たわいもない日々の雑感を綴ってみたいと思いまする。

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たかが猫、されど猫
今日は、ふくの命日だ。とらじまの猫だった。
一昨年の12月の始め保護した4姉弟の末っ子だ。わずか1年たらずの家猫生活だった。
じつに、たいしていい思いもさせてやれず後悔することはとても多い。

だれよりも臆病で、気むずかしくて、何をするのも一番最後、一人でいることが多い子だった。それが、彼のキャラだと思っていたのだが本当は具合が良くなかったのだろう。とおもったのは去年の今日なのだから、まったくダメダメな飼い主である。

先天性腎機能障害を持った子だったのだ。保護してから3ヶ月のち去勢手術をした。まったく人慣れしていない子なので、完全武装で捕獲した。部屋は修羅場と化した。そして、動物病院へ血液検査では、腎機能の数値がすこし悪いですねと言われた。捕獲のときの白兵戦のすさまじさを説明したら、それが原因かもしれませんね。とのことだった。

ひきこもることのがおおかった、大声で泣き叫ぶことも。ほんの少ししか触れない子だった。夏をすぎ、秋の深まりとともに毛並みが悪くなっていることに気づいた。食の細い子だったからいっぱい食べてくれるように工夫したのだが駄目だった。

10月も終わりの日、突如として食べられなくなった。食べたいそぶりをして口を運ぶのだが食べない。あににく週末だったので、週明けいちばんに、かみさんに動物病院へつれていってもらった。あの決して人に触れさせることのなかった彼が、おとなしく抱かれてケージに入ったという。

仕事からダッシュで帰り、かみさんにどうだったと聞いた。もしかしたらもう駄目かも知れないという気持ちが渦巻いていた。答えは悲しくもそんな悪い思いを追認するものだった。先天性腎機能障害、脱水状態に低体温、手のほどこしようはなく重篤な状態だと、鎮痛剤をうってもらって帰ってきたとのことだった。

叫びなく彼を私はそっと抱き上げ膝の上に置き、そっとやさしくお腹をさすった。とても軽くなったからだと、艶のないぼさぼさの毛がなんともやるせなかった。
お腹をさすってやると、うっとりとした顔をして目をつぶる。ふれあうことが叶ったのは余命幾ばくもない頃とは、悔しいやら、情けないやらで涙が頬を伝った。

彼は翌日には、水も飲めなくなった。夕刻にはうずくまったままになり、やがて、体を横たえるようになった。衰弱は目に見えてすすんでいった。

最後のお別れの日、ちょうど一年前の今日の朝、もはや彼に意識はなく、毛布の上で体を横たえたまま、のこされた命を全力で生きているようだった。もう頑張らなくて良いよ、一生懸命頑張ったんだから、何もしてやれなくてゴメンと何度も何度もつぶやいた。

泣く泣く後ろ髪を引かれる思いを断ち切って仕事に行った。ダッシュで帰えると。彼は、まだ頑張っていてくれた。意識はもうないのだろうと思うのだが、声をかけるとかすかに反応がある。でもとても体はつめたい・・・ にゃ と小声でないた後手足をつっぱるようにして彼の体から、魂は天へとのぼっていった。生涯はじめて家でみとった子であった。

ずっと寄り添ってきて、命ってなんなのかまた考えさせられたできごとだった。
たかが猫、されど猫なのだ。

左がふく 右がこう 二匹あわせて幸福
いつもいっしょ


手前がこう 奥がふく
いつもいっしょ2


ちょっと毛並みが悪くなっている 気づかなかったゴメン
ゆうすすみ


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 秘密にする

野良猫。
 東西も小学生の時、野良猫を拾ってきて飼ってました。冬に家に来たので、雪ちゃんでした。オス猫でのんびり屋さん。団地の3階で飼っていたんですが、ある日、「あれー、雪おらへんなー」って両親に尋ねていると、「そうやなー」。散歩に行ったんとちゃうか?とのこと。実際は、3階のベランダから下へ転落して足の骨を折って「ニャーニャー」泣いていました。猫って身軽なはずなのに勝手に転落して骨折るとは、にぶい猫だなーと思いましたが、心配なので病院へつれていくと足を木で固定されて玄関でエサを撒き散らしながら食べていました。元気。

 完治して、しばらく家にいたんですが、ある日、散歩へ出たきり帰ってこなくなりました。また両親に尋ねると「雄猫やったから家庭を持って外で元気に暮らしているんやろー」と言われましたが、「ふーん。でも、事故に遭って死んだんとちゃうかなー」と雪が転落したベランダから外の景色を眺めながら「帰ってこんかなー」と悲しい気持ちになってました。

 結局、帰ってきませんでした。その後、野良犬を飼いました。この犬は東西が大学生になるまで生きて、最後まで一緒にいました。思い出すと胸が締め付けられるようになるので、ここまで。でも、元気なことに胸を張って、くっきりした表情でりりしい眉毛で河川敷を走りまわっていた頃を思い出すと笑顔になるんです。

 東西は、雄猫の雪は家出して帰って来なかったけど、雌犬のまりこは死ぬまで一緒だったので、なんとなく犬の方が好きです。
東西南北 | URL | 2007/11/06/Tue 22:42[EDIT]
らっしゃい、東西氏
人もたいへん、犬猫もたいへんな時代ですよ、まったく。

生き物の最後を看取るというのは、とても大切なものを最後に手渡しして空に帰って行くんじゃないかななんて思ったりする。なにが?っていわれたら、観念論への誹りを恐れずに言うが、命のは一つの体に一つの命ってことかな。

さて、私も猫は良い思い出がすくない。だいたい雪ちゃんみたいに盛りがついたら行方不明になってしまう。泣きながら必死に探し回ったもんだ。車にひかれることも多いし。去年はじめて最後まで寄り添ってみて、よかったと思っている。安楽死も頭をよぎったのだけれど。私の命じゃない、彼の命なのだから。飼育者として最後までと判断した。

東西氏も犬さんの最後に寄り添って口にはできないほどのきびしい現実を受け止めてあげたからこそ、素晴らしい思い出が深く深く心に刻まれているのかななんて思う。自慢じゃないが思い出して、笑顔になれる思い出など私にはない!羨ましいばかりだ。でも動物は無垢だからそんな素晴らしい思い出をのこして天に帰って行く。ひとこと、ありがとうって言えたら、終わりはそれでいい。あと、6匹6回最後の試練がまっている。思い出して笑顔になるようないい思い出をつくってゆこうと思いました。 

コメント心から感謝 しぇいしぇい
薩摩長州 | URL | 2007/11/06/Tue 23:27[EDIT]
ふくくん、天国で遊んでいますよ
動物が亡くなるのは、本当に辛いですね。うちは2匹見送りました。1匹はネコ白血病、もう1匹は原因不明です。命日まで覚えてもらっていて、ふくくん幸せものです。きっといまごろ天国で遊んでいますね。
まい | URL | 2007/11/07/Wed 19:20[EDIT]
こんばんわmaiさま
自分の母親ですらその死の瞬間に寄り添うことが叶わなかった親不孝な私にとって、命がいままさに燃え尽きる瞬間は、忘れることのできない、そして、語り尽くすこともできない厳粛なものでありました。

「死を見て死を知り命を知る」ということでしょうか。教育はこのことをどう伝えるのでしょうか。いじめや自殺の記事を見るにつけ思うことの一つであります。コメントありがとうございました。
薩摩長州 | URL | 2007/11/07/Wed 20:00[EDIT]
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