たわいもない日々の雑感を綴ってみたいと思いまする。

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賽は投げられた
いろいろと書きたいことは下ることも下らないことも含めて、書こうにも書けなかったこともあり、さまざま頭の中をめぐるのだけれど・・・

やはり、先日の記事でふれたNKさまのコメントが頭からはなれない。
おぼろげながらに感じていた、そう、カウツキーという記事を書きながらうっすらと感じ取っていたものに明確なかたちを与えられたというところだろうか。

映画ターミネーターでの”最後の審判”に被る衝撃的ともいえるこのコメントをまたまた勝手ながら転載させていだだこうと思う。これからやってくるであろう暴虐の嵐と、それにたいしてなにができるのかを考えるために。

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(前略)
世界恐慌はついに始まりましたし、この過程は、かろうじて成立した帝国主義戦後世界体制を帝国主義諸国自らの手で粉々に破壊することになるでしょう。
日本帝国主義は、金融機関への資本注入に続いて、基幹産業企業のCP買取から、国債の日銀引き受けによる大量発行に追い込まれるでしょう。だがこれに(資金創設)対応する需要があるわけはないので、結局は軍需産業が主要な引き受け手(基幹産業の軍需への転換)になるでしょう。経済の軍事化に対応した朝鮮半島侵略、中国の従属国化に向けた植民地主義の台頭と共に、政治反動と天皇制的軍事独裁・警察国家への暴走もまた不可避となるでしょう。
これらの過程は非常に短期間に劇的に進む(おそらくは1~数年以内に)と思います。

この間の国際情勢を見ても、06年には、レバノンにおいて米帝とフランス帝国主義が対峙する位置に着き、今年のグルジアによるオセチア、アブハジア侵略は米帝によるロシア攻撃の前哨戦とも言える内容を持っています。つまりいつ「サラエボ事件」「ポーランド侵攻」がおきても不思議は無いですし、現に進行中の、日帝による中国をその再生産構造のうちに取り込む動きに対して、米帝は軍事的手段を講じても阻止せざるを得ないでしょう。

いずれにしても、帝国主義段階では、恐慌によって整理される資本は基幹産業の固定資本を破壊、更新する過程を伴わず(それ故金融恐慌なのですが)それは戦争による物理的破壊による他ありません。死と破壊によってしか帝国主義は次の生産の基盤を得られないと言うことだと思います。むざむざこの過程を受け入れるのか、プロレタリア暴力革命の世界的連鎖(その有機的環としての民族解放戦争をふくめて)、共産主義へと人類史を進めるのかの選択の期間は、長く見ても10年と言うところでしょう。
現在、私たちはゼロに近い存在ですが、大急ぎでレーニンが準備したものを遥かに超える内容で、作り出さなくてはならないところに追い詰められていると言うことでしょう。

わずか10年です。それができなければ、何十億人が核戦争で死ぬかもしれません。その後になって何か為しうると、私は考える事はできません。人間社会が存続する基盤が、永久に失われているかもしれないのですから


投稿: NK | 2008年12月16日 (火) 00時43分


アッテンボローの雑記帳 2008年12月11日 (木) 
「徹夜が辛い年になった」のコメントより引用
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>現在、私たちはゼロに近い存在ですが、大急ぎでレーニンが準備したものを遥かに超える内容で、作り出さなくてはならないところに追い詰められていると言うことでしょう。

>プロレタリア暴力革命の世界的連鎖(その有機的環としての民族解放戦争をふくめて)、共産主義へと人類史を進めるのかの選択の期間は、長く見ても10年と言うところでしょう。

たしかに29年世界恐慌から10年で大戦へと突入というタイムテーブルに照らし合わせればこんにちの生産力と長く続いた”平和意識”に鑑みて訪れるであろう事態はいっそうドラスティックなものとなるだろう。世界を見渡してレーニン的な侵略を内乱に転化しうる勢力はあるのだろうか? あるいはそれにとって変わりうるものはあるのか? ”最弱の環”は・・・ 不勉強な私にはわからないが。
いま主体的力量は限りなくゼロであり、時間はそう多く残されていないという事だけは確かだろう。それで絶望してなならないのだけれど。マジで真剣に考える必要あり。”賽は投げられた”

NKさま、無断引用につき不都合等ございましたらご一報いただけましたら、速攻削除、謝罪させていただく所存であります。よろしくお願いします。




Comment

 秘密にする

今度はちょっと違う
 ヨソのブログへのコメントにも書いたんですが、今の状況は90年代の不況と世間の反応がちょっと違うと思います。非正規雇用者の現状(デモを含めて)を報道するメディアが多いこと、公務員叩きが出て来ないこと、小泉政策への批判が出て来ていること、自己責任論が盛り上がらないことなど。
 楽観は危険とはいえ、ちょっと違ってきてるかな、とは思いますよ。
shira | URL | 2008/12/23/Tue 00:51[EDIT]
お教えください
アッテンボローさんも、NK さんも、ブログ主さんも、三人とも「反日本共産党」という立場なのですか?今でも、「中核派」とか「革命的マルクス主義」というようなの立場に立っているのでしょうか?お教えください。
mico_tenar | URL | 2008/12/24/Wed 20:01[EDIT]
NKさんのコメントは現代社会において世界戦争がどのようにして起こるのか、その可能性を示したものだと思います。とはいえ、今おき続けている戦争・・・イラク・アフガニスタンを本当に止めさせる力を私たちはたくわえないといけませんね。
あと、shiraさんの「楽観論」ですが、確かに非正規労働者のたたかいは今回の恐慌に間に合いました。ただ、30年代も日本にしろ、欧米にしろ労働運動は思いっきり盛り上がっているのですね。でも、「党」が未成熟あるいは誤りをおかしていたため、敗北し、世界戦争がはじまったのです。それに、活性化した民衆の力も、ファシスト・差別排外主義者に取り込まれれば、戦争を推進する「原動力」として動員されてしまいます。
現代帝国主義の持つ矛盾があまりにもでかいため、ひょっとすると10年も時間がないかも知れません。
GO | URL | 2008/12/24/Wed 22:02[EDIT]
反戦の旗を掲げよ
恐慌から戦争への道を阻止するのは反戦のたたかいと思います。
大衆的な反戦の機運が鍵かと。
街頭へ。
デモを見かけたら拍手を送りましょう。歩道からデモの列に加わりましょう。
反戦集会を見つけ参加しましょう。
内容が面白くなかったら退席してもいいので。

1人1人がたたかい始めることです。
それが世界戦争を止める最良の手段だと思います。

帝国主義の帝間戦争衝動と世界的反戦世論との拮抗状態について、少し語りたかったのですが、ちょっと時間切れ。
荻窪 | URL | 2008/12/26/Fri 06:48[EDIT]
別にヨヨギでも何でもええやん
ヨヨギや中やと言っている場合ではないし、現実はそのように動いているようですよ>mico_tenar様。

理屈はとりあえず横にやっての階級的団結が望まれるのです。

僕は共産党に「反党中国盲従分子」とか色々言われてきましたが、先日、お付き合いのある党員さんに、さっくりと1万円カンパしました。「頑張れ」と。
故あって匿名 | URL | 2008/12/28/Sun 15:57[EDIT]
こんばんわshiraさま
超亀コメにて失礼いたします。私が思うところなのですが、土地バブル崩壊による90年代不況よりも事態ははるかに深刻なのではないかと思うのは、基軸通貨をになうアメリカ発の不況であるということです。くわしくは後のエントリーにいたしますが、ここでの信用の低下は世界的規模での同時不況をもたらしたことがとても重要なのかと。

各国経済は同時に足並み揃えて発展も衰退もない、それゆえにどこかしらかで全体の景気を牽引するようなビジネスがあれば、それを足がかりに回復軌道もありましょうが、大本の元締めがコケて皆コケたら立ち直りのきっかけは政治的政策に頼るより方策がない。

各国が政治主導で公的な資金を投入して金融資本への梃子入れを軸として、企業救済をおこなうにしても莫大な資金が必要なのに比して、縮小した需要の前には生産活動は縮小せざるおえない。

多くの労働者が産業予備軍へと放出されている現状は90年代との対比でみるならば、あのときのリストラの嵐がかえたものは雇用の形態を変化させ、”労働力の価値を著しく低下させた”こと、非正規雇用・派遣労働への転換であったとおもいます。このたびの派遣切りは突然の”失業”そのもの、しかもかつてのように守られるべき労働者の権利はない。

資本主義の危機が社会主義革命を回避すべく譲歩し、与えてきた「保護」が取り払われたとき、あまりに古典的な客観的革命情勢が引き寄せられるのではありますが、それとて職を失った労働者の苦悩を政治的に組織しうるコアがなくてはならないのであります。

あまりに無慈悲ともいえる一方的派遣切りに各地で立ちあがり声をあげる方々が登場してきていますが、それらが全国的な統一行動をなしうるネットワークとして構築できないと、「不景気で仕事はない」の壁をこえることはできないとおもうものです。。

GOさんが書いておられましたが、30年代日本を含めて世界各国で雨後の竹の子のごとく労働争議がおこり、組合がどんどんできたのですが、結局は各個別撃破されるように弾圧され、彼らが再び潤沢に仕事にありつけるようになったのは”満州いって一旗揚げよう”という時であったわけです。

「自己責任」とは口に出せず、小泉政策の害悪を語らずにはおれないような、あとのないほどの危機の深さは、財政の最後的な破綻をもかえりみず策は尽くされるでしょうが、それが実効的なものとなりえないならば、やがては強権的なありかたへととってかわられるのではないかと危惧するものであります。つぎに景気をもりあげるような新手の産業が勃興すれば見通しはあるのですが、NKさまが書いておられるように基幹産業が軍事化してゆくというのは資本主義の帝国主義段階のお約束なのであります。

まあ、とりとめもないことをつらつらと書いてしまいましたが、とにかくこれから10年は気の抜けないエキサイティングなものになりましょう。ともに考え、思いを交わしてゆけましたらありがたいことであるとおもっております。

コメントいただきありがとうございました。m(_ _)m
薩摩長州 | URL | 2008/12/30/Tue 01:15[EDIT]
GOさんこんばんわ
カメコメごめんなさい。あまりに深い絶望の淵にはまりこんで一文字も書けませんでした。もちろん嘘です(^o^)。とはいえNKさまが書かれた情勢論はうなずくことしかできない。

それは、自分が「段階・過度・変容・再編・危機」の五つの指標で戦後世界体制を認識しているという点でGOさんともどもベースになっているものが同じだからなのだとおもうのですが。

主体的にとらえかえして、「ゼロに近い存在 」という言葉は重い。とはいえ、絶望してても仕方ないので前向きにいかねばとおもいます。反動あればそれに抗するものありで、そうした流れをみてとる”知性”は欲しいものだとおもっています。それと、隊列に加わる勇気と。

コメントいただきありがとうございました。なにやら北へ向かっておられるようで。
風邪などひかぬよう気をつけて、年末年始を楽しくお過ごし下さい。

薩摩長州 | URL | 2008/12/30/Tue 01:44[EDIT]
荻窪さまこんばんわ
>1人1人がたたかい始めることです。
そのとおりだとおもいます。そこからしかはじまらないのだと。
そうした大衆的な運動は自然発生的には絶対にあると確信しています。そうした自然発生性のなかから”革命的共産主義運動”はかならず再生すると信じています。いや、信じたいです。かつて、指導部がよく口にしていた言葉ですが、”階級闘争に後戻りはない”という言葉をいまでも信じている私としては。

十分なお返事はできないこともございますが、語っていただいてけっこうです。エントリーより長くても全然OKですよ。有名ブログではないので影響力はほとんど無いのが申し訳ないところですが・・・m(_ _)m
薩摩長州 | URL | 2008/12/30/Tue 01:57[EDIT]
はじめまして故あって匿名さま
私はあまりヨヨギとの接点はないんですゎ。なんどか民青と暴力的に対峙したことはございますが。まあ、にらみ合い程度であります。「暴力学生かえれ」くらいは言われたか(^o^)

とはいえ、「反帝反スタ」ですんで、正直にいえばヨヨギとはちょっと・・・ なんですけど。

圧倒的多数の左翼的、良心的な部分がそこに組織されているわけで、さしあたって、そうした部分を積極的に非難するつもりはありません。じっさいいい人もたくさんいるとおもいますし。

だが、民衆が大衆的実力闘争へとつきすすんでゆくとき、それに立ちはだかるのであれば粉砕して前に進まねばならないとおもっています。まあ、そうした態度はセクト主義ととられるかもしれませんが、詳しくはいずれまた「スターリン主義」の話しの続編を書いたときにでもとおもっています。

コメントいただきありがとうございました。
薩摩長州 | URL | 2008/12/30/Tue 02:14[EDIT]
民主主義の戦い?
最近感じるのですが、「民主主義」というのは、被抑圧者達が抑圧者達に対して権力闘争を挑み、打ち負かされないようにする事ではないかということです。 ( 多数決とか、代表民主制とかは、二の次。)

つまり、労働者が理不尽な資本主義に対して、或いは、民衆が全体主義的国家共産主義に対して行う戦いは、共に民主化という戦いなのだと思います。

資本主義が良いとか共産主義が良いとかいう「硬直したイデオロギー」にとらわれるべきではなく、自由な市民が抑圧者達を許さないことが大切です。 帝国主義などでなく、ただ抑圧者達がいるだけです。
もえおじ | URL | 2009/01/02/Fri 13:34[EDIT]
引用ありがとうございます。
明けましておめでとうございます。せっかく私のつたない文章を掲載していただいたのにお返事が遅れましたことをお詫びします。さて年末からこれまで、米帝とイスラエルによるガザ爆撃とそれに続く地上軍侵攻とパレスチナ人の大虐殺によって2009年は始まりました。そして、これに呼応するように年明けの米・日の株式相場はいっせいに上昇しています。私はこれは決して偶然ではないと考えています。なぜなら米帝にとって軍需産業(なかでも航空・宇宙産業)は基幹産業ともいえる地位をもっているからなのですが、06年のレバノン戦争後に援助によって備蓄されたミサイルなどが今回消費され、あたらしい需要がにつくりだされるということでしょう。すでにガザに対するあらゆる兵器による残虐極まりない爆撃の密度がそれを証明していると言えるます。帝国主義の経済政策は結局のところ、こうしたまったくの人為的な市場創造に行き着くと言えるのではないでしょうか。

帝国主義の時代における景気・雇用の回復とは、他方における死と破壊を不可避にします。米帝において戦後の反動不況は、軍産複合体の形成と冷戦体制の構築によって乗り越えられましたし、日本帝国主義においては、戦後のインフレ政策によってではなく、朝鮮戦争による特需によって経済の再建が起動したことを思い起こすべきでしょう。ヨーロッパにおいても、冷戦体制の元でのドル徹布とフランスなどの植民地再征服戦争が帝国主義の再建の突破口となったと考えています。

いわゆる「新自由主義政策」や「グローバリズム」論は所詮帝国主義のイデオロギーに屈服した観点のひとつであって、帝国主義による労働者人民への犠牲の転化と資本の輸出がその実態と言えると私は考えています。とりわけその先陣を切ったのは、日本帝国主義による70年代後半からの国内における合理化攻撃とそれによって生み出された安価な工業製品のヨーロッパ諸国などへの集中豪雨的輸出(いわゆる不況と失業の輸出)であって、それへの対抗としてサッチャー、レーガンの政策が生み出されたと言えるでしょう。いわゆる「新自由主義」論の多くはこうした日本帝国主義の現状破壊的役割を意図的に見ないことにしているように思います。

いずれにしても、日本帝国主義の貿易において米帝にかわって中国とのそれが凌駕したことと、米帝のゼロ金利政策、国債の中央銀行買取への移行、植民地戦争の拡大は、戦後世界体制の見せ掛けの姿を木っ端微塵にふきとばし、日本帝国主義の臨戦態勢化と朝鮮半島侵略の公然化、国内支配の天皇制的テロリズム支配への転換として急速に進むでしょう。その手始めとして田母神を人格的盟主とする軍の台頭は目前に迫っているといえるでしょう。

他方における人民の政治的流動化は、今日においては反帝・反スターリン主義の革命的共産主義運動が実質的には存在しないことによって、非常な危機に直面していると言えるでしょう。さし当たってはイデオロギーの不在とかつての新左翼の帝国主義への総体的転向を打ち破らなくてはならないでしょう。小さくとも確固としたイデオロギーとプロレタリア独裁から逆規定された実際的な戦略が必要です。あきらめなければ全てが可能になるでしょうが、その為には今までの運動のありかたをを根本的に転換する必要があるでしょう。

またしてもずいぶん独りよがりの主張をしてしまい申し訳ありません。こう言う考えもあるという風に寛大に処置していただければ幸いです。



NK | URL | 2009/01/05/Mon 23:53[EDIT]
もえおじさま 連投ありがとうございます。
>最近感じるのですが、「民主主義」というのは、被抑圧者達が抑圧者達に対して権力闘争を挑み、打ち負かされないようにする事ではないかということです。

私もそのように心得ております。

「資本主義社会には、富者だけのための、少数者だけのための、切りちぢめられた、片輪(ママ)な、にせものの、民主主義がある。プロレタリアートの独裁、すなわち共産主義への過渡期がはじめて、少数者、搾取者にたいする必要不可欠な抑圧とともに、人民のための、多数者のための民主主義をもたらすであろう。共産主義だけが、ほんとうに完全な民主主義を与えることができる、そして、民主主義が完全なものになればなるほど、ますます急速に民主主義は不必要になって、ひとりでに死滅するであろう。
 言いかえれば、資本主義のもとでは、本来の意味の国家がある。すなわち、一階級が他の階級を抑圧するための、しかも少数者が多数者を抑圧するための特殊な機構がある。もちろん、少数者である搾取者が多数者である被搾取者を組織的に抑圧するというようなことができるためには、抑圧がきわめて狂暴で、残忍であることが必要であり、血の海が必要である。そしてじっさい、人類は、奴隷制、農奴制、賃金労働制の状態のもとでは、こうした血の海を渡るのである。」(レーニン「国家と革命」)

なんてことをレーニンは書いてます。彼の跡目を暴力的にせしめたスターリンによってあらぬ方向に進んでいってしまいましたが。まあ、そこいらのところは、書きかけでそのまんまなので今年は続きを書きたいとおもっております。

コメントいただきましてありがとうございました。
薩摩長州 | URL | 2009/01/09/Fri 23:11[EDIT]
こんばんわNKさま
おくればせながらNKさま、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

私の拙いブログへコメントをよせていただきありがとうございます。零細なブログではございますが、それ相当の意識のあるブログ主さまのところへトラックバックをさせていただきまして、その卓越した情勢論を知っていただこうとおもっております。

昔の昔のその昔でしたら、”前進”を読めば展開されていたことだと思うのですが、すでにNKさまが某掲示板で矢面にたって批判されておられるように、すでに”帝国主義論”は解体されていることが、私のような低レベルでもわかるようなものとなっております。

私はかつて一度だけHで島崎氏の講演を聴いたことがございます。このたびNKさまがよせてくださったコメントのアウトラインがそこでは展開されておりました。ながいこと政治から離れていた私としては、この間の事態はまさに晴天の霹靂でございました。

その空白のあいだになにが起こり、いまどうなっているのかを知る意味でもNKさまの発言には大きな関心をむけているものであります。これからも、多くの方に知っていただきたいと思う発言は随時とりあげていきたいと思っております。基本的に事後承諾ということになりますがその点ご了承いただけましたら幸いでございます。

最後に「小さくとも確固としたイデオロギーとプロレタリア独裁から逆規定された実際的な戦略が必要です。」にまったく同意でございます。あれだけ凄い人たちが結集していたのだから、そのなかのもっとも革命的な翼が突出しないのがなんとも不可思議なのですが・・・  と、他人任せな言説はナンセンスなのでありますが。

今年もその発言から大いに学ばせていただき、すこしでも希望がもてるように行動してゆきたいと思っておりますので、重ねてよろしくお願いします。m(_ _)m
薩摩長州 | URL | 2009/01/10/Sat 00:44[EDIT]
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