たわいもない日々の雑感を綴ってみたいと思いまする。

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怒! その1
当ブログは「お気楽系」なので、日々の雑感を綴る日記として、園芸あり猫ネタあり、一丁前に能書きを振り回すこともあるが、やはり基本は「お気楽系」路線なのである。てなわけで庭木のお話やら、猫さんの日々を紹介しながら穏やかな日々を暮らせたらとってもハッピ~♪ と思うものである。

ところが、社会というものは生産力が共労と技術革新によって増大し、剰余価値を生みだすようになって、搾取するものと搾取されるものがうまれると勢い、政治は搾取する側のものへと転化する。本来政治はまつりごとでみんなでするものなのに、搾取される側は蚊帳の外、疎外されることとあいなるわけなのである。

とはいえ、為政者がトンデモなことをしでかすなら、のんきに園芸や猫の話をしている場合じゃない!ここで黙ってたら明るいニッポンの夜明けはないと思われるときは、強力に政治にコミットしてゆかねばならないと思うのが政治との関わり合いとしては最低限のレベルであり、それが基本スタンスであるとかんがえている。

とんでもないことは、この一週間密集して発生した。新しい順に言えば、映画「靖国」の上映中止、全国の卒業式に絡んで、日の丸・君が代。根津さんの処分問題、学習指導要領で「我が国と郷土を愛し」 君が代を「歌えるよう指導する」と明確な方針をうちだした。さきだっての「道徳教育」の強化ともあいまって「新」教育基本法を楯にした本格的な教育反動が全面的に開始された。

全国の支援の声と力を結集し、根津さんの免職解雇をはねかえした。大きな勝利であると私は思う。都教委は卑劣にもまたもや停職6ヶ月の処分を下した。引き続き微力ながら根津さん河原井さんの闘いを支持してゆきたいと思う。二人は、去年の沖縄の教科書検定をめぐる11万決起にならぶ、教育反動に抗する砦である。ここを守らずして誰が後に続こうか。

国を愛す。だれの国か? 主権在民 ならば国民の自由ではないか。何故「指導」されねばならない。絶対王政を経て市民革命によって成立した近代国家は資本家とそのパシリの政治家のものである!国は資本家の商売のための営業圏だ、シマだ、縄張りだ。ほんの歴史の一過程に過ぎないものだ。国民は資本家にとって大事な「お客様」であると同時に大事な大事な「価値」をうみだす金のタマゴだ。

資本家も政治家も人民もおなじ日本人だ。日本人として長い民族の歴史と伝統をもち、美しい緑をたたえた山々に清流、四方を幸に富んだ海に囲まれ情緒豊かな四季をもった国土。この日本人ならだれもが見てすばらしいと感じる国土。それに資本による人民にたいする抑圧・差別・搾取・収奪をなす機構をひっそりと重ね合わせて、資本家と政治家はペテンを吐く「我が国と郷土」を愛せと
日の丸・君が代はそうしたペテンを押しつける道具にすぎない。強制とそれに抗する者を弾圧するための踏み絵だ。

教育は国の礎。であればこそ、そこでの反動にはなにより敏感でなくてはならない。戦後民主主義として獲得された諸権利を楯とし、矛として粘り強く抗してゆこう。根津さん河原井さんを微力ながらも応援してゆこうと思う。やがて、ちいさな力が結集し、金のタマゴを割ったときガリアの雄鶏は雄叫びをもって時を告げるだろう。

「ヘーゲルはどこかで、すべての世界史上の大事件と大人物はいわば2度現れる、と言っている。ただ彼は、一度は悲劇として、二度目は茶番として、とつけくわえるのを忘れた。ダントンのかわりにコシディエール、ロベスピエールのかわりにルイ・ブラン、1793-1795年の山岳党のかわりに1848-1851年の山岳党、伯父のかわりに甥。そして、ブリュメール18日の再販が演じられた事情も、これと同じ戯画である!
 
人間は、自分で自分の歴史をつくる。しかし、自由自在に、自分で勝手に選んだ状況のもとで歴史をつくるのではなくて、直接にありあわせる、あたえられた、過去からうけついだ状況のもとでつくるのである。あらゆる死んだ世代の伝統が、生きている人間の頭のうえに、悪魔のようにのしかかっている。そこで、人間は、自分自身と物事とを変革する仕事、これまでになかったものをつくりだす仕事にたずさわっているように見える。

ちょうどそのときに、まさにそういう革命的危機の時期に、気づかわしげに過去の幽霊を呼びだして自分の用事をさせ、その名まえや、戦いの合言葉や、衣装を借りうけて、そういう由緒ある衣装をつけ、そういう借り物のせりふをつかって、世界史の新しい場面を演じるのである。」(ルイ・ボナパルトのブリュメール18日)

またも、かわりばえのしない厚化粧のような、日の丸・君が代で「愛国心」などという茶番劇を演じさせてはならない。

次回「靖国」へつづく

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自分の正義を疑え
 自分のブログにも書きましたが、私は自分の正義を露程も疑わずに威勢のいい言説をする人は信用しないのです。「○○は当然のことだ。」とかね。
 少なくとも、これこれこうだからよってこうすべきなのだという検証は(定期的に)してもらいたいもんです。自戒もこめて。
shira | URL | 2008/04/24/Thu 22:15[EDIT]
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卒業式、入学式は子ども(児童、生徒)の成長を確かめ、子どもの成長を喜ぶ機会のはず。子どもが主役で、子どもを直接にとりまく家族、先...  [続きを読む]
村野瀬玲奈の秘書課広報室 2008/04/05/Sat 12:49
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