たわいもない日々の雑感を綴ってみたいと思いまする。

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

本多延嘉著作選
武装せる園芸家は風邪をひきました。昨日の夜、コメントのお返しを書いてから、布団にはいるとすさまじい悪寒におそわれ、寒い寒い、頭が痛いで寝付けず、とうとう一晩明かしました。

今日は仕事休みました。そんでも、すこし調子がよかったりして、寝室にあるPCで、めぼしいところを巡回し何カ所かに燃料、じゃなくてコメントをさせていただいたりして。

とはいえ、夜もふけると調子は一気に下降気味、今日もたいしたことは書けなくてごめんなさい。明日は、ボルタレンごっぽりのんでも、デリバにいかないといけないので、ゆるしてくださいましな。

ところで、去年、あるみさんのところでハケーンしたのですが、再建協議会が”本多延嘉著作選”をデジタルアーカイブして公開してます。えらい! 再建派に一票です。いや、ローザの分もで二票です。
それは全人民の共有の財産だとおもうからです。

まあ、党派的には中央の出版収入に直接的な打撃を与えるねらいもあるかな? 二巻が万年品切れなのは、不都合なことが書いてあるからなどという噂もみみにしたこともあります。

まあ、そんなことはどうでもいいとして、当過疎ブログでもリンクをさせていただくことにしました。いままでひっそりと、抜き書き公開してきたのですが、もうその必要もありません。革命的左翼の理論にふれる機会はなかなかカタギの人たちにはないとおもいますんで、興味のおありのかたは一読してみてください。

私も本で読みかけていた、第七巻収録の「安保体制にかんする覚え書き」をこちらでよませていただこうとおもっています。赤ペン先生でよむことはできませんが、ブラウザーで文字を拡大すれば、本のように老眼鏡をかけなくても読めるので楽ちんだからです。

それではみなさん、さむいですからお風邪をひかぬよう、ご自愛なさってくださいne。おやすみなさい。

スポンサーサイト

うれしはずかし
よぉっし! 勝ったぞぉ!! 名護市長選で移設反対派の稲嶺氏が勝利した。

今後の展開に大きな影響をあたえるであろう重要な勝利です。そっちょくに、諸手をあげて万歳です。


そんなおもいと、あるみさんからロックはワルシャワンカが最高との意見を真っ正面からうけとめ、ひさびさに経済系の話をかこうかとおもっていたのをあっさりと放棄し、”女解”からの「ナンセンス」という声が幻聴のように聞こえるのをスルーして、とんでもないものをアップし、逃げるように寝ることにします。おやすみなさいまし。





追記 最近YouTubeで革命ソングがひとところより増えているようにおもいます。ご時世なのでしょうか。よい傾向です(^_^)v


”Epitaph”



昔の昔のその昔、花のお江戸の真ん中の砲台に楽団連というサークル団体がございました。その執行部の一人はロックで世界をかえると信じて疑わないひとでした。ロックで革命をやろう!みたいなノリでした。
今風に理解するならば、「労働運動で革命をやろう」とそうかわらないようにもおもいます。

そんな彼を「三里塚へいこうぜ」とオルグしに、彼の下宿を訪ねたときのことでございます。
彼の部屋で私が見た光景というのが、真っ暗な部屋の中で蛍のように一点輝くタバコの灯、部屋の隅でヘッドホーンをつけ、涙を流す彼の姿でした。

そのとき彼が聞いていたのが、これ、”Epitaph”だったわけなのでございます。彼曰く「この知識は邪悪な友達っていうフレーズが泣かせるんだよなあぁ」とのことでした。当時、フュージョン系には関心が薄かった私としては、「は~、そうですかぁ」というかんじだったのですが、それを突破口にクリムゾン・キング論全面展開に圧倒され、本懐をとげるに至らず、すごすごと退散したのでありました。

そののち、事の次第を指導部に報告すると、クリムゾン・キングは素晴らしいとのお墨付きをいただき、なけなしの金でアルバムを買ったのでした。たしかに、聞き込むほどになんともアジのあるスルメのようなサウンドにすっかり魅了されてしまいました。

それから数十年の月日が流れ、つい先日Youtubeなんぞを徘徊していてたまたま発見した”Epitaph"。しかも、しかもですよ、ザ・ピーナッツが歌っているではありませんか。ザ・ピーナッツといえば、おじさんがご幼少のころ「モスラ~ゃ! モスラ~ぁ!」で一世を風靡していた、言わずとしれた双子の姉妹であります。まさか”Epitaph"を歌っていたとは知りませんでした。とってもレアな一品と言うことで、貼らせていただきました。

オリジナルの鬼気迫るようなボーカルにくらべれば、お上品で、線が細すぎますが、まあ、こんな人がこんな歌を歌っていたということで、もしかしたら、激動の世界情勢のなかで、今一度革命的左翼ががっつりと立ち上がるなら、浜崎あゆみが、KGBじゃなくて、AKB48が堂々と”ワルシャワ労働歌”を歌い、民衆が熱狂する日が来るやもしれません。

それはさておき、Youtubeのコメントにもかかれていましたが、訳詞がとても秀逸です。アルバムのなかで書かれていた訳詞よりも断然よいです。そこらへんを味あうようにみていただけたらということで・・・

それにしてもこんな歴史的キャプチャーを保存していた人はただものではござらぬな、団塊の世代にして隠れ革命的左翼系業界人でしょうか?



鬱病
まあ、毎年心臓がとびだすくらいびっくりすることはあるもので、それは先の記事でも書いたことですが、人ひとりこの世に生をうけ墓におさまるまで平穏無事にというわけにいかない”市民社会”なのでいたしかたないのですが。

ちょうど5年ほどまえの今頃でした。夕刻、ブログ記事を書いていた私のところへやってきたローザが、「今日、職場の定期健康診断で、ほぼまちがいなく乳癌だっていわれたんだけど~。いま仕事がいそがしいし~、ど~しようか♪」とお気楽そうに言ったのでした。

「ど~しよう、こうしようもないだろう! 明日速攻できってもらえぇえええ!」と一喝しました。
そのときは、さすがに頭がクラっとくるくらい驚きました。まあ、翌日手術となるわけはないのですが、おおよそ最短距離の日程で手術となりました。病理検査の結果は予想どおり悪性でしたが、さいわい転移をみとめず、早期発見の温存切除にてセーフでありました。

その後、放射線治療やら、抗がん剤、定期的な検査を積み重ね、再発、転移なくなんとか5年経過しました。内臓系の癌なら5年経過で問題なければ無事釈放らしいですが、乳がんの場合は引き続き、数ヶ月に一度の検診を受けたりと、ひきつづき経過観察が必要なんだそうです。とはいえ、とても安いとはいいがたい薬の必要はなくなるとのことでした。

この癌といわれたときの衝撃はなかなかのもんでしたが、2年まえの季節は梅雨のころ、ちょっと早めにお仕事がきりあがり家に帰ると、ローザの車が駐車場にある。「あ!今日はお仕事、お帰りが早いじゃん♪」と家に入ると、人の気配がまったくない。すでに当時、地響きのような”鼾”に辟易して、家庭内別居していた私は、ローザの部屋の扉をあけて驚いた。

部屋の中でしかれた布団のうえで、まるでスライムのように溶けた状態の彼女。ただごとではないと、抱き起こして「医者に行こう!」と私。へろへろの状態から「私、鬱病なの。春先から通院している。」といわれ、これまた心臓がとびだしそうになるくらいサプライズでした。

癌の治療薬の副作用で鬱傾向がでやすいという話は、主治医からきいていましたし、彼女自体が学生のころからそうした傾向をキャラとしてもっていたことはわかっていたのですが、「ああ、これが鬱病なんだ」と頭で理解していたことと、実際リアルに目の当たりにしてみて、その差違にひどく戸惑ってしまいました。

幸い医者をかえてみて、処方された薬がビンゴだったのか、ひとところげっそりと減った体重もすっかりもどりるどころかオーバーし、いい調子でくらしています。とはいえ、やはり季節の変わり目などにはド~ンとボルテージがさがるようです。それと、私の稼ぎがド~ンとさがるとよろしくないようで・・・このたびの、年末家庭不破の原因となったりします。

さて、他者と競争して勝ち続けねばならない、そんなお仕事からいだだくストレスも強烈ですが、やはり、歳をそれなりにとって思うことは商品価値を自分が失ったとき、ごくごく自然にお墓に収まるまでのあいだ生きてゆけるのか、暮らしてゆけるのか、そんな不安が無視できなくなってまいりました。

本来、シホーン主義の世では、労働力の価値というのは、自己の労働力の再生産費用と他者の生産、次世代の労働力の生産のための費用との合算でなければならない。しかし、もうちょっと踏み込んでいえば、労働ができなくなったのち、墓に収まるまでの生活費他一切も含まれていなければならないのです。

ちょっと話がすべりました。労働力の価値についてはまだのちほどあらためて記事をあげようと思っているので、そのときということで。鬱病はずいぶん多くの方々が患っておられるようですね。まあ、社会的富に溢れかえった我が「神の国」ニポーンではありますが、いまさら言うまでもなく”貨幣”がなければ富とは無縁な疎外された存在でしかありません。

博打のような金融&証券市場による自然発生的な社会的資本の配分と盲目的な生産の増大と縮小は将来の見通しを大変困難なものにします。先のみえない不安と鬱はまんざら無縁ではなかろうかと思います。
働けなくなった中高年が厳冬の路上で凍死したり、自殺したり、わずか数千円数万円のためにコンビニへ強盗にはいる。そんな殺伐とした時代がくるとは、そうした悲劇を避けんがために日々、自分と他者との闘いに追われる現役労働者。鬱病それもありかと

私らが学生さんだったころすでに”死んだ犬”がごとき扱いをされつつあったマルクス経済学ではありますが、こんなご時世にいたって、「ほ~ら!マルクスがいったとおりになったじゃないか」といったところで、競馬の予想屋ではあるまいし無意味なことなのですが、先行きのみえない混沌とした時代にほんのわずかでも導きの光をあたえる力は失われてはいないようにおもいます。鬱病の特効薬にはなりませんが・・・ 

まとまりのないお話でお粗末さんでした。



追記 アッテンさんがいかにたいへんなのか、少しは身にしみてわかったような気がしました。最近ブログの更新が少ないのは残念ですが、とりあえずお仕事が忙しい様子で、ちょっと一安心。とはいえ、あまり根性入れすぎるとアキマヘンyo。とはいえ、もはや、ほどほどになんて言葉が許されないほど、キビシーご時世ではありますが。



追記 すんません、文中の「5年前にブログ記事を書いていた」は管理人の記憶違い、正しくは「コメント」のまちがいでした。失礼いたしました。

停電
今年は昨年よりもさらに景気が悪いだろうと、暮れのご挨拶に顧客まわりをしたときに口々に聞いていたのですが、やはりよろしくないようで。そんなわけで、年明け早々失業かななんてビビっていたのですが、まあ、ぼちぼちということではじまりました。

9日から11日までの三連休中もお仕事で、これはちょっと正月ボケの身にはうれしくなかったりして・・・。
まあ、ブログの更新してる時間はとれそうかとおもっていたのですが、8日お仕事先からかえってPCレーニン号を起動するといきなり”深刻なエラーから回復しました”というメッセージ。サーバー人民評議会号は完璧に固まって微動だしません。

いったいど~したんだろうか? と思案に暮れていると、ふと、玄関の下駄箱のうえに、○○電力から点検のお知らせがあったことに気づきました。”あ!あぁ 停電だぁあ”と直感。すっとんでいって下駄箱の上をみると「メーターを交換させていただきました」と書いてありましたとさ。

だいたいサーバーは24時間年中無休で運用するので、停電時にそなえてUPS(Uninterruptible Power Supply)無停電電源装置をつけとかないといかんのですが、まあ、そのうちになんて日本の伝統芸”先送り”をしておいたのがまずかったようです。

再起動してから、システムログを確認するとディスクエラーがでまくってます。そこでエラーの修正オプションをつけてディスクチェックをかけたのですが、接続された10枚のディスクをチェックが完了するには12時間くらい通常かかります。と・こ・ろ・が このたびは、な~んと26時間かかりますた。

異常に時間がかかっていたのに不信感をもっていたのですが、案の上またまたエラーが。とりあえず連休明け納期なので必要なデーターは取り出せることを確認し、だましだまし作業したのですが、やはり、連休明けには間に合わず一日遅れで顧客からYaKiをいれられてしまいました。トホホ・・・

その後速攻で、再度エラーの修正をかけると、これでもか~というくらいINDEXエラーがでてきましたwa。な~んだ修正されてね~じゃん。こんどはおおむね12時間ほどで完了でした

ところで、最近は家庭不破哲三の修復の一環として、DVDをローザと食後見るようにしています。わりとお題としてはマニアックなものがおおかったりするのですが。ちょうどそんな時間はいままでブログ記事を書いていたころでして、その結果、ブログの更新がおざなりになりがちなのはちょっと・・・ではあります。でも、人生の伴侶はやはりとても大事にせねばなりませんyo キンピーさん、最近ケコーンしたらしい冥王星さん!。

昨日は”イーオンフラックス”をみていたのですが、はじまって10分ほどで映像が止まったり動いたり。どうみてもサーバーからの転送レートが安定していない、I/Oの負荷が大きすぎるようです。速攻でモニターをサーバーにきりかえてみると、マウスカーソルが動いたり動かなかったり、たいそうビジーなご様子。

リセットをかけてシステムエラーを確認すると、ディスクが2枚ほどみえなくなっとりました。すでに深夜の1時のことですた。それから延々と復旧作業をするもゴテにゴテまくったものの、幸いサルベージには至らず、12時間ディスクチェックも回避できたのですが、みえなくなったディスク2枚がそろって帰ってきたのはお昼近くのことでした。ヤレヤレ。

PCっていうのはなかなか便利ではあるけれど、扱いに手のかかるシロモノではあります。一切のデーターをサーバーに預けるべくきっちりとリファインされた、枯れた信頼のおけるパーツでハードを構成したつもりなのですが、ちょっとツメがあまかったようです。メーターを交換してくださった○○電力はそれとしては責められんなぁと。 すなおに自己責任を自覚するでありますwa。


51NQYJJ2K4L.jpg





草取り
地味な話で恐縮ですが、今年最初の園芸ネタいきます。

今年は元日から真っ白な雪景色で、ここ数年暖冬続きだったこともあって、もしかしたら今年は性根のはいる本格的な冬かななんておもったりしています。

毎年正月休みにバラの剪定と硫黄石灰合剤による消毒をするのですが、今年は天候不順でまだできていません。まあ、そんなわけで正月休みは、晩秋からほったらかしにしていた結果、雑草がすっかりヘゲモニーを握った猫額ガーデンの雑草取りをしました。

ずっと芝を貼っていて、それなりにメンテをしていたので、拮抗作用で雑草がヘゲをとることはなかったのですが、昨年は全くといっていいほど手をいれることができなかったので、気がつけば芝が完全に放逐されていました。こういうことは「自己責任」なので無念の一言であります。

雑草も点ではえているうちは、当然スポットで抜けばそれでいいのですが、面で制圧するようになると厄介です。草刈り鎌で地上部を一掃するのでは根が残り、すぐに復活してしまいます。コストはかかりますが除草剤はお手軽ではあるのですが、やはり地力をおとしてしまう。とりわけ枯れては困るものが密集近接していたりするとつかいずらかったりします。

そんなわけで、うちではどうしているかっていうと・・・

あ~らどうしましょう 、てな感じになっているところで

P1000005(1).jpg


目が粗めのふるいと金鏝、移植用ショベルを装備します

P1000007(1).jpg


ショベルで雑草を根ごと表土とともに削り取ってふるいにいれます

P1000009(1).jpg


あとはシャカシャカとシェイクして土だけを分離してもどせばOKです
途中で土の塊があれば金鏝で粉砕します ふるいに残った雑草の地上部と根を
ゴミバケツにポイして完了 これをひたすらくりかえします

P1000011(1).jpg


庭で園芸をするうえで避けて通れないのが雑草取りでして、この作業に”くりえいちぶ”な何かを感じることができるようになるっていうと”君はいっぱしの園芸家だ”な~んて言われるそうで・・・
うちのような猫額ガーデンなんぞ問題にもならないですけど、白い可憐な花を咲かすつるバラ キフツゲート・コート誕生の地、 キフツゲート・コート・ガーデンは女性の園主三代にわたって造られ維持発展してきたことはつとに有名ですが、そんな園主が代々伝え守ってきた金言は”雑草を見つけたら速攻でとれ”ということだったそうです。

封建領主がおかかえガーデンキーパーに”やっとけ”でさせていた雑草取りの延長線上にあるガーデンが少なくないなかで、 キフツゲート・コートは園主の手作りっていうところがとても素敵で、最近はボラさんもはいったりするようですが、あれだけの広大な庭を切り盛りする園主の情熱と見上げた根性にはただただひれ伏すばかりであります。
冥土に行く前に一度は行ってみたいところでありまする。

おそまつさんでした。



「報道の品格」
肩こり指数 ★☆☆

ブログワールド、特に政治系となると”出会い頭の事故”を避ける必要が感じられることがままある。
かくいう私もまた、そんな一時停止を守らない暴走車のたぐい、否、武装した装甲車に近いだろうか。

とはいえ、政治の要諦のひとつは、より多くの同意を獲得し、一つの意志に纏め上げられるかというプロセスであるわけで、バーチャルではあってもパブリックな時空間を共有しているブログワールドで、どん引きものの言説や言論姿勢では支持をえられないことはいうまでもない。それは、未熟者の私でもいつも頭の片隅に必ず置いている。はじけ飛んでしまうこともあるが。白旗を揚げる必要はないが、潔く引くことも大事だし、時にじっとがまんで”スルー”せねばならないこともある。

そんな”出会い頭”の予感からちょっとコメントを控えていた愚樵さまのところへ、新年のごあいさつということで久々にコメントを入れさせていただいた。ちょっと話の腰を折るような書き方がいやらしかったかなと、しばし反省。年末から年明けにかけて”お仕事の考察”記事がつづいているので、たいへん興味深く読ませていただいていた。

最新の記事は「キメラな労働観」。そのなかで品格の低い記事として引用されていた、サンケイ君の記事。

------------------------------------------

“ごね得”許した「派遣村の品格」 費用は6千万円大幅超の見込み

 「不平を言えば融通が利く。みんな“ごね得”だと気付いている」。4日閉所した東京都の「公設派遣村」を出た男性(34)は“村”での生活をこう皮肉った。派遣村では開所以来、行政側と入所者の衝突が絶え間なく続いた。職員の口のきき方への不満に始まり、昼食代の現金支給を求める入所者…。当初、目的だったはずの就職相談は不調に終わり、職員は最後まで入所者への対応に右往左往した。

就労相談わずか1割

 都は3日夜、この日退所した833人のうち住居を見つけられなかった685人のため、4日以降の新たな宿泊先に400人分のカプセルホテルを用意。残りの入所者には、都の臨時宿泊施設を割り振ることを決めた。

 だが、いざこざはここでも起きた。入所者の1人は冷笑を浮かべて言う。

 「その夜も『なぜ全員がホテルに入れないのか』と騒いだら泊まれることになった」

 入所者の抗議と厚労省などの後押しで、都は決定を覆す。抗議の数時間後にはカプセルホテルを追加で借り上げた。「騒ぎが大きくなったので…」と職員は言葉少なに語るのみだ。

この1週間で本来の目的の就労・住宅相談に訪れた入所者はわずか1割。「正月休みに相談しても仕方ない。派遣村では一時金がもらえるとのうわさもあった。それ目当てで入った人も多い」との声も漏れた。

一方で、自力で社会復帰への第一歩を踏み出した入所者も。退所を選んだ男性(67)は「入所中に友人の会社に就職が決まり、社宅に住めることになった。年末年始に泊めてもらって感謝している。食事もおいしかった」と語った。

 だが、この男性のように新たな職や住居が決まったのは少数だ。利用者数は当初の想定を超え、約6000万円と考えられていた費用も大幅に膨らむ見込み。費用はすべて国の負担で、都の幹部は「結局、政治のため」とぼやいた。

------------------------------------------

実は私もこの悪意に満ちたこの記事をみて、憤りを感じ何か書こうかと思っていたのだ。おもわず一言二言いわずにおれないというやつだ。ところが、うかつにもどこのサイトで見たのか思い出せず、毎度のことながらまぁいっか、あとにしようと思っていたところだった。見つけた以上は黙ってはいられない。

そもそも、いぜん「産業予備軍」http://kangun.blog123.fc2.com/blog-entry-200.htmlという記事で書いた事なのだが、資本主義という生産様式は、生産手段と労働力の分離を前提に、資本の自己増殖を目的として、無秩序無政府的に、社会が存続のために必要とする物資の生産を、私的におこなうことを特徴としている。生産はたえず膨張と縮小をくりかえすので、それに対応する”労働力のプール”としての「産業予備軍」はこの生産様式が成立するための必須の条件なのである。

それは、いいかえれば、だれもがもれなく働く事を許さない社会だということができる。完全雇用などはなっから原理的にありえないのだ。しかし、生産手段から切り離され、原則として労働力を商品として売るより生きるための糧をえることができない者たちが、売れ残りとなったとき、いったいどうしたらいいというのだ。
出来過ぎた農産物は生産調整のもとブルトーザーで押しつぶされ破棄される。過剰生産の工業製品は在庫として倉庫にうずたかく積み上げられる。
だが、労働力という商品は血の通った”命”だ。日々「衣食住」がなければ失われてしまう”命”なのだ。

私はサンケイ君に欠落していることは、あるいは意図的に悪意をもって隠蔽しようとしているのか、はたまた階級的憎悪か、そうした社会的関係性を捨象して、まいおなじみの個々人の「自己責任論」を持ち出していることだろうとおもう。

彼らはどこかで家に暮らし、何らかの仕事をしていままで生きてきたのだ。社会を支えあう一人だったはずだ。
彼らの労働が不十分でこのたびの「100年に一度の経済危機」やってきたのではないことなどだれでもわかること、彼らが一生懸命働かなかったのでリーマンショックがもたらされたという人はいないだろう。
そもそも、個々人の労働能力がデフォで備わっているのではない。それぞれ個別具体的な精神と身体的能力に生活環境に規定された社会的リソースを利用し労働能力は形成される。個々人は社会にその能力を還元し、社会は個々人を構成員として尊重する。それがあるべき本来の社会のありかただとおもう。

派遣切りで仕事と住まいを失った方々に「ごね得」と罵声をあびせかけるサンケイ君に「報道」の社会性などは一片も感じ取ることはできない。まさに、「報道の品格」をあらためて問わざるおえない。かくのごとき記事を書いたものは、いちど派遣切り密着取材と銘打って雪舞う寒空のもと彼らと寝起きをともにしてみれば、多少はロドスがみえるかもしれない。もしそれでもわからないのなら、社会から捨てられた棄民は必ず大きなうねりとなって社会へ再登場するだろう。そうして社会は進歩してきたし、歴史はそうしてつくられてきた。


捨て猫だったうりちゃん 春が来れば10歳 去年の秋から具合が悪い 
膝の上に上がりたがる 残された時はあとわずかかもしれない
P1000040(1).jpg




最近めっきりお酒が飲めなくなりました。ええ、貧乏でお酒が買えなくて・・・ 
もちろん冗談です。貧乏は事実ですがお酒くらいはなんとか買えます。飲めなくなったのは、飲む機会がど~んと減って、すっかり弱くなってしまったということです。歳のせいってこともあるでしょうが、すぐに睡くなっちゃうんですwa。

話はすこし横にそれますが、砲台の文化連盟&○学童の諸氏は昨年末、やっとこさ保釈されたようですね。そのありかたについては一言二言苦言もありはするのですが、それはさておき、率直に娑婆に帰ってきたことを喜びたいと思います。”おつかれさま、よくがんばりました、天晴れ。”
そんな文化連盟の主要メンバは伝統的に”デコレーションケーキ”を肴に平気の平助で日本酒をぐい飲みするような酒豪が多く、対して担当する○学童は激務から日頃酒を口にする機会が少なく、めっぽう酒に弱かったりして、学祭の時などは日頃積もり積もった「革命的抑圧」を爆発させるように、酒をあびせるようにのませて担当○学童を撃沈しては憂さ晴らしをしておりましたwa。

さて、飲む機会がグッと減ったのはやはり不景気で、飲みなしではお仕事がやってくることがないと思われていたこの業界でも、もはやそんなことはないようです。恒例の忘年会&新年会をとりやめたところも少なくなくないようです。顧客の正社員もずいぶんとリストラされており、暮れのご挨拶まわりにうかがったとき、なじみの顔が見えなくなっているのにはおどろきました。

先日は、地域の新年会でして、私は数年前とある会合でぶち切れていらい、しばらくおつきあいをしてこなかったのですが、まあ、ぼちぼち復帰しようかとおもい、ひさびさの参加となりました。
いっやぁ!昼酒は身にこたえますwa。暮らしているところがど田舎なもんで、いろいろつきあいが鬱陶しかったりするのですが、毎度”新年会”はワーストランキングで最上位です。

もう、さきの文化連盟による○学童への”酒テロ”を彷彿させるようないきおいですwa。まあ、土佐の高知の置くことができない円錐をひっくり返した杯を用いた”酒戦争”ほどにははるかにおよびませんが、それでも昨日は完全に撃沈、今日も重度の二日酔い後遺症に苦しんでおります。

それと、悪酔いを加速するのは、地域の長老連中のやったらエラソーな態度だったりします。スターリン主義者もおもわずひれ伏すくらいのそのさまは、あ~ぁやれやれってかんじでしょうか。来週は地域のイベントがあり、もちろんスターリン主義的動員がかかっているのではありますが、そのあとの”酒テロ”からいかに逃れるか、そんなことに頭をつかってパッシとした記事をあげる気力がわいてこない武装せる園芸家なのでありました。

おそまつです。

追記 酒は楽しくのみませう。


猫こたつのうえのこうちゃん 新春初登場なんだからそんな神妙な顔しないの
笑って笑って!お愛想ふるまってちょうだいな  無理か・・・

P1000037(1).jpg


年頭のおもい
ドン冷えの朝をむかえて、障子をあけてみれば今日も真っ白な雪景色。一面まっさらな白一色というのも新しい年の始まりとしては、風情があるかなっておもったりもします。だ・け・ど やっぱりわたっしゃ暖かいのが好きです。そしてこの新年の始まりである1月1日がここ数年、おもいっきり鬱な日であったりします。
あ~ぁ、365日サバイバルのはじまりかって。

冒頭からいきなりネガな話で恐縮です。まあ、冬はしんどいですけど、やがて春がきて、草木は芽吹きあっぱれ見事な花をさかせるし、夏の照りつけるような太陽も、それはそれで心地よいもの。秋には秋のなんともいえない風情があったりして、ニポーンの四季はすばらしいですね。

そんな自然のダイナミックな営みのなかで、今年も一年、お仕事が忙しいとき、さっぱり暇なときとありましょうが、なんとか生き抜いていこうとおもいます。
そしてなにより忘れてはいけないのは、世界的規模での大きな歴史的転換点をそう遠くないところに感じるものとして、「必然の王国から、自由の王国」への道を、蟷螂の斧なれど志同じ仲間に学び、自分の頭で考えながらさぐってゆきたいとおもいます。

困苦は戦後の世界体制を過剰な生産力の偏在が突き崩してゆく歴史的過程に規定されているものであれば、一国の政治主導による税制や財政の組み替えで、それとしては正しい認識としての「100年に一度の経済危機」が乗り切れるものではないと考えるからです。

そんな方向性をもってたいしたことは書けませんが園芸もの、猫さんの話、お笑い失敗談などなどおりまぜつつ、たとえ月一更新であっても今年もブロガーさせていただきますので、よろしくおつきあいのほどお願いします。

年頭にあたり世界中の人民がともに手をとりあって一つになれることを切にねがって、今年はワルシャワ労働歌をはっておきまする。みなみなさまがんばっていきませう。




Copyright © たわいもない話. all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。