たわいもない日々の雑感を綴ってみたいと思いまする。

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命日
きょう2月26日は、世間一般では226事件という、我々が「より右翼ファシスト的勢力」と規定している皇道派系一部青年将校の武装蜂起があった日である。のだが、ワタシ的には「母べえ」の命日なのである。

亡くなったのが平成元年、あのオブッチーノが平成と書いた紙を両手で広げた翌月、「ご大層」の礼がおこなわれた二日後のことであった。

母べえは私を生んだ産後のひだちが悪く病弱で、過去に2度ほど心筋梗塞をわずらっていた。そもそも、私の家は貧乏な小資本家であった。だが、オヤジは恵まれた強健な体力と高度成長期に事業拡大の幸運をつかみそれなりに裕福な小資本家の地位をえた。その裏では、時代遅れともいえる封建的家父長制度のもと家庭内奴隷として、激務にたえる母べえの姿があったことを私はいまでもおぼえている。オヤジは私に惜しみなくこれでもかといわんばかりにブルジョアイデオロギーを叩き込んだ。母べえの困苦を知る私はそれを断固として拒み続けた。

ここが、私の革命的左翼の原点である。このあたりは実に、相互リンクいただいているアッテンさんに共通するものがある。母べえは私が小さい頃はとても厳しかった。殴られたこともたくさんあった。万年筆のインクをいたずらしていて怒られ頭からインクをかけられたこともあった。泥遊びをしていて服を汚したとき顔に泥を塗られたこともあった。

でも、私は、母べえが大好きだった。オヤジは母べえをなんのためらいもなく殴り、怒鳴り上げた。「おまえの躾がなってないからこ~いうことを子供がするんだろぉ」と。
母べえはオヤジに私が怒られないようにいつでも必死に守ってくれたのだ。

そんな、オヤジにいつも緊張し神経質だった母べえも亡くなる数年前はまるで仏様のようにおだやかだった。とりわけローザをかわいがった。人は仏様のように穏やかになるとお迎えが近いなどと言うことを聞いたことが幾度かあったが、まことに非科学的な認識ではあるがあっさりと同意してしまう私なのである。

母べえの最後はやはり心筋梗塞だった。おりしも一週間の間大学病院で精密検査をし、10年前に倒れ入院したときよりも全身の状態は格段に向上している。養生すればあと10年は大丈夫と太鼓判をおされて退院してきた翌日のことであった。昼時にちょうど親類のものが訪ねてきていて、出前の寿司をほおばっていたとき発作をおこし、一瞬にして逝ったそうである。人の命の明日は医者にはわからないものだと思ったものである。

仕事の忙しさにかまけて、入院中一度も見舞いに行くこともなく、退院一番に職場に電話をかけてきた母べえの「すまなかったね、心配かけたね、いま退院してきたからね。」の言葉を「今忙しいから、あとで電話するって」と遮った私。そのまま、営業にでかけすっかり忘れてしまった。あの電話が母べえの最後の生きている言葉だった。死に目にはあうことはかなわなかった。孝行したいときに親はなし。たしかにその通りだとこれまた思ったものである。

そんなこともあって、この日を私はやさしさと思いやりの日と決めている。べつに何をするわけでもないのだが、腹がたつようなことが多々ある日々の生活の中で、ほんのちょっぴり余裕をもって、す~と息を吸い込んで、気持ちをおちつかせて、他人様の気持ちに思いをめぐらす、そうありたいな。と確認する日なのである。とはいえ、そうなれないことも多い。それを反省する日でもあるあるのだけれど。最後に墓前に参ったのはちょうど10年前のこと。もはやとてつもなく遠くまできてしまった私は、いつまた墓前に参ることが叶うかわからない。相変わらずの親不孝なことである。

そうそう、みこがうちの子になったのもこの日、2月26日。折しも母べえが逝ったあのみぞれまじりの寒い一日と同じ日だったのだ。他の5匹が焼きもちを焼くかも知れないけれど、母べえの生まれ変わりのような気もちょっぴりしたりして、私はみこが一番可愛い。我が儘で気まぐれで意地悪なところも母べえににていたりして、とてつもなく愛おしい。


大好物のカニかまを頬張るみこ とても可愛い
母べえのみこ

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 秘密にする

私の両親は今最終コーナーを走っています。5月には父の米寿を祝う計画を立てています。
還暦を迎えたわたしに、母は「まーもっとおしゃれしなさい」「眉の書き方が変よ」
父は「野菜を食べたか?」「寝冷えをするな」
いつも、親です。

 私はそんなとき、「うん、気を付ける。まゆ?そうやねー書き直す」親が言ったことにうなずきながら「うん、うん」と笑っています。
でも、あとどれ位こんな時間が遅れるか?
考えただけで悲しくなりますが、出来る限り逢いに帰りたいとお正月に決めました。
 
 
あくしゅ | URL | 2008/02/27/Wed 20:59[EDIT]
あくしゅさまこんばんわ
ご両親ともご健在でおられるのは何よりでございますね。親子とはいえ、またそれゆえに、ときとして複雑怪奇で摩訶不思議な捻れた関係になってしまうことがある。うちはそんな一家でございました。あくしゅさまのとてもフランクな親子関係がうらやましく思えます。素敵なご両親とのたのしい時を御大切に。きらめく宝石のような思い出がたくさん生まれますように。

またのおこしをお待ちしております。
薩摩長州 | URL | 2008/02/27/Wed 23:44[EDIT]
社会団結の最小単位は家庭。
 なんか記事を見て、涙が出てきたと同時に「出前の寿司を食べて喉を詰まらせ、心筋梗塞で死んだ」って所が、不謹慎ですが笑しまいました。服を汚して顔に泥を塗られたのは辛かったでしょうね。インクをかけられたのも屈辱だったでしょうね。でも、父親の体罰から子供を守ってくれていたんですね。身代わりで。母親にも「しつけ」に迷いがあって軽い体罰はしてしまったのかもです。やっぱり、経済的な自立をしている父親と経済的な自立をしていない母親では母親が弱者なんですね。切ない。

 東西は両親は揃って健在であり、弟も健康です。両親が東西らの意見を聞いてくれるので団結は守られています。ただ、かなりの口論はありましたし、今もあります。でも、学生時代に父親が管理的だったこと以外では激論にはなりませんでした。でも、今思えば、学歴社会の現実を知っていたが、それを言葉では伝えられない苦しさが威圧的な態度という管理として出たんだと思います。愛情であるのは間違いないが、やはり、言葉で小さいときから学歴社会と正しさの関係を教えておいてほしかったという教訓です。すぐにはわからなかったんです。
東西南北 | URL | 2008/02/28/Thu 00:49[EDIT]
東西氏いらっしゃい
いやいや、東西氏 寿司を喉に詰まらせたんじゃないって。寿司を食べてて、心筋梗塞がおきちゃったのよ。

ご両親がご健在、兄弟の仲も良いとはすばらしい。うらやましい。うちは一家離散状態なのだから。

たしかエンゲルスの「家族・私有財産・国家の起源」にあった気がするのだが歴史上最初の階級闘争は家族のなかにあった。とエンゲルスは言った。まさにうちにはそれがあった。「家族・私有財産・国家の起源」は古典とはいえ暇があったら読んでみられたら結構面白く読めるかも知れない。もし既読だったら誠に失礼。

ちょっと脱線なのだけど、愚樵さまのところの「猥褻」という問題も実はここで論じられている女権の歴史的敗北に根がある。性の抑圧という諸関係が生み出す転倒した観念が抑圧的な「猥褻」という言葉をうみだす。性は本質的に人類最初の協労である。性は本来もっと大らかに語られるべきものであると人間解放の思想は説く。性にかかわる問題をことさら押し隠そうとする国家意志には邪な心根が宿っている。ナチスがまず一番にドイツ性科学研究所を襲撃したことは象徴的な歴史的事実なのであると私は思っている。

ちょっとかみあわないコメント返しにて失礼。コメントありがとう。
薩摩長州 | URL | 2008/02/28/Thu 21:50[EDIT]
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