憲法記念日なのである。ゴールデンウイークとして一斉レジャー決起の様相を呈した、かつての高度経済成長以降の景気のよいニッポンは影をひそめ、いい日旅立ちでどっかへでかけてみるも、安くて近くてお手軽なスペシャル銭湯へ出かけて、日々の賃労働の疲れてへろへろになった腰をジャグジーでいたわるくらいの事しかできなくなったのは当家だけのことではないだろうな〜。とおもえるガソリンの値上げ直前の駆け込み買いだめ行列なのである。一言いうならば、いまさらイジマシクじたばたしてもしょうがないじゃん。というところか。素直に生活が被る痛手を怒りに変換するほうが精神衛生に良い気する。なにより個人レベルでガソリンを大量に保管するのはヤバイって。
このゴールデンウイークという一週間の間に、コソーリと名前がかわっていた「昭和の日」、つづくメーデー、そして憲法記念日と連なるところがなんとも言えない気分を喚起する。
そのものズバリを受け取るなら、まるで反動と革命がせめぎ合った痕跡をいまに伝えるかのようではないか。とはいえ、「昭和の日」はあとからコソーリとさしたる話題にもならずにとってつけたものであるからにして、スルーして賃労働にゆくのもよしとしても、メーデーといい、今日の憲法記念日といい一般庶民にとってとても大切な日であると思うものなのである。
日柄一日バラでも愛でながら、憲法のことをいろいろと考える日であってもいいかもしれない。とはいえ、私は法学部に行ったつもりが亜法(阿呆)学部だったので、な〜んにも学ばなかったに等しいので素人なのである。てなわけで、思いめぐらす内容などたかがしれているのだけれど。
憲法が国家権力に一定の軛をかけるものであるというのは、おおよそ私らの世代では中学校くらいで教えられたことであるし、私はもちろんその時の担任教師のお言葉をいまでもずっと守り信じている。だから憲法って言うのは?と問われたら権力への軛と答えることにしている。
でもせっかくの年に一度の憲法記念日であるからにして、ちょっと違う視点から憲法を眺めてみる。
憲法は国家のありかた、基本構造を定めた法であるが、それは同時にマルクス主義、レーニン主義国家論にもとづくなら支配の基本方針を定めたものであるといえる。
であるがゆえにその内容は基本方針として国家の支配者=オーナーの意志が貫かれるべき性質のものなのである。
しかしながら憲法は真空において生まれ出るものではなく、それが制定される時点での社会の階級闘争とそれがもたらす力関係を反映するものとなる。かつて大昔の私の指導部は憲法のことを「階級闘争の決算書」とか「階級闘争の成績表」などと呼んでいた。
それは大日本帝国憲法であれば、それに連なる流れとしては以前「明治維新考」でも書いたことなのだが、欧米から流入した人権思想と啓蒙思想によって急進化した反政府勢力による自由民権運動の大爆発を抜きにはかたることはできない。それは、神の国ニッポンが立ち上がる伸るか反るかの激動期であったことを前提としても凄まじい運動であったのであることが想像できる。
さて、話がちょっとそれたが現行の日本国憲法をみるならば、その核心は資本主義社会の大原則を守るための29条の財産権の不可侵にこそあるのであるが、敗戦帝国主義日本という国際的、国内的な特殊な諸事情が複雑に絡み合いながら天皇制を象徴にまでグレードダウンさせながらも存続させつつ、敗戦帝国主義としての武装解除と、戦後革命期の激動を眼前に憲法起草者はニッポンのオーナーと、占領軍GHQの三つどもえの綱引きのなかで日本国憲法を類い希なる民主主義と平和をたからかと謳った憲法として起草したのだろう。
それはあたかも、第一次大戦後のドイツでキール軍港での蜂起に始まるドイツ革命の激動がローザルクセンブルクとリープクネヒトらを筆頭とした多くの優秀な指導部を虐殺することをもって敗北させた代償として、当時やはり類い希な民主主義憲法であったヴァイマル憲法をうみだしたのと同じ構図なのだと思った。
ちょっとレアかもしれないが、憲法は「階級闘争の決算書」とか「階級闘争の成績表」という認識もあるということなのである。であるから頑張って庶民は 憲法が保障する諸権利を意識的に自ら守っていかないと、やがてサイテーの「成績表」をいただくことになる。というお話でありました。 おっとまた翌日になってしまった。good night!
このゴールデンウイークという一週間の間に、コソーリと名前がかわっていた「昭和の日」、つづくメーデー、そして憲法記念日と連なるところがなんとも言えない気分を喚起する。
そのものズバリを受け取るなら、まるで反動と革命がせめぎ合った痕跡をいまに伝えるかのようではないか。とはいえ、「昭和の日」はあとからコソーリとさしたる話題にもならずにとってつけたものであるからにして、スルーして賃労働にゆくのもよしとしても、メーデーといい、今日の憲法記念日といい一般庶民にとってとても大切な日であると思うものなのである。
日柄一日バラでも愛でながら、憲法のことをいろいろと考える日であってもいいかもしれない。とはいえ、私は法学部に行ったつもりが亜法(阿呆)学部だったので、な〜んにも学ばなかったに等しいので素人なのである。てなわけで、思いめぐらす内容などたかがしれているのだけれど。
憲法が国家権力に一定の軛をかけるものであるというのは、おおよそ私らの世代では中学校くらいで教えられたことであるし、私はもちろんその時の担任教師のお言葉をいまでもずっと守り信じている。だから憲法って言うのは?と問われたら権力への軛と答えることにしている。
でもせっかくの年に一度の憲法記念日であるからにして、ちょっと違う視点から憲法を眺めてみる。
憲法は国家のありかた、基本構造を定めた法であるが、それは同時にマルクス主義、レーニン主義国家論にもとづくなら支配の基本方針を定めたものであるといえる。
であるがゆえにその内容は基本方針として国家の支配者=オーナーの意志が貫かれるべき性質のものなのである。
しかしながら憲法は真空において生まれ出るものではなく、それが制定される時点での社会の階級闘争とそれがもたらす力関係を反映するものとなる。かつて大昔の私の指導部は憲法のことを「階級闘争の決算書」とか「階級闘争の成績表」などと呼んでいた。
それは大日本帝国憲法であれば、それに連なる流れとしては以前「明治維新考」でも書いたことなのだが、欧米から流入した人権思想と啓蒙思想によって急進化した反政府勢力による自由民権運動の大爆発を抜きにはかたることはできない。それは、神の国ニッポンが立ち上がる伸るか反るかの激動期であったことを前提としても凄まじい運動であったのであることが想像できる。
さて、話がちょっとそれたが現行の日本国憲法をみるならば、その核心は資本主義社会の大原則を守るための29条の財産権の不可侵にこそあるのであるが、敗戦帝国主義日本という国際的、国内的な特殊な諸事情が複雑に絡み合いながら天皇制を象徴にまでグレードダウンさせながらも存続させつつ、敗戦帝国主義としての武装解除と、戦後革命期の激動を眼前に憲法起草者はニッポンのオーナーと、占領軍GHQの三つどもえの綱引きのなかで日本国憲法を類い希なる民主主義と平和をたからかと謳った憲法として起草したのだろう。
それはあたかも、第一次大戦後のドイツでキール軍港での蜂起に始まるドイツ革命の激動がローザルクセンブルクとリープクネヒトらを筆頭とした多くの優秀な指導部を虐殺することをもって敗北させた代償として、当時やはり類い希な民主主義憲法であったヴァイマル憲法をうみだしたのと同じ構図なのだと思った。
ちょっとレアかもしれないが、憲法は「階級闘争の決算書」とか「階級闘争の成績表」という認識もあるということなのである。であるから頑張って庶民は 憲法が保障する諸権利を意識的に自ら守っていかないと、やがてサイテーの「成績表」をいただくことになる。というお話でありました。 おっとまた翌日になってしまった。good night!
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アッテンボローの雑記帳 2008/05/04/Sun 04:41
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