今日はバラをいきます。先週はちょっと性根が入るくらい忙しくて、バラを愛でている余裕もなくひたすら賃労働に励んでおりました。若き日に些細な縁から、社会の変革運動に足を突っ込んだ私が堅気の真っ当な仕事に就けるはずもなく、あの当時身につけた数々のスキルをネタに細々と零細極弱小資本家としてひっそりと生きて参りました。決してヤクザ屋さんではありませんよぉ(苦笑)
毎度のセリフではありますが、「明るいニッポンの夜明けをみてから天へと召されたい」と思うものでありますが、そのためには唯物論的現実の問題として生きてゆかねばならないというわけで、魂まで捧げるつもりはさらさらないことは言うまでもないのですが、それなりに社会の要請に応える意味で納期を厳守し、誠意をもってお仕事に励むのであります。それにしても、コイズミ&ヘイゾリッヒ・タッケンナッカーがニッポンを席巻して以降とても暮らしぶりは悪くなった。いつの日か必ず吊るさんといかんよね、コイツら!
というのは単なる愚痴でありまして、要は毎日おっそーくに帰っても鉢植えが多数を占めるうちのバラは毎日水遣りをせねばならないのであります。そうした事情から各所にガーデンライトを設置し、深夜12時近くに帰宅しても水遣りは出来るようになっているのであります。ガーデンライトはタイマー標準装備にて、夕刻から深夜12時ちょっと過ぎまで点灯するようになっております。
うちで多く栽培しているオールドローズの多くは照り葉ではなくマットな葉が多く、撥水性が照り葉に比べて悪いためか病気の発生に対する抵抗力が弱いように思われる。
病気の発生を抑制することを考えたら圧倒的に水遣りは早朝がいいそうだ。とはいえ、水遣りに1時間以上、場合によって地植えのものも含めると2時間ちかくかかることを思うと、とてもじゃないが早朝水遣りをしていたら、その延長線上からお仕事をする意志が消滅してしまう恐れがあるので、うちでは帰宅後に一回、鉢底から水が出るまでと決めている。個別具体的な栽培環境に依存することはもちろんのことだが、早朝水遣りは黒点病の発生を抑止するにはとても効果的らしい。
そうした状況で深夜の水遣りのみがバラとの接点となった先週が過ぎてみれば随分と沢山の品種が開花を通り越して、散り始めていた。週末の前線の影響での土砂降りもそれに拍車をかけた。開花して開ききる直前の一番「びゅーてぃほー」な瞬間を見逃してしまった、誠に無念残念なのであった。とはいえ、イングリッシュローズもオールドローズも、モダンローズの多くの品種群と比べると開花から散り始める直前までその美しい花姿は、若干の色合いの変化を伴いながらも、変わらないところが素晴らしい!
愚痴と能書きはここらまでにして、バラを貼っておきます。癒されて下さいませませ。
といいつつ自分がいちばん癒されるのだという事実を知る(爆)
モダンローズのアイスバーグ


モダンローズでつるバラのアンクルウォーター

モダンローズでつるバラのアンジェラ

イングリッシュローズのエグランティーヌ


モダンローズでつるバラのエバーゴールド

イングリッシュローズのキャスリンモーリー


イングリッシュローズのグラハムトーマス

イングリッシュローズのグラミスキャッスル

イングリッシュローズのグルスアンアーヘン

名前をすっかり忘れたクレマチス(ごめん!)

まだまだ続きます
毎度のセリフではありますが、「明るいニッポンの夜明けをみてから天へと召されたい」と思うものでありますが、そのためには唯物論的現実の問題として生きてゆかねばならないというわけで、魂まで捧げるつもりはさらさらないことは言うまでもないのですが、それなりに社会の要請に応える意味で納期を厳守し、誠意をもってお仕事に励むのであります。それにしても、コイズミ&ヘイゾリッヒ・タッケンナッカーがニッポンを席巻して以降とても暮らしぶりは悪くなった。いつの日か必ず吊るさんといかんよね、コイツら!
というのは単なる愚痴でありまして、要は毎日おっそーくに帰っても鉢植えが多数を占めるうちのバラは毎日水遣りをせねばならないのであります。そうした事情から各所にガーデンライトを設置し、深夜12時近くに帰宅しても水遣りは出来るようになっているのであります。ガーデンライトはタイマー標準装備にて、夕刻から深夜12時ちょっと過ぎまで点灯するようになっております。
うちで多く栽培しているオールドローズの多くは照り葉ではなくマットな葉が多く、撥水性が照り葉に比べて悪いためか病気の発生に対する抵抗力が弱いように思われる。
病気の発生を抑制することを考えたら圧倒的に水遣りは早朝がいいそうだ。とはいえ、水遣りに1時間以上、場合によって地植えのものも含めると2時間ちかくかかることを思うと、とてもじゃないが早朝水遣りをしていたら、その延長線上からお仕事をする意志が消滅してしまう恐れがあるので、うちでは帰宅後に一回、鉢底から水が出るまでと決めている。個別具体的な栽培環境に依存することはもちろんのことだが、早朝水遣りは黒点病の発生を抑止するにはとても効果的らしい。
そうした状況で深夜の水遣りのみがバラとの接点となった先週が過ぎてみれば随分と沢山の品種が開花を通り越して、散り始めていた。週末の前線の影響での土砂降りもそれに拍車をかけた。開花して開ききる直前の一番「びゅーてぃほー」な瞬間を見逃してしまった、誠に無念残念なのであった。とはいえ、イングリッシュローズもオールドローズも、モダンローズの多くの品種群と比べると開花から散り始める直前までその美しい花姿は、若干の色合いの変化を伴いながらも、変わらないところが素晴らしい!
愚痴と能書きはここらまでにして、バラを貼っておきます。癒されて下さいませませ。
といいつつ自分がいちばん癒されるのだという事実を知る(爆)
モダンローズのアイスバーグ


モダンローズでつるバラのアンクルウォーター

モダンローズでつるバラのアンジェラ

イングリッシュローズのエグランティーヌ


モダンローズでつるバラのエバーゴールド

イングリッシュローズのキャスリンモーリー


イングリッシュローズのグラハムトーマス

イングリッシュローズのグラミスキャッスル

イングリッシュローズのグルスアンアーヘン

名前をすっかり忘れたクレマチス(ごめん!)

まだまだ続きます
Comment
バラの写真の数々、
写真でこれだけきれいということは…。
実物は‘すばらしい’のでしょうねえ。
レーニンさんの写真、ほんとにお気の毒です。
20世紀の革命への情熱の裏には(底流には)、
人情として、熱い人間への‘愛’があった…。
そんな風に感じました。
写真でこれだけきれいということは…。
実物は‘すばらしい’のでしょうねえ。
レーニンさんの写真、ほんとにお気の毒です。
20世紀の革命への情熱の裏には(底流には)、
人情として、熱い人間への‘愛’があった…。
そんな風に感じました。
「生前レーニンは、たとえ個人的にかなりの権威があったにせよ、権威の源泉と見なされることはなかった。個人的権威は、レーニンが自分の見解、政治的判断を主張し、守り通してきた論議の中から自然に形づくられ、また過去の成功から築き上げられた合法的力に基づいている。
だから彼の権威は不可侵ということもなかった。逆にレーニンは、いつもボルシェヴィキ党の指導グループ内でさえ、不一致、抵抗、反対に出遭っていた。
彼は党の首席と認められていたが、このことは彼に反対することも咎めなかったばかりか、もし必要と考えられるなら、他の同志達はレーニンの意志に反対することが認められ、また期待されてさえいた。彼が首席だったのは、動揺し、気の進まぬ人々さえも闘争に引き入れ、確信を抱かせた手腕ゆえであり、反対者を拒絶し、沈黙させる権限があったからではない。
レーニンは、強固な党規律の必要性を確信していたが、反対者を、自分だけが束縛されない規律の下に、押し込めようとはしなかった。またレーニンは、党内で公的な特権を獲得し、どのような分野の多数による決定の統制から、自分だけ免れようともしなかったのである。」
こんばんわnaokoさま。いろいろと右からは言うに及ばず、左からも「悪人」のように言われているのをしばしば目にすることのあるレーニン評なのでありますが、naokoさまに感じていただきました「熱い人間への‘愛’」は本当にそのとおりだと私自身も思っております。
海千山千の資本家相手に政治的、軍事的に革命を勝利に導くためには、ある種きれい事のヒューマニズムでは語れない「えげつない事」もあったとも聞いておりますが、レーニンの思いの根底に揺るぎない原則としてあったものは 「熱い人間への‘愛’」であったと。
冒頭の引用は、手元の茶色に変色した大昔のレジュメのなかの一節、民主集中制というセクションの最後に書かれていたものであります。レーニンの側近だったバレンチノ・ゲラターナという人が見たレーニンの人となりであります。彼は、人に有無も言わさず物事を強制するような人ではなかった。ときに拒まれることを認め、拒まれても粘り強く話し合い説得し人を動かしたのだと。彼の目はいつだって庶民の暮らしに向けられていたのだと思っています。
下手の横好きの園芸趣味ではございますが、お褒めいただきましてありがとうございます。若い頃はメカニックなものが趣味であったのですが、年をとったといことなのでしょうか、めぐる季節とそのなかで刻々と姿をかえる植物へと関心は移行しました。せっせせっせと手をいれて、大きく育つことがとても喜びだったりして。人もかわるものでございますね。
コメントいただきありがとうございました。またのおこしをお待ちしております。
だから彼の権威は不可侵ということもなかった。逆にレーニンは、いつもボルシェヴィキ党の指導グループ内でさえ、不一致、抵抗、反対に出遭っていた。
彼は党の首席と認められていたが、このことは彼に反対することも咎めなかったばかりか、もし必要と考えられるなら、他の同志達はレーニンの意志に反対することが認められ、また期待されてさえいた。彼が首席だったのは、動揺し、気の進まぬ人々さえも闘争に引き入れ、確信を抱かせた手腕ゆえであり、反対者を拒絶し、沈黙させる権限があったからではない。
レーニンは、強固な党規律の必要性を確信していたが、反対者を、自分だけが束縛されない規律の下に、押し込めようとはしなかった。またレーニンは、党内で公的な特権を獲得し、どのような分野の多数による決定の統制から、自分だけ免れようともしなかったのである。」
こんばんわnaokoさま。いろいろと右からは言うに及ばず、左からも「悪人」のように言われているのをしばしば目にすることのあるレーニン評なのでありますが、naokoさまに感じていただきました「熱い人間への‘愛’」は本当にそのとおりだと私自身も思っております。
海千山千の資本家相手に政治的、軍事的に革命を勝利に導くためには、ある種きれい事のヒューマニズムでは語れない「えげつない事」もあったとも聞いておりますが、レーニンの思いの根底に揺るぎない原則としてあったものは 「熱い人間への‘愛’」であったと。
冒頭の引用は、手元の茶色に変色した大昔のレジュメのなかの一節、民主集中制というセクションの最後に書かれていたものであります。レーニンの側近だったバレンチノ・ゲラターナという人が見たレーニンの人となりであります。彼は、人に有無も言わさず物事を強制するような人ではなかった。ときに拒まれることを認め、拒まれても粘り強く話し合い説得し人を動かしたのだと。彼の目はいつだって庶民の暮らしに向けられていたのだと思っています。
下手の横好きの園芸趣味ではございますが、お褒めいただきましてありがとうございます。若い頃はメカニックなものが趣味であったのですが、年をとったといことなのでしょうか、めぐる季節とそのなかで刻々と姿をかえる植物へと関心は移行しました。せっせせっせと手をいれて、大きく育つことがとても喜びだったりして。人もかわるものでございますね。
コメントいただきありがとうございました。またのおこしをお待ちしております。
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シーザーは、京成バラ園のサイトではつるバラとして紹介されているけど うちのは購入時から、がっしりした木立性。 建物近くに植えているので リビングの窓から見えるように、少し背を高めに仕立てているのだけど 今年は偶然にも こんなハート型になった。 うちのバラの... [続きを読む]
真プライベート・ロード 2008/05/30/Fri 13:53
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