たわいもない日々の雑感を綴ってみたいと思いまする。

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マトリックス



ついこのあいだマトリックスを全編通しで見た。何をいまさら古映画をなのであるが、これって意外と奥が深いなと思った。そんなわけで、そのことをつらつらと考え中なのでありました。

給油法案が衆院を通った! それもあっさりと。”怒”

体調は最悪(T_T) お仕事は続く・・・ ので今日は簡潔に、失礼しました。m(_ _)m


Comment

 秘密にする

アニメですけど
「攻殻機動隊」ってご存じです? 実は私、コチラはかなりのファンでしてσ(~o~;

「マトリックス」はここからいろいろパクッたってのは定説です。監督自身が認めてます。

愚樵 | URL | 2008/10/23/Thu 19:52[EDIT]
いらっしゃいませ愚樵さま
「攻殻機動隊」って聞いたことはあります。私、アニメ好きなんですけどガンダムの三部作以降は雨後の竹の子のように登場したモビールスーツ系は派生的なものとして一括りにしていて「エバンゲリオン」すらその内容は知らないほど関心は薄くなってしまいました。わりとテーマが哲学的だったりするようでありますが・・・

2年前くらいだったか鉄人28号やってましたが、あんな感じのシンプルなのがすきだったりします。

さて、せっかく愚樵さまがいらしたのだからちょっと、思いを明かしますと例のバーチャルとリアルの話と、マルクス・エンゲルス―レーニン国家論の、国家は(抑圧のための)「暴力装置」ということは最近ブログ界隈でもある種の一般論としての脈絡で語られることはあると思うのですが、それは本質論であって、現象論としての位相でみるならば「幻想的共同体」なのであるという認識が、マトリックス第一部で救世主のタマゴが知恵の実リンゴならぬ、自らの意志で選択したお薬を飲んでリアルな真実を知るあたりで重なって、おもわず「幻想的共同体」というのはこうゆ~ことだったのかと膝を叩いたというお話なのであります。

かくのごとき問題意識が生じたのは、お玉さまのところで半解氏が感情を排して、客観的な姿勢で物事をみつめないと”だまされてしまいます”といっていたことへの違和感なのであります。マトリックスを見ていて、そうじゃない!オレ達はよぉお、この世に生をうけたときからずっと”だまされつづけているんだよぉ”とおもったのであります。

さて、話はかわりますが、貞子の”リング”の続編”らせん”、そして完結編の”りんね”は文芸もの苦手で小説を読むことのない私が珍しくも謎解きを知りたいが為に出版と同時に読んだものでありますが、これが実にマトリックスによく似た世界だった。いや、実際は出版のほうがはやかったのだから、マトリックスが似ていたということなのかも知れませんが。まあ、タイムマシンのようなよくある話しともいえますが、なぜか私はこのストーリーをひねり出した奴は恐らく”アカ(共産主義者)”だ! あるいは、暴力が救世主として登場するところから”クロ(アナーキスト)”かも、な~んてレッテルを貼ってみたりするわけです。

危ない系サヨクのおっさんはこんなことを考えながら映画を見ていたりするもんだという、たわいもないコメントでした。(^o^)
薩摩長州 | URL | 2008/10/23/Thu 21:56[EDIT]
あまりにも
パクリで、ここまで色を付けたことには脱帽。v-221
久し振りに笑いました。
土岐幸一 | URL | 2008/10/24/Fri 10:35[EDIT]
いらっしゃいまし土岐さま
私もこれをはじめて見たとき、お腹がよじれるほど笑いました。それにしても誰がどうやってこれを作ったのだろうかと思いました。実によくできている。素晴らしい!

やはり、CGのプロがおちゃらけで作ったのでしょうか、世の中すごい能力の持ち主がいるものです。
薩摩長州 | URL | 2008/10/25/Sat 22:01[EDIT]
一周年 おめでとうございます
タイトルは記事違いですけど...m(_ _)m

>そうじゃない!オレ達はよぉお、この世に生をうけたときからずっと”だまされつづけているんだよぉ”とおもったのであります。

同感です。しかもだまされているのはひとりではない。常識とか伝統とかいったものも私たちをだますものですし、なによりも自分自身にだまされている。自分自身にだまされずにあるがまま、正直に生きるというのは実に難しいことなのでありますね。

あるところで人間をコンピュータに例えてみたことがあります。人間の基本的な機能をCPUに、各々の精神世界をOSに、近代的な民主主義をアプリケーションに例えたのですが、ここで言ったのは、民主主義というアプリケーションを走らせるには、それに適したOSがいる。民主主義を走らせるのに適したOSは差し詰め「近代」というものでしょうが、そうしたOSが載っていないPCに無理矢理民主主義というアプリを走らせようとすると、暴走が起こる。こうした暴走は悲劇を生むものでして、アフリカあたりでは民主主義を導入したばかりに悲惨な内乱などが発生していたりします。

このOSが、歴史的に受け継がれてきた伝統や常識だったりします。でも、これらは私たちをだますものなのですね。とはいえ、私たちが生きていくのに精神世界というOSをなしで済ますわけにはいかない。これはおそらく人間という構造そのものに由来することでしょうから。となれば、だまされないためには、マルチOSに対応するしかない。様々なOSに切り替えて物事を見ることで、だまされていることを相対化するしかない...などと思っていたりするわけです。

薩摩長州さんの「思い明かし」につられて、私も「たわいもないこと」を述べてしまいました。
愚樵 | URL | 2008/10/26/Sun 15:00[EDIT]
お祝いの言葉ありがとうございます
そして、愚樵さまから同意していただき光栄の至りでございます。
そうです、常識や伝統とかいったものが、古き良き時代からコソーリとパクってきて「幻想的共同体」を描き出すイデとして再利用されていたりするわけです。

ちょっと面白いたとえですね、CPU、OS、アプリというカテは。アフリカを例にとっておられるので、以前ちょっと根性をいれて取り組みました”コンゴの内戦”に例にとってみたいとおもうのですが、民主主義(アプリ)をうちたてるために近代化(OS))が必要であることは誠にそのとおりだと思います。そしてそれは同時に近代化(OS)をまず動かし得るCPUの力量がなければなりません。しかしながら、帝国主義的支配が植民地にたいして為す最大の害悪は、CPUの力がアップすることを許さないと言うこと。そこから、近代化(OS)の発展をことごとく阻止していることが彼ら彼女らを極貧の生活に押しとどめているといえましょう。それでは民主主義(アプリ)が走ろうはずもありません。

コンゴはたいへん豊かな天然資源に恵まれた国でありますが、長いことベルギー帝国主義の植民地支配に苦しめられてきました。それでも、第二次大戦ののちアフリカ大陸を席巻した民族独立の風はコンゴにも民族独立の気運をたかめ、同時にそれに呼応した宗主国ベルギー国内での左派勢力の闘いもあり、コンゴは独立をパトリス・ルムンバの指導する MNC(コンゴ国民運動)のもと勝ち取るのです。

しかしながら、独立を勝ち取ったとはいえ、それは宗主国ベルギーとの生死をかけた独立戦争を闘いきり掴み取った勝利ではなく、ラッキーな偶然の連続でなされたものであり、彼らは統治能力と独立を担保する軍を持っていなかった。

コンゴの悲劇は、そうした状況が宗主国ベルギーの呪いの言葉に魅せられた反動的民族主義者同士が宗主国のおこぼれにあずかる買弁ブルジョアジーの座を巡って泥沼の内戦を始めたところにあるのであります。そうした内戦の過程で、コンゴの良心パトリス・ムルンバは虐殺されたのでした。

私達は権力というものは苦労して苦労して頭をひねり血と汗を思いっきり流し、そのことを通じて自らを打ち鍛え、権力を担いきる理論と主体的力量をまず獲得しなければならないと教えられてまいりました。棚からぼた餅のように権力の空白にはまるように権力の座についた者が為したとてつもない悲劇がポル・ポトであったと。

最後に、私がコンゴの内乱を調べるのに結構な量の資料のうち、たいへん参考になったものの一つを紹介させていただきますhttp://www.kaho.biz/congo.html
だいたいアフリカで「すったもんだ」している原因はこのコンゴの内乱と同じところに根があるようです。

コメントとお祝いいただきましてありがとうございました。m(_ _)m
薩摩長州 | URL | 2008/10/27/Mon 22:10[EDIT]
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