

今日は手抜きというわけではないのだけれど、引用をさせていただきます。
某掲示板でハケーンしたNKさんと言う方の書き込みです。NKさんは私の先輩のようであります。主体的力量は比較にならないほど大きく、私などゴミ程度のものでしかありません。混乱の度合いを深めているように見える混沌としたイラク情勢を分析しておられる下りであります。

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(前略)
「アルカイダを始めとするイラクの武装勢力」のくだりは、全く帝国主義の撒き散らすデマキャンペーンそのものであることは明らかです。米軍は、イラク人に懲罰を加える為に手当たりしだい民家を爆撃し、あるいは赤ん坊から老人に至るまで皆殺しをおこなっているが、常にアルカイダをやっつけたことになっている。

事実はどうか、2007年冒頭よりアルカイダは、レジスタンス勢力に背後から襲い掛かり、反革命としての本性をむき出しにした。これによって、前年12月にはバグダット南方の巨大な米軍補給拠点ファルコン基地を破壊し、戦略的反抗段階に突入する手前にあった民族解放闘争の隊列は寸断され、多くの指導者を失うことになった。この事が、後の「覚酔会議」=部族主義的協力集団の登場の背景となる。フセイン大統領の処刑によるバース党に対する破壊工作と共に、米帝の巻き返しの最大の貢献者がアルカイダであったことは明らかであると思います。今日アルカイダやアルカイダと称する連中は、ペシュメルガやサドル派と気脈を通じ(これらを操っているのは米帝だが)武装レジスタンスの基盤である住民にたいして無差別の白色テロを行使するに至っている。(付言すれば、住民に対する無差別白色テロの大多数は米軍直轄の専門グループが実行している。)

上記以外にもアルカイダ=武装レジスタンスと言う帝国主義者と同じウソの記述は繰り返されるが、これはあとにつづく「石油産業を始めイラクの労働者階級」との恥ずべき「連帯」のためにどうしても事実を歪曲せざるを得ないからであろう。

では「石油産業を始め(とする)イラクの労働者階級」とは一体何者か。

一言で言って、占領協力者であり、具体的には、全イラク石油労働組合(GUOE)、イラク労働者評議会・労組連合(FWCUI)、より露骨な協力者IFTUなど、政党ではイラク共産党(カーデル派として分裂した部分はレジスタンスに合流)、イラク労働者共産党(=イラク自由会議)及びその分派など。

GOUEなどは、占領開始以来、石油産業が米帝に強奪されておりその金は、ハリーバートンやべクテルなどの植民地化請負企業の資金として使われているにも拘らず、米帝がイラクから石油を盗み出す事に協力し、ファデーラ党などと気脈を通じてイランへの石油密輸による資金のおこぼれに預かってきた。このことが、米帝のイラク石油略奪には敢えて抵抗しなかったのに、今日メジャーへの売り渡しに対して急に抵抗の姿勢を示す理由のひとつであろう。即ちメジャー資本は、たちまち本国から技術者などを派遣するであろうし、イランへの石油密輸などは絶たれてしまうであろうから。占領反対、民営化反対は、全く持って協力者としてのいちじくの葉にすぎない。

イラク自由会議などの占領にとっての役割は、侵略国本国の反戦闘争をわき道そらす役割を担って活動していると言うこと。レジスタンス(民族解放闘争)にたいする共感を阻止し、彼らをテロリストとして非難する帝国主義者の陣営につなぎとめることであると言えるでしょう。
(以下略)
某掲示板2008年 7月 5日の書き込みより引用
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そして、2007年以前の歴史的経過は

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(前略)
米帝の侵略以来、バース党を中軸(開戦の遥か以前から武装闘争を準備し、兵站の中枢であってあらゆる勢力にこれを分配した。)とするイラクの武装解放勢力(闘争開始以来レジスタンスと我々は呼んでいるが)は、イラクが70年代以来急速に工業化(特に南部)された結果、労働者層が相当数を占めていることが特徴であると言えるでしょう。また西部の農業地帯にあっても電力による整った灌漑設備によって高い生産性をあげており、農民の大部分は都市部に居住していたことが、農民・労働者・兵士(イラク軍は崩壊したのではなく次の持ち場に着いた)による強力な武装組織に形成につながったと想像できます。
かれらは地方都市をめぐる米軍、傀儡勢力との攻防で米軍による前代未聞の残虐兵器と住民虐殺を耐えぬき、2006年段階では首都を包囲するところまで進んだ。また南部においてもイランから米軍に呼応して侵攻したバドル旅団4万の白色テロ支配をうちやぶり続々レジスタンス組織が米英日等の「有志連合軍」に対する武装闘争を開始していった。

こうした情勢は、占領開始ご直ちに始まった米帝による企業への原料・資金の剥奪によってほとんどのイラクの工業生産が破壊され、失業者と化した労働者を決定的に武装闘争に参加させるものとなった。「当初我々のもとに結集した労働者はみなレジスタンスに去っていき、我々のもとには誰もいなくなった」(共産党幹部)や失業者労働組合の有名無実化、労働者共産党の分裂などとして目に見える形となって現れた。

2006年末からの土壇場での米帝の巻き返しと新たな反革命の動員などについては割愛。
ここまでの部分で、理解していただければありがたいのですが、イラクの労働者階級は、農民、元兵士、将校と共に武装レジスタンス(民族解放勢力)の中軸をなすものであり、その組織性と創意工夫において重要な位置を占めている。対して石油産業は占領・平定戦争の資金源であるため唯一米帝による破壊をまぬがれた。これを米帝の意図するところに安全に運び出すために(石油産業労働者がサボタージュやレジスタンスへ協力せぬよう)占領後直ちに2003年5月にはイランから侵攻したギャング団の頭目に労働組合を組織させた。

要するに労働者階級が主要な勢力(イラクに特有なものだが)となっているレジスタンスによる民族解放戦争に、連帯や侵略を内乱への闘いを準備することををもって答えるのではなく、ブッシュが米帝の為にこしらえたエセ労働組合に連帯する「労働者の国際連帯」とは一体何なのだ、と言うことなのですが
(以下略)
某掲示板2008年 7月 8日の書き込みより引用
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参考文献を教えていただけたらとてもラッキーなのだけれど、まあ、それくらいはこの書き込みを導きの糸として、自分で情報を集めて精査せよということだろう。
NKさん、無断引用につき不都合等ございましたらご一報いただけましたら、速攻削除、謝罪させていただく所存であります。よろしくお願いします。




8.6
ちょうどひと月まえの8月5日、そう8.6ヒロシマの前日、私は広島市内でお仕事をしていた。袋町小学校のすぐ近くだった。

全国から翌日の8.6ヒロシマにむけて多くの政党、党派、市民団体、そして権力が続々と結集しはじめていた。その騒然とした雰囲気が妙に懐かしく感じられた。

お仕事は定時の5時に一区切りし、通りにでて足早に帰路をいそぐとちょうど袋町小学校の前で一枚のビラを受け取った。”星野文昭”の文字が目に入る。

歩みを止め振り返り、すいこまれるように絵画展の会場へと足はこんだ。会場では幸か不幸か、知った顔をみることはなかった。様々な思いが去来し、熱い思いで胸がいっぱいになる。

まるで夢遊病者のように会場を一巡し、一言「がんばってください」と言って会場をあとにした。二つの11月を最先頭で闘ったが故、33年前の8月6日に不当逮捕されるも、獄中でいまなお不屈の闘志で闘い続ける星野さん。

恥じ入りつつも、いずれまたと。なにか叱咤激励されたような気分で帰路を急いだ。
星野さんの闘いがつづくかぎり、闘いに終わりはない。8月6日に刻み込まれたもう一つの意味を、その日私は知った。

星野さん



口がすべった
福田内閣が崩壊した。当然おおくのブロガーの話題の中心はこれだと思うのだが、まあ、そう急いで語ることでもないし、次のボナパルティスト、「あっそう・だろう」政権が成立するまではちょっと一息ということで、今日はたわいもない話をいきます。m(_ _)m

今年のお盆休みは14・15日の二日だけだった。バブルの全盛期は15日の一日だけとか、全くなしというとしもめずらしくはなかった。小資本家はとてもつらい。同業者がたーくさんいるので、発注者は「別に君でなくてはいけないということはないんだがぁあ」というオーラを放つ。ワタシが「新自由主義」の生け贄にされていると実感する一時である。

そんな二日ほどの連休にローザの兄さん夫婦と姪っ子が墓参りをかねてやってきた。これも例年のイベントのひとつなのだ。昼頃到着で、それから早々に買い出しに出かけ夕刻6時から酒盛りとなった。ワタシ的にはここらの時間帯はバラの水遣りなんぞもあって忙しく、こんな早い時間から酒盛りなんてできっかよぉ~!と言う気持ちでいっぱいだったのだが、まあそこは大人のお付き合いと言うことで「笑顔」で参加ということにあいなった。

実はこの義兄とは数年前に暴言を吐かれて大喧嘩した経緯があり、腹に一物あって表向き良好な関係とは裏腹に一定の距離を保った関係を維持している。義姉はバリバリのアメリカ系英語のシュペツァリステンでほとんど日本人の皮をかぶったアメリカ人である。姪っ子は当地方では一流の進学校とよばれる高校で3年生をやっている。来年はお受験なのだ。

この姪っ子、盆といい正月といい、かならずやってきたときは教科書、参考書、練習ドリル、単語カードのいずれかとにらめっこで、もう何年も言葉を発したのを聞いたことがない。まあ、素直なよい子だとは思うのだけれど、根っからのお気楽者で勉強嫌いのワタシとしてはこのての「ガリ勉さん」は苦手なのだ。本人のモチベーションの根源がどこにあるのかは今日の教育問題とも絡んで興味深いところではあるが。

そんな姪っ子が大概、手にしているのは英語系のものなのだが、今年はな~んと山川製の世界史教科書とにらめっこをしていたのだ。まあ、「あっしには関わりの無いことでござんす」で、まさに文字通り盆と正月でしか登場することのないご馳走をあたふたとせわしく胃袋へと収納したのち、「いっやぁ、満腹満腹! デザートでたらよんでちょうだいね~♪」と遺言を残して、そそくさと寝室に逃亡した。

2時間ほどしてデザートコールにいそいそとやってくると、な~んと歴史問題クイズ大会となっていた。「日本海海戦でバルチック艦隊を撃破した司令官はだれでしょう~?」いきなりの問いに、「大塩へいはちろ~ぉ♪」「えぇえ、チョット違うんでないかぇ」「だれだったけぇ」と言う具合で、到底名の通ったダイガクにいっていた者が集っての対話とはおもえないような珍問、奇答が連発する。義兄&義姉、ワタシとローザとそれぞれテリトリーが全く違うので、共有する認識はとてもタイトだ。

驚いたというか、あ!やっぱりと思ったのは、義姉がアメリカの独立戦争の問いに絡んでアメリカの独立宣言を流暢な英語で語り出したこと。この人は日本史よりもどこの国の歴史よりもはるかにアメリカの歴史には詳しい。アメリカの歴史に関してはかたっぱしからビンゴだった。それ以外はメタメタだったが。

わりと醒めた気持ちで話しに加わっていたワタシだったのだが、産業革命前後しての話題に移り、「宗教改革はなぜはじまったでしょう?」「免罪符に見られるような世俗的な腐敗がふかまったから~」と言う答えに、「いや!強大な土地所有者としての教会権力から土地を強奪するためだ」という一言から少々御神酒がはいりすぎていたことも手伝って、資本の蓄積論を全面展開してしまった。完全に空気は凍り付いた。

ので、チョット反省し、うつむいて黙々とアイスクリームをたべはじめた。のだが、「ロシア革命をなした人はだれでしょう?」に、アメリカ姉さんは「スターリン」。これをきっかけにローザともども「壮大なロシア革命史」の全面展開とあいなったわけなのであった。これには義兄夫婦の目はテンとなり、終わりに義姉は一言、「なんなの?この夫婦、凄い!」と。うわぁあ、やっちゃった!と反省モードに移行するも、義姉曰く「○○ちゃんの歴史の勉強をみてやってもらえない?」

私ら夫婦は17世紀以降のコアにしてマニアックな、そして、なにより試験に出ない歴史しか知らないのでと言って丁重にお断りしたのでありました。ひどく気落ちした表情をみせる義姉にローザが「私は受験の時、シグマベストを参考書にしていたけど、とてもよかったよ~♪」と言うと、握り拳もので「そう! じゃあさっそく明日帰りに本屋さんによって買ってかえりましょうね。○○ちゃん」というなかなかお受験に熱のこもったお返事であった。

お受験はたいへんだな~と思った。義兄はそうでもないのだが、義姉はかなりヒートアップしているように感じた。いままで「ガリ勉さん」で好感がもてなかった姪っ子が、一生懸命に親の期待に応えるべく頑張っているのかなとおもえて、ちょっといじましい気がした。それにしても、その夜に義兄はバラさなかっただろうか、ワタシもローザも「危ない系サヨク」だったことを。彼は知っているのだ。10.20でパクられたことも。御神酒がはいりすぎておもわず口がすべりまくったという、たわいもないお話し、お粗末でした。口は災いのもと、ご注意あれ、諸兄&諸姉! 麻生君はとくにね!!


がんばれ!姪っ子 志望校のハードルはかなり高いと思うがマイペースでゆけ! 親が受験するんじゃないんだから。姪っ子に捧げるER セントセシリア
セントセシリア




買った!電動工具3
今日は国民の休日である日曜日だったのだが、朝から先般、お客様に納めさせていただいたお仕事の不具合を修正すべく平身低頭体勢で出撃。べらぼうに忙しかったため、チェックが甘くなってしまった故のミスなので頭を下げることまさに地を這うがごとき思いであった。

昼ちょっとまえには終わり、再度入念にチェックをして間違いの無いことを確認し、丁重にお詫びをし家路についた。自慢ではないがワタシの仕事の緻密さには定評がある。ただし、ローザの評するところによると、アナタのその過剰な自信からほとばしり出るような頑固にして偉そ~な態度が改まれば、もっとたくさんの貨幣がうちを訪れるだろ・・・
余計なお世話である! とはいえ、このてのクレームは心底こたえる。お客様はご立腹の風ではなかったが、すっかり消耗してしまった。

帰りの途中でちょっと気分転換に近所のホームセンターに立ち寄り、猫トイレ砂とカリカリフードを抱えて店内を散策していてふと目に入ってきたのが電動インパクトドライバー。そういえば今あるインパクトはバッテリーの寿命が尽きてたっけ。よ~ぉし!買ってしまえ。というわけで、インパクトドライバーを買ってしまったのである。

このインパクトドライバーはDIY必帯のアイテムである。もうこれさえあれば、金槌はいらない!こいつとコーススレッド(スクリュー釘)のコンビネーションで部材を組み立てる手間は大いにセーブできる。もう金槌で指をたたくことなどありえない、実にグレートなツールなのだ。 

買った以上はさっそく何かを作ってみたい気持ちが津波のように押し寄せてくるのだが、あいにくというか、幸運にもというか、またのちほど記事にしてみたいと思うのだがチョットしたアクシデントがあって忙しい状態がまだ続きそうなのだ。デッキに置いてあるパークベンチの木がだいぶ朽ちてきていて、早々に交換しないと座ることはおろか布団さえ干せないくらいヘタっているので、まずはこれのリペアーがニューインパクトドライバーのデビュー戦ということになろう。

久方振りの電動工具の買い物に、消耗した精神は一気に高揚しウキウキ気分で家に帰り着いたのではあるが、やっぱり憂さ晴らしの買い物というのはフェアーじゃないかなっとチョット反省。こんなことをしていたら資本の蓄積はすすみまへんな。業務用車両もぼちぼち買い換えの時期なのに貨幣がちっとも貯まらないのでありました。とほほ・・・・

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