たわいもない日々の雑感を綴ってみたいと思いまする。

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

カウツキー
先週はハイウェーで恐怖のドライブだったのですが、今週は毎日6時出撃でお船にのって島流しであります。往復5000円かかります。風邪の方はすっかりぶり返し、月曜日はお休みしてお医者にいきました。抗生剤とステロイドと咳止めシロップを処方してもらいそれでなんとかなってますが、風邪と喘息の密集せる病のまえにへろへろであります。

咳のしすぎで、背筋がいたいっす。とはいえ、このお仕事は私しかできるものがいないので逃げるわけにもいかず、なんとか無事納めることができることを祈りながら(誰に?)ぼちぼち労働に励んでおります。

三介さまが書いておられたのですが、ファノンはサルトルとボーヴォワールに向かって”おれは生をけちけちするやつが嫌いだ”と言いはなったのですが、それはファノン自身が白血病によって余命幾ばくもないことを自覚していたからなのか、まさに血を吐くような魂の叫びだったのだとおもいます。

それに比べるべきものでは当然ないのですが、多くの人民もまた。命を削って労働しているのでありますな。

資本の集積がすすみ、銀行資本との癒着がふかまり金融資本を形成すると、それは政治権力を自由にするようになるのであります。そのような独占的な価格を形成することの出来る巨大資本の下で、膨大な中小零細資本や小資本は過当競争を強いられ、資本が資本を搾取・収奪するという事となるわけであります。

とりわけ、「小資本家」というエントリーで書いたことなのですが、生産手段としての工業製品はたいへん高価なのであります。でも、それがないと同業者との競争に勝てません。独占的な価格を形成することができることは、武装せる園芸家がへろへろになった業務用車両を買い換えたいと思って各社メーカーのカタログと価格表をつきあわせてみても、そう金額に違いがないことなどにみることができるのですが、私達のお仕事のお値段はそうはいきません。コイズミ&ヘイゾーの登場以降、単価は半値となりますた。

さて、資本主義的生産様式は価値法則の支配のもとで、無政府的に生産が行われるのがその特徴なのですが、国内的には今日のIT技術の進展から、過剰生産へのリスクはPOSシステム、トヨタのカンバン方式など、その善し悪しは別にして。コントロールされてきていると思うものです。

しかしながら国際的には不均等発展の法則の支配によってガンガンに発展をとげてきた中国、ロシア、インドなどの追い上げと、表裏一体の金融自由化によるグローバルな金融市場の形成は、古典レーニン”帝国主義論”が説くところの”帝国主義の寄生性”そのものなのであります。米国発のサブプライムローンの破綻を引き金にした世界同時不況へ至るまでの、あの異様なまでのマネーゲームの活況ぶりは金融資本を輸出するという資本主義の帝国主義段階でのメルクとして。すでにレーニンが生きた時代にすでにあったわけです。

そんな、世界経済がグローバルなものとして密接につながりあって展開しているなかで、一国でその影響を遮断することなどできないことは言うまでもなく、先日の追加の経済対策や今日の日銀の利下げなどにみられるように、世界同時不況への国際的な協調と連携をもって金融市場を制御してゆく方向性を各国が打ち出しているわけでありますが、そんな流れをみていると、学生の頃に日和見主義の代名詞のように唾棄すべき理論だと思っていた”カウツキーの「超帝国主義」”が登場してきた歴史的過程を追体験しているんじゃないかなって思ったりするのです。

カウツキーの「超帝国主義」の真偽はレーニンが”帝国主義論”で明らかにしたように最後的には帝国主義国家間戦争の勃発によって証明されたわけですが、はたして昨今のカウツキーの亡霊のようなできごとはなにによってその真偽が明らかにされるのか、”おれは生をけちけちするやつが嫌いだ”といいうる主体のみが知るところなのかもしれません。


咳止めシロップであります ご幼少の砌はこれがソフトドリンク感覚でたいへん好物でした
いまでも好きです(^^) でも一気飲みはヤバイそうです

P1010261.jpg


Comment

 秘密にする

ちょう帝国主義ですか、

そういえば、柄谷行人氏の講演録『戦前の思考』にも、帝国主義と帝国の違い

(後者は地中海・中華・スラブ文明圏等の復活)が書かれてましたけど、

その超帝国主義っていうのも、その集合体と言えないか言えるか?わかりません。

ハッチントンは、それが激突すると予測してはった。今のもぐら叩きっぽい

「てろ」との闘いが大国の国内矛盾の解消には、用をなさないみたいやし。

あ、そうそう。こっち↓でこんなコメしました。

http://daiaspar.seesaa.net/article/108682521.html#comment

斎藤氏の期待する「協調」こそ、超帝国主義に合致する?んかも。

けちけちして?お大事に。
三介 | URL | 2008/11/01/Sat 02:01[EDIT]
こんばんわ三介さま
強盗のように搾取収奪し、押し売りのように売りまくり、競い合ってこそ”帝国主義”なんですけど、不均等発展の法則とかいって、世界は同時に足並みそろえて発展しないのであります。戦前では我が「神の国」ニポーンやドイッチュランドの強力な追い上げが欧米諸国の脅威であったし、今日では中露印を旗頭にしたアジアの発展はこれまた脅威なのでありますな。

とはいえ、そんな脅威を引っ張り出したのは、先進金融資本大国群なのですが。儲け狙いでカネをつっこんでさんざん儲けるわけですが、その結果つっこまれた先は苦闘苦悩をバネにして発展をなすのであります。お隣の韓国はニポーンがさんざんカネをつっこんで
長いことニポーン国内は韓国製品で満ち満ちていましたが、いまではすっかりライバルっすね。

そんな帝国主義ではありますが、基軸帝国主義アメリカの金融と軍事を軸とした統制のもとで一定の国際的安定が担保されていた「平和」の時代は遙か彼方の前世紀のものとなりしいまは、相対的にアメリカの経済的支配力は凋落傾向にあったわけですが、このたびの大爆発で歯止めは吹き飛んだとおもわれます。

そうした世界的な危機に直面して、とりあえずはかけ声だけでも、なるかならぬか「明るい」政策を矢継ぎ早に大本営発表して気持ちを盛り上げようという努力はひしひしと感じるのですが、かのおフランスで人類初の経験パリコミューンが樹立したとき、永遠の仇同士だったドイツとフランスがともに速攻手を携えてこれを仲良く粉砕したのと同じように、個々のお国の事情を乗り越えて、共通した帝国主義支配の危機を回避すべく協調してゆこうという気持ちはそのときと同じではないでしょうか。

しかしながら、そんな有様をみて、帝国主義はもはや競いあうのではなく協調して世界を統一的に統治する能力を獲得した。これはエボリューションであると賛美したカウツキー氏は、もはや古典的な植民地とそれにともなう領土分割である帝国主義侵略戦争は”ない!”といい、あっても、それは政策レベルの紛争であるから、政策は政策で回避することができると考えたのでした。

レーニンさんは帝国主義戦争は取捨選択可能なな政策ではなく、帝国主義という段階における資本主義の特殊な経済構造に規定された、必然的な社会現象であるということを帝国主義論のなかで明らかにしカウツキー氏の日和見主義と祖国防衛主義を批判したのでありますた。

でもって、ぶっちゃけていえば資本主義的生産様式の根本矛盾は、増大しすぎた生産力をもてあましてしまうことなのですが、その生産は帝国主義段階では新植民地体制のもと「テロとの戦い」の戦場候補地でおこなわれるのであります。というより生産にともなう抑圧差別搾取収奪が「テロ」=レジスタンスを呼び起こすのであります。

もてあました生産力は金融危機を引き金に社会的危機を拡大させながら縮小しちょうどいい量に落ち着いたとき再び拡大へと転換する。これが古典的な資本主義社会のサイクルですが、再生への道筋で”革命”の危機はとてつもない現実的なものとなる。それでは元も子もないので、なりふり構わぬ国家的な梃子入れをすることによって今にも崩壊しそうなひびだらけ信楽焼きの壺を両手でおさえるがごときことをなすのですが、あきまへん。

一時はしのげても結局は国家財政の疲弊はますますふかまり、国内経済は停滞し、市民生活を根底から破壊する。それを突破するための価値の源泉として新植民地体制下の抑圧搾取収奪はますます厳しいものとなる。こうした事態が世界的規模で進行するとなれば、しょせんは協調連携といっても各国個別での同時進行、しかもそれぞれ個別の事情と利害をはらみながらのそれは、世界的規模での統一的な政策としてある種の強権をもって貫徹されうるものにはなりえない。

これからますます世界のいたるところで激しく民族解放の火の手が上がるのを、ひたすら「テロとの戦い」が追いかけてゆく、そのことをとおして「テロとの戦い」産業が次の景気回復の主役となったとき一切の矛盾はそこに集約され、「テロとの戦い」を口実に帝国主義侵略戦争がはじまるのかな~ な~んてアウトラインでは思っています。

まだまだ遠い先の夢物語のようですが、ウォール街の大暴落からわずか10年そこそこで大戦に突入という過去の歴史的経過に鑑みてたかが10年されど10年、これからの10年は時空が歪んでみえるほど密度の濃い圧縮された時の流れとなるような気がします。
1930年代の個別事象の詳細な精査からあの時代の流れを今一度整理してみる必要があるな~と感じています。とりわけア・メ・リ・カでどうなっていったのか。

仲良しになれないのが帝国主義段階の資本主義のデフォにして最大の弱点なんすよ。詳しくはのちのエントリーということで、なかなかよくならない風邪と冴えない頭で、つらつらとたわいもない思いを綴ってしまいました。それにしても三介さまロシア事情に詳しいなぁ(^o^)

コメントいただきありがとうございました。
薩摩長州 | URL | 2008/11/02/Sun 22:36[EDIT]
かぶりつきーで、
いやあ。面白かったです、薩長さん。ツイツイ、かぶりつき~で、読んでしまいました。
特に『信楽焼き』のところが良かったですね。
ローザ・ルクセンブルグの『資本蓄積論』によるレーニン批判。これがファノンの追いかけた問題なんでしょう?
ロシアは、国内に、でっかい(旧ソ連はもっとでっかったけど)植民地を持っていて、
レーニンはその格差に或いは悩んだかもしれませんが、或いはその暇さえも無かったか?・・。
おtころで、ウクライナで、ロシア語の放送停止とかいう話になってて、グルジア絡みで、またまた緊張増幅の気配が漂ってますよ。
では、おやすみなさい。お大事に。
三介 | URL | 2008/11/03/Mon 01:45[EDIT]
そうなんですね
勉強になりました。yahooからきました。足跡で失礼しました。
saya | URL | 2008/11/04/Tue 15:29[EDIT]
ありがとうございます三介さま
ちょっと三介さまの軽妙な語り口にオルグられて、軽いタッチでつらつらと、というより頭がぼーっとしてアウトラインをなぞるのが精一杯ってとこでして。

まあ、あまり肩のこらない話を最近はめざしてたりします。

まだファノンに手がつかないので、それとローザVSレーニンにつきましてはなんともいえないのですが、たんにローザVSレーニンにつきましてはわりとややこしい問題と教訓と峻厳なる党派性をはらんでまして後日と言うことで、すんません。NKさまでしたら明確なお答えをお持ちであろうとおもわれますし、それはほぼ完全なかたちで私の思いと一致すると思われます。

ローザの資本蓄積論は、どうも再生産表を読み違えていたらしいのですが、私はそこいらについては不勉強で資料だけは手元にあるのですが、いまだツン読状態であります。おりをみて勉強しておきます。

コメントいただきありがとうございました。
薩摩長州 | URL | 2008/11/05/Wed 00:17[EDIT]
はじめましてsayaさま
足跡ありがとうございます。あまり堅い話はほどほどにという気持ちで運営している園芸ブログにようこそ。管理人は根っからの勉強嫌いゆえ、頭のネジが吹き飛んだような能書きしかかけません。あいにく朝早く、夜遅くの状態が続いておりまして庭に咲くバラの写真がとれません。そんなわけで能書きが多くなってますが、今しばらくしたらまた園芸日誌をあげることができるとおもいます。飼い猫6匹の話題やら、しょうもない笑い話もふくめた日々の雑感を綴っております。よろしければまたのおこしをお待ちしております。

こんな「極左」のブログにご訪問いただきありがとうございました。<(_ _)>
薩摩長州 | URL | 2008/11/05/Wed 00:25[EDIT]
Track Back
TB*URL

Copyright © たわいもない話. all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。