たわいもない日々の雑感を綴ってみたいと思いまする。

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コメントくださった方々ごめんなさい
この記事はしばらく一番上に置きます

さまざま事情があったとはいえ、3月からいただいたコメントにお返しをすることもできずごめんなさい。
まずはここからはじめないと。なにか借金をおったままのような気がして何もかけません。盆明けから忙しくて時間も無いんですけど。

これはそれなりの思いがあるのですが、ときに時間がかかることはあってもいただいたコメントはちゃんとお返しをするということは、私なりのこだわりにしています。

いま、私同様においそがしいのか、当ブログ開設当初からおつきあいいただいておりました、「わんばらんす」のココロさまは、しばらくブログの更新を止めておられます。

「わんばらんす」では、ずいぶんとコメントをさせていただきました。毎日毎日、一生懸命更新をしておられるあいだにも、私の拙いコメントに丁寧なお返事をくださったことがとても嬉しくて、私もブログを開いたらそうありたいとおもっていました。

そんなわけで、5ヶ月も経過してお返事というのも、なんなんですが、はずかしながらさせていただきます。


岩下さまへ

反帝反スタのお方こと岩下さま、当過疎ブログへ初コメントありがとうございました。そちらは過去記事もぎっちり読ませていただいたうえで、ちょくちょくのぞかせていただいております。さすが文章を書いて飯を食ってきた人は違うというのが率直な感想でしょうか。

ちょっとググればあなた様が活躍されていたことはいくらでも知ることができます。生きた証として、あれほどの足跡をのこせたのなら、”我が人生悔い無し”というのもアリかともおもうのですが、あいにく反帝反スタ脱落逃亡後、ひっそりと、ごく平凡で、ありきたりの人生しか歩んでこなかった私は俗物、煩悩の塊であります。

そんなわけで、私は人生いきてナンボだし、連れあいがいたほうが多少なりともエキサイティングだとも思うのでここでなんとか踏みとどまって、ガンバってみようと思いました。確かにネットカフェ暮らしはコストも軽く、はまったら抜けられないかもしれないほど快適ではありましたが。

あなた様自身が「そう簡単に人は死ねない」と思っておられるのではないかと、お書きになっているブログ記事を読ませていただいて、私は推測しています。もし、そうであるなら、のたれ死にの直前まで、路頭に迷う無知無能なサヨク破綻者がどっちへいったらよいものか、書き続けていただけたら幸いとおもっています。

猛暑がつづいています、ご自愛なさってくださいませ。


NKさまへ

ご無沙汰の累乗くらいご無沙汰してしまいすみませんでした。このような過疎ブログを見ていてくださったことにまず感謝&感激です。さて、率直言って、私はあなた様からいただきましたコメントにたくさんの力をいただきました。あなた様ほどの方が、自身のプライバシーを明らかにして、「なんとしても離婚は避けましょう。がんばってください。」と言ってくださったことで、心をきめました。

三里塚へいって帰った日、かつて◯学童だったことのように、互いに、深いところまで切開し、ぎっちりと闘論しました。いままで互いに避けてきた問題点も、あらいざらいぶつけ合いました。多少の器物の破損も伴いながら。

自営業の不安定さはご指摘の通りであります。いうまでもなくリーマンショック以降の環境の変化はすさまじいものです。それと、ながい年月のうちに、意識的であり、無意識のうちであれ、私自身の左翼性が溶解してしまっていたことが大きな原因の一つであったようです。そう、彼女の左翼としての原点はとても強固で確固としたものなのです。

差し出がましいなどとはとんでもございません。あらためて、いただきましたコメントに感謝するとともに、お返事が遅くなりましたことをおわびいたします。コメントいただきありがとうございました。


元々中核派さまへ

ごめんなさい、5.16へはいけませんでした。5月は14、15、16日の3日しかお仕事の予定がなくて、どうしても外すことができませんでした。闘争会館は私もさまざまな思いがございます。食当で米が足らなくなりこっぴどく怒られたこと。防衛隊で監視任務中に居眠りしていて、これまたこっぴどく怒られたこと。前夜結集で一人一畳もないスペースで寝たこと。ほかにもたくさん。

なかなかおもうようにならない自分が情けないのですが、あの地で、同じ思いをいだいて闘った人たちが、すこしづつでも戻ってくることはとてもすばらしいことです。そうしたものとして、私もできるだけがんばります。そうすればいつかきっと会える、そうおもっています。コメントいただきありがとうございました。


土岐さま

いやいや災難つづきで、なかなか思うようになりません。まあ、本来そんなのがあたりまえなのでしょうが。
忙しくても書けない、暇でも書けないっていったら、書くときがないんですけど。

それはさておき、ご家族の緊急入院とは、たいへんでしたね。コメントをいただきましてからアッというまに8月も終わり近く、記録的な猛暑のつづく毎日。無事回復しておられればよいのですが。

三里塚は最強の農民運動ですから、日々勝利を積み重ね、闘いはまだまだ続くでしょう。いずれお会いできることを楽しみにしております。

まだまだ逝き様に思いをはせるには早すぎますyo(笑)。とはいえ、毎日暑いですからご自愛なさってくださいませ。コメントいただきありがとうございました。


あるみさんへ

コメント&TBいただきありがとうございました。なかなか思うようにならなくて、ブログの更新をすっかり放棄してしまいました。さて、ヘタクソなんて言っておられますがぁ、私のような不器用な人間では、あのサイズに果敢にチャレンジする気概もないので、凄いの一言であります。それにあの幟旗、とても創意工夫にあふれています、天晴れです。オイラたちが現役のころは、軍事最優先で、そうした創意工夫は著しく退けられていたように、ふりかえっておもいます。

そのあたりのところは、今回8.6で全国連の中田書記長が集会のまとめで言っておられたことに思い当たるものがあったのでのちほど書いてみたいと思います。

三里塚情勢はまた一つ緊迫しているのがわかり、なんとも歯がゆい思いの自分なのですが、致し方ありません。秋にはなんとか行こうと思っています。そのときは、またよろしくお願いします。
コメントいただきありがとうございました。


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敗戦記念日
今日は8月15日 いわずとしれた日本帝国主義の敗戦記念日だ。あくまで敗戦記念日であって、「忍びかたきを忍び」国民のためにポツダム宣言を受諾することを天皇が決断したことによって自発的に”終戦”をむかえた日ではない。

今年は昨日と今日が私とローザのお盆休みとなった。例年よりすくない休みとなったが、世の中不況継続中なのでそれもまたいたしかたない。昨日は前日のビックな残業がこたえてブログの更新もままならぬまま、終日家で静養していた。

今日はせっかくの休みということで、夫婦で映画を見に行くことで意志一致していた。”星守る犬問題”以降いっしょに出かける機会をつくるようにしている。先週は美術館へ行ったし、映画にも頻繁に行くようになった。今日は私的には「踊る大捜査線」あたりを希望していたのだが、「CATERPILLAR」をみようとローザが言う。

「なにそれ!ガンダム系?」と私
「戦争に行って両腕を失って帰還した兵のお話だよ」とローザ
「なんか重くて暗そうな映画じゃん」と私
「だから一緒に行こうっていうのyo」とローザ
「あんたがオススメの映画っていつもハズしてるじゃん。このあいだの『第9地区』も」と私
「色々見ていれば映画にもあたるってもんでしょ」とローザ
「ほいじゃあ、それでいいけどぉ」と私

そんなわけで、昼過ぎからド田舎から車を走らせ、街まででかけていってみてきた「CATERPILLAR」。

驚いたのは、結構客がはいっている。コアでマニアックな演目を得意とする小さな映画館なのだけど、連日満席の模様。私らが入った時もまんせきだったし、その客層が実に年齢性別にかかわりなしの様子だった。
どうもポスターを見るに”右翼”系だったら憤慨しそうな内容のようなので、そのラインはないように思われた。まだまだ捨てたもんじゃない、左翼やリベラルはいまだ健在だ。

この「CATERPILLAR」の監督は若松孝二、あの「実録連合赤軍あさま山荘への道程」の監督だ。そしてポスターには「忘れるな、これが戦争だ」とコピーがはいっている。

始まりのシーンは中国人民の民家に火を放ち、逃げ惑う婦女子を二人の兵が追い詰め強姦し殺害するところからはじまる。つづいてとある日本の農村の風景の中で、出征する若者を歓喜の声でもって送る村人たちの行進へとシーンはかわる。その行進にむかって1台の軍関係のものと思われる乗用車がすすんでゆく。

黒川家より出征していた久蔵が傷痍軍人として帰還してきたのだ。驚きと、恐れの感情から震えを抑えることができない久蔵の妻、父親、妹、弟。久蔵は四肢を失い、顔に火傷を負い、喉を切られて帰ってきたのだった。「生きた軍神」と祭り上げられる久蔵と妻シゲ子の苦闘が敗戦の日まで淡々と綴られてゆく。

はっきりいって、私的にはあまり見心地のいい作品ではなかった。似たようなテーマのものとしては、「ジョニーは戦場へ行った」のほうがはるかにすぐれているようにおもえた。とはいえ、今日の敗戦の日に見る映画としてはそれもアリかと。話は当時の戦争遂行機関としての地域コミュニティーの問題性や、戦争被害者と加害者の二面性もきっちりおさえられている。なによりスケールとしてはとても小さな、いち家族の物語として描かれているゆえに、リアリティーはあるだろうとおもった。

ところで、見終えてローザに 「CATERPILLAR」ってお題はどういう意味かと問えば、「戦車の車輪についてるやつでしょ、わからない」という。「 『CATERPILLAR』つーのはyo、『毛虫』のことだってば」と私。
ついでに、いろいろとツッコミ問答をしたところ、彼女が映像からうけとった情報がシーンのつながりのところで欠落していることがわかる。

「もう一度みたら、わかるかしら」とローザ
「おいおい、あれをもう一度みるってか」と私

でも、そんな彼女は私にはおよびもつかないネイティブな”左翼”であることは否定できない。
よろしかったら皆様方も重くて暗いですが、ごらんになってみてくださいませ。「CATERPILLAR」

おはり





65年目の8・6 その1
当日、予定外の急用があり1時間近く遅れて会場へついたときは第一部も半ばをすぎたころ、日本軍による重慶爆撃と細菌戦による被害者の方々の訴えがされているところだった。

戦争の被害者としての悲惨さを語るのみでは、なぜ戦争を阻止しえなかったのかを知るにはほど遠い。私たち日本人が同時に加害者としてあったという歴史的事実を真摯にうけとめることがどうしても必要だ。そのために、実際に被害にあわれた方々の声を聞くことはとても大切だ。そうしたスタンスがこの集会にはつらぬかれていることは去年とかわらない。

つづいて、反戦地主の知花昌一さんが沖縄の現状報告をしてくださった。正直、私は沖縄問題に関して知らぬ事が多すぎると反省することしきりだ。いまさらこの年になって他人さまのせいにするつもりもないが、在りし日の、かの党派の”路線主義”の弊害は否定できないだろうとおもう。話がずれたが、知花さんはこのたびの日米合意にもとづく普天間基地の辺野古移設を第四の琉球処分と断罪するとともに、民主党には少なからざる期待をしてきたし、このたびの国政選挙では社民党を押してきたが、いまは自らの闘いをもってしか道は開けないとだれもが思い始めている。沖縄はそうして解放をかちとってきたといっておられました。

つづく


原爆資料館です 集会の会場はこのすぐ近くにあります
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反戦地主の知花昌一さんです ”年金もらえる歳”になったらパクをおそれず
こころおきなく闘おうっていました 流石!! 
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ひさびさ
皆さんお久しぶりです。立秋ということではありますが、猛暑がつづいております。おかわりございませんか、熱中症はだいじょうぶですか。私はついこのあいだ炎天下での仕事で手が痙り、立ち眩みがして、即行医者に行ったら、あっさりと”熱中症です”と言われました。

さて、5月に記事を上げて以来、言えること、言えないことさまざまな事情がありまして、いただきましたコメントにもTBにも応えることもなく、ながく留守をしてしまいました。どうもすみませんでした。そして、その間にも当ブログに訪問くださった方々には心より感謝いたすしだいでございます。おかげさまで、冗談で設置したカウンターも30000台へと乗りました。恐らく、100000へ届く頃には戦争と革命の時代における方向性もよりはっきりとしたものとなっていることでしょう。ありがとうございました。

ちょっとした設定のトラブルから自ブログの閲覧ができない状態からはじまり、5月の連休明けからふた月以上にわたる半失業状態、愛猫の死、昼夜の仕事からの睡眠障害、おしりの手術、パートナーの鬱病などなど七転八倒の日々ではありましたが、とりあえずなんとか生きておりました。

さて、ようやく7月も半ばからまとまったお仕事も入り、生活も軌道を回復したところで、昨年につづきまして今年も8・6ヒロシマへといってきました。参加した集会は昨年と同じく「今を感じる・過去を学ぶ・未来につなげる 被爆65周年8・6ヒロシマのつどい」と「8・6ヒロシマ 平和の夕べ」をはしごしてきました。

どちらも昨年とはまたひと味ふた味ちがう内容で、時間の経つことを忘れさせるような集会でした。
で、その内容はといえば、キャパの乏しい私の頭では、すべてを語り伝えることはできませんが、強く印象に残ったところだけいくつかかかせていただこうかとおもいます。

と、したうえで今日は久々のご挨拶と生存証明とさせていただき、後日書かせていただきます。すんません、病みあがりなもんで(笑)  おやすみなさい

つづく


とても暑い日でした きっとあの日も・・・ 
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