たわいもない日々の雑感を綴ってみたいと思いまする。

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理論と実践(おちゃらけ編)
7月も今日で終わりです。明日っからは灼熱の燃えるような8月のはじまりです。さんざっぱら降りまくった雨もあがり、昨日、今日とおもいっきり夏モードのかんかん照りです。これで梅雨明け宣言はでるのでしょうか、いささか早めの梅雨明け宣言にがっつり滑ったかんのある気象庁は文字通り”日和見主義的”対応をみせるであろうことはあきらかでしょうが。

さて、一日で終わるよ、といわれて行ったお仕事は、結局うんざりするような阻害要因にはばまれて、ブログ更新の意欲すら奪い、三日かかっておわりますた。あ~ぁ、また赤字かな~なんて気落ちして、今日はどっと疲れが出て、お仕事もないこともあって寝込んどりました、やれやれです。

夕刻、涼しくなってからお仕事クルマの燃料計についている給油ランプが点灯していたので、給油にいったのですが、その行きしなホームセンターにたちよりました。買ったのはこれ、お部屋用の芳香剤であります。


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なんたってうちは6匹の猫さんがいるので、これは必需品です。猫トイレのところと各部屋においています。
わりとソリッドな香りが気に入っていて毎度”炭の香り”をかっています。とはいえ、イメージスメルであることは否定できないでしょう。バーベキューなんぞするときに炭のにおいを嗅いでみてもあんなはっきりとした臭いはしませんから。もしかしたら備長炭みたいな高級品ならするのかもしれませんが、どうなんでしょうか。

芳香剤を6つかかえてレジへゆくと、2カ所でレジが開いています。片方は2人が並び片方は1人、しかも、しかもです、2人ならんでいるほうは顔になじみがない、ということはバイトか研修生にちがいありません。1人並んでいるほうは顔なじみで、いつでもたいへんシャキシャキ、パキパキとしたベテランであります。
さ~ぁ、どっちへならぶか? どうかんがえても理性的判断として、速攻1人レジ中のベテランのほうへならんだことは言うもでもありません。

芳香剤も6つとなると、カゴにいれるほどでもないとはいえ、両手に持っているにはけったるい数です。
レジ中のおっさんの横に並んで、ぼんやりとやりとりを黙ってみていたのですが、どうやらおっさん、バーベキューなんぞでもするのでしょうか、それようグッズをご購入の様子、お代は3975円なり。おっさん財布からすかさず4000円をだしたところまではよかったのですが、そのあと大きな財布の中を必死の探索、レジは固まったまま、さんざっぱら探してでてきたのが50円。

一瞬冷たい風がレジを吹き抜けマスタ。我思う「あほか!コイツ」。レジのお姉さん曰く「あの~5円ございましたらキリがいいのですが」。 再びシークモードに突入するおっさん、やっとでました5円玉。
やっとおわったとおもいきや、おっさん「領収書ください」だって。我思う「まあ、いっけどさ~」。笑顔でお姉さん、レジスターからチャカチャカチャカとでてきた領収書に印鑑をついて、レシートにとじ合わせて手渡した。

そしたら、おっさん曰く「あの~手書きでおねがいします」。我思う「ええぇ!えかげんにせぇよお!」。
そこで、おっさんの顔をがっつりと見て、腰がぬけるほど驚いた。○学童時代に苦手だった指導部(まあ、人間ですから好きなのもいれば、苦手な人もいます、決して”嫌い”ではないところに注目)によく似たおっさんでありました。クールな眼鏡が象徴的なストイックなお方でありました。まあ、人違いでしょう、あのお方が5円と50円間違えて出すはずなど絶対にございません。

おねえさんが笑顔で速攻手書きした領収書を受け取り、そっくりさんのおっさんは去ってゆきました。
我思う「超消耗した!」。世の中なにが幸いし、何が不幸のタネになるかわかりませんね。社会科学の妥当性を一片たりとも否定するつもりはありませんが、次回はもうちょっと重層的な判断をするようにしなければなりません。理論と実践の弁証法とはこういうものであります。

たわいもない話の大道でした。  おはり


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連赤
失業だぁ! なんて記事を書いてアップしてから、しばらくしてケータイコール。
お仕事の依頼がありますた。「ありがとうございます」の一つ返事でひきうけたのですが、すごく大変、神経おもいっきり磨り減ります。

「薩長くんなら一日ですむから」といわれていったのですが、全然すみません、このあいだ二日はかかるだろうといいわれていて楽勝一日で完了とはわけが違います。そんなわけでちょっと残業をして、明日もお仕事です、間違いなく残業ですwa。この不景気だし、しょうがないっか。

最近またまたレンタルビデオにはまってます。貧乏人の娯楽です。いついっても”おぉおお”というくらい店内は混雑。もちろん旧作一筋のまとめ借りです。サーバーを立てたので、あまり大声ではいえませんが、サーバーにつっこんでおけば、家中のPCで24時間いつでもみれます。
レンタルは一週間借りですが、翌日OR翌々日には返却です。これは貸す方もおいしいのではないでしょうか。

つい先日の日曜日、ローザがなんかDVDないのというので、”実録 連赤”あるけどということで、ローザPCで再生してあげました。ワタシはレーニン号でちまちま内職をしていたのでみていなかったのですけど、時々きこえる絶叫。ああ、同志殺しのシーンなんだろうななんておもいつつ、3時間近くみいっていたようです。

ワタシはカフィーをいれにいったついでに、ちょっとだけみたところは、権力が浅間山荘に突入する直前のシーンでした。そこから一緒にみたのですが、見終わってどうだったかと聞いたら、「よくできたいい映画だった」とローザ。
「でも、すごくおもいっしょ。このあいだいい映画だったっていってた「愛を読むひと」とどっちがおもい?」とワタシ。
「そっりゃあ メガトン級に連赤っしょ」とローザ。
「どこがよかったのサ」とワタシ。
「重信房子にたいする認識がかわった。みんなナイーブで、あまりに純粋で、幼く見えた」とローザ
「オリは連赤には激しく否定的だけどね」とワタシ
「昔、AO-TYUさんが気骨のある奴らは、みんなSEKIGUNへいったっていってたよ」とローザ
「そりゃ、しらなんだ」とワタシ

なかなか、もと革命的左翼に片足OR両足、首まで、完全埋没していた人たちの間でも賛否両論のあるこの「実録 連合赤軍」ちょっと気合いいれてみてみようかとおもいました。ちなみに、何をみても翌日にはすっかりクリアーのローザは、この映画が頭からこびりついて離れないと今日もぼやいておりました。

おはり


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午後の猫3
いやはや、しょっぱなお天気続きで今年もから梅雨だね、もうぼちぼち梅雨があけるのかとおもえば、おもいっきりどしゃぶりで・・・ 土砂災害の被害に遭われた方々お見舞いもうしあげます。

さて、雨続きで湿っぽいところにもってきて、昨日でお仕事の依頼が切れて失業者となりました。近所で暴動闘争でもあればすっとんでいって参加してもいいのですが、あいにくまだ情勢はそこまできていません。
ならば、そんなときまで生きていかなければならないので、お得意様まわりをして「お仕事くださいましm(_ _)m」と営業に精をださねばなりません。零細小資本家のつらいところであります。

そんなわけで、ちょっと遅めのブレックファーストをいただいたあと、営業にでかけてかえってきたのはお昼をちょっとまわったところ。収穫はなし、どこも仕事がなくて四苦八苦していることがわかりますた、やれやれ。

あそんでてもしょーがないので、本でも読んでお勉強しようかな、ともおもったのですが、完全放棄の庭の手入れもあるし、倉庫の片付けも久しくしていないので整理整頓せねばということで、あっさりそちらの方へ突き進む、元、非理論家にして真性Muskel系公然Gewalt要員なのでありました。

いっや~、ひさびさの青空がきもちいい!なんて思いもつかのま、ちょっと動けばもう汗だらだら。
2時間ほど片付けたところで、ティータイム。カフィーをすすりながらふと考えた。園芸ネタはあげようにも咲いてないのであげようもないが、どうも最近猫ネタをあげていないなと。いつも猫さんたちは、午後はお昼寝タイムなのですが、ひさびさ登場のお日様がうれしいのか、あるいは暗に記事を要求しているのか、とんだりはねたりの追いかけっこで大騒ぎ。

それではと、今日はひさびさ猫さんを貼りましょう。6匹全員それなり元気で一緒にくらしております。



うりとななはとっても仲良し、ラブラブ。うりは結構DVおやじだったりする、が、いつもじっと耐えるなな。
それをよしとするつもりは毛頭ないが、客観的にはまるで演歌のストーリーのようだったりする。
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窓辺で2ショット
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2ショットのすぐとなりでダレまくるみこ ”あんたら、あっちぃんだよぉお!”
 ちなみにもらい物FM7のうえ
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あ~ぁ! どうでもええゎい
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”おおぉ!なんだなんだ”当家の社防隊  鉄壁防御! かどうかは不明
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今日はまたおもいっきり机の上のみこちゃん お仕事ないからいいけどさぁ・・・
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夕刻になると続々と結集する猫たち、てまえのタッパーにはキャットフードが満載。
やがて結集が完了するも、スルーを続けたりすると暴徒と化す。やれやれ
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あしたも晴れたらいいね。ということで

おはり

我と我が手で
またまた久々の更新であります。やっとこさ衆議院解散になりましたね、あの郵政選挙の、ローザ・ルクセンブルクのように自殺があたまをよぎるほどではないにせよ、おもわず立ちくらみがした、絶望的自民圧勝から任期満了をわずかに残して。

巷の下馬評では民主党に追い風ということではありますが、前回の郵政選挙のときも自民分裂で民主党圧倒的有利などともいわれつつ、やれ、刺客だのなんだのといっているうちにすっかり自民ペースとなっとりました。
まあ、事前に敗北はないとの予測あっての狙いに狙った郵政解散はかなり緻密に準備された「反革命的蜂起」だったという話もありました。

そんなわけで、このたびも民主党に追い風といっても、民意はうつろうものなので気は抜けませんが、ホー・ソウダやア・ソウダロウの連チャンボーゲンがとびだすところをみると、コイ・ズミのような目的意識につらぬかれた戦略はないかななんておもったりします。

まあ、そんなわけで順当にいけば政権交代となる可能性は高いわけですが、民主党が真に人民の階級的利害を代表しているとは思いがたく、それでなにかが大きくかわるということもない、といきなり夢も希望もないことをおもっていたりします。すべては戦後の処理の過程でつくられた国際社会の枠組みが、屋台骨もろともひっくりかえりつつあることからひきおこされていることなので、そこから一切の問題をとらえかえし、人民の利害を貫徹しうるようなあらたな政治勢力の台頭がまたれるところでしょう。

とはいえ、戦後革命期の遺産も使い果たし、奪い取られ、ゼロにだいぶ近づきつつある状況にあって、展望はきびしいとはおもうのですが、そんな希望の芽を育てる時間がほしい。そして、既成政党の限界を民衆が知ることの意義も重要かとおもいます。そんなわけで、いま民衆の中にもりあがりつつある変革の気運にのせていただいて、一人でも多くの自公現政権与党の議席が減少することを目標によ~く考えてささやかな、あまりにささやかな、たったの一票を投じたいと思います。おまけのようについている最高裁判官もよーくしらべとかねばいけませんな。

そうそう、謹慎中でコメントをさしひかえているお玉さまのところで「ええ加減!!成り上がり、たたき上げの総理出て来い!!!」とブログ主さまが絶叫しておられましたが、オイラ的には我と我が手で「たたき上げ、成り上がって総理を出すぞ!!!」ってことになりましょうか。どうやって?

こういう情勢をつくりだすんですwa みんなの力でね。
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いこうぜ選挙 れっつごー投票  


おはり




生粋の”業務連絡”
諸般の事情から、自ブログの管理画面にメンドクサーな手順をふまないと入れなくなっています。
てなわけで、もうちょっとの間ですが、記事をあげることができないとおもわれます。

話はいきなりかわりますが、気にしないようにしているカウンターが、気にせざるおえない数字をだしています。本日108だって、煩悩と同じ数じゃないっすか。これはどっかで祟られているか、祭られているか、まあ、この程度の数字なら、2chデビューということはないとおもいますが。

マル共にすっぱ抜かれたときでさえ、250くらいだったから、そうたいしたことはなかろうかと。
オイラたちは、特殊な存在だからそれとしてはデフォで祟られても、祭られても仕方がないと思ってます。でも、同時に特殊はいずれ普遍をのみ込み新たな”普遍”へと転化することがあるのだ、ということもしっかり思っています。

大手のビッグメジャーブログ(なんのこっちゃ)は、玉石混在の怒濤のコメントが押し寄せるのでしょうな。
それらを切った張ったで、あるときはかわし、またあるときは真っ正面から対峙する管理人ブロガーの情熱と力量はなみじゃないとおもいますね。おつかれさまです。

業務連絡 おはり

追記 愚樵さまのところで、半年ぶりくらいで、鋤鍬九九とガチをしたことが原因なのか?
愚樵さまとそこに集う読者の皆様。失礼いたしました。としたうえで、鋤鍬九九をのぞいて、愚樵さまのいうとおり、お笑いとして楽しんでいたかもしれませぬな。私も半分はお笑いだと思ってましたから。





みなさんのおかげです
おかげさまでカウンターが20000をこえました。心より御礼申し上げます。

メジャーなビッグブログだったら一日、一週間ほどではじき出す数字かもしれませんが、そんなことはどうでもいい、私は一人でも訪問者があるかぎり、”たわいもない話”を書かせていただこうと思うものです。

正直、ブログを開設するとき、カウンターをつけようか、つけまいかちょっと悩みました。まず、つけかたがわからなかった(笑)、そして、つけたあとその数字が気になるであろうことがいやだったからです。

始めた当初は何を書こうかなんて、お題も定まらぬありさまでしたが、まあ、とにかく気負うことなく、日々の雑感をつづってゆけたらと、ほんとにほんとに”たわいもない話”を書いたものです。とはいえ、ブログを開こうとおもった始まりは、政治的な討論の延長でもあったわけで、そこいらの話題ははずせないかなと思っていました。

まあ、いぜんからちょくちょく書いてますが、密度の濃い政治活動の日々がかつてあり、それが、確固たる世界観をいまでも形作っているわけですが、もう何十年ものあいだ墓に黙ってもっていこうとおもってひっそりとくらしてまいりました。そんな思いから、すこし話してみようかと思ったきっかけは、やはりアッテンさんのブログとの出会いでした。水紙のはなしとか、キリ・ミリ・テツとか、初めてみたときは”うぉおお!”でしたが、とにかく、同じ思想を共有している人がパブリックに情報を発信していることが妙にうれしかったものです。

おかげさまで、アッテンさんのブログをとおしてたくさんの「極左」ブロガー&コメンテーター諸氏と交流させていただくことができました。アタマの軽い私は大いに刺激をうけ学ばせていただいております。
そして、それ以上に、ブログ開設以前にコメンターとしてコメントを投じさせていただいていたころ懇意にしていただいていたたくさんの方々も、”世間のはぐれ者”と知った上でかわらぬおつきあいをいただいていることに、こころより感謝しているものであります。

つたない私の園芸記録を見に来てくださる方も多く、あいにく今年はやたらと”貨幣”にいそがしく、恥ずかしながら農薬、肥料にすらお金がまわらぬ完全放置状態ゆえ、いま写真をとれないくらい葉は落ち、多くの主幹には枯れがはいり、当然ながら咲いていません(泣)。

お仕事の方も、なかなか近くではめっきり少なくなり、かなり条件の悪い遠方、場合によっては出張がふえてきています。そんなこともあり、更新がとかくままならないという泣き言をいうことが多くなっています。
堅気の皆様との交流も途絶えがちなのが寂しかったりもいたします。

そんな泣き言ばかりの昨今なのでありますが、冒頭書きましたとおり、一人でも訪れてくださる方がおられるうちは、電気代を払えず通電を遮断されるまで、権力による一斉検挙となるまでマイペースですが、天下国家と猫さんと園芸と幾多の失敗談を綴ってまいりたいと思います。ありがとうごいます。筆無精な私が中断しつつも書き続けてこれたのはみなさんのおかげであります。m(_ _)m


みこちゃんもよろしくね(^_^) あいかわらず机のうえ(-_-)
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新疆ウイグル暴動
ここ数日、当家でのいちばんの話題は、”新疆ウイグル自治区”での暴動闘争と中国スターリン主義の一片の慈悲もない徹底した弾圧の酷さにたいする激しい怒りだ。

当家は新疆ウイグル自治区での暴動闘争への決起を断固として支持し、中国スターリン主義のウイグル人民への抑圧搾取収奪を激しく弾劾し、反革命的武力弾圧に激しく抗議するものである。

死者が156人をふくむ死傷者は900人をこえ、拘束者は1434であるとスターリニスト自らが公表している。おそらく、実数はそれをはるかに上回るに違いない、群衆に向かって無差別に発砲くりかえしたそうで、実に許し難い行為である。

このたびの暴動闘争の引き金となったのは、広東省の玩具工場で、漢人の従業員が解雇された腹いせに流した、ウイグル人に漢人の女子工員が暴行を受けたというデマに、反応した漢人が鉄パイプ等で武装し、ウイグル人の寮へ未明武装襲撃をかけ、ウイグル人の死者2名を含む双方で100人以上の負傷者をだすという惨事であったようだ。

実に痛ましい出来事である。資本に抑圧搾取収奪されし労働者が、より立場が弱く、それゆえ、より激しく抑圧搾取収奪されし出稼ぎ労働者を抑圧する。そんな差別・排外主義的な態度にはげしい怒りと同時に、たいへん悲しい思いを感じる。さて、常日頃、中国「共産」党が一党支配をする中国を共産主義であると認識している方が、右翼的勢力をはじめとして圧倒的多数であるという現実は、”反帝国主義・反スターリン主義ー世界革命”運動の後退ともあいまって、認めざるおえないことではある。

しかし、そうしたうえで、当家は中国「共産」党=中国スターリン主義の反共産主義的態度を非難することに一点の迷いも曇りもないが、反共右翼勢力と合唱するものでは全くないということを明らかにしておかねばならない。そもそも、共産主義は歴史的な一定の経済発展の段階に符合したブルジョア的な国家という”縄張り”が、さらなる世界的規模での経済発展の段階に符合すべく”縄張り”それ自体が桎梏となり、それを突破しようとする試みとしてあるという側面がある。

であればこそ、”万国の労働者は団結せよ!”というスローガンがみちびかれるものであり、民族的な対立をいかなる困難があろうとのりこえて、ともに手を結び肩を組み合い、自由で等しく平等な人間として共存してゆくことをめざす”人間解放”の事業が共産主義運動でなければならない。中国スターリン主義は、いま、小平の引いた「改革開放」路線のもとで外国資本を導き入れ、それを梃子に急速な資本の蓄積をなしたが、それは国際資本主義体制に自らを組み込むことによって獲得された経済発展の代償に、一国社会主義のもたらす一定の政治的安定を根底的に突き崩すものとならざるおえない。

めまぐるしく市場の規模を拡大縮小しつづける、安定なき資本主義経済の荒波に巨大なマーケットでありファクトリーである中国経済は翻弄され、現下の世界恐慌の矛盾はその規模の大きさからしても、その矛盾はもっとも先鋭的に中国経済へとむかわざるおえない。そうした矛盾は中国人民の頭上に災いとして降り注ぎ、災いへの不安、憤りは、さらに歴史的に抑圧され続けてきた少数民族へと向けられる。そこには、本来の共産主義とはおおよそ縁もゆかりもない、”異質な機構”が支配している。

一触即発”殺し合い”になるような厳しい修羅場のような生産現場で生産された労働の成果を商品として、100円ショップで安価に手に入れることが私たちはできる。そうしたことが、中国人民とウイグル人民の抑圧搾取収奪に根本的なところで荷担しているということに無自覚なまま、帝国主義本国で政治と暴力から疎外されて暮らす私たちには、彼らの闘いが民主主義の”未熟”とうつるかもしれない。

しかし、民主主義は天から降ってくるものでもなければ、地から湧いて出てくるものでもない。それを認めようとしないものたちとの闘争によってのみ勝ち取られるものだ。暴力は、人間の共同性の極限的な対立的表現であるからこそ、死をも恐れぬ不屈の闘いは抑圧者に与する者たちに深刻な葛藤を必ず生み出すものである。
堂々たる大儀をかかげて、真剣に拳を交えてこそわかりあい、獲得できる地平がある。吹けばとぶような上辺だけの話し合いでは到達することのできない、それが本当の”民主主義”であるとおもう。

私たちも、そうしたものとして本当の”民主主義”を獲得してゆかねばならない。そして、それが成就したとき”民主主義”という言葉は無用のものとなる。その過程をもって反スターリン主義の闘いに合流してゆかねばならない。帝国主義本国に生きる私たちは、自国帝国主義との闘いを通じてのみ反スターリン主義の闘いはつきだされるのであるとおもう。胡錦涛がことの深刻さに、イタリアよりすっ飛んでかえり、徹底弾圧を宣言したようだ。打たれれば打たれるほど激しく、そして、一度二度と鎮圧されようと、決して終わることのない闘いが民族解放の闘いだ。人類はこの困難な課題を乗り越えねばならないが、そのための歴史的試練のときはすぐそこまできているように思われる。

亡くなられた多くのウイグル人民に合掌。




ひさかたぶりのDIY2

昨日は更新サボりました。とはいえ、今年はサボりっぱなしなので特段めずらしいことでもなく、「あ~ぁまたか 」というところではありましょうが。

昨日、今日と、全く仕事がなくてお休み、しかも梅雨時にもかかわらずピーカンのニポーン晴れ。そんなわけで、お仕事クルマも新調したことだし、前回のクルマの使い勝手のうえでの問題点を洗い出し、改善すべくアクションを起こしてみました。

今年はじめて、DIYセットをフルで展開し、車載するものをきれいに整理整頓して収納できるようコンパートメントを作ってみました。さっそくホームセンターに12mmの厚み1800*900の合板を4枚ほど買ってまいりました。事前にカタログ記載の図面でファニチャーを確認し、CADでお茶の子さいさいで図面を起こしておいたので、木取りも万全にて4枚かってくればOKと確認しておりました。

久方ぶりの危険系電動丸鋸の使用には少々ビビリがはいりましたが、なんといってもあわてて指の一本二本飛ばしては身も蓋もない、本末転倒ということになりますので、ここは安全第一の原則に忠実に慎重にカッティングをしてゆきます。はっきりいうとこの部材のカッティングやトリマーを使ってのトリミングなどの加工の作業が私は嫌いです。でも、それをしないと絶対にまえにすすまないので、悪い頭と素人丸出しのスキルでもって怪我をしないようすすめてゆきます。

図面通りに部材の加工がすんだらいよいよ組み立てです、これは好きです。なかなかカッティングの精度がよくならないので、留め付けのところがぴったりといかなかったりするのをカンナで削り込んだり、それすら及ばないほど寸法がずれていたりしたらカットしなおしたりと、素人仕事はなかなか一筋縄でいきません。
それでも、照りつける日差しの強さに「あ~、夏至も過ぎたし、今年の夏ははやいかもな」なんて、時々吹く風も心地よく、ネイチブMuskel系としてはまさに水をえたりとでも言いましょうか、座り仕事が続いていたのでいい気分転換になりました。

あと棚板一枚とりつければ木工は完了、時計はすでに夕刻7時をとうに過ぎあたりはすこし暗くなってきているのにきづきました。めでたく木工をすまし、大急ぎで道具や材料をまとめて電動工具は雨をさけるため倉庫にしまいこみ、おりからのローザのご飯コールーに”おわったぜ!今すぐいく”と答えて家にとびこみガツガツと夕食をいただいたら、ひさびさのDIYにすっかり疲れがどっとでて、そのまま愛猫みこを枕に早寝とあいなった次第であります。

今日は昨日ほどパリット晴れでありませんでしたが、曇り時々晴れでまずまずの天候。素人仕事のあらを丁寧にカンナで修正し、サンドペーパーで磨いてゆきます。これまたネイチブでいい加減&テキトーな性格の私の苦手な作業です。でもここをパシッとしておかないと、人に見られて恥ずかしいという、典型的な”恥の文化”の体現者でもあります。ちなみに、これはうちの親の基本的な行動論理であったわけで、かなり強力にすり込まれています。ちょっと横ずれついでに、いうなれば、それへのアンチテーゼとして第二の親は串共同と○学童だったりします。ここでもたいへん多くのことをすり込まれました。

はなしをもどして、安い針葉樹合板なので、トゲがささったり表面がざらついたりしないよう丹念にサンドペーパーで磨いてゆきます。それが終わると色を塗ります。今回塗る色は”黒”です。白いクルマに黒のコンパートメントと、まるで葬式じゃん。なんて思ったりもするのですが、いかんせんDIY仲間からの頂き物なので贅沢はいえません。最近のエコブームに便乗した、天然素材をウリにしたドイツ製の塗料で”オスモ”っていいます。ドイツ製って聞いただけでほぼ対抗的言論は封殺できるほど、かつての同盟国だったからか、”ドイツ製”という言葉にニポーン人は弱いようにおもいます。もちろん私もその一人ではあります。

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そんでもって塗装が終わったところはこんなかんじです。当然ながら真っ黒ですが針葉樹特有の板目が結構きれいに出ていてまずまずの満足度です。


塗り終わってから、小一時間ほど家で乾くまで積読の本をひっぱりだし読書をしたのち、乾燥を確認してからそーっとクルマのラゲッジスペースに納めてみました。こんな感じです。

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寸法はぴったりでした。採寸に手違い無し。両脇1cmのクリアランスを残して設計通りに収まりました。
これで、書類やパンフや見本や、小道具がカオスになることはありません。たぶん。

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それなりの結果に満足しつつ、片付けをすまして空き缶の上に腰をおろしてタバコをすっていると・・・
痛い! 作業中違和感を感じていた首筋なのですが明確に痛いのに気づきました。どうやらすこし張り切りすぎたようです。”年寄りの冷や水”ってか 、明日から超メンドクサーなお仕事をたった2日でやっつけねばならないというのに、大変まずい状況です。

話はかわりますが、おかげさまでもうじきカウンターが20,000に到達しそうです。記念に「暴力の復権のために」をヒソーリとコソーリとあげようかなとおもっています。のですが、明日明後日は残業、最悪徹夜の可能性もありますので、タイムリーとはならないかもしれません。まあ、とりあえずは、のちほどあらためてお礼を述べさせていただくということで、久方ぶりになれないことをすると体の具合が悪くなるという、たわいもないお話でした。革命的左翼が熱かった時代に生きた方々、ご自愛なさってくださいませ。

おはり


「へんだよなぁ」
今日もはよからせっせせっせとネットを徘徊しながら内職に励んでいると(オイオイ)、突然のケータイコール。クルマ屋さんから「本日納車できそうです、夕刻4時にはすべての準備を済ませておきますので、ご都合がよろしければお越しください。」とのこと。

うぃっし!キタ キタ キター おクルマ キター

てな感じで、「はい、それでは5時に銭もって伺います」といって電話をきった。それから浮かれ気分でお仕事していたので天から”喝”がはいったのか、製造上の不備をあきらかにしただけで、ピリットしないサポートぶりに人民の怒りをかったSEAGATE製1Tハードディスクがエラーをはきまくりシステムがダウンした。

おぉお、ついにきたるべき時がきたかと腹をくくったのだが、あれやらこれやらいじくりまわしたところ、最初は通らなかった再アクティブ化に成功。このたびのおクルマ問題でまた借金を抱えた身では、速攻ハードディスクを買い換えるわけにもいかず、チェックディスクコマンドで精査して使用継続をきめる。

ディスクも1Tとなると4から5時間は余裕でかかる。あ~ぁ、とふてくされていると、またまたケータイコール、近所の同業者からお仕事の依頼をうけた。「ちょっと打ち合わせしない?」「もち、それなしには乗るも降りるもきめられないよ。でもいまクルマなくていけないんだけど」「ほじじゃあ、むかえにいくから」
てなわけで、送迎つきで打ち合わせにいってくる。たった2日でやりきれとの無理な仰せ、どうかんがえてもサイテー3日はかかるぜ、という内容にかなりつっこんで話を詰めていたら、もうじき5時。

結局はいろいろしがらみがあって、とてつもなく大ごとしなくてはならないことは分かっていても断れず話に乗った。大急ぎで家に帰り”銭”もってクルマ屋にGO!GO!! 商用車なので派手さは一切ないがまばゆいばかりに真っ白く光り輝く新車が目に入った。「あ!これだ、このクルマだ」とおもいつつ店内にはいり、残りの手続きと説明を聞いて”銭”をはらった。

「クルマの取説をさせていただきます、乗ってみてください」の言葉に、運転席に腰をおろし各所の操作の説明をうけたあと、「それじゃあ、いろいろとお世話になりました」といって帰ろうとしたとき、営業さんが「薩長さんお預かりしていたクルマのなかに何か必要なものは残っていませんか。スクラップにしますので」と呼び止めた。じたばたと大急ぎで預けたときのことをおもいおこし、降ろしていないものもあるかもしれないとおもいクルマが置かれた立体駐車場へ足をはこんだ。

立駐のフロアーの片隅にクルマはあった。車内には若干の荷物と領収書、そして要か不要か微妙な書類が残されていた。そそくさとそれらをまとめ小脇にかかえてドアを閉めたとき、なんとも不思議な感情がこみあげてきた。べつに命あるものでもないのだし、すぐに忘れてしまうことなのだろうけど、寂しさのようなおもいが確かにあった。些細なことだが、クルマがかわるという環境の変化に違和感をおぼえる歳になったということか、はたまたこのクルマにのって四苦八苦してきたことの記憶がフラッシュバックしているのか、そのあたりのことは門外漢の私にはわからないれど。

すっかり艶がとんだ塗装、あっちこっちの傷やへこみ、汚れを確認するようにクルマの周りを一回りしてから、
「おつかれさま、そしてありがとう」ってつぶやいてふりかえらず新車へといそいだ。「オレってへんだよなぁ」なんておもいながら。

”たわいもない話”の王道でした。  おはり


今日 机を占拠しているのはうりちゃん 顔がでかい。車一台でセンチはいってたら
この子が逝った時はどうなることやら やれやれ
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うりに追われて窓辺でふてくされているのはみこちゃん 最近すごくおデブ
ちょっとまずいかも 
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磨ぎ澄まされた白刃
肩こり指数 ★★☆

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ところで物理的諸力に関するいわゆる規則なるものの建前から言っても、戦争指導の理論が精神的量を理論の限界外に追放することは許されない、物理的諸力の効果は精神的諸力の効果と完全に融け合っているので、科学的手続きによって合金を分析するのとは異なり、両者を分離するわけにいかないからである。物理的諸力に関するどんな規則をとりあげてみても、理論はそこに精神的量の関与している事実を認めざるを得ないだろう。もし理論が、自説を一方的に主張する断定的命題の定立を能事とすべきでなければ、理論における精神的量の時分を無視してはならない。

かかる命題は、小心翼々として他説を憚る偏狭なものであるか、さもなければ何もかも自説の中に引き込もうとする僭越でとりとめのないものであるか、二者のうちのいずれかであろう。実際には、精神をまったく度外視した理論といえども、知らぬ間に自説の限界を越えてかかる精神的領域に立ち入らざるを得なかったのである。例えば、いかなる勝利でも、それから生じる精神的効果を考慮に入れない限り、とうてい説明せられえるものではないからである。それだから本編において論究する大方の問題は、物理的原因および結果と、精神的原因および結果との相半ばする組み合わせである。

或いはまたこう言ってもよい。― 刀剣に譬えれば、物理的原因および結果は木製の柄であり、精神的原因および結果は精鋼から成る刀身であり、磨ぎ澄まされた白刃である、と。

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いきなり難解な引用は毎度おなじみのクラウゼヴィッツの「戦争論」より「第三編 戦略一般について 第三章精神的量」からの引用である。

ちょうど一月ほどまえ、お玉ブログでちょいマジで論を張った。私はあちらでは原則、討論を想定していないので慎重さを欠いた行為であったし、本来獲得すべきレベルの人格を相手に、辛辣な言葉を安易にもちいたことは一定真摯な反省に値すると率直謝罪したことは、5月31日の記事のとおりである。
さて、お玉ブログでの当該の記事より私が戦略的撤退をしたのち、すでに50間近のコメントは収束するものと踏んでいたのだが、突如として降臨したスターリンの亡霊にいっきに盛り上がった。スターリン氏VSキンピーさんの激突は互いの拳が空をきるばかりとはいえ、なかなかみごたえはあった。

噂には聞いたが、こんな混じりっけ無しの真性ミリヲタは初めてみた。その思考はものの見事に、まるで絵に描いたような疎外された暴力論そのものであるが、私にとっては、向学のために真逆な意味で大変に参考になった。スターリン氏のように「主義」として体系化されずとも、帝国主義足下で暴力から疎外されて日々を生きる我々は常にそうした観念に支配されているものであり、であればこそ、強いヒーロー仮面ライダーに感動し、4km先の的に走行しながら正確無比にヒットさせるM1A2に魅了されたりする。庶民のうちに秘められた暴力を封印する分厚い綴じ蓋をぶち破る”言葉”を、一番強いのは自らの力を自覚した広汎な人民の組織された暴力であり、そうしたものとして暴力の本質はあるのだということをだれにも分かるように平易に語れねばならないだろう。

アッテンさんをミクシで論破ったといって登場したスターリン氏の想定している戦争は、どうも端的にはただいま上映中のターミネーター4に登場の”スカイネット”で完成するようである。キンピーさんは”北斗の拳ワールド”と表現したがおおよそ酷く現実から遊離した、ヴィッツ大先生の有名な言葉「戦争は政治と異なる手段をもってする政治の継続である」というロゴスとは無縁な、機械的に両者を切断したところでの空想「軍事」主義に陥っているといえよう。そこには、軍事に先んじて政治が設定する”現実的”な目的の一片も垣間見ることができない。

たとえば、こんにち私たちが生きている現代社会においては、資本主義の帝国主義段階という歴史性に規定され、第一に世界的規模での資源と市場、領土の争奪をかけて国境線をひきかえるため、第二に過剰な基幹産業の固定資本を破壊更新する帝国主義的世界大戦は不可避な社会現象であると我々は認識しているのであるが、そうした帝国主義的侵略戦争は、第一の目的を逸脱するものではない。ただし、核との関連で言えば戦争で核が使用される可能性を完全に否定するものではないし、核が通常兵器と大きく一線を画す放射能の問題は、帝国主義者どもにとっては平気の平助であることはイラクやアフガニスタンでの劣化ウラン弾の使用が深刻な人間破壊を引き起こし続けている現状に鑑みてあきらかである。疎外された暴力の権化としての核は、帝国主義者にとって帝国主義軍隊自壊の恐怖と不信が生み出したものという話はとりあえずは、またのちの機会にということにしておこう。

政治は目的を決め、軍事はそれを達成する。そのための手段(武器)は目的が規定する。故本多書記長は「暴力の復権のために」のなかのたとえで「ストライキを弾圧するのに核はつかわない」と少々おおげさな例えをかいておられるが、戦争に限らず日常的にも、見上げるとたわわに実った柿をとるのに、スプリングフィールドM14狙撃銃を装備することがはなはだ滑稽であることはいうまでもなく、竹竿一本で十分なのである。こと力の行使である軍事に関しては、その目的そのものをぶち壊すような武器の選択はありえないということはいっそう真理なのだ。

クラウゼヴィッツ「戦争論」の凄さは、戦争における精神諸力に適切なポジションを与えたことであると思う。そして、国家と戦争との内的関連を精密に考察したこと。さらに故本多書記長は「戦争と革命の基本問題」のなかで、クラウゼヴィッツの考察をさらにおしすすめ、国家それ自体が内部にはらむ階級的分裂から再構成し、戦争と革命の区別と連関を解き明かしている。軍事は人がなすものである以上、そこから論じられるべきものである。武器を”ARM”と表現するのは武器はどれほど発展しても、所詮は”腕”の延長でしかないということをあらわしている。人を危めることは鋼のような思想的確信がなくてはならない。武器は勝つためとは別に、脆弱な思想性しか与えられない帝国主義軍隊の心の葛藤を逓減すべく発展してきたという側面をもっているのである。

武器のみで戦争を語るべきではない。「刀剣に譬えれば、物理的原因および結果は木製の柄であり、精神的原因および結果は精鋼から成る刀身であり、磨ぎ澄まされた白刃である」


次回「防御と攻撃の不均衡と補給」というお題で 不定期につづく(たぶん)



銭無平次
ようやくブログを更新しようとすれば、もう6月がおわりじゃないっすかぁ。なんだかんだと2週間以上放置しとりました。m(_ _)m

その第一の理由は、例の”鯖”をたてたあとの設定に思いの外てこずりました。鯖をたてるのはどうってことなかったのですが、クライアントとの設定を自動でしてくれるプログラムのインストールが、メインPCの”レーニン号”だけうまく通らず 、サーバーが見つかりませんと、つれない返事をかえすばかり。
”レーニン号”は安定第一をモットーに、不要なサービスや、常駐プログラム、レジストリーも含めて少数先鋭のボリシェヴィキ化しているので、なにか重要なファイル、サービスを切り捨ててしまっていたのかもしれません。そんなわけで、かなり詳細に点検をいれてみたのですが、どうしても原因が特定できず、クリーンインストールとあいないました。

ところが、久々のクリーンインストールで手順を忘れてしまい、あるドライバーが一つどうしても通らず、ゴテにゴテて、あっというまに一週間経過でありました。その後はサーバーとの接続も一発オーライ、目出度く当家のPCはすべてサーバーを指導部と仰ぐようになったのですが、なぜか、どうがんばってもインターネットで外部から当家のサーバーへアクセスできません。どうも串にさせていただいているところで、ポートを閉じているようです。まあ、それはのちほど違う手を考えるとして、とりあえずは三日三晩かけて膨大なデーターを移動したのちは、ファイルサーバーとして順調に機能を開始し、完全放置でも24時間年中無休でせっせとバックアップに励んでくれております。

ようやく、サーバーが片足立ちとはいえたったところで、記事を書こうかと思った矢先に出張のお誘い。
おりからの世界恐慌の時にあって、断ることもできずに行って帰る途中で”車が壊れ”ました。また例のオーバーヒートです(http://kangun.blog123.fc2.com/blog-entry-178.html)。速攻チェックをいれたのですが、このたびはクーラントはナミナミとはいっておりました。それでも、あと一時間ほどでたどり着けるところまできていたので無理をしました。水温計とにらめっこしていると、走行中は温度が下がることが判り可能な限り止まらぬよう、全力で走り続けますた。まるで、キヌアリーブス主演、時速50マイル以下になるとバスが爆発するという映画、”Speed”のノリでもって滝汗で帰ってまいりました。

翌日、おそるおそる自動車屋に修理にもってゆき、翌日、そんな気はしていたが修理代を聞いてビックル! ”260,000円也”。これにはさすがに激しく消耗し、ブログを開いていることもしばし忘れるくらいまいりました。完全に降参の万歳、これが第二の理由です。もうかれこれ14年もこき使ってきたお仕事車なのでしかたないことなのですが・・・ とはいえ、買い換えるには先立つ金が不足です。さりとて、乗切主義的に260,000円突っ込んでも最後的な破局が近いことはあきらかです。いまの日本帝国主義と同じです。

春先に続いて、金策の日々第二弾にほとほとくたびれますた。で、結局500,000円頭金をかき集め、残り500,000円をローンにして、なおかつ、日本帝国主義の延命策である、”エコカー買い換え補助金”の「125,000円」を戦術としてゲットすることにすますた。戦闘系人民が生き延び、帝国主義が疲弊する、これは正しい。例の敵階級につけいる隙を与えたピースなんとかとは違います。というわけで、維持費の安い人民カーの商用の軽バンを新車で購入しました。これも予定としては15年乗ります。これが壊れたら廃業の予定です。それより先に日本帝国主義が壊れる可能性もあります、かなりアリです。さあ、どっちがさきかぁ! とはいえ、壊さないと壊れないということもロドスであるという、たわいもないお話でした。

今年はやたらと貨幣に忙しいばかりで、更新が滞りがちでありますが、それでも訪れてくださる方がおられますことを心より感謝しておりますし、それを大いに励みにさせていただいております。ありがとうございます。

追記 幾年も冬の間、ブラウン管テレビ上部にあいた放熱のスリットのところで、ぬくぬくと猫さんが気持ちよく寝ていました。内部に蓄積された”毛”で火事になりはすまいかと、こまめにコンセントを抜いていたのですが、今朝”逝き”ました。うんともすんともいいません、まったく反応なし。これも17年使い続けた年代物。当家はとうぶんテレビのない日々がつづきそうな模様。まあ、あってもほとんどみないけど、ないとちょっとだけ寂しい。それより、はやく納車にならないことには、仕事ができないのがとても危険だったりする。

おはり

お仕事のさなかもずっと机のうえをはなれない みこ。はっきり言って邪魔だがとても可愛い。
ので、許す。
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