たわいもない日々の雑感を綴ってみたいと思いまする。

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ストライキについて
肩こり指数★★☆

あっという間にお彼岸ですっかり春めいてきた。だいぶ日も延びてきて、日の出ははやくなり、夕暮れはおそくなってきた。そんなころに毎年恒例の”春討”じゃなくて春闘があるわけだが、おりからの世界同時不況というか、はっきりいって世界恐慌の影響を経営側に楯にされ、派遣切り、雇い止め、正社員のリストラという矛を振るわれ、いともあっさりと土俵を労働側は割っているようにおもえる。
「不況で企業が倒れようかというときに、賃上げなど問題にもならない。企業あっての労働者だぁ!」なんて大工のウェストン君みたいなことを考えているから寄り切られるのだ。まあ、そのあたりの話はまた後ほどということにして、つい先日、武装せる園芸家は持病の薬をもらいに近所の診療所の待合室でテレビをみていたら某航空会社がストライキをやっているとの報道。そういえば、ストライキといえばそれなりにインパクトがあったのは数年前の野球選手のストライキが記憶にあるが、それ以外にはほとんど耳にしたことがなくてちょっと新鮮な感動をおぼえた。

それでも、ちょっと調べてみれば航空会社はわりとストライキをかまえてきたらしいし、動労千葉はもとより、あまり報道されることはないが全国的にはストライキはおこなわれているようだ。自分のアンテナの低さを大いに反省させられた。私は学生運動はしたことがあるが、労働運動は経験がないのでそのあたりのところは大変不案内なのだ。こういったご時世にあって、労働問題の動向には大きな関心をよせてゆかねばならないし、それにかかわるところの理論的学習も必要だろうとおもう。

さて、診療所の待合でストライキの報道のなかで、毎度おなじみの定番街角インタビューがはいって3人ほどの意見が登場したが、「迷惑千万!!」というものだった。いくらバイアスかかりまくりのマスコミ報道とはいえ、むっとするような内容だった。そんなわけで、このたびは、若い頃、深い感銘をうけた、かのレーニン氏の「ストライキについて」(全集4巻に収録)をあげようかと思った次第なのである。

時代背景はロシア革命以前、ツァーの圧政が猛威をふるうなか、帝政ロシアは外国資本をテコに急速な工業化を推し進めようとしていたときのお話である。こんにちてきに読むならば、そんな非民主的な時代の話はアナクロニズムともとられようが、総資本VS.総労働という基本的関係性はなんらかわってはいない、そのありかたは昨今の労働者の”受難”をみれば明らかであるし、なお、これから世界的規模で鮮明になってゆくものであると考えている。
しかしながら、戦後「民主」主義と繁栄を謳歌してきた労働者及一般大衆がかくのごとき悲惨な労働者の待遇はありえないと思えるような一億総中産階級という「素晴らしい」かつての暮らしぶりは、ひとえにレーニン氏の成し遂げたロシア革命とそれにつらなる”革命”という現実の衝撃が資本に”譲歩”という二文字を学ばせたからにほかならないし、大量生産、大量消費に象徴される爆発的な生産力の増大によるものといえる。まあ、そんなことも頭の片隅にとどめおいて読んでいただけたらと思います。たかが全集では10ページほどなのだが、それでも長いので2回に分けます。

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ストライキについて

ロシアでは、最近数年、労働者のストライキが非常に頻繁になった。工業県ででいくつかのストライキがおこらなかったようなような県はひとつものこっていない。また、大都市ではまったくストライキの絶えまがない。だから自覚した労働者も社会主義者も、ストライキの意義、ストライキのやり方、ストライキへの社会主義者の参加の諸任務の問題を、ますます頻繁にとりあげているのはあたりまえである。

われわれは、これらの問題について、われわれの考えを二、三述べてみたいとおもう。第一論文では全体として労働運動におけるストライキの意義について、第二論文ではロシアのストライキ取締法について、第三論文では、ロシアでストライキがどういうふうに行われてきたか、またいま行われているか、自覚した労働者はストライキにたいしてどういう態度をとるべきか、ということについて述べようとおもう。



まず第一に、ストライキの発生と普及はなにによるものか、という問題をださなければならない。自分の体験や、他人の話や、あるいは新聞で知っているストライキのあらゆるばあいをおもいだしてみれば、だれでも、大工場が発生し普及しているところでストライキも発生し普及していることが、すぐわかるであろう。数百人(ときには数千人)の労働者をやとっている巨大工場で、労働者のストライキがおこならかったような工場は、まず一つもあるまい。ロシアに大工場がすくなかったころにはストライキもすくなかったが、古い工場地方でも新しい都市や村でも、大工場が急速に成長するようになってからは、ストライキもますます頻繁になる一方である。

大規模工場制生産がいつもストライキを呼びおこすというのは、なぜそうなのだろうか? それは、資本主義は必然的に労働者と雇主との闘争に導くのだが、生産が大規模になればなるほどこの闘争は必然的にストライキ闘争になるからである。

これを説明しよう。

資本主義というのは、土地、工場、道具などが少数の地主と資本家に属していて、人民大衆は、まったくあるいはほとんどまったく、なんの財産ももたないで、そのための労働者としてやとわれていくほかないような社会制度のことである。地主と工場主は、労働者をやとい、彼らにありこれの生産物を生産させて、これを市場で販売する。そのさい工場主は、労働者が家族といっしょにやっと生きていけるだけの賃金しか支払わず、それに必要な生産物の量をこえて労働者が生産するものは、全部工場主が自分のポケットにいれてしまい、それが彼の利潤を構成する。このように、資本主義経済のもとでは、人民大衆は他人にやとわれて働く。自分のためにではなく、賃金をもらって雇主のために働くのである。雇主がいつも賃金を引きさげようとつとめるのはあたりまえである。彼らが労働者にわたすものがすくなくなればすくなくいだけ、それだけ多くの利潤が彼らのてもとにのこるからである。ところが、労働者は、滋養のある衛生的な食物で家族の全員を養い、よい住宅に住み、こじきのような着物でなく、みなが着ているような着物を着ることができるように、なるべく多くの賃金をえようとつとめる。こうして、雇主と労働者とのあいだには、賃金のことで絶え間ない闘争がおこなわれる。雇主はだれでもすきな労働者をやとう自由がある。だから、雇主はもっとも安い労働者をさがすのである。労働者はだれでもすきな雇主にやとわれていく自由がある、なるべく高く支払ってくれるような、もっとも高値の雇主をさがしている。
労働者の働くところが農村であろうと都市であろうと、彼のやとわれる先が地主であろうと、富裕な百姓でであろうと、請負業者であろうと、工場主であろうと、―ともかく彼は、いつでも雇主と取引をし、賃金のことで彼らと闘っている。

だが、労働者はひとりぼっちでこの闘争をおこなうことができるだろうか?_働く人民の数はますます多くなる。農民は零落して、農村から都市へ、工場へと逃げてくる。地主と工場主は機械を取り入れ、機械は労働者から仕事をうばう。都市では失業者がふえる一方だし、農村ではこじきが増える一方である。飢えた人民は賃金をますます切り下げる。労働者はひとりぼっちで雇主と闘争することが不可能になる。労働者が良い賃金を要求したり賃金の引き下げに同意しなかったりしようものなら、雇主はこうこたえるだろう。出てうせろ、門の外には腹のへった連中がたくさんいるのだ、あの連中は低い賃金でも大喜びで働くんだぞ、と。

人民の零落がひどくなって、都市にも農村にもいつも失業した人々が群れをなすようになり、工場主が巨万の富を積み、小経営主が百万長者に駆逐されるようになると、―個々の労働者では資本家にたいして”まったく”無力となる。資本家は、労働者を完全におしつぶして、彼を、いやかれひとりでなく彼の妻も子も、死ぬほどの苦役に追いつかうことができるようになる。また実際、労働者がまだ法律の保護をかちとっていないで、資本家に反抗することのできない諸営業をみるがよい。―諸君は、一七時間から一九時間にもおよぶ法外に長い労働日を見いだすだろう。作業につかれきった五―六歳からの子供たちをみいだすだろう。いつも飢えていて、飢えのために徐々に死んでいく労働者の世代をみいだすだろう。たとえば、資本家のために家内労働をしている労働者がそれである。いや、労働者はだれでも、ほかの実例をもっともっとたくさんにおもいだすだろう! 労働者が資本家に対抗することができず、雇主の横暴を制限する法律をたたかいとることができないばあいに資本家があえてやっているほとんどの、働く人民にたいする恐ろしい抑圧は、奴隷制や農奴制度のもとでさえかつて一度もなかった。

そこで、こういうぎりぎりの状態までおしつめられまいとして、労働者は死にものぐるの闘争をはじめる。労働者は、自分たちの雇主にたいして共同して決起しはじめる。労働者のストライキがはじまる。はじめは労働者は、自分たちがなにをかちとろうとしているのかさえ理解せず、”なぜ”そうするのかさえ意識しないばあいが多い。彼らはだだ、機械をこわし、工場を破壊する。彼らはただ、工場主に自分たちの憤りをおもい知らせたいだけである。彼らはその耐えられない状態から抜けだすために、自分たちの共同の力をためしてみるが、まさになぜ彼らの状態はこんなに絶望的なのか、彼らは何をめざして努力しなければならないのかを、まだ知らない。

すべての国で、労働者の憤激はまず個々の決起―わが国で警察や工場主の呼んでいるところでは一揆―からはじまった。すべての国で、これらの個々の決起は、一方では多少とも平和な罷業を、他方では自分の解放をめざす労働者階級の全面的闘争生みだした。

労働者階級の闘争において、罷業(すなわちストライキ)は、いったいどういう意識をもっているか?この質問にこたえるためには、われわれはここで、まず罷業のことにややくわしくたち入らなければならない。もし労働者の賃金が―まえにみたように―雇主と労働者の契約によって定まり、そのばあい、個々の労働者はまったく無力だということであれば、労働者は必然的に自分たちの要求を共同してまもりぬかなければならないし、雇主が賃金を引き下げるのを妨げ、あるいはもっと高い賃金をかちとるために、必然的にストライキを組織しなければならないことは、明らかである。実際にも、資本主義制度の行われている国で、労働者のストライキがおこらないような国は一つもない。ヨーロッパのすべての国家とアメリカとで、どこでも労働者は、ひとりぼっちでは無力だということを感じており、あるいはストライキを組織することで、あるいはストライキをやると威嚇することで、だが共同して雇主に対抗することができる。そして、資本主義が発展すればするほど、大工場が急速に増加すればするほど、小資本かが大資本に駆逐されればされるほど、労働者が共同して抵抗する必要はますます緊急なものとなる。なぜなら、失業はそれだけはげしくなり、資本家が、できるだけ安く商品を生産しようとつとめて(だが、そのためには、労働者にはらう賃金も、できるだけ安くする必要がある)相互に行う競争はそれだけつよまり、産業の変動と恐慌はそれだけつよまるからである。産業が繁栄するときは工場主は大きな利潤をてにいれるが、それを労働者と分けあおうとは考えもしない。ところが、恐慌時には工場主は損失を労働者に転嫁しようとつとめる。資本主義社会のおけるストライキの必然性はヨーロッパ諸国では万人によくもとめられているので、そのでは法律でストライキの組織を禁止してはいない。ただロシアにだけ野蛮なストライキ取締法がのこっている(これらの法律とその適用については、またこんど述べよう)

しかし、資本主義社会の本質そのものから生じてくるストライキは、この社会組織にたいする労働者階級の闘争の始まりを意味する。金持ちの資本家に個々の無産の労働者が対立するとき、そらは労働者の完全な奴隷化を意味する。しかし、この無産の労働者が団結するとき、事態はかわってくる。資本家の道具と材料に自分の労働を添加して新しい富を生産することに同意する労働者がみつからないかぎり、どういう富も資本家になんの利益ももたらさないであろう。労働者がひとりひとりで雇主を相手にしているかぎり、彼らはいつまでもほんとうの奴隷のままであり、永久に一片のパンと引きかえに他人のために働き、永久に従順な、黙々とした雇人にとどまらなければならない。しかし、労働者が共同して自分たちの要求を表明し、ふくれあがった財布の持主に服従することを拒絶するとき、労働者は奴隷でなくなって人間になる。かれらは、彼らの労働がひとにぎりの寄生虫を富ませるためだけにつかわれないで、働くものに人間らしい生活をする可能性をあたえるものとなることを、要求しはじめる。奴隷が主人になりたいという要求を、―つまり、地主と資本家が欲するようにではなく、勤労者自身が欲するように働きまた生活したいという要求を、表明しはじめる。ストライキはいつも資本家に非常な恐怖をおこさせるが、それはストライキが彼らの支配をゆるがしはじめるからである。「君の力づよい腕がそれを欲するなら、いっさいの車輪はとまるだろう」と、あるドイツの労働歌は労働者階級についていっている。実際、工場、地主経営、機械、鉄道、等々これらはすべて一つの巨大な機械装置の車輪のようなものである。―この機械装置はいろいろな生産物を採取し、それに加工し、必要なところにおくりとどける。この機械装置全体をうごかしているのは”労働者”であって、労働者は、土地を開墾し、鉱石を採掘し、、工場で商品を製造し、家屋、作業場、鉄道を建設する。労働者が働くことを拒絶すれば、この機械装置全体は停止する危険にさらされる。どのストライキも、本当の主人は資本家ではなくて、ますます声たかく自分の権利を主張している労働者であるということを、そのつど資本家におもいださせる。どのストライキも、労働者の状態は絶望的ではなく、彼らはひとりぼっちではないということを、そのつど労働者におもいださせる。

次回につづく

(大月書店「レーニン全集4巻」より)

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ぴょん!びょん!ぴょん!「跳躍資本論」
ちょうど一月前、お金に汲汲としていたころ、愚樵さまのところでマルクスをとりあげておられた、そのきっかけというのは、これまたお玉さまのところでマルクスをとりあげていたからとのことだった。そんなわけでお玉さまのところへジャンプしてつらつらと記事をよんでみたところ、的場昭弘氏の「マルクスだったらこう考える」をよんだことがあるがよくわからなかった。というようなことがかいてあった。

ちょうどそのちょっとまえに、タモ・ツン糖酒が感想をかいておられたことに触発されて、的場氏の「超訳資本論」をよんだので、今年はじめてのコメントをいれさせていただいた。

さてこの「超訳資本論」という新書、感想としては資本論に書いてあるとおりじゃん、どこを超訳したのだろ~か? というよりこの書き飛ばしっぷりは”超訳”というより”跳躍”という言葉こそふさわしい。だが、そうしたうえで特筆すべきは”超訳資本論はたいへんに読みやすかった”ということだ。

私は、がんらい経済系ではないのでニセ学生で講義を聴したりとか、解説本を読みあさったりとか、結集後は指導部、同志の教えを請いながら、マルクス経済学を独学でほんのちょっぴりだが学んだ。それは、なんたってマルクス主義学生同盟員だったのだから、それが全くさっぱりというのも変な話だからである、ということでもないが。すくなくとも第一巻くらいはそれなりに理解をしておく必要はあったというわけだ。
ちなみに、近頃では党の基本7だか8だか、資本論は含まれていないようだが、文献として学習フラクなんぞをつくったりもして学習を推奨しているようだ。

とにかく資本論はのっけの一発目がとてもむずかしい。いろいろと解説本を読んでみてもなかなか理解がすすまなかった。どの解説本も資本論を遠心分離器にかけて濃縮したようなものばかりで、まるで難解さが濃度をましたようなものばかりだった。たとえば、読み始めた頃入手した資本論訳者として有名な岡崎次郎氏の「資本論入門」なぞはわずか242ページにな~んと資本論全3巻を濃縮してあるという、まるでプルトニウムだったら核兵器ができてしまうくらいの高濃度高純度の解説本ゆえに、コイツを読み終えることができたのは資本論を読んだはるかのちのことだった。


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さて話が横にずれたが、「超訳資本論」はいきなり「ですます」体のやわらかな文章ではじまり、著者自身も書いていたが、資本論の冒頭一発目の商品の二重性ー価値と使用価値の矛盾を意図的に原論レベルで論じることをさけ、資本論からの引用を主に著者が全体の流れをナビゲートするかたちで、労働者のためにその多くが書かれた第一巻全体の骨子がおおまかに語られてゆく。その語り口は、決して多くのことを語るわけではないが、そのことが原典への誘いの言葉に転化している。

昨年のことだったか、蟹工船ブームのはしりは漫画だったか、時をおなじくしてカラマゾフの兄弟なんぞも漫画になったりして、私としてはこーいうのは大いにウェルカムだ。難解なものをとかく簡略化するとあらぬ誤解を生み出したりするものだが、まずは入りやすい扉をつけて、あとは限りなく深い奥行きは扉をくぐったのちに各自の関心、意識、意欲にまかせて深化してゆくにまかせるというのは大正解だとおもう。筆者も書いているが、出版当時の風潮から”ワーキングプアーな人々に読んでいただきたいと”、さしずめ昨今の派遣切り、雇い止め、正社員の大量リストラの時にあっては、なぜそんな理不尽なことがおきるのかを知るために読んでいただきたいとなろう。そう、まずはバックギヤーにシフトが入ってしまいがちなマルクスのみた資本主義的生産様式の社会の仕組みを知る大きく開け放たれた扉をくぐってもらいたいと、そんな扉のような一冊だろう、「超訳資本論」。

追記 今年は資本論にトライしてみようといっておられた風さまに一押ししておこう。それと、ろくぞ仕事もしたことがなく労働者ではなかったマルクスのおっさんの理屈は胡散臭いとおもっておられた愚樵さまにもおすすめしておこう。筆者はマルクスの出自はブルジョアだったとしたうえで、労働者の武器はマルクスにせよ、エンゲルスにせよレーニンにせよブルジョア自身がが準備したのだというようなことを懇切丁寧に書いている。


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Departure



いきなりGLOBEのDepartureを貼ったのだが、毎度の愛唱歌というわけではない。おっさんはこのてのノリと耳あたりがよいだけの意味不明な歌には萌えないのだ。それではなぜDepartureなのかというと。

姪っ子と親類の子供二人、計三人がこのたび同時に高校卒業となった。来月からはそれぞれに東京、京都、大阪へと旅立つことになっている。そんなわけで例の不渡り事件で先月、今月と収入0円どころかマイナスのうちとしてはご祝儀をだすのは結構きつかったりするのだが、義理をかいては仁義に反するのは一般庶民も「過激派」も極道も同じということで昨日の日曜日にささやかながらのお祝いの会をしたのだ

「口がすべった」http://kangun.blog123.fc2.com/blog-entry-161.htmlというエントリーで書いたことだが、姪っ子は4大学5学部をこのたび受験し、3勝1敗けったるいので1棄権という”ビックル”な成績をあげた。第一志望である語学の最高峰には届かなかったが、第三志望にして母であるアメリカ姉さんの母校はあっさりとクリアー、第二志望も楽勝だったそうだ。

さすが、地方の田舎の進学校とはいえ、英語教育は折り紙つきと聞いていたが、そのポテンシャルの高さに”ビックル”だった。そこで、アメリカ姉さんは英語の教師をしており、親子で通学、おまけに幼稚園、小学校、中学校とアメリカ姉さんが通った学校とくれば、余計なお世話ではあることを重々自覚した上でも外野の私たちとしては、第三志望だけは行ってほしくないな~と常々話していたので、”ああ、よかった。これでマザコン引力から離脱できるかも”といのが本音である。

ちょっと話が横ずれしたが、祝いの杯をかたむけながら、3人の表情をまじまじと見て、そのあまりに幼い顔つきに親の心中にちょっとだけ触れたような気がした。私たちの頃もあんなもんだったのかもしれないけれど、私が直感したのは、私たちの頃とは比較にならなくらい、この子たちはあまりに多くの時間を受験勉強だけに投じてきたのだろうということだった。

桜咲く4月には晴れて大学生となったら、いままでの偏狭な地域性とか型にはまったカリキュラムをつきぬけるものとしておおいに”学問”に励んでもらえたらいいな~と、まったく学問と縁もゆかりもなくすごした武装せる園芸家にして「武力なき予言者」が、エラソーに思ったのはこの子らがこれから背負ってゆく時代はとてつもないほどの激動の時代となるであろうと思うからなのだ。なんてことをつらつらと思いながら深酒をして悪酔いをしたのだった。

追記 姪っ子は国際的な運動にかかわってゆきたいんだそうな、うんうん!いい志だ。インターナショナルだね。世界革命だぁあ! 違うか?(爆)




ことしも「亡国の記念日」をちょっとだけ
肩こり指数★★★

あっというまに三月十五日になってしまったが、今年も三月十四日にまつわる話を書こうとおもっていた。

八十年代のヒット作マイケル・J・フォックスの主演映画”Back to the Future”三部作にえがかれる現在と過去、そして未来は、それらをつなぐ特別な日と特別な時間を結節点として展開される。まあ、それはフィクションであるからそういったことはアリなのだが、「事実は小説よりも奇なり」ではないが、現実になんとも因縁深い”日”というものはあるものだ。

オールド中核派ゆかりの者たちにとって3・14というのは去年も書いたことではあるが、1975年3月14日、党首であった本多書記長がカクマルの白色テロに倒れた日として忘れることのできない日なのであるが、この”3月14日”というのは奇しくも、かのカール・マルクス氏の命日でもある。

最近では対カクマル戦も「勝利宣言」でうちきったのちは、3.14復讐戦貫徹の言葉も死語となり、もっぱら関西の組織問題の始まりの3.14決起とか、法大の3.14大弾圧とかが語られるのみであるが・・・
なんとも複雑な思いを感じつつ、おくればせながら去年に引き続き”亡国の記念日」をあげておきます。



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日本帝国主義の歴史と紀元節 (続き)


この国家形態をめぐって、論争が存在しています。
明治維新で現出した国家は、旧体制と新興ブルジョア的諸関係の両勢力の均衡のうえに国家を主軸にして形成された天皇制絶対主義国であるといえますが、ところで、われわれが四五年八月一五日に見いだす国家とそれはどういう関連にあるのか、ということについて、二つの対立する考え方が過去においては支配的に存在していました。一つは、絶対主義がそのまま八月一五日までつづいていたという考え方で、日本共産党系の綱領的見解がこれです。もう一つは、明治維新そのものがブルジョア革命であるという考え方で、向坂逸郎とか大内兵衛など労農派の思想です。しかしこれは論理的に無理があります。もし明治維新がフランス革命と同じブルジョア革命だとするならば、昭和初年に日本の社会を特徴づけていたような地主制については、うまく説明がつかないことになりますし、なによりもまず天皇制のもつ独自の役割が捨象されることになります。天皇制ファシズムという日本歴史学研究会などの支配的意見は、三二テーゼ型の前者の見解を没理論的に手直しした現象論であり、ファシズムにかんするまったくの無知を意味するものです。

さきに、明治絶対主義政府が自己の生存のために資本主義を発展させたこと、この過程で形成されるブルジョアジーが自己と対抗的に登場してくるプロレタリアートに対抗するために、旧体制と妥協し、それと同盟を結びながら、その内部で絶対政府をきりくずし、ブルジョアジーの階級的利益を貫徹させていったことを指摘しましたが、わたしは、このような特殊な国家形態をボナパルティズムと規定すべきだと考えています。

ボナパルティズムは、歴史的にいうとナポレオン・ボナパルトによって代表された形態、さらに四八年の革命から反革命に転じてゆくナポレオン三世のルイ・ボナパルトの形態、そしてこんにちではドゴール型とでもいうべき形態の三つを典型としてあげることができますが、トロツキーは、この三つを比較して「ナポレオン・ボナパルトのボナパルティズムは若気のいたりのボナパルティズムである。ルイ・ボナパルトのボナパルティズムは、すでに頭の禿に気づきはじめたボナパルティズムである。そして二〇世紀に登場するボナパルティズムは、自分の老いの身を自覚したボナパルティズムである」というようなことをもうしています。このようなフランスの典型的なボナパルティズムにたいして、ドイツにおけるカイゼル主義=ビスマルク主義、ロシアにおけるツァーリズム=ストルイピン主義、そして日本の天皇制主義といわれている三つのタイプも、ボナパルティズム的形態をもって絶対主義国家から近代ブルジョア国家に移行していったもの、ないしは移行していこうとしたものだと見ることができます。

このドイツのカイゼル主義、ビスマルク主義、ロシアのツァーリズム、日本の天皇制主義の歴史をイデオロギー的に比較してみますと、はっきりすることは、旧体制の無知蒙昧(むちもうまい)なものをできるだけ近代のなかにもちこんで、むしろそのような無知蒙昧を徹底的に利用して農民のような小ブルジョアをひきつけながら、プロレタリアートに対抗する、そういうタイプの政策をもった国家であると整理することができます。

日本帝国主義の前近代性=無知蒙昧なるものは、資本主義が世界史的には没落の時代にはいりはじめたなかではじめて資本主義の歴史を開始しなければならなかった日本資本主義の世界史的特殊性、すなわち、あまりにも現代的な性格に規定されるものとして理解する必要があります。したがって日本共産党が三二年テーゼの中で主張しているように、日本には古い封建的諸形態が多く残存しているから、まずそのような古い形態をブルジョア革命によって打倒して、しかるのちに社会主義革命をめざすプロレタリア革命をおこなう、というような考え方は、資本主義の発展段階のもっている世界史的な特徴について、あるいはその特徴にもとづいて日本の近代の歴史が開始しされた特殊な意味についてまったく無知であることを示しています。

戦前の地主・小作などの農民問題の解決は、まずもってブルジョア革命によって解決されるのではなしに、地主をも同盟軍にひきつけている日本帝国主義権力を打倒していくことのなかに真の解決の道が存在していること、二段階的にではなしに、社会主義にむかってのプロレタリア革命に包摂される一段階的なものとして考えなければなりません。

したがって、八月一五日から二十数年たったこんにち、紀元節がふたたびとびだしてきたことは、日本支配階級が国民の圧倒的部分が信じるに足らないような根拠のない日を建国の日としなければならないほど血迷いはじめたことを事実をもって示しているといえます。ですから一部の近代主義者のように、紀元節のような古いものがよみがえってきたから、ますます日本を近代化してこれをとり除こうと考えるのは本末転倒したまちがいであって、むしろ日本の超近代的性格、もっと正確にいえば、日本資本主義がもっている帝国主義的特質が、逆にこうした紀元節のような無知蒙昧なものを国家の紋章として張りつけたのです。すなわち、日本の国家が、こういう荒唐無稽、無知蒙昧なるものを出発点とし、こういうものの条件のうえにしか自己の存立の条件を政治的に見いだすことができないとしたら、日本帝国主義はわれわれにむかって、みずからの死滅を宣言しているにすぎないのです。

したがって、われわれにとって紀元節のもっている意味は、たしかにこの日がきわめて不合理な日であり、学問にたいする侮辱の日であり、そして日本の教育、日本の大学のすべてが、日本帝国主義の学問否定の攻撃にたいして屈服した記念日であることの確認にとどまることはできないのであります。頭の禿げあがってしまった資本家たちにとっては建国記念日であるかもしれないけれども、批判精神をもった若い世代、民衆にとっては、この日は日本の亡国記念日として記念されなければならない日であると思います。

(本多延嘉著作選第二巻 亡国の記念日より引用)

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”おーまい・ごー”9 我が家の金融危機 そして再開
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お~ぃ! にゃんこたち、暢気に昼寝している場合じゃないぞ~。 とーさんは、とーさんは、とーさんだぁあ!!(爆)
な~んて冗談じゃなくて”不渡り”キターであります。

といっても、うちが振り出した手形ではありまへん。おりからの”100年に一度”とやらの経済危機に銀行資本による貸し渋り攻撃によって、うちの某顧客が倒産とあいなった結果、懐にしまっておいた手形がタダの紙切れになりました。
裏書きがないので遡及のしようもないのでとりあえずどーにもなりません。”おーまい・ごー!!”な出来事でした。

お仕事の方はそれなりに忙しくもあったのですが、いかんせんそんなアクシデントもあってそれ以上に”お金”が忙しくて金の工面にあわただしい日々をおくっておりました。まあなんとか危機を乗り切ったとおもったら3月も半ばとは。
すっかりブログの更新も放棄したままで、もう訪れてくださる方もいらっしゃらないかと思っていたのですが、そうでもないようで嬉しかったりして、ここで止めずにぼちぼちと再開しようとおもいました。

どうも社会科学の信奉者にしては、やたらと縁起をかつぐのは○学童のころ「思想性に問題あり」と指導部に指摘されても改まることなくこんにちに至るのですが、パソコンを大規模に改変するとツキが落ちるようであります(笑)。というのはなんの根拠もない戯れ言、泣き言なのでありますが。まあ、それはさておき今年も「亡国の記念日」の続きをあげようと思っていたのですが機を逸してしまいました。そんなわけでまた来年、な~んてことは言わず近々アップしようかとおもいます。

留守中にもかかわらずいらしてくださった方々に心よりの感謝の意をこめて、拙いブログではありますがバラエティー豊かなお気楽系で再開してゆきたいとおもいます。ご訪問いただきありがとうございましたm(_ _)m。

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