たわいもない日々の雑感を綴ってみたいと思いまする。

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スターリン主義 レーニンとスターリン
肩こり指数 ★☆☆

「スターリンはあまりに粗暴である。この欠陥は、われわれだけの中では、またわれわれの中で党員を扱うには充分耐えていけるが、書記長にあっては耐えがたいものになる。それが、私が、同志諸君がスターリンをその地位から取り除く方法について考え、彼に代えてあらゆる点で同志スターリンよりも優れた別の人、つまり彼よりも寛容で、忠誠で、鄭重で、同志にたいして配慮に厚く、気紛れでない別の人を任命することを提案する理由である。」
これは1923年の1月4日、レーニンが遺言の最後につけ加えた一文である。

例年なら、貧乏暇ありなのだが、今年はなぜかお仕事が忙しい。とはいえ単価は大暴落なので貧乏暇無し状態にくたびれ果て、すっかり書く気も失せ、コメント返しも放棄し、更新をサボってしまった。過分な期待を寄せて下さった土岐さまどうも失礼いたしました。プレッシャーをいただき筆が止まったわけではございません。価値判断はできれば回避しようかなどとも考えていたりはしますが(笑)。ともあれ、やはりトロツキーの頭蓋骨に7cmのピッケルが打ち込まれるところまで歴史の叙述は必要かと考えております。
それでは続きをいきます。

NEPを導入した年のおわりごろ激務による過労からレーニンは著しく体調を崩し、翌年1922年5月に脳卒中の発作により右半身に麻痺を患うこととなる。
時をおなじくして、民族の坩堝といわれるほどに他民族国家であったロシアは、革命後、各所で民族の独立が勝ち取られソビエトが誕生した。この民族の独立にどう向き合うかを巡って党内で議論がなされたのであるが、グルジアをめぐって対立が生じていた。

そうしたさなか、1922年3月の第11回党大会ののちの4月、党中央委員会はスターリンを最高指導部としての共産党書記長に選出する。 スターリンはグルジア問題に対してロシア連邦政府がすべての諸共和国の政府となることを前提として、ロシア・ソビエト社会主義連邦共和国に「自治共和国」として参加をすることを提起するのである。レーニンはこれに対してソビエト社会主義連邦共和国にロシア連邦政府が政府となるのではなく、すべての諸ソビエト共和国とともにソビエトロシアは対等で平等の権利を有するものとしてソビエト社会主義連邦共和国をつくるべきであるとして、スターリンの提起を大ロシア排外主義と呼び激しく非難するのである。

このグルジア問題をきっかけとして、レーニンはスターリンが絶大な権力を自らに集中したことに激しい危惧を抱いていたのである。
病に倒れたレーニンの最後の闘争は、大ロシア排外主義的傾向との闘い、ツァーの置き土産である官僚機構の重圧とそれに蝕まれつつある党、そして、なにより後継者スターリンとの闘いとして為されるのだった。そうしたものとして翌年の1923年4月17日の第12回党大会に向けて精力的に準備を進めるのであるが、スターリンの意を介した党中央委員会と官僚のさまざまな妨害と監視に直面することとなる。そして、暮れの12月23日に襲った激しい発作は完全にレーニンから右手と右足の感覚を奪った。

国家と党の行く末を案じる彼は、口述筆記で民族問題に関する覚え書きと遺書を残すがスターリンと党中央委員会はこれを握りつぶしたのである。党大会直前の1923年3月7日レーニンを三度襲った激しい発作は半身の自由と言葉を奪い彼の政治生命は尽き、それから一年足らずの1924年1月21日に無念意志半ばにして、53歳の若さでこの世を去ったのだった。

次回 「スターリンとトロツキー」につづく 

晩年のレーニン 気の毒で言葉もない!
悲劇の種ははスターリンの手で世界中にまき散らされることとなる
lenin2.jpg


Comment

 秘密にする

 真面目な話に茶々を入れるトリビアネタで恐縮ですが、ソ連~ロシアの歴代指導者の頭髪は薄いのとフサフサがかなりの確立で交互なんだそうで。
 レーニン(薄い)→スターリン(フサフサ)→マレンコフ(毛は濃いがイマイチ陰が薄い)→フルチショフ(薄い)→ブレジネフ(フサフサ)→アンドロポフ(薄い)→チェルネンコ(フサフサ)→ゴルバチョフ(薄い)→エリツィン(フサフサ)→プーチン(薄い)
shira | URL | 2008/05/26/Mon 21:38[EDIT]
こんばんわshiraさま
おおぉ! 確かに。こうして並べてみると、人格的問題は髪フサフサ系に多いような気がします。プーチンは例外的な扱いとして見た場合、スターリン主義の歴史的な破産の過程を左巻きの「薄い」と右巻きの「ふさふさ」がせめぎ合い、ジグザグとブレながら進んできた過程が改めて思い起こされます。

ご当地ではしこたま評判が悪いと聞くゴルビーではありますが、彼はスターリン主義の捻れを克服しうる萌芽を秘めていたと評価しております。ただ、彼は党を理論的にも、実践的にも正しい方向に再武装することができなかった。その結果、一気に「左」に大きくブレたとき振り落とされてしまい、山師のエリリンに油揚をさらわれてしまった。

とはいえ、スターリンからブレジネフへとつづく大きな流れが澱んだとき、大きく流れをかえた氏は当人も言うように「最後の共産主義者」だったのかもしれないな~と 。

INF全廃条約をブレスト・リトフスク講和条約に、ペレストロイカをNEPに単純に重ね合わせてみることはナンセンスとは思いながらも、そんな思いを全否定することが出来ないのであります。
薩摩長州 | URL | 2008/05/27/Tue 23:57[EDIT]
これもレーニン
われわれがよく知っているのは、演説しているところとか、肖像写真のレーニン。
しかし、この写真もレーニンですね。
それにしても本当に晩年を印象付けるレーニンです。
ただ、目が意思的なところは、若くて元気だった頃と同じだと思います。

だから、これもレーニン。

薩摩長州さんのエントリーで、彼は53歳で逝ったことを、思い出しました。
複雑な思いが湧いてきます。
J | URL | 2008/05/30/Fri 10:35[EDIT]
こんばんわJさま
こんばんわJさま

そうですね。演説しているところのレーニンの写真はとても好きな一枚です。しかし、この写真は・・・

この写真をはじめて見たときは衝撃に近いものを感じました。ご指摘のとおり、目たしかにレーニンのもの。であるならば、彼はあの時その目で何を見、何を考えていたか。
察するにあまりに悲しい。
薩摩長州 | URL | 2008/05/30/Fri 23:50[EDIT]
スゴイ写真
しばらく他方面にエネルギーを費やしておりましたので、こちら方面への関心がお留守になっておりました...(苦笑)。しかし掲載されているレーニンの写真に、関心がぐっと引き寄せられたような気がします。スゴイ写真です。

正直言いまして、私はこれまであまりレーニンには関心がなかったんです。その思想にも人物にも。けど、こういう写真を見せられてしまうと関心を持たざるを得ない。特にレーニンがどんな人物だったのか、その人物像を捉えたくなってきました。
愚樵 | URL | 2008/06/16/Mon 19:32[EDIT]
いらっしゃいませ愚樵さま
おひさでございます。この連続物エントリー、お気づきになっておられたかもしれませんが、愚樵さまにあてたものでございます。な~~んて、もちろんそれだけではないのだけれどホントの話し。えーと、以前ちょっと論争になりかけたところで、マルクス主義、レーニン主義の必然的帰結がソビエト連邦の官僚主義、全体主義との示唆があったことに関して、それをスターリニズムと否定した私自身の説明責任を果たすものとして、昨今たいへんデリケートにして、複雑な問題がとあるところで生じていることとも絡んで(ほのめかしですんません)正直気が進まないところもあれども、やっとこさ手をつけたというのが一点。 

もう一点はチョット大袈裟な物言いですが、現代社会、わけても国際社会を論じるうえで、私は某御仁のように国際法を一切の基準に据えるものではありません。国連や国際法で世界がまわっているわけではない、それはあくまで一つの要因をなすものでしかない。

19世紀中庸にはじまる資本主義の勃興と続く20世紀初頭からの帝国主義段階の移行にともなう世界大戦の時代、侵略を内乱に転化し革命をなしたロシアとその後のスターリン主義的共産主義運動の変容をへて至る今日の歴史的な地平を明らかにし、そこで生起するさまざまな国際問題を解する導きの糸をたぐるには、どうしてもここを言葉足らずの未熟な記述ではあっても、一度は書かねばならないと思っていたものなのでございます。

実は、そこを語っていないがゆえに、私は真っ正面から自ブログでも他人様のブログへのコメントでも国際問題に論及することを極力避けてきたものでございます。愚樵さまとの対話を通じそんな手に余る複雑で、面倒くさい作業に手をつける気にさせていただいたことは誠に感謝であり、対話があってこそ生みだしうるパトスであると思っております。

いろいろと結論へと導いてゆく過程には、いまだ克服されていない問題や、十分に研究がつくされていない点など、未開なところもあっていろいろと苦悩しつつ、私もまた同じく「他方面にエネルギーを費やして」おりますゆえ、なかなか筆が進まないのでありますが、さまざま綴りたい、「欲望」とか「計画経済のウソ」とかのお題を後回しにして、他人様のブログへのコメントも控えてとりくんでおります。力足らずで過不足はあろうと思いますが、読んでいただいた方々の理解を得ることは到底望むべきものではないにせよ、一つの認識として心の片隅においていただけるようなものにしたいものだと結構真面目に考えております。よろしければひきつづきお付き合いの程よろしくお願い致します。

コメントいただきありがとうございました。

追記 レーニン像は著しくゆがめられてまいりました。歴史上、世界ではじめて資本を打ち倒したことへの資本家たちの恐怖と憎悪から、そして、彼のなした仕事に人格を重ね合わせ権威主義的にひきまわし、彼の言葉の位相を180度反転させ世界にまき散らしたスターリニストの害毒は、巧みにレーニンの言葉を換骨奪胎しており、その影響は文献などにも及んでおり、研究と理解を困難なものとしてきたのであります。その点をお含みいただきたいと思いまする。
薩摩長州 | URL | 2008/06/16/Mon 23:46[EDIT]
いつもお世話になります
こんにちは。もっと凄まじい写真を自前ブログにアップしているので、トラバしました。
TAMO2 | URL | 2008/06/29/Sun 12:48[EDIT]
ありゃりゃん。トラバが生きませんね。では、urlを。
http://red.ap.teacup.com/tamo2/102.html
TAMO2 | URL | 2008/06/29/Sun 22:06[EDIT]
いらっしゃいませTAMO2さま
お手数をおかけいたしました。TB通らないことが結構あるのであります。アッテンさんからは通るのに、こちらからは通りません。決して拒んでいるのではありませんのでお気を悪くなさらないで下さいませ。

さて、さっそくに拝見させていただきまして、鳥肌が立ち、背筋が寒くなる思いを感じました。レーニンはプロメーテウスだったのでございましょうか・・・

園芸と浅学凡人の屁理屈ブログでありますゆえ、誤りや、独断、偏向も多くあるとおもってございます。願わくばその理論的高みから、やんわりと知性の光をかざしていただけたら何よりの喜びと心得ております。またのおこしをお待ちしております。

TBありがとうございました。
薩摩長州 | URL | 2008/06/29/Sun 23:45[EDIT]
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おまとめブログサーチ 2008/05/26/Mon 11:44
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