たわいもない日々の雑感を綴ってみたいと思いまする。

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ストライキについて 続
肩こり指数★★☆

まったくやる気のないブロガーにて、毎度毎度、企画倒ればかりなのであるが、放置すること一月オーバーは、やんごとなき事情があったにせよ恥ずかしい限りである。
とはいえ再開を決めた以上はその連続性を維持するためにもまずはここからはじめねばなるまい。そんなわけで、「ストライキについて」の続きをあげさせていただきます。

メーデーも近いこの時期でもあるし、ストライキという労働者の闘争形態のもつ意義とそれ自体の限界、目的と勝利への展望をきりひらく条件を再確認する意義は今日的にみても無駄なことではないかと。ひさびさにコメントをよせてくださった元々中核派さんが、どこぞの図書館で、ほしい人は持っていってくださいと書かれたBOXのなかに、うち捨てられるようにレーニン全集があったと、某掲示板で書いておられた。そんなご時世にあって、タモツン糖酒のようにデジタルアーカイブをつくろうなどという、桁はずれのパトスはもちあわせていない私ではあるのだけれど。

前回に引き続き全集のなかでは10ページほどの小論文なのだが、ブログへの掲載となると結構なボリュームなので、うだうだ私の稚拙なコメントを書き連ねてはいたずらに長文になり、読んでくださる方々のやる気に水をさすこととなっては、本意ではないのでいきまする。


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ストライキが、ストライキ参加者にも、また隣近所の工場や同じ産業部門に属するいろいろの工場の労働者にも、どんなに巨大な影響を与えるかを、考えてみたまえ。普通の平穏なときには、労働者はだまって自分の苦役を耐えしのんでおり、雇主にさからいもせず、自分たちの状態についていろいろと議論することもない。ストライキのときには、労働者は声をたかくその要求を表明し、雇主に彼らの圧迫のすべてをおもいださせ、自分の権利を主張し、自分ひとりのことや自分の給料のことだけを考えないで、自分といっしょに作業を放棄し艱難(かんなん)をおそれずに労働者の事業をまもっている同僚たち全部のことも考える。あらゆるストライキは、労働者に多くの艱難をもたらす。しかしそれは、戦争の惨苦とにだけ比較できるような恐ろしい艱難― 家族は飢え、賃金は取れず、しばしば逮捕され、自分の職をもっている住みなれた町からは追放される― である。そして、これらすべての惨苦にもかかわらず、労働者は、同僚全体にそむいて雇主と取引するものを軽蔑する。ストライキの惨苦にもかかわらず、近隣の工場の労働者は、自分たちの同僚が闘争をはじめたのをみると、いつも士気の高まりを感じる。「ただひとりのブルジョアを屈服させるためにもこれほどの艱難に耐える人々は、また全ブルジョアジーの力をもうちくだくことができるであろう。」〔『イギリスの労働者階級の状態』、補2,三三八ページ〕と、社会主義の偉大な教師の一人エンゲルスは、イギリス労働者のストライキについてかたった。一つの工場で罷業がおこりさえすれば、たちまち非常に多数の工場で一連のストライキがはじまるというばあいが、しばしばおこる。ストライキの精神的影響力はそれほど偉大であり、一時的にもせよ奴隷たることをやめて金持ちと平等の権利をもった人間となっている自分の同僚たちの姿は、それほど労働者に伝染的に作用するのだ!あらゆるストライキは、巨大な力で労働者を社会主義の思想に―資本の圧制から自分自身を解放するための全労働者階級の闘争という思想に導く。なにかある工場または産業部門、なにかある都市の労働者が、大きなストライキがおこるまでは、社会主義のことなどほとんど知らず、考えてみたこともなかったのに、ストライキのあとでは、彼らのあいだにサークルや組合がどんどん普及し、ますます多くの労働者が社会主義者になるというばあいが、ごくしばしばあった。

ストライキは、雇い主の力はなににあり労働者の力はなににあるかを理解することを、労働者におしえる。ただ自分の雇い主のことだけ、自分の身近な同僚のことだけを考えるのでなく、すべての雇い主のこと、資本家階級全体と労働者階級全体とのことを考えることを、おしえる。幾世代の労働者の労働によって幾百万金をもうけた工場主が、ごくひかえめな賃金の増額にも同意せず、あるいは、賃金をもっと引き下げようとさえ試み、労働者が反抗すると幾千の飢えた家族を鋪道にほうりだすとき、―そのとき労働者は、資本家階級全体が労働者階級全体の敵であり、労働者がたよりにできるのはただ自分と自分たちの団結だけであることを、はっきりとさとるのである。非常によくあることだが、工場主は、なにかつまらない施し物、なにかうそっぱちの約束で労働者をごまかし、彼らの恩人のように自分を見せかけ、労働者にたいする自分の搾取をおおいかくそうとして、全力をつくす。あらゆるストライキは、労働者に、彼らの「恩人」が羊の皮をかぶった狼だということをしめすことにより、この欺瞞の全体を一撃のもとにうちこわすのがつねである。

しかし、ストライキは、資本家にたいして労働者の目をひらかせるだけでなく、政府にたいしても、法律にたいしても、同様に労働者の目をひらかせる。工場主が自分を労働者の恩人のようにみせかけようとつとめるのとちょうど同じように、役人とそのとりまきどもは、ツァーリ政府が、工場主のことも労働者のことも公平に一視同仁に心をくばっているのだと、労働者に信じ込ませようと努力している。労働者は法律などは知らないし、役人、とくに高級役人とは交渉がないので、しばしばこういうことをすっかり信じてしまう。だが、そこへストライキがおこったとする。工場には、検事や、工場監督官や、警官隊や、しばしば軍隊までが現れる。労働者は、自分たちが法律に違反したのだということを知らされる。法律は、工場主には、集会をもつことも、どうして労働者の賃金を引き下げるかについて公然と論じることも、みとめているが、労働者が共同で申し合わせをすれば、犯罪人だと宣告される!労働者はその住宅から追いたてられ、警察は労働者が品物を掛けでで買える小店を閉鎖し、労働者がまったくしずかに、おだやかにしているときにさえ、兵士を労働者にけしかけようとつとめる。兵士には、労働者を射撃せよ、という命令さえあたえられる。そして、兵士が、逃げていくものをうしろから射撃して素手の労働者をころせば、ツァーリ自身が軍隊に感謝をおくる(こういうふうにツァーリは、一八九五年にヤロスラヴィリで罷業労働者をころした兵士に感謝した)。ツァーリ政府は、資本家をまもり労働者の手足をしばるもっとも兇悪な労働者の敵だということが、すべての労働者に明瞭となる。法律はただ金持ちの利益のためだけに出されていること、役人も金持ちの利益だけをまもっていること、働く人民は口をふさがれ、自分の必要とするものについて述べる可能性をあたえられていないこと、労働者階級は、ストライキの権利、労働者新聞を発行する権利、法律の発布やその履行の監督にあたるべき人民代表機関に参加する権利を、どうしてもかちとらなければならないということを、労働者は理解し始める。また、政府自身も、ストライキをあれほどおそれ、なんとしてでもできるだけはやくストライキを消し止めるよう努力するのである。社会主義者と自覚した労働者を全力をあげて迫害したことでとくに名を売ったドイツの内務大臣が、かつて国民代表をまえにして、「あらゆるストライキの陰から革命のヒドラ(怪物)が顔をだす」と述べたのも、むりからぬことである。政府は労働者の敵である。労働者階級は人民の権利のために政府との闘争に備えなければならない、という意識が、ストライキのたびに労働者の内心につよまり発達していく。

こうして、ストライキは労働者を団結に慣れさせる。ストライキは、労働者が共同してこそはじめて資本家にたいする闘争をおこなうことができるということを、労働者にしめしてくれる。ストライキは工場主の全階級と専権的・警察的政府とにたいする全労働者階級の闘争について考えることを、労働者におしえる。それだからこそ、社会主義者はストライキを「戦争の学校」と呼ぶのである。それは、労働者が、役人の圧政と資本の圧政とから全人民と全勤労者を解放するために自分たちの敵に対する戦争を行う道を学ぶ学校である。

しかし、「戦争の学校」はまだ戦争そのものではない。労働者のあいだにストライキがひろく普及すると、一部の労働者は(一部の社会主義者も)つぎのように考えはじめる。労働者階級はだだストライキとストライキ基金あるいはストライキ団体とだけにとどめてよい、ストライキだけを手段として労働者階級は、自分たちの状態の真剣な改善や自分たちの解放さえも、かちとることができる、と。労働者の団結や、彼らの小さなストライキでさえもが、どれほど大きなちからであるかをみて、一部のものはこう考える。労働者が全国にわたってゼネラル・ストライキを組織さえすれば、資本家と政府から自分たちのほしいものをみなかちとることができる、と。労働運動がはじまりかけたばかりで、労働者がまだ非常に未経験であったころは、他の国々でも労働者はこういう意見を表明したものである。”しかし、この意見はまちがっている”(原文ではルビで強調)。ストライキは、労働者階級の事故解放のための闘争手段の”一つに”(原文ではルビで強調)すぎないのであって、唯一の手段ではなく、もし労働者が他の闘争手段に注意を向けないなら、彼らはそれによって労働者階級の成長と成功をおくらせてしまうだろう。実際ストライキが成功するには、ストライキのあいだの労働者の生活を維持するための基金が必要である。こうした基金組合をもまた労働者は(ふつう個々の業種、個々の職種または同職の労働者で)、すべての国で組織している。しかし、わがロシアは、警察がそれをさぐりだして金を没収し、労働者を逮捕してしまうので、これはとくに困難である。もちろん、労働者は警察からかくれるすべも知っている。こういう基金組合をもうけることは、もちろん有益だし、われわれも労働者がそういうことにたずさわるのを止めようとはおもわない。しかし、法律が労働者の基金組合を禁止している状態では、それが多数の加入者を引きつけうると期待するわけにはいかない。だが、加入者数がすくなければ、労働者基金組合はたいした利益をもたらさないであろう。それからまた、労働組合が自由に存在していて、組合が巨額の基金をもっている国でさえ、労働者階級は、彼らの闘争をストライキだけにがぎることはけっしてできない。産業経営に行きづまり(たとえばロシアでもいま近づきつつある恐慌)がおこりさえすれば、工場主は、わざとストライキをひきおこすことさえある。ときには一時操業を中止するほうが工場主に有利となり、また労働者基金を破綻させるのが彼らに有利だからである。だから、労働者はけっしてストライキとストライキ団体だけにかぎるわけにいかない。第二にストライキは、労働者がすでにかなりの意識をもっていて、ストライキの時機をえらぶことを知っており、要求をかかげることを知っており、リーフレットや小冊子を手に入れるために社会主義者との結びつきをもっているところでだけ、成功をもって行われる。だがそういう労働者はロシアにはまだすくない。そこで、そういう労働者の数をふやし、労働者大衆に労働者の事業を知らせ、社会主義と労働者の闘争とを彼らに知らせることに、全力を向ける必要がある。この任務は、社会主義者と自覚した労働者とがいっしょになって引きうけなければならないものであって、そのために社会主義的な労働者党をつくらなければならない。第三に、ストライキは、まえにみてきたように、政府が労働者の敵であり、政府と闘争しなければならないことを、労働者にしめしてくれる。そして、すべての国で実際にストライキは、労働者の権利と全人民の権利のために政府と闘争することを、しだいに労働者階級におしえた。こうした闘争を行うことができるのは、すでにいま述べたように、政府と労働者の事業とについての正しい考えを労働者のあいだにひろめる社会主義的労働者党だけである。わがロシアでストライキがどういうふうにおこなわれているか、また自覚した労働者はストライキをどう利用すべきか、ということについては、こんどまた別個に述べることにする。いまわれわれは、ストライキが、すでにまえのほうで注意しておいたように、「戦争の学校」であるが戦争そのものではないということ、ストライキは闘争の一手段にすぎず、労働運動の一形態にすぎないことを、指摘しておかなければならない。労働者は、個々のストライキから、全勤労者の解放をめざす全労働者階級の闘争にうつることができるし、うつらなければならないし、また、すべての国で実際にうつっている。すべての自覚した労働者が社会主義者に、すなわち、そうした解放をめざして努力する人になるとき、彼らが、労働者のあいだに社会主義をひろめ、労働者に労働者の敵にたいする闘争のあらゆる手段をおしえるために、たがいに全国的に団結するとき、彼らが、政府の圧政から全人民を解放し、資本の圧政から全勤労者を解放するためにたたかう社会主義的労働者党をつくるとき、―そのときはじめて労働者階級は、すべての労働者を統合し「万国のプロレタリア、団結せよ!」としるされた赤旗をかかげる、万国の労働者のあの偉大な運動に完全にくわわるのである。

一八九九年末に執筆
雑誌「プロレタールスカヤ・レヴォリューツィヤ」一九二四年 第八-九号にはじめて発表
未詳の人の手で清書された手稿によって印刷
(大月書店「レーニン全集4巻」より)

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ついせんだって、DOSが2.2だったころから慣れ親しんだタローちゃんから、Word2009じゃなくて2007に浮気してみたのだが、なんともぎこちないかんじである。私は、タイピングが得意ではないので、誤字脱字の誤変換等がありましたら、お手数ですがご指摘いただけましたら幸いであります。よろしくおねがいいたしますm(_ _)m。



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ソウルへの道
老いた父母よ 寝込んでもう三年
うら山の薬草もとりつくしちまった
わたしがいっちまったら 面倒をだれがみる
ソウルへゆく道 なぜこう険しい

この歌は、記憶違いかもしれないが「ソウルへの道」という名の歌だったと思っている。
南朝鮮(韓国)の民主化闘争をになった人々がかかえていた、家族問題などなどのしがらみを切々と歌ったものだ。たしか3番まで歌詞はあった気がするのだが、あいにくいまでは思い出すことができない。

私は、この歌詞を遠い昔、幾度となくくちずさんできたものである。ここ何十年ものあいだ、政治的な関心がなかったこともあり、この歌ともすっかりごぶさたしていたしだいである。

「極左」系ブロガーのオフ会ともいえる北総大地での全国集会への参加は、このたびも叶わなかった。
アッテンさんはもとより、お誘いいただいた、あるみさん、このたびは、なのなのさんもETC実装ではせ参じると聞いた。

情けないかな、武装せる園芸家は”お金”がなかったのである。当座の資金調達のため前受金に目が眩み、引き受けたのが、北総大地とは真反対の方向、火の国への長期出張のお仕事だった。
ウン十年ぶりにこの歌をくちずさんだ。命をかけて民主化闘争を闘った人々にくらべたら、あまりにもとるにたりないその理由に、申し訳なさをかんじつつ。

前回の秋にひきつづき、今回の欠席は、慢性的金欠症とあいまって、さすがに凹んだ。先週ようやく無罪放免となって帰ってきたのだが、すっかり消耗し、もう書くのをやめようかなとおもった。
だけど、やっぱり書くのをやめるのを、やめた。自らすすんで口をつぐむべきではないと。語り合い、ふれあうことはとても重要な契機だ。

うまくいかないことがあっても、消耗して果てるのではなく、はねかえして”とりもどし策動”に腐心するのが○学童的思考であったはずた。そんなわけで、己の日和見主義に恥じ入りつつも”私はいずれ闘いの隊列に加わる意志がある”表現としてまだまだ「たわいもない話」を書かせていただこうと思った、まるで冬に逆戻りしたような寒い一日の日曜日だった。

追記、あるみさん、お誘いいただいたのに、のぼりの下に集まることができず申し訳ございませんでした。だが、いずれかならず。


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