たわいもない日々の雑感を綴ってみたいと思いまする。

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学祭
今年甥っ子が大学へ進学した。おらが田舎の一流の進学校へゆくも挫折、二十歳過ぎてもニートしてたのだが思うところあってか一念発起めでたく花のお江戸に旅立っていった。

学問が楽しくて楽しくてしょうがないそうである。いやいや素晴らしい、オイラの頃はローザともども学問とは無縁の学生時代だったので、そんな甥っ子の学ぶ気満々を大いに賞賛したい。そんな彼の大学はいま学祭中だと聞いた。

オイラの学校の学祭はさして記憶に残っているものは無いにひとしいが、砲台の学祭はいまでも記憶に鮮明に残っている。ついこの間、あるみさんのところのリンクから文連のブログを知ったのだが、砲台も学祭だったようだ。オイラが勤務していたころは11月の20日以降だったと記憶している。

そっりゃあもう、4日のあいだ昼夜連続でそれは闘われた。ノンセク党はこの日とばかりに一斉武装蜂起か飯田橋コミューンかというような勢いで盛りあがりまくっていた。学祭前夜は革命前夜のような異様な興奮につつまれていた。
わりと、オイラたちは醒めていたのであるが、それでも三里塚反対同盟委員長故戸村氏のオブジェを展示したり、フラクションイベントを準備したりと不眠不休、支部をあげて全力で取り組んだ。この4日間だけは確か深夜10時以降だったか、学生が学内にいることを禁じたなんとか条項は無力化し、オイラたちもα体制は維持しつつも4日間御神酒をいただきつつぶっ通しで展開した。

とくに印象に強く残っているのは、いまは無き学館のホールで上映された安保闘争の記録映画”怒りをうたえ”http://homepage2.nifty.com/ikariwoutae/index.html#topic
と深夜0時頃だったと思うのだが、学館の打ちっ放しコンクリートの外壁をスクリーンに上映された”大魔神”http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%AD%94%E7%A5%9E
だった。怒りをうたえは展開のあいまにとびとびで見たのだがすごい迫力に圧倒された。
ぜひ、今一度全編通して集中してみてみたいものだ。大魔神は、圧政に苦しむ農民の悲しみと怒りをうけて大魔神が権力をその圧倒的な暴力で粉砕するシーンで、ノンセク党諸氏を先頭に、一般学生も巻き込んで「だぁいまじぃん~!だぁいまじぃん~!」「権力を粉砕せよ!」の大コールがわき上がっていたの憶えている。

真夜中の都心のど真ん中で大魔神で暴力を叫び、靖国神社に迫撃砲といって打ち上げ花火を上げる。そんなとてつもなく「非常識」で「無軌道」な行動の奥底には、既成の社会概念を批判して止まない激しいパトスが満ち満ちていた。そんな文化を育んできた学館はまさに闘う大学の砦だった。

いま砲台は当局の雇い入れたゲシュタポのような”ジャージ部隊”による暴力支配がなされているようだ。”法大伝統芸能”と恩讐の彼方氏が言っていたが、たしかに20年30年という時間を経てなお連綿と引き継がれてきた文連をコアとしたノンセク党は賞賛すべき言葉としてそう呼べるのかも知れない。オイラのころとは別世界のような、当局との対峙の行く末がどこに向かっているのかは文連ブログを読ませていただいた限りでは見通すことは出来ないけれど。

現全学連委員長の織田氏が学祭のさなかのフォトか、にこやかに”クロヘル”をかぶっていた。遠い昔、学祭のさなか砲台キャップが酒に酔いクロヘルをかぶり踊ったことが全党的に大問題となったことを織田氏は知らないだろう。多くの時が流れ、沢山の人が入れ替わったのだろう。私自身もその一人なのだから偉そうなことは一切言えた立場ではないけれど。これからはワインのように○○年代モノの○学童でした、と言わねばならないのかも知れない。

そうしたうえで、やはり法大は砲台であって、首都中枢にぶったつ巨大な火薬庫だ。彼らの終わりなきインティファーダと社会的危機の波長が共鳴したとき全国大学にむけて高らかと決起を告げる砲弾を放つだろう。抑圧を最高の肥料とし、時代をきりひらく主体を生みだす土壌がまだここにはある。


嗚呼なつかしの砦 正面の建物は大小のホールをそなえていた 全学連大会もここであった
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こちらはサークル棟 1文連、2文連、学団連のたくさんのサークルがあった もちろん我らが自治会も バルコニーにはいつでも”学館自主管理貫徹”の張り紙があった
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Comment

 秘密にする

文連ブログ
お初です。
ご存知でしょうが、文連ブログでは×××ドラム氏が活躍中です。俺が熊野寮の監視カメラ設置に文句(寮の前進社化だ!という批判w)を付けたところ、氏は公安の謀略に対抗するためにも必要なのだ、法政学館だって公安の放火なのだ、貴方は分断を持ち込もうとしている、とまるで公安第五列のような扱いを受けてしまいました(泣)
で、ワードに反論をしたため、いざ投稿という段になって、しかし、俺は躊躇してしまったのです。ああ情けなや・・

でもまあ、次回(いつ?)は、や、や、やりますよ、ええ・・・
一日千秋のプロレタリアート | URL | 2008/11/10/Mon 00:05[EDIT]
はじめまして一日千秋のプロレタリアートさま
存じております。内輪ドラム氏が貼りついてますね。熊野寮に関わるところの話は不案内なもので判断はし難いのですが、まあ、氏にはかかわらないのが無難と私はおもいます。

○中の迷惑系私設応援団路線から明確に反○中へと純化しているようにおもわれます。
それは、○中が変わったというのもあろうし、氏が変わったとも言えるし、その両方ともいえるかと。いずれにせよ、氏は同じバリの内側にはいないと私は思っております。

以前、土佐高知の雑記帳の常連コメンターとして氏が貼りついていたころ、そこでの私のコメントを、氏がさざ波通信に切り貼りしているのを見ていや~な思いがしたことがございます。おかげで私はドラム氏のステハン扱いをうけ、アッテンさんや他でもしばらく相手にされず難儀をしました。

相手にして消費する労力にみあうだけの得るものはないとおもいますよ。あるのは権力に売られるリスクくらいのものでしょう。馬謖にあわない。冷静な政治的判断を望みます。

当方お気楽なブログですが、呆れず懲りず怒らず、拙い記事ではありますが思うところがございましたら、コメントを寄せていただけましたら嬉しくおもいます。
どうぞ、これからもよろしくお願いします。m(_ _)m

コメントいただきありがとうございました。

薩摩長州 | URL | 2008/11/10/Mon 23:40[EDIT]
ご丁寧なレス、
有難うございます。

>私はドラム氏のステハン扱いをうけ、アッテンさんや他でもしばらく相手にされず難儀をしました。

>権力に売られるリスク

氏のオトロシサを知ったのは最近のことです。TAMO2大司教など大変だったようですね。確かに氏とのトーソーはリスクこそあれ、俺が得るものは何もないでしょう。まあ、氏をあのブログから放逐することができれば、多少は意義あるタタカイであったと言えるかもしれませんが。
そうそう、暫く潜行しておられた現役氏、隔離論争板(途中から付いていけなくなった)に続いて文連ブログにも降臨、じゃない浮上された模様。あの二人が交われば、これはちょっと面白いことになるかもw) と言うことで(?)当分、洞ヶ峠を決め込むことにします。あ、この場合は例えが違いますね。俺はどちらに付く事もないでしょうから。

前回、ひとつ書き忘れていました。
大魔神は傑作です!
今後ともよろしくお願いします。v-307では。
一日千秋のプロレタリアート | URL | 2008/11/12/Wed 09:06[EDIT]
はじめまして
風さんのブロクから飛んできました。
楽しそうなブログですね(まだあまり読んでいませんが)。
>学祭のさなか砲台キャップが酒に酔いクロヘルをかぶり踊ったことが全党的に大問題となった
そりゃ、大問題でしょう。「シロヘルは日和るな!」でしたっけ。
でも織田さんの「にこやかに”クロヘル”」は共感。彼はクロヘルが好きなのでしょう。
元○学童とブログで公然化していることに敬意を表します。
それぞれの地、それぞれの立場で共に斗い続けましょう。
荻窪 | URL | 2008/11/16/Sun 09:13[EDIT]
はじめまして荻窪さま
ようこそおこしくださいました。当ブログはあまり肩肘張らない「お気楽系」ですんで、あまりハードコアな内容は期待できるものではありませんが、そういうものとして楽しんでいただけたら恐悦至極であります。

とはいえ、「お気楽」だけでいきてゆけるほどブルジョア社会はパラダイスではないことは”自明の理”でありますので、パッシとするときはします。

例の「学祭のさなか・・・」の下りは、わかる人にはわかる内輪の事情なのでコソーリ&ヒソーリな話です。ですのであまりたちいったことは書けません。そのあたりのところに時効はありません。

ワタシ的にはあの「にこやかクロヘル」には、正直にいえばたいへん失望しました。もっといえば○学童不在であると。とはいえ、砲台政治にあっては常に右往左往、ジグザクデモをしてきた歴史的伝統があるので、いまは静観しております。そうしたうえで、中長期的に見た場合、何かしらのきっかけでおもいっきり左にぶれたとき、クロを踏みつぶして前進するようなことがあってはならないな~と思うものです。もちろんクロのなかに党派性を埋没させグレーどころかクロになってしまい、なんら前衛としての展望と方針を提示しえない現状が良いわけでないということはいうまでもありませんが。なんて辛口になってしまいました。

私は根っからの勉強嫌いのお気楽者ではありますが、全世界を獲得すべく少なからざるものを振り切ってまいりました。そこから得たものは未熟ではありますが世界観、歴史観であります。それは今でも変わることのないものです。であるならば、そこを通過すること無しには世界も、歴史も語ることが出来ないのであります。そんなわけで、伏せても隠してもしょうがないのでオープンにしているわけで、マル学同と書かずに○学童というのはほんのお茶目ということで、まあ、それに対しての批判はまたあろうかと思いますが。

「それぞれの地、それぞれの立場で共に斗い続けましょう。」全く同意です。出来るところから、リアルに闘いの隊列にまぜていただこうと考えています。書くことによって、整理されるものがある、整理されたところから問題点が明らかになる。それをまた書くことをとおして、意志が生まれる。意志を書くことで意志は強固なものとなり、人と人とのつながりがそれを更に強固なものにする。そんなアクティブなものを目指してこれからも綴ってまいりたいとおもっています。ご訪問いただきありがとうございました。これからもよろしくお願い致します。
薩摩長州 | URL | 2008/11/16/Sun 22:25[EDIT]
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