たわいもない日々の雑感を綴ってみたいと思いまする。

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

禁断のゲーム
前回、Tomb Raiderの話をさせていただいたのだが、ちょっと勢いがついて、今回もPCゲームネタをさせてもらいます。

こんな不道徳にして、公序良俗をふみにじり、反動的な暴力に充ち満ちた世界。
それが、「POSTAL2」。

ご存じの方はおられるかな、不評の嵐だったPOSTALの後継3D版なのだ。
詳しくはWikipedia ポスタル (ゲーム) http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%AB_(%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0)

をみていただくと早いし説明の手間が大いに省ける。

POSTALの一作目はたんなる殺人ゲームでもちろん 不道徳にして、公序良俗をふみにじり、反動的な暴力に充ち満ちた世界一色なので、さしたる関心もなく、持ってはいない。

ところが、POSTAL2はというと、少々展開が違う。私は殺人趣味はない(あったりまえだ)、そのような願望もない、過激派と呼ばれたことは昔あるがその分だけ暴力に関してはそこらの「哲学者」より理解の深度は深い、だけど、あえてこの欧米で発禁となった禁断のゲームを入手したのは、無法な世界を体験してみたかったからだ。語弊を恐れずいえばアフガニスタンも、イラクもこのような世界にちがいないと思う。一国の統治秩序が崩壊するといかなる世界が現れるか想像できるだろうか。

不道徳にして、公序良俗をふみにじり、反動的な暴力に充ち満ちた世界ではあるのだけれど、そこに暮らす主人公ポスタル・ジュードは自由なのだ。プレイヤーの自由意志にその行動は任されている。

ポスタル・ジュードは1日に幾つかの決められた用事を済まさねばならない。
初日は、勤めの会社いって小切手を受け取る、それを銀行に行って換金する、スーパーでミルクを買う。もう一つくらいあったかな、まあごくありふれたお使いだ。

とっころがだ、この用事がなかなか一筋縄でいかない、しかし、その阻害要因はかならずしも架空のものでもない、現実的にありうるごくありふれたことばかりなのだ。

そんな、ごくありふれた「むかつくこと」がこれでもかというくらい降りかかってきてプレイヤーの人格が試される。挑発するかのように公衆トイレの隅の方にショットガンがあったり、植え込みの中にグレネードが転がっていたりする。

このゲームはその始まりからなんとも異様なグラフィックとムジークで始まるのであるが、意外にそんなレトリックをとっぱらって冷めた目でやってみると、冒頭で先に述べたのだがトマス・ホッブズの観念が表出し結晶したような世界なのだ。

マルクス風にいえば、私はブルジョア社会(資本主義社会)におけるブルジョアイデオロギー(資本家階級の物事の考え方、あるいはそれらにとって善なること)を具現化した法体系というものを是とするものではない。そのもとでおこなわれる死刑制度には反対であるが、死刑は社会の発展の諸段階においては消極的な意味合いでなく、否定できないものであるし、それゆえ暴力を一般論として否定するものではない。
ハイデッガー風に言うならば「暴力内存在」である。ヘーゲル的にいえば暴力は暴力をもってそれを止揚せねばならない。おっと、肩こり系に話が、流れつつある。

このゲームは思想性が鋭く問われるし、やりようによってはたいへんに哲学的ではあるが、ゲームとして純粋に割り切った場合は一人も殺さないということはとてもむずかしく、緊急避難として殺人を犯さざるおえないことを承認するものであっても生きて用事をすべて済ませ家にたどりつくことは至難のわざなのである。

青少年には絶対にさせるような代物ではないことだけは間違いない。これに限らず、殺しが登場するゲームは青少年にはよくないよね。最近のゲーム機ってグラフィックがリアルだから、虚実の皮膜はどんどん薄くなってるって。Tomb Raiderは最大の敵は谷とか川とか自然の障壁が多いのだけど、多少は人も殺すし、虎、犬なんかも殺す。そんなときちょっと後味が悪い思いがするのは私だけだろうか。べつに私は善良な市民ということもないんだけれど。


テロリストが束になって発砲してくる。「私は君たちの味方だって!!」「うるさい!!!アメリカの犬め」と言っているかは不明 
postal2


Comment

 秘密にする

Track Back
TB*URL

Copyright © たわいもない話. all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。