たわいもない日々の雑感を綴ってみたいと思いまする。

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”おーまい・ごー”6
最近レンタルDVDにはまっている。1000円で旧作5本借りられる、ちょっと時間があるときや、作業しながらPCでみているのだが、安い娯楽なんだなこれが。

ロードショーのときに見逃したのやら、レンタルDVDの冒頭のCMにつられてついつい返却の時にまたレンタルしてしまうという連鎖が断ち切れない。いつも借りてきては速攻PCにリッピングし、ハードディスクにストックしておいて気が向いたときにみている。
今年導入したブルーレイディスク2機はDVD1枚を15分そこそこでリッピングする。そんなわけで、タイトルを5本まとめ借りしてきても1時間そこそこで返却可能になる。
ごくまれに珠玉の名作やローザと一緒にみなければならないものはDVD-DL(片面2層記録メディア)に焼き焼きしてTVに接続してあるDVDプレイヤーで再生ということになる。

数日前のはなしなのだが、当ブログが相互リンクさせていただいている”たたかうあるみさん”が今年見た映画ナンバーワンは”光州5・18”だったと熱く想いをかたっていた。私もローザも当時学生でバリバリの「活」だったものにとって語っても語り尽くせない、あの衝撃的なできごとがモチーフになった映画ならぜひ見てみたいと思ったが、新作ゆえ、たたずむこと一時間手にとっては戻し、戻しては手にとってをくりかえしたあげく”よっしゃぁあ”と気合いをいれて一泊二日で借りてきた。

速攻リッピングして、DVD-DLに焼き焼きして、お夕食をすましたあと二人で正座をして見た。感想はまたのちほどエントリーをあげるつもりなのでここでは省くのだが、民主化をもとめてたちあがった光州市民学生に戒厳軍は無差別に発砲し虐殺をおこなう。主人公のミヌはたった一人の身内の弟ジヌを目の前で銃殺される。見ている私達のボルテージは極限にまでたかまる。話は民衆学生の民主化をもとめて武装蜂起へ決起するもよう。ミヌは戒厳軍にたちむかう決意をかため病院をあとにする。後ろ姿のシーンで突然。

”おーまい・ごー” 

おりから調子がよろしくなかったDVDプレイヤーが動かない。
ミヌの後ろ姿のシーンのまま固まったまま。どこをどういじってみてもだめ!お皿をとりだしてクリーニングをかけてみてもまったくだめ。お皿をいれてみてもLOADと表示したまま10分音沙汰無し。怒りにリモコンが宙を舞い砕けて散った。その晩二人は大きなストレスを抱いて寝たのであった。

でもって、翌日速攻で○タ屋に返却にいったついでに、そこで買ったのがこれ。
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中身はこんな感じ 安物だけどとりあえあず続きが見られればそれでよし!
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そうそうに夕食をすませて続きをみたのでありました。うぅう!泣けた。あるみさんがハンカチORティッシュ携帯でみることと注釈を入れていたが確かに。あの時代あのとき、日韓連帯を訴えて闘ってきたものとして熱い想いがこみ上げる。最後にカフィーなんぞいただきながら顔を見合わせ、一言「あれから28年たったんだねぇ。歳をとったねぇ」と溜息をついて寝たのでありました。

コメディータッチではじまる話しにちょっと違和感があったのだけれど、まだ貧しかったあの当時の韓国民衆の暮らしぶりもえがかれていたりして、たしかに今年一番の映画でした。死をもおそれず正義を貫く民衆の闘いは、壮絶な敗北となっても悲劇として語られるものではない。権力より「暴徒」と罵声を浴びようと、その熱い志は英雄として民衆によって永遠に語り継がれるものだとおもった。

感動した!(コイズミとは違うぜ)
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しょぼい秋6 もう冬まっさかり
昨日今日は寒かった。それでも大掃除なんてたいそうなことはできないのは毎年のことではあるのだけれど、猫さんたちをカニかまでだまして一室に監禁し、床のワックスがけをした。ドアの向こうから轟々たる抗議と非難の鳴き声。当然無視である。年に一回だけだから我慢しろよな~!

それからガラス拭き、去年とおなじく噴霧器で水をかけてからガラスワイパーでかきとる。手の届かないところはワイパーに長柄をつけて作業する。らくちんらくちんでとてもきれいになる。活動家だったころ掃除屋さんでバイトしていたとき身につけた技である。
ちょっと脱線するが、そのとき私の豊かな「才能」をみいだしたそこの社長が社員にならないかと熱心にオルグをしてきたのだが、お断りしたことはいうまでもない。だが、それは”革命にかける燃えるような情熱”が勝ったのではない。
ビルの屋上から吊られたゴンドラからの窓ふきが嫌だったのだ。そう、私はネイティブに高所恐怖症なのである。

さて、話をもとにもどすと、窓ふきをしながらふとみると、まだバラが咲いている。
いっやぁあ、この時期に咲いているというのは、園芸家としては無管理をさらけだしているわけで、情けない話なのであるがせっかくなのでアップしようかと。これで季節はすっかりと冬になってしまったので、2008年しょぼい秋シリーズはおしまいにします。

続いてはひたすら春にむけて剪定、土替え、つるバラの誘引、石灰硫黄合剤での消毒と盛りだくさんのお手入れメニューが待っているので、ひきつづき園芸ネタはつきることがない。ノウハウなどというたいそうなものはないのだけれど、それなりに工夫はあったりするので、ひきつづき園芸ネタにお付き合いいただけたらとてもHAPPYです。

ハークネスローズのソーハムローズ このバラには悲しいいわれがある
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イングリッシュローズのルドーテ
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ハークネスローズのピンクアバンダンス 絵ではないっす ほんもんです
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イングリッシュローズのクロッカスローズ
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イングリッシュローズのグラハムトーマス 木製アーチに誘引している
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イングリッシュローズのガートルート・ジェイキル 
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イングリッシュローズのアブラハムダービー こちらは地植え
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こちらは鉢植え
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イングリッシュローズのジ・アレキサンドラ・ローズ
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イングリッシュローズのパットオースチン
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追記
今年買ったイングリッシュローズのリッチフィールド・エンジェル
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同じくイングリッシュローズのレディ・オブ・メギンチ
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ローザリィオンラインショップで購入 今年の9月に注文していたもの


当ブログにお越し下さった園芸ファンの皆々様、よいお年をお迎えください。
本年はヤクザなブログにお付き合いいただき誠にありがとうございました。新年も引き続きおつきあいのほどよろしくお願いします。m(_ _)m


国家
どうも気がのらなくて更新を放棄して、ぼちぼちと本なんぞ読んで暮らしていた。
ようやく10日近くかかって喘息は治まり、体調はまずまず落ち着いたようだ。
今年はブログを読み返してみて、あまり健康状態がよくない年だったようだ。

体調がすぐれないときにかぎって、なにやらお仕事が忙しかったのも今年の傾向だったようにおもう。そんなときはついついキーボードを打つ気にもなれず、更新が滞ってしまいがち。そんなやるきのないブロガーの態度をよそに訪れて下さった方には感謝感謝するものである。

とはいえ、巡回先へのコメントはちょいちょいと入れてみたりして。某有名ブログで久しぶりにLooperさんを発見したので片足つっこんだのがよくなかった。
うかつにも「右」のお方、というより「心情愛国者」と言う表現が適切か、思想的確信をいだいているわけでもなさそうなので、にかかわっちまった。

私は原則として、そのあたりのお方との関わり合いはするつもりはない。ブログのコメ欄でやりとりしたところでラチが開くものでもないと思っているからだ。まあ、私の主体的力量が足らないこともあるが。いろいろと制約もあったりする他人様のところのコメ欄でやり取りをするのは言いたいこと、伝えたいことの半分も言えないという歯がゆさがのこる。そんなわけで、あ~ぁ、更新しなくっちゃな~、でも忙しいし、メンドクサーなんておもってやめちゃおっかな~ なんて思ってもやめられないのがブログなんだろうなと思った。人は、その動機はさまざまであっても、それぞれ自己を表現することの喜びを見いだすことができるから。

さて、その「心情愛国者」は私に以下のように問いを投げかけた。

>「アジア人民への謝罪と反省」「戦争責任」と言われてますね
これは依然聞いたのですが誰も答えてくれませんでした
「一体どういう状況になれば謝罪と反省をきちんと行った事になる」のでしょう
中国には無償のODAを兆単位で注ぎ込んでいますが。
朝鮮とはすでに条約を結び幾多の「援助金」を支払い尋常でない額のODAを施し
幾度と無く謝罪した上ドイツと違って国家的責任も認めているのですが。
それともアジア人民とやらが「許さん」と口にする限り未来永劫
天地が滅ぶまで謝罪し続けなければなりませんか?


私は「心情愛国者」に以下のように答えた。

>明治維新以降、一貫して民衆を侵略戦争へとかりたて、そしていまなお戦争をなさんとする政治勢力を、我々民衆が民族的責務にかけ政治的・軍事的に一掃 することが最後的に責任を全うすることであると私は思っています。血債を返さねばなりません。

血債=『墨で書かれた虚言は、血で書かれた事実を覆いきることは出来ぬ。血債は必ず同一物で償還されねばならぬ。支払いが遅れれば遅れるほど、利息は増されるのだ』


「心情愛国者」は速攻で以下のように言った。

……とりあえずそういった考えは三十年前連合赤軍の敗北(自滅)
とともに否定されたのですが……

それでアジア人民とやらが納得してくれるのですか?
特に韓国などは遡及法という自国が近代国家ではない野蛮人の集まりでしかない事を
全世界に宣言して恥じない人達なのですが。
もう一度言います。
「具体的に」戦争責任とやらの謝罪と反省を行った、と
内外ともに納得させうる方法を教えてください。
そして中国や朝鮮の侵略・虐殺行為はスルーですか?



メンドクサーという気持ちになって私は戦線から離脱することを選んだ。かのブログ主さまは最近撤廃したようだが、以前は一記事にコメントは2コメントまでと明記していたので、私はそれをいまでも基本的に守っている。そんなことお構いなしが圧倒的多数ではあっても、ゲストがホストの家に訪問しホストの意にそわない振る舞いをするべきではないと思うからである。すでに異例の4コメを入れていた、どだいきっちり詰め切るには長文でさらに10コメは最低でも必要だと思ったので、それ以上は語るべきではないと判断した。

そもそもの記事のお題は「 戦災国立慰霊碑1」 靖国問題とも絡みながら国家が戦災者を慰霊することの意味をめぐって闘論が、じゃなくて討論がされていたのだが、それを眺めていて松尾眞氏がメルマガの中でその問題を論じていた部分を思い出したのだ。
以下がその下りである。

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第4号
靖国問題再考
2001年8月22日、松尾 眞

本マガジン2号での小泉首相の靖国神社参拝問題に関する私の論評をめぐっては、かなりの批判、反発もあった。この問題はマスコミの世論調査を見ても、賛否が二分する状態にあるようだ。だからこそ、率直な意見の提示が重要であると考えている。小泉首相の8月13日「繰り上げ」参拝という事実にふまえて、再度、私の考えを提示してみたいと考える。(なお、靖国神社の設立経緯とその意味に関して、前稿への批判があったので、その点に関しては、本稿の末尾に修正・補足を記しておく)
■ 奇妙な議論

小泉首相の8月13日「繰り上げ」参拝をめぐって、奇妙な議論がマスコミで展開されている。まず、その点について触れておきたい。

それは、「絶対に8月15日に靖国神社を参拝すると言っていたのに、その前言を翻して8月13日に繰り上げた。これで「小泉は一度言ったことは絶対にやる」という首相の言葉への信頼感が崩れ、秋の構造改革に向けての政権運営能力が弱体化するのではないか」という論評である。

たしかに自民党内などの政治力学の問題としては、そうしたことが問題となる側面がなくもないとは言えよう。しかし、このことをマスコミが小泉靖国参拝問題をめぐる報道、論評の主要論点の1つにしているというのは、大きな問題であると言わざるをえない。

この議論は、言い換えれば、日本の首相としての小泉首相の政治的指導力について問うものだと言えよう。ならば、「前言を翻した」という形式上の問題ではなく、その判断の政治的是非こそが問われて然るべきなのである。すなわち、とにもかくにも8月15日の靖国参拝を回避したことが日本の首相の政治判断として正しかったのか否か――この点こそが小泉首相の政治的指導力を問ううえで検討されねばならないのである。

次項で述べるように、たとえ8月15日を回避したとはいえ、靖国参拝を強行したという点で、私は小泉首相を批判するものであるが、そのことはひとまずおいて、「過ちは改めるにしかず」であり、「8月15日靖国参拝」という前言を翻したといって問題にする方がおかしい。

「前言を翻した」云々を問題にする日本のマスコミは、マスコミ自身が靖国問題の本質をなんら理解していないことを自己暴露しているのだと言えよう。また、「小泉首相が靖国問題で前言を翻したので構造改革の指導力が後退する」のだとすれば、小泉首相の主導する構造改革なるのものが、じつは反アジア的な勢力に支えられた反動的改革に他ならないということになるであろう。
■ 8月13日参拝は許されざる行為

さて、小泉首相が8月15日は回避したものの、8月13日に靖国神社を参拝したという事実は、参拝をめぐる首相談話で何を言おうとも、侵略戦争賛美の姿勢を変えていないことを示すものである。「小泉首相は談話で侵略戦争を反省する、二度と戦争を繰り返さないと言っているではないか」という批判が寄せられそうであるが、私は2点を述べておきたい。

1つは、靖国神社が「国家のために戦争で命を捧げた人」を「英霊」として祀る施設であるということである。そこに祀られている人びとのほとんどは、朝鮮の植民地化への道をひらいた日清・日露戦争を戦った人びとであり、中国への侵略戦争を戦った人びとである。これを「英霊」と呼び、祀るということは、単にそれらの死者を弔うということではなく、彼らの戦った戦争そのものを肯定することを意味するのである。死者を弔うのであれば、それらの人びとのお墓にお参りをすればよいのであって、元々は国家の戦争施設として創られた神社で、しかもそこに「英霊」として祀られている「国家の兵士」「侵略戦争の兵士」に対して参拝することにはならない。

2つは、言葉と行為のどちらが重い意味をもつか、ということである。今回の小泉談話の下敷きとされた戦後50年の「村山談話」の主である村山富市元首相は小泉談話を聴いて怒ったという新聞記事があったが、当然というものであろう。村山談話自体、けっして全面的に日本の侵略戦争を反省したものとは言えない面を有するが、しかし、靖国参拝を否定する立場からの談話であったからこそ、アジア諸国から一定の評価をうけたのである。その村山談話の文言をたとえ引用しようとも、靖国参拝という行為にふみきった以上、その言葉にはなんの重みもない。

日本国内ではしばしば、「韓国や中国はいったい何回謝罪すれば戦争責任問題を終わりにするのか?」といった声が聞かれるが、行為が伴わない言葉、いや実際の行為によって覆されてしまう言葉はなんの説得力ももたないばかりか、不信の念ばかりをアジア諸国の人びとに与えるものだと言わねばならない。
■ 国立墓苑の建設で問題は解決するのか?

今回の小泉首相の靖国参拝をめぐって、「毎年8月15日に同じ問題を繰り返さないために、靖国神社とは別個に戦没者の国立墓苑をつくるべきだ。外国からの訪問者にもお参りしていただけるような施設にすべきだ」という意見が出ている。政府でも官房長官の下でその種の策を検討する場を設けるようである。

この国立墓苑建設案は、靖国神社護持勢力の側からの反発が大きいと予想され、そう容易に実現には向かわないと思われる。しかし、仮に国立墓苑建設案が実現の方向に向かうとしても、私はこれは日本の戦争責任問題の解決にはならないと考える。

ここで、私はひとつの重要な問題提起をしたいと思う。国家が戦争での死者を祀る、慰霊するという行為の是非という問題である。ここで「戦争での死者」という場合、それは軍人の戦死者だけでなく、空襲での民間人死者も含めてのことである。

これは国民国家という存在をどう考えるかという問題、安全保障とは何かという問題である。

ヨーロッパ近代に誕生し、日本では明治維新を画期として建設された国民国家(nation state)の歴史は多くの戦争によって彩られている。それはけっして偶然のことではない。国民国家という存在そのものが本質的内在的に侵略戦争、国家間戦争を孕んでいるのである。近代国民国家は、内政干渉を許さない排他的な国家主権と領土の確定を不可欠の成立要件とするものであり、さらにいま1つの成立要件である国民ないし国民意識(ナショナリズム)は国民国家の与件として存在したのではなく、国民国家による対外戦争を通して鼓吹され、形成・確立されていったのである。そういうものとしての近代国民国家という存在を考えるとき、「国家の手で戦争の死者を慰霊する」ことは、国民国家の形成・維持にとって不可欠なものとしての戦争を可能にする体制を確保するということにほかならないのである。

国立墓苑の建設を主張する人の中には、「アメリカのアーリントン国立墓地のように外国からのお客さんにも喜んで来てもらえる施設を」と主張している人がいるが、これも旧「帝国主義国」に対して無反省な考えだと言わねばならない。アメリカの国立墓地にはいったい誰が埋葬されているのか。当然のことながら、ベトナム侵略戦争に参戦した米軍兵士も葬られている。それはアメリカという国家がベトナム侵略戦争を国家としては肯定しつづけていることを象徴している。アメリカとベトナムの国交は回復したとはいえ、ベトナムの人びとがアメリカを訪れた際にアーリントン国立墓地を「喜んで」お参りするだろうか。国立墓地を墓参するというのは、個々の旧兵士同士が互いに和解するということとは次元を異にするのである。日本に則して言えば、たとえA級戦犯は除外するとしても、植民地支配、侵略の担い手となった「大日本帝国兵士」への追悼を韓国や中国の人びとに求めることができるだろうか。アジア・アフリカ等の地域への帝国主義的侵略をくりかえしてきた「帝国主義国」の歴史を反省し、国家による国軍兵士の追悼という習慣そのものの是非を検討すべき時を迎えているのではないだろうか。

このことは、国立墓苑に葬られるのが空襲等による戦災死者を含む場合についても言えることだと思う。そこでは「国家が国民の安全を守る」という「国家による安全保障」の論理が前提になっているからである。戦争被害者が兵士だけに限定されず、市民に犠牲が及んだ第一次世界大戦、そして第二次世界大戦の教訓は、「国家は国民の安全を守り得ない、守らない」ということである。だからこそ、戦争を国家の権利の正当な行使とする無差別戦争観への反省が生まれ、違法戦争観が生まれたのである。さらに、1980年代には、UNDP(国連開発計画)で「人間の安全保障」の概念が形成されている。「人間の安全保障」概念の誕生は、冷戦終焉を導いたゴルバチョフの「人類益」思想とも深く結びついており、冷戦終焉はまさに「国家による安全保障」の歴史的限界を突き出したものとして受け止める必要があるのである。

そのとき、市民の戦争犠牲者を生み出した国家の手によって犠牲者を追悼するというのは矛盾である。国家(国民国家)への反省、その相対化こそが必要だと思うのである。
■ なぜ、いま、戦争責任が問題になるのか

今回の小泉靖国参拝問題に関して、もう1点、指摘しておきたいことがある。

それは、かつては歴代首相が靖国参拝をおこなっても問題にならなかったが、1970年代中期の三木首相が靖国参拝を「私人として」と表明した後、 85年の中曽根「公式参拝」まで歴代首相が参拝しなくなったこと、そして中曽根「公式参拝」が外交問題に発展して、1年限りで中止となったこと、こうした事実から、「かつては問題にならなかった靖国参拝がなぜ、いま、問題にされるのか?」という意見があることである。

じつは靖国にA級戦犯が合祀されていた事実があきらかになり、それゆえに問題になっているというのも1つの説明にはなるだろう。A級戦犯合祀問題はそれ自体として重大な問題であるが、それだけが問題なのではない。

冷戦終焉以後の1990年代になって旧植民地支配国、その国の人びとからの戦争責任追及の声が広がっている事実をどのように受け止めるかが重要なのである。

第二次大戦後、アジア・アフリカの植民地独立が相次いだが、旧植民地国による植民地支配の責任追及はじつは冷戦時代には封じ込められてきたのである。そこには、冷戦とは何であったか、という問題が存在する。

第二次大戦後の東西冷戦はしばしば、「資本主義と社会主義の対立」としてとらえられ、その直接的出発点もドイツの東西分割に求められることが多い。しかし、冷戦激化の起点として挙げられるトルーマン・ドクトリンはギリシアの民族解放パルチザン勢力の鎮圧問題を契機としている。「世界の帝国」を誇っていたイギリスが第二次大戦で疲弊し、ギリシアへの軍隊派遣を支えきれなくなったのに対して、アメリカがそれに代わって「世界の警察官」としての役割を買って出ることを表明したのがトルーマン・ドクトリンであったのである。また、スターリンのソ連は第二次大戦末期のヤルタ会談でイギリスのチャーチルとの間でバルカン半島の分割ラインを決め【ギリシアについてはイギリスの勢力圏に入れる】、ギリシアの民族解放勢力を切り捨てていたのである。

いいかえれば、冷戦とは民族解放運動封じ込めの体制として成立し、ソ連(スターリン主義)はその体制の補完物としての役割を果たしたのである。

日本をめぐっても同様のことが言える。アメリカは冷戦下で、日本を日米同盟-西側陣営に組み込むために、中国市場に代わる市場として東南アジアを日本に提供することを構想し、東南アジア諸国の日本に対する戦争賠償要求の抑え込みを図った。そして、38度線での冷戦対峙の構造の下で、韓国民衆による日本の戦争責任追及の声が抑え込まれてきた。だからこそ、冷戦が終焉した1990年代、元従軍慰安婦の人たちをはじめとする韓国、アジアの民衆による日本の戦争責任追及の声が一斉に吹き出てきたのである。

日本国内での靖国問題-戦争責任問題をめぐる議論では、こうした時代認識が圧倒的に希薄だと思うのである。

いささか長くなってきたので今回はこのあたりで稿を閉じたいと思うが、21世紀を迎えたいま、われわれがどういう時代をひらこうとしているのか、そこでの国家観、戦争観という次元で靖国問題を深く考えることが求められていると思うのである。
【第2号での記述に関する補遺】

「靖国神社が日本の国益のために侵略戦争に動員されて戦死した兵士を「英霊」として合祀する場として設立された施設であることを曖昧にしてはならない」という記述に対して、「もともとは、戊辰戦争で斃れた人達を祀るために創建されたもので(当然、侵略戦争云々ではなく内戦です)、決してご指摘の目的で設立されたものではありません。以下、この項目に関する先生のすべての議論はこの思い込みに基づいて書かれております」というご批判をいただきました。以下はそのご批判への私の回答です。

もう少し丁寧に書いておくべきだったと反省していますが、靖国神社の性格づけについては基本的に間違っていないと考えます。

いまさら言うまでもないことでしょうが、靖国神社の前身は招魂社であり、戊辰戦争での明治政府軍側の戦死者等を祀る施設として創られました。その招魂社が1879年(明治12年)に靖国神社と改称され、陸・海軍所管の神社となります。

この経緯を書いたうえで靖国神社の性格づけをおこなえば、「思い込み」と言われることもなかったかと思いますが、ここでおさえておくべきことがいくつかあると思います。

その第1は、そもそもの招魂社以来、この施設が「天皇制軍隊の施設」として創られているということです。ご指摘のように戊辰戦争は「内戦」ですが、その両軍の死者を祀ったのではなく、「天皇の軍隊」のみを祀ったわけです。この事実は近代日本国家とその後の靖国神社の性格を規定することになります。すなわち、天皇(制)への忠誠を価値基準として、それに抵抗する少数派、異民族を排除・抑圧する体系として近代日本国民国家と、その国家宗教施設として靖国神社が形成されていくわけです。近代日本国民国家形成のプロセスが日清戦争、日露戦争、韓国併合に先行して蝦夷地と琉球の国内植民地化から始まっていることに注意をすべきだと思います。

第2は、日清戦争以後の諸戦争、とりわけ15年戦争のプロセスで靖国神社が果した役割を抜きにして靖国神社の役割、性格を議論することはできないということです。私は先のマガジンでの叙述が不正確なものであったことを認めたいと思います。しかし同時に、その点の訂正にふまえた場合、靖国神社の歴史的な基本性格が「侵略戦争に動員されて戦死した兵士を「英霊」として祀る施設」にあることはあきらかなのではないでしょうか。残念ながら、第2号に寄せられた批判意見を読みますと、じつはこの点で見解が異なるのではないかと思わざるをえませんでした。今回の私の主張もふまえ、ご検討をお願いしたいと考えています。

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さすが大先生である。いつ読んでもキレの良い文章だ。さすがにもはや”革命家”ではないので結論が「日帝打倒」の方向にいけないのが歯がゆくはあるが。そこに流れるロゴスは、かつて○学童にむかって熱弁をふるったあの時とかわってはいない。

この文章を読み返していて、一番つよく思いおこしたことは「さらにいま1つの成立要件である国民ないし国民意識(ナショナリズム)は国民国家の与件として存在したのではなく、国民国家による対外戦争を通して鼓吹され、形成・確立されていったのである。」という下りに絡んで、外圧こそが国家を成立させるに大きな要因となったということをすっかり忘れていたことに気づいた。マルクスがどっかで書いていたような、フランス三部作のなかのどっかだったろうか。

「神の国」ニポーンで敗戦後に生まれた私達はみな、生まれたときから国家があった。
国は「主権者」たる国民のためにあるのだと教え込まれてきた。この国家の纏う神秘のベールの虚構をつきやぶらねばならない。その血塗られた誕生の秘話にまで踏み込んで豊かに語れる内容を獲得しないといかんなと思った。でなければ、帝国主義者のタレ流す朝鮮、中国脅威論に「右」は勢いを増しつつ、米帝からの外圧を梃子に「左」は地引き網のごとくごっそりと絡め取られ、排外主義へと集約されることに真っ正面から切り結んでゆくことは難しいだろう。良心的で素朴な思いのなかに芽を出す「愛国」の根はとても深く、それゆえ強健である。



追記 # 松尾眞ウェブサイト 環境と政治
http://www.kyoto-seika.ac.jp/matsuo/

「恩讐の彼方」http://kangun.blog123.fc2.com/blog-entry-142.htmlという記事でふれた松尾氏が書き綴ったウエッブサイトのなかのメルマガはたいへん豊かな内容が展開されている。某掲示板で私の拙い記事があげられて、松尾氏はそんなに優秀な人だったのかとそこで問われていたのだが、これを読めばわかる。
グノーシスとしての左翼が庶民にわかっていただける話をするには、ときとしてブルジョアの言説を丁寧にひいてきて、語らねばならないということがわかる。

ちょっと古い話ではあるのだが、小泉「改革」をめぐって論じられるそれは、私が○学童だったころ氏が伝えたものと同質のものだ。その核心は世界を獲得するためにそれを知ることであるとおもう。
一押しでおすすめしておきます。 


フランス三部作のひとつ「フランスの内乱」 パリコミューンについて書かれている
昔読んでわからなかったものがいま読んでわかるかは不明 時局論インド・中国編がセットになっているのでお買い得とおもった次第 「フランスにおける階級闘争」は読んだことはないがまだ売っているのだろうか・・・・
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イスラエルによるガザ空爆を怒りをもって弾劾する
イスラエルによるガザ空爆を怒りをもって弾劾する

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「ガザからのメール」  
ガザ・アル=アズハル大学英文学科・アブデルワーヘド教授が発電機で電源確保して発信しているものを転載します。

>>
******   転送歓迎 ****************

25の建物がイスラエルに空から攻撃された。建物はすべて地上レベルに崩れ去った。死者はすでに250名に達する。負傷者は何百人にものぼるが貧弱な設備しかないガザの病院では、彼らは行き場もない。電気も来ないが、ディーゼル発電機でなんとかこれを書いている。世界にメッセージを送るために。携帯電話もすべて使用できない!

Sent: Saturday, December 27, 2008 8:03 PM

転送歓迎***********

なんという光景だ。数分前、パレスチナ側のカッサーム・ロケットが飛んでいく音が聞こえた。続いて、もう一つ、そして爆発音。2発目は、パレスチナ人を標的にしていたイスラエルの機体から爆撃されたものと思われる。今、聴いたニュースによれば、イスラエルのアパッチ・ヘリが攻撃したのは、釣堀用の池のあるリクリエーション・グラウンドだという。シファー病院は、195人の遺体、570人の負傷者が同病院に運ばれていると声明を発表している。刻一刻と死傷者の数は増え続けている。これはガザ市だけの数字だ。ほかの町や村、難民キャンプからの公式の発表はない。自宅アパートの近くで末息子がスクール・バスを待っていたところ、以前、国境警備局があったところが攻撃された。息子が立っていたところから50メートルしか離れていないところで、男性二人と少女二人が即死した!
真っ暗な夜だ。小さな発電機を動かして、ネットを通じて世界と交信している。

From: prof abdelwahed
Sent: Sunday, December 28, 2008 1:03 AM
Subject: Gaza at 6:00 p.m.

転送歓迎***********

今宵、ガザの誰もが恐怖におびえている。完全な暗闇。子どもたちは恐怖から泣いている。死者は206人。遺体はシファー病院の床の上に横たえられている。負傷者は575名をうわまわるが、同病院の設備は貧弱だ。病院事務局は市民に輸血を要請している。教員組合は虐殺に抗議し3日間のストライキを決定。イスラエルの機体がガザ市東部を爆撃、大勢の人々が死傷した。犠牲者の数は増え続けている。瓦礫の下敷きになっている人々もいる。一人の女性は二人の幼い娘と一人の息子を亡くした。彼らは通学途中だった!

From: prof abdelwahed
Sent: Sunday, December 28, 2008 3:03 AM
Subject: Gaza at 8:00 p.m.


転送歓迎

11:00pm。イスラエルのF16型戦闘機による、複数回にわたる新たな爆撃。ガザでは3つのテレビ局を視聴できるが、これは電力をなんとか確保できた場合の話だ。空爆はガザ市東部に集中。ある女性は10人の家族を失った。生き残ったのは彼女と娘一人だけだ。娘はメディアに向かって、何も語ることができなかった。何が起こったのか見当がつかない、と彼女は言う。町のいたるところでパニックが起きている。最悪の事態が起こるのではないかとみな、恐れている。エジプト、ヨルダン、レバノンで、この残虐な空爆に対するデモが行われた。死者数は、219以上にのぼる。225という説もある。(アブデルワーヘド、ガザ)

Sent: Sunday, December 28, 2008 6:09 AM
Subject: RE: Gaza Crisis


転送歓迎********

今晩、爆破のせいで窓ガラスが砕け散った家庭にとっては冷たい夜だ。ガザの封鎖のため、窓ガラスが割れても、新たなガラスは手に入らない。私が居住するビルでは、7つのアパートが、凍てつく夜をいく晩もそうした状態で過ごしている。彼らは割れた窓をなんとか毛布で覆っている。何百軒もの家々が同じ境遇に置かれているのだ!私に言えることはそれくらいだ。他方、ハニーエ氏は地元テレビでハマースについて話をした。彼の話は、士気を高め、ハマースは屈服しないということを再確認するものだった。死者の数は210に、重傷を負った者もも200人に達した。今また、ガザの北部で新たな爆撃が!(アブデルワーヘド、ガザ)


転送歓迎*******

今、10分のあいだに5回の空爆。標的は人口密集地域の協会や社会活動グループ。モスクもひとつやられた。もう30時間、電気が来ない。なんとか小さな発電機でこらえている。インターネットで世界に発信するためだ。

From: prof abdelwahed
Sent: Sunday, December 28, 2008 6:40 AM
Subject: FW: Emergency Alert: Take Action to End Israeli Attacks on Gaza

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今しがた、イスラエルから何者かが電話してきた。末息子が応答したが、電話の主は、私が武器を所有しているなら、住まいを攻撃すると脅しをかけてきた。
(アブデルワーヘド、ガザ)

ですぺら http://black.ap.teacup.com/despera/367.html
目黒さまのところより転載させていただきました。

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多くの人が傷つけられ、命を奪われつづけている。許し難い暴挙である。イスラエルによるガザ空爆、パレスチナ人への虐殺行為を心のそこからの怒りをもって弾劾する。

アメリカ帝国主義の中東支配の先兵にして、番犬国家イスラエルにたいするパレスチナ人民の闘いの歴史は長い。多くの同胞の死をこえてパレスチナ人はシオニストの暴虐に抗してきた。

シオニストは手強い、強力な政治的軍事的な後ろ盾が彼らに未曾有の力を与えている。
アメリカ帝国主義を基軸とした国際帝国主義とイスラエルとの連携を断ち切らねばならない。でなければ、パレスチナ人の闘いに勝利が訪れることはない。

そうした支配の連鎖を断ち切る闘いは、我々帝国主義本国で暮らすものたちの責務である。まずは声をあげよう。シオニストの暴挙を弾劾しよう。そして、先ずはほんの小さなことでもいい、自国帝国主義を打倒することをもってパレスチナ人への連帯の証とするために、何ができるか考えよう。




賽は投げられた
いろいろと書きたいことは下ることも下らないことも含めて、書こうにも書けなかったこともあり、さまざま頭の中をめぐるのだけれど・・・

やはり、先日の記事でふれたNKさまのコメントが頭からはなれない。
おぼろげながらに感じていた、そう、カウツキーという記事を書きながらうっすらと感じ取っていたものに明確なかたちを与えられたというところだろうか。

映画ターミネーターでの”最後の審判”に被る衝撃的ともいえるこのコメントをまたまた勝手ながら転載させていだだこうと思う。これからやってくるであろう暴虐の嵐と、それにたいしてなにができるのかを考えるために。

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(前略)
世界恐慌はついに始まりましたし、この過程は、かろうじて成立した帝国主義戦後世界体制を帝国主義諸国自らの手で粉々に破壊することになるでしょう。
日本帝国主義は、金融機関への資本注入に続いて、基幹産業企業のCP買取から、国債の日銀引き受けによる大量発行に追い込まれるでしょう。だがこれに(資金創設)対応する需要があるわけはないので、結局は軍需産業が主要な引き受け手(基幹産業の軍需への転換)になるでしょう。経済の軍事化に対応した朝鮮半島侵略、中国の従属国化に向けた植民地主義の台頭と共に、政治反動と天皇制的軍事独裁・警察国家への暴走もまた不可避となるでしょう。
これらの過程は非常に短期間に劇的に進む(おそらくは1~数年以内に)と思います。

この間の国際情勢を見ても、06年には、レバノンにおいて米帝とフランス帝国主義が対峙する位置に着き、今年のグルジアによるオセチア、アブハジア侵略は米帝によるロシア攻撃の前哨戦とも言える内容を持っています。つまりいつ「サラエボ事件」「ポーランド侵攻」がおきても不思議は無いですし、現に進行中の、日帝による中国をその再生産構造のうちに取り込む動きに対して、米帝は軍事的手段を講じても阻止せざるを得ないでしょう。

いずれにしても、帝国主義段階では、恐慌によって整理される資本は基幹産業の固定資本を破壊、更新する過程を伴わず(それ故金融恐慌なのですが)それは戦争による物理的破壊による他ありません。死と破壊によってしか帝国主義は次の生産の基盤を得られないと言うことだと思います。むざむざこの過程を受け入れるのか、プロレタリア暴力革命の世界的連鎖(その有機的環としての民族解放戦争をふくめて)、共産主義へと人類史を進めるのかの選択の期間は、長く見ても10年と言うところでしょう。
現在、私たちはゼロに近い存在ですが、大急ぎでレーニンが準備したものを遥かに超える内容で、作り出さなくてはならないところに追い詰められていると言うことでしょう。

わずか10年です。それができなければ、何十億人が核戦争で死ぬかもしれません。その後になって何か為しうると、私は考える事はできません。人間社会が存続する基盤が、永久に失われているかもしれないのですから


投稿: NK | 2008年12月16日 (火) 00時43分


アッテンボローの雑記帳 2008年12月11日 (木) 
「徹夜が辛い年になった」のコメントより引用
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>現在、私たちはゼロに近い存在ですが、大急ぎでレーニンが準備したものを遥かに超える内容で、作り出さなくてはならないところに追い詰められていると言うことでしょう。

>プロレタリア暴力革命の世界的連鎖(その有機的環としての民族解放戦争をふくめて)、共産主義へと人類史を進めるのかの選択の期間は、長く見ても10年と言うところでしょう。

たしかに29年世界恐慌から10年で大戦へと突入というタイムテーブルに照らし合わせればこんにちの生産力と長く続いた”平和意識”に鑑みて訪れるであろう事態はいっそうドラスティックなものとなるだろう。世界を見渡してレーニン的な侵略を内乱に転化しうる勢力はあるのだろうか? あるいはそれにとって変わりうるものはあるのか? ”最弱の環”は・・・ 不勉強な私にはわからないが。
いま主体的力量は限りなくゼロであり、時間はそう多く残されていないという事だけは確かだろう。それで絶望してなならないのだけれど。マジで真剣に考える必要あり。”賽は投げられた”

NKさま、無断引用につき不都合等ございましたらご一報いただけましたら、速攻削除、謝罪させていただく所存であります。よろしくお願いします。




冬至
おおぉ! というまにもう師走も20日すぎてしまいました。残すところ今年もあと10日ほどとなりました。

ブログの更新も10日もサボってしまい、毎度毎度のことながらいただきましたコメントも放置状態にしていたことを申し訳なく思っております。

例のZIPPOを手に入れてから、お仕事の忙しさはMAXへと登りつめました。それとしてはZIPPOとはなんの因果関係もないのですが、まあ、一年を365日の区切りとしてこだわる、我が「神の国」ニポーン人の特性なのでしょうか、毎年どこもかしこも「年内になんとかしてちょ~だい!」の激しい要求に連日の午前様さまとあいなっておった次第でございます。

アッテンさんが”徹夜が辛いとしになった”という記事をあげておられましたが、全く同感であります。20代のころは平均睡眠時間は3時間からせいぜい4時間くらい。そのかわりと言っては、しばしば指導部よりお小言を頂戴したのですが、アトラス戦争での幌トラの中ではみ~んなコックリ・コックリでありました。そう、わずかの時間を瞬時に睡眠に投じる特技(?)を誰もが身につけていたし、そんなうたた寝でハードな日々の展開を支える強固な思想性があったものでした。

さて、こんなメチャクチャ忙しい時にやたらとはかどるのが仕事ではなく”タバコ”でありまして、ルーキーのZIPPO2号ともあいまって、やたらと吸いまくったうえに、夜間の冷え込みに背筋がゾクゾクとしたときはもう手遅れ、すっかりと風邪をひきこみました。とはいえ、絶対に休めない状況ゆえ、ボルタレン25の必殺4錠一気のみでのりこえました。

前回の”島流しの一戦”と同様に喘息ぎみでなかなか咳が制圧できていなくて辛いのですが、ようやく今日から2~3日は骨休めができそうです。そのあともうひと山越えないと年越しにはならないのですが・・・ 

それ以上に心配なのは年を越したあとお仕事あるんだろ~か、な~んて。わりと幾多の修羅場をくぐってきたワタシとしては、コノテのプレッシャーには強い方ではあると思ってはいるのですが、仕事があるだのないだのといったレベルとはまったく違った次元でいよいよ現実に開始された歴史的激動のまえに思わずビビるものであります。

直接的には前述のアッテンさんの”徹夜が辛いとしになった”にNKさまがよせておられたコメントが展開していた情勢論と展望の的確な指摘を受けてのことなのでありますが、迷い無くズッパっと展開された論は、わかっているつもりの思い込みをいとも簡単に吹き飛ばす、あのブッシュに向かって飛んでいった靴よりもはるかにインパクトがあるものであります。

ところで、きょうは冬至であります。夜が一年で一番長い、とはいえ別に長くなったぶんだけたくさん睡眠がとれるわけでも何でもないので、ハッキリ言ってどうでもいいワタシなのですが。とはいえ、きょうのこの日を境にあとはひたすら日がのびるばかり、春に向かって季節が向かって行くことが少しずつでも実感できるようになることがとても嬉しかったりするのであります。

インフルエンザが早くも流行しているそうです。皆様ご注意くださいまし。

コメントのお返事は明後日ということで失礼します。柚子湯にはいって寝まっすぅ(^o^)




買った!ライター
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武装せる園芸家は結構なヘビースモーカーだ。なんらそれとしては自慢にもならないどころか、喫煙は社会の害悪がごときいわれようをする昨今、ただただ肩身がせまいばかりである。とはいえ、かのレーニン氏ですら、会議中まるで煙幕のように部屋中に充満した煙に彼の十八番の癇癪が大爆発し、”会議中は禁煙だぁあ!”と宣言したものの最初に禁を破ったのはレーニン氏自身だった。というような話しもあるくらいで、なかなか世迷い言が多かったりするとついつい”ナンセンスだなぁ”とおもっていても本数がすすんでしまう。

毎度の回顧趣味で恐縮なのだが、指導部から”思想性の問題”だと指摘されたことがある。たしかに、あの当時書記局で愛煙家は極めて少なかったように記憶している。とはいえ、吸うからナンセンスと指弾されるというようなことはなかった。すべては本人の自覚の問題にすぎない。

さてこのたび”買った!”のはZIPPOのライターで特徴はゴムのひもがついていること。
実はこのゴムひもつきZIPPO、私が○学童に結集する以前、ふつ~の学生だったときたぶん生協の売店で買ったことがあったのだ。なにがそのとき気に入って買ったのかはいまではすっかり思い出せないのだが、あの頃はこのゴムひもが嫌いで、ほとんど使うことがなかった。

それが三里塚の闘争会館に居候していたとき、Wの女性同志がこのゴムひもつきZIPPOをさっそうとポケットからとりだしシュッパ~と火をつけるさまがたいへん強く印象に残り、これを愛用するようになった。ゴムひもが嫌だったのだが、このゴムひもだからこそポケットにいれたZIPPOをとりだして、口にくわえたタバコのところまでそれを運ぶことができる。とってもアイデアにとんだゴムひもであることがその時はじめて分かったのだ。

愛用するようになったとはいえ、ずっと勤務先のHにおきっぱなしでそこから持って出ることはなかった。それというのも、社は火気厳禁の持ち込み禁止だったからなのだ。なんどか注意不足で茶店のマッチを持って入り、大目玉をくらったあげく自己批判書を書いたことがあるくらいだ。まだ第二ビルができるまえの社はそれはもう潜水艦のUボートの内部のようだったから、厳格に火気の管理を貫徹する必要があったのだ。
そんなわけで当時、社に居候していた私としてはZIPPOを持って歩くわけにはいかなかったのだ。

党を去るときにほとんどの文献や私財は放棄したのだが、なぜかこのひも付きZIPPOは手元に残った。「著作選1巻、7巻」や、「勝利に向かっての試練」のように貴重な文献を置き去りにしてこれを選択した理性的な説明はないのだが。それから何十年と使い続けてきたひもつきZIPPOだったのだが、一昨年胸のポケットに入れていることをすっかり忘れ、橋の高欄から大河の川面をのぞき込んだときするっと落ちて一瞬にして流れのなかへと消えた。

正直いって泣けた。それからことあるごとに星の数ほどあろうかというZIPPOをみるたびに、あのひもつきはないか探したのだが見つけることはできなかった。
それが、ついこのあいだひょんなきっかけから検索にこれがひっかかり、ど~しようか~とさんざん悩んだあげくに”買った!”ということになったわけなのだ。
物に特別な感情を移入することは打破すべき物象化にほかならないとわかっていても、時々の悲喜こもごもの想いを象徴すべき”物”を求めることは過度期に生きる者の悲しい性なのか、いま、ひもつきZIPPOをポケットからとりだして1本のタバコに火をつけるとき、いつだってポケットには100円玉数枚しかなくても、心豊かだった若き日の思い出が脳裏に浮かんだりする、というたわいもないお話でした。

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産業予備軍
肩こり指数 ★★☆

マルクスは資本論第一巻7編23章「資本主義的蓄積の一般的法則」でいくつかの資本主義社会の「常識」を批判している。わりと有名な話ではあるとおもうのだが”相対的過剰人口”の問題ががここであきらかにされている。

いま私が再読に使用している岩波文庫では160ページほどのボリュームをさいて事細かくマルクスは記述している。終わりのほうではイギリスとアイルランドの事例をひいて例証をおこなっている。そのへんの記述は19世紀中葉の話と軽くスルーできないほどこんにちの格差社会と世界同時不況がもたらすであろう労働者人民の受難の予言にみちている。

さて、相対的過剰人口だが、かんた~んに言えば、資本は工場建物、機械設備、原料などの不変資本と労働力である可変資本へと投下され、双方を結合して拡大再生産をおこなうのであるが、他の資本との競争を契機に資本は不可避的に蓄積されてゆくのである。
不変資本と可変資本との比率は資本の価値を構成するものであり、同時に一定の生産技術に規定されるものとして資本の有機的構成という。

この資本の有機的構成は、資本の蓄積の過程で不変資本の比率を増加させる傾向をしめす。投下される資本に占める可変資本の割合は小さくなる。これを資本の有機的構成の高度化という。具体的には、生産の技術革新にみられるように他の資本に先駆けすぐれた生産設備を導入すれば生産効率はアップしより多くの剰余価値(特別剰余価値)をうることができる。

さて、ここで注意しなければならないことは、総資本に占める可変資本の比率が小さくなるということが、必ずしも可変資本の絶対的減少を意味するということでもないことだ。ある生産工場の有機的構成が50C(固定資本)+50V(可変資本)であったものから80C+20Vへと高度化したものとして、10億円だった資本がその過程で蓄積され、30億円へ増加したとすれば可変資本は5億円から6億円へと絶対的増加をする。

しかしながら、ここが大事なのだが、資本の有機的構成が50C+50Vの場合に労働の需要を20%増大させるとしたら、総資本を20%増大させればOKであるのに対して、それと同じ人員の需要を実現するには80C+20Vの場合は総資本を300%増大させなければならない。100=50+50→120=60+60  100=80+20→300=240+60

手っ取り早い話が機械化がすすんで労働力はどんどん削減されということだ。だが、資本主義的生産様式では様々な産業分野で等しく足並みを揃えて資本の有機的構成の高度化が進むわけではなく不均等発展の法則が支配している。そこで、過剰な労働人口は市場原理にもとづき再分配されるわけなのであるが、そうした過程を通じてもなお相対的に過剰な労働人口は必ず形成される。相対的過剰人口というのはストレートに言えば”失業者”あるいは”半失業者”のことであり、エンゲルスは就業労働者を”産業現役軍”と対で”産業予備軍”とよんだ。

この産業予備軍は絶えず生産が拡大と縮小を繰り返す資本主義的生産様式にとっては不可欠なもの、というよりこの労働力のプールの創出なしにはそれは勃興し得なかったというくらい切り離すことのできない絶対条件なのである。つまり、資本主義的生産様式でははなっから完全雇用など原理的にありえないのだ。

資本主義の勃興期かの、イングランドでは土地を追われた農民が浮浪者となり産業予備軍を形作ったわけなのだが、我が「神の国」ニポーンではそうした旧社会の農村共同体を解体して産業予備軍をうみだすのではなく、地方の農村を貨幣経済という万力で絞め殺すようにして産業予備軍へと転化していった過程はいぜん「明治維新考」で書いたとおりだ。

そしてこんにち、産業予備軍の収容施設をなしているものが、社会学チックにいうならば労働集約型、資本の有機的構成が著しく低い、少額の資本で起業できる小資本家なのである。コイズミ&ヘイゾーがなしたことは、この労働力の売買の制約を取っ払い「自由」な取引を可能にしたことである。新自由主義というのは資本が一切の社会的制約から解き放たれて自由に自己増殖をする自由を認めるものに他ならない。

労働のあり方は、ますます資本主義的生産様式における本来のあり方に接近しつづけてきた。産業現役軍は産業予備軍へとなることを恐れるあまり、賃金の切り下げに屈し、サービス残業に精をだす。産業予備軍は産業現役軍の賃金低下を梃子に生活保障を切り下げられる。互いの存在を脅威におもう双方は団結して、資本に挑むことがデフォでは叶わない。いま現実に生起している問題はすでに資本論のなかでマルクスは懇切丁寧に詳細にかたっているのだ。もっとも資本主義らしい資本主義の先にあるものは次の社会への扉に違いない。しかし、その扉へと辿り着くにはいくつもの嘘で舗装された迷い道を避けねばならない、そしてその扉はたくさんの人の手をもってせねば決して開くことがない”重い扉”であるが、それをあけることは人類の責務であるとおもう。


追伸 タモ・ツン糖酒が自ブログで書評を書いていたが(http://red.ap.teacup.com/tamo2/937.html)、絶滅危惧種マル経学者の的場氏が「超訳『資本論』 (祥伝社新書)とかいうのを書いているそうな。なにやら「『革命』の必然性」を書いているらしい。これはいっちょう読んでみようとおもふ。


写真は本文とは一切関係ないがはじめて見た必殺6匹”団結”猫団子!迫力に一歩引いた(^^)
人もまたこうでありたい
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愛唱歌4


ずいぶんと古歌なのですがすきです”夜明けのスキャット”。由紀さおりの隠れファンです。

流行まっただ中には少年だったので、その意味深な歌詞とまあいまってさしたる関心もなかったのですが。学生だった頃、夜社防明け間近、うっすらと朝日が昇ってこようかというとき、ヒソーリとコソーリと聞いたラジオでこれが流れたのでした。

こんな美しい歌があるのだろうかと、昇る朝日とあいまって激しく感動したのでした。
それいらい、ときどき思い出したように聞き入ってます。多くの場合は納期間近で徹夜なんぞして明け方に聞くのですが・・・ そういった意味ではハッピーソングではないっす。

今日も簡潔にてお粗末様です。徹夜にはならないでしょうが、もうちょっと頑張らねばなりません。荻窪さまお返事は明日ということでごめんなさいm(_ _)m


午後の猫2
きょうはデリバのお仕事は予定より早めにきりあがったので、家に帰りサブビジをはじめた。顧客から渡されたうんざりするくらいの資料に目を通す。「毎度とはいえ字が小さくて読みづらいんだよな~」などと一人文句をいいながら老眼鏡で武装して読み進む。
明日中には読んでしまわなければならないので少しばかりいそがしい。ブログを書くようにDVDを見ながらというわけにはいかない。仕事だからあったり前か。

そんなわけで、今日はあっさりと能書きはやめて、家に帰ったら猫さんたちがまたまた気持ちよさそうにお昼寝をしていたので、そのお写真をあげさせていただきます。


先にも書いたのだが武装せる園芸家の家は共稼ぎなので、昼間は猫コタツはコンセントを抜いている。そんなわけで猫さんたちはいつもソファーのうえで蜷局を巻いてお昼寝をする。三毛猫のななと姉妹はとっても仲良し、今日はうりとぴよも一緒。
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こうは今日もテレビの上でお昼寝。薄型液晶テレビ導入の予定は全くないので、これからもここでの猫の昼寝はつづく・・・たぶん。
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当ブログのイメージキャラみこはいつもここでお昼寝。孤高のイジワル三毛猫である。
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夕方猫コタツの上に乗っていたのはうりとなな。二人はラブラブなのか仲がよい。イジワルシスターズもうりには勝てず毎度あっさりと駆逐されてしまうのでした。
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そんなわけで、なんとか下にもぐりこもうと画策しているのはみこなのでありました。当然うりとななはそれに猫パンチをするようなことはしないのはいうまでもないことであります。
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今日は軽い話題でお粗末さまでございました。眠いので寝まっすm(_ _)m




どうでもいいこと
な~んとなくだらだらとお仕事がいそがしいのにくわえて、気分体調ともに冴えなくて更新をサボっていたらもう師走の12月になっていた。せめて二日に一度のペースで記事を上げたいと思ってはいるのだが、なかなかそうもいかないのが辛い。ネタはいくらでもあるのだが。

そんなわけで、コメントをいただきながらも放置してしまっていたことは誠に申し訳ないとおもっている。私にとって、いただいたコメントにお返事を書くことと記事を書くことは同じ作業であり、内容であるとかんがえている。そんなこともあり、お返事コメントがついつい力のこもったものとなり記事をあげそびれることもある。それゆえ、お返事コメント自体を記事とする場合もあるわけだが、基本的には一対一の対話ということで少々長くなってもお返事コメントとさせていただいているわけなのである。

さて、そんなさなかにあって自ブログをほったらかしにして注視していたブログがあった。ときどき当ブログへコメントを寄せていただける”でいっく氏”のブログである。
お題は「確かに、こんなにたたかいやすい選挙はない 」。そこでのコメントで最近ごぶさたなのだがよくアッテンさんのところでコメントをよせておられた”まこと氏”がせんだっての「麻生邸見学ツアー」参加者逮捕にふれたコメントを書き込んだところからいっきに記事違いで大展開となった。

こちらでは管理人さまみずからが”言論の戦場”を自負しておられることは伊達ではなく、この程度では炎上どころか、小火にもならぬ焚き火程度のものではあるが、これがなかなか面白くて目がはなせなかったのである。主役はもちろん私が「愛して止まない」宇宙の権力者ベーダー卿である。タモ・ツン糖酒をはじめとする手練れの論客を向こうにまわし斬ったはったの大立ち回りに、おもわず私も自らの禁をやぶって軽い合いの手をいれさせていただいた。

まあ、ベーダー卿の毎度の権力徹底擁護の話しをめぐって批判が展開されるわけなのだが、手練れの論客と素人の私が心の底で思っていることは、そうした権力擁護の意見はあってしかるべきであるということなのだ。だからこそそれにたいしてハッキリと異議を申し立てるわけだ。だが、コメントとして言葉のやりとりから相手の論の矛盾をあきらかにすることが可能ではあっても、その矛盾をつきつけられた相手が断固として認めることがなければそれはそれまでの話であることを十分に理解している。だからそれ以上は踏み込まないし、踏み込む意味もないのである。

ところがこのベーダー卿は”言葉の暴力”をもって踏み込んでくるのである。この点こそ私が卿を忌み嫌うところに他ならない。


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127. Posted by わくわく44 2008年12月01日 23:01
薩摩長州へ

相変わらず不当かつ不正な感情と思考、そして「間違いだらけの思い込み1000%知識」だな。
お前ごときが私に対してベーダー卿だの何だのと述べる資格も権利もない。
私に対する数々の発言を無条件で撤回し、私への態度、思考および感情に関して、東西南北と一緒に実名で私に対して謝罪せよ。

お前ごとき「嘘つき」が政治や哲学、経済等を論じる資格も権利もない。お前がかかる話をすることを「言論の自由を冒涜する」というのだ。
ブログは閉鎖するか、あるいは花の話だけにしろ。

なお、これに関して「行使しない」権利は、お前ごときには微塵もない。以上。

128. Posted by わくわく44 2008年12月01日 23:03
ということで、私に逆らった人間は、全員論破されていることが、客観的見地から確認されたので、この件に関しては、私に逆らった人間は、無条件かつ本心から、私が指摘した内容に思考と感情を正す責任と義務があることを述べて、終了する。
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という具合にいわれちまったWWWWW。

卿にはコメントのやりとりを黙って注視している存在が気にならないようである。手練れの論客達はその目にむかって卿の発言のイタイところをつく、ただそれだけで十分なのだ。

さて、そんな卿なのであるが、その発言は「正論」としての評価を目にすることも多い。ここらが彼のモチベーションとなっているのだろうと推測するものであるが、たしかによくできたストーリーにコロッといく人は多かろうと思う。ブルジョアが権力を握るブルジョア社会であれば、ブルジョアイデオローグがタレ流すストーリーが「正論」であることはあったりまえのことなのであるが、プロレタリアが自らのイデをストーリーとしてそれに対置しその虚構を打ち破ってゆくことはなかなか難儀な作業でもある。
そうした難儀な作業の演習問題として卿のいたるところに投げ込まれるコメントをあらゆる検索テクニックを駆使してかき集め学習の糧とさせていいただいているものである。

いぜんアッテンさんが現役○学童ブログ「イスクラ」への”熱湯”による山ほどの心ないコメントに真っ正面から受けて立つ同志はいないのか、と援軍を呼びかけていたことがある。その一つの理由はよせられるコメントの中には、実際リアルなオルグのなかで立ちはだかるブルジョアイデが多く含まれているということだった。
そう、頑ななる悪意にもとづくものでは端っから問題にもならないが、良心的人民の多くの心のなかにはブルジョアイデが底蓋をつくり、人間としての熱いパトスを封印している。そんな底蓋をたたき割る武器を鍛え上げるものは卿がいうような「有り難いお言葉」であり、そこからこそ多くを学ばねばならないのだ。

遠い昔をふりかえって、勉強嫌いの私は粗雑なオルグをしてきたものだと反省することしきりなのであるが、いまごろの○学童はいったいどんな内容でそれをしているのだろうかちょっと気になるところではある。いきなり革命情勢だ!労働運動で世界革命へGO!
これではチョットとは思うのだけど・・・

追記 恩讐の彼方氏の仕掛けたロジックの罠はすごいとおもった。あらためて、でいっく氏へ燃料を投下したことお詫び申し上げます。m(_ _)m


パトリス・ルムンバさん
ようやくファノンの「地に呪われたる者」を読み始めた。ご紹介いただいたNKさまよりこの本は”格闘”を要求するとの助言をいただき恐る恐る読み始める。
「2自然発生の偉大と弱点」とか、つづく「3の民族意識の悲運」あたりが一番関心の向くところなのであるが、ここはオーソドックスに最初っからぼちぼちとゆく。

ちょっと話はいきなりそれるが、昔っからシーケンシャルアクセスにこだわる性分でずいぶんと損をしてきたのだが、いまだにわかっていても改まらない頑固者でありました。
試験ではあったり前の常識だが、できるところから回答する、これができなかった。

てなわけで、律儀に「序」から読み始めたのだが、「ううぅ!いきなり手強い」というのが率直な感想。なんどもなんども行をいきつもどりつ読み進めてゆく、このどこか突き放したような、主客が交差する文体は覚えがある、とおもいつつ進んでゆくと最後にサルトルが序文を書いていたということがわかった。あ~ぁ、これが例の、ファノンが「おれは生をけちけちするやつが嫌いだ」といいはなったという夜通しの議論を踏まえて、サルトルが書き起こした序文なのかと妙に納得する。

1暴力を半分チョットほど読んだ。いまのところそう難解極まるようなところはない。わりと頭にすらっとはいってゆく、とおもえるのはこれまた例のレンタルDVD「ルムンバの叫び」を先だちみたことがあるだろう。
私は数年前にゲバラとコンゴの内戦との関わりに関心があって、かなり根性をいれて調べたことがある。そんなわけでかの地の歴史的経過はそれなにりベースがあるので映画自体の出来としては削られた部分が多すぎるという印象はいなめないが、やはり文字では表現しきれない映像のもつインパクトはすごい。

なにがスゴイっていきなり、クーデターで失脚したルムンバさんを逮捕し、人知れぬ奥地へと連れて行き、ベルギー帝国主義者の犬は彼を虐殺、遺体を切り刻んでドラム缶で焼くシーンから話は始まるのである。ルムンバさんは連行される車中でいう「こんやカタンガ州でおきることを知っている者はいない、彼らの任務は極秘だ、3人の男を処刑し、痕跡は全て消す、埋葬はせず、墓標もたてない、死んでもなお私を恐れるからだ」と。

全編をつうじて暗い映画だった。同胞が同胞を抑圧する。貧しきが故、人の欲が欲を拡大再生産する。

ルムンバさんは志が我が子へとひきつがれることを願いつつ銃殺される。コンゴ独立30周年の式典でクソエラソーにスーパーデラックスソファーに座る権力者モブツに怒りの眼差しをむける、おそらくルムンバさんの息子と娘であろう、少年と少女の映像でこの映画は終わる。人類が背負う歴史的課題はとてつもなく大きいが、比べて人の一生はあまりにも短い。なれどその課題へと挑み続ける人間の志は必ず引き継がれてゆくものであるし、そうであるからこそ途方もないチャレンジはすばらしいのだと私は思う。

○タ屋でまたまたハケーン! 「マイケル・コリンズ」これもあるとはおもわなんだ。
アイルランド独立運動の偉大な指導者の話である。それとしては史実とことなるとの批判もあるようだが、以前ローザが見て絶賛していたので見てみたいと探していたのだ。なかなかレアな品揃えの○タ屋である。できれば「レッズ」と「1900年」があったらいいな~♪と探索中だがないようである。残念!



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