たわいもない日々の雑感を綴ってみたいと思いまする。

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階級
肩こり指数 ★★☆

私のブログではよく階級と言う言葉が登場する。これなしにはマルクス経済学は全く論じることができないほど重要な語彙である。

ちょっと前まで、我が国ニッポンでは一つにで高度経済成長を物質的基礎として、二つに安保闘争の激動期が終息し、三つに労働運動が体制内化するなかで、一億総中流意識などと言って階級の「か」の字もないようなことがいわれた時代がある。それから、時がたって今日、格差社会となってどうだろうか。貧富の差は確実に拡大した。失業者も増大したし、労働条件は非正規雇用の増大にみるように働く者にとって圧倒的に後退した。

では、そうした苦悩せる労働者が自らの階級というものを自覚しているのだろうか?
それは、そうともいえないところが残念なところである。ちょっとまえなら、国鉄労働運動、全逓労働運動などにおいて、明確な階級性をもって闘争が打ち抜かれていたものであり、その先端部において労働者の階級というものは啓蒙され続けてきたのであるが、前者は中曽根に後者は小泉による「分割民営化」を梃子に全体重をかけた解体攻撃にさらされ、その地平を大きく後退せざるおえないものとなった。

し・か・し・痛い目にあえばあうほど湧いてくるのは怒りで 、怒りは自らの階級的自覚を呼び覚ます呼び水である。痛い目にあった者同士が結びあえば、階級として結束し自覚が生まれる。階級としての自覚がさらにより広汎な結集をなし、階級はより大きく強いものとなる。

それでは階級とは何なのだろうかというと、レーニンによれば「ある一定の社会のなかで、生産手段をもっているかどうかによって区別され、社会の労働組織の中で異なる役割をはたし、社会の純生産物のわけまえをうけとる方法と分量の違う、人間の集団である」ということになる。

生産手段を所有する階級は、生産手段をもたない階級を労働させ、彼らが生きてゆくのに必要な生産物以上の生産物(剰余価値)を生産させ、それを搾取する。
生産手段を所有する階級は生産手段をもたない階級への搾取を存続させるために、幻想的な共同体としての国家を生み出す。うみだされた国家は、政治的暴力である権力によって担保され、その正当性をイデオロギーによって保証される。

奴隷制社会における奴隷制的生産様式では、階級は奴隷所有者階級と奴隷階級であり、封建制社会における封建的生産様式では、階級は封建領主と農奴である。そして、資本主義社会における資本主義的生産様式では、資本家階級と労働者階級なのである。

とここまでが、原理論である。現実はそう簡単に割り切れないように見えるかもしれない。
営業マンは?デパートガールは?浜崎あゆみは?松井秀喜は?弁護士先生は?町工場で従業員と一緒になって働く事業主のおやじは?

いつの時代でも生産様式が変化するときは革命的な変革をなすものではあるが、それは急進的に為される場合もあるし、比較的緩慢に為される場合もある。諸条件によってさまざまな形態をとるものである。どこでも、時と場所が異なれば、それぞれ事情というものがあるものであって、はい!今日から資本主義社会だからね。とスッパリとはいかないのだ。

どの社会においても過度的には、前社会の残渣であるとか、次の社会へむけての萌芽としてのウクラードが存在するものなのだ。そのことが、幻想的共同体の国家を正統なものとするイデオロギーとともに階級を深い霧で覆い尽くしてしまう。

営業マンもデパートガールも労働者階級である。マルクス経済学が労働者を産業資本(生産現場)における労働者だけを射程にしたものであるという誤った認識は、幾度となく遭遇してきた。しかし、マルクスは資本論において、労働者・地主・資本家の三方向から資本主義社会の全体像をとらえ、その基本的な仕組みを解明したのであって、おおよそ彼の生きた時代に、今日の資本主義社会のファクターはすでに存在しており、考察のメスは隅々まで入れられている。営業マンもデパガもともに流通資本から生じそして、独立した商業資本によって搾取されるところの労働者である。

浜崎あゆみも松井秀喜も興行資本における労働者であると同時にそれ自体が、多くの興行資本によって搾取される労働者による協業によって生み出された商品なのである。

弁護士先生と町工場のおやじは、小資本家である。今日資本主義社会において原理論を離れ、階級を理解するうえでとても重要な位置を占めるものは小資本家であると思う。

とあるブログで、日本において顕著に大企業と中小零細企業の2極分化が生じ、かつ対抗的に共存してきたのかの理由も知らず、「大企業の事業部社員が、中小零細企業の下座に座って『勘弁してくださいよ』と言うのを何度も見たことがあります。別のブログで、変に反抗されたのですが、そいつ、商売やビジネスをわかってないな、と一発で判明しましたよ。」と言う発言を見かけたことがあるのだが、それは小資本家というものの特殊な階級的位置づけはおろか、経済の「け」の字もわかってないな、と一発で判明したものである。

話があらぬ方向にいきそうなので小資本家についてはとても重要なので、後ほどあらためて記事をあげるとして、資本主義社会においては、誰かに雇ってもらう、どこかに勤めなければならない者は、体を使おうが、頭を使おうが、超能力を使おうが労働者であり、搾取される労働者階級なのである。

そして、資本主義社会の進展が資本そのものを商品と化し、一個人の私有をはなれ株式市場を媒介としてその社会的価値を変動させることは、とりもなおさず生産の社会性の証左に他ならない。しかし、同時にいわゆる「財界」とよばれる一部の資本家階級のもとに生産の指導と管理はしっかりと握られているということでもある。

彼ら資本家階級が資本主義社会の主人なのだ。それは、「越後屋」のように表舞台に華々しく登場することはめったにないが、政治家、官僚、軍や警察、マスコミといった手駒を巧みに使いながら自らの階級的利害を貫いてゆくのだ。

私たち働く者の真の敵は、中国大陸にあるのではなく、朝鮮半島にあるものでもない。
私たちの働く社会の頂点にひっそりと君臨する資本家階級であるということを知ることから自らの階級の自覚は始まるのだ。

最後までお疲れ様でした。バラ貼っておきます。
ハイブリッドティー ブルームーン
ブルームーン

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ピンアマ
最近薔薇の写真にピンアマがなくなったと思っていたら、今回は少々ピンアマか?
三脚にカメラを取り付けて、ピントを決める必要ありと。(笑)

と、本題に。
今回のエントリーは、昔何度もやっていた学習会のよう。
それからウン十年たって再会した某氏には、そうした学習は彼の脳髄にはカケラすらも残っていなかった。
当時彼は、一流の理論化だったのだが。
それに反して三流の私にも同様、その学習成果が残っていない。(笑)

結局のところそれらは、学術的なプロパーに属することで、学問的な体系の中でしか存在し得ない“真理”だと考える次第。
宇野で言えば、原理論ということでしょうか。

「宇野でゲバ棒が持てるか」と言いきった人がいましたが、当時は「何を言うかこの短ゲバが」と切り捨てました。しかし今となっては、人は認識論→存在論→実践論へと至ることにおいて、真理なるコトを覚知するのであり、一切の問題はその地点をいかに対自化できるのか、ということにあると考えています。

薩摩さんのエントリーを読んだ、私の貧弱な感想です。
失礼の分は、平にご容赦を。m(_ _)m

土岐幸一 | URL | 2007/12/11/Tue 08:08[EDIT]
おはようございます土岐さま
いやあ!鋭いご示唆に感謝いたします。このたびのエントリーは、とあるブログでの「階級ない」論に遭遇したことに端を発しております。別段、「ない論」に憮然として書き始めたのではなく、まあ、私も学生になるまではあることを知らなかったし、ないと思っている人も多いかもという思いからつらつらと書き綴ったものであります。

てなわけで、言いたかったことは「階級はあるんだよ~!(絶叫)」ということで、学習会風になってしましました(笑)。

「人は認識論→存在論→実践論へと至ることにおいて、真理なるコトを覚知するのであり、一切の問題はその地点をいかに対自化できるのか」、そのとおりです、書いている当の本人も心の片隅にそれを感じつつ、非常にピントの甘いことを書いたと思っていたところであります。

さすがに、歴史に足跡を残してこられた方々の言葉は深いというのがコメントを読ませていただいての思いであります。これからも、当ブログで頻繁に登場する用語の簡単な説明として「学習会」系記事はあげてゆこうと思っております。認識の誤り、論の浅さなどにたいしましてはご教授いただければなによりの喜びと思っておりますので、なにとぞご支援のほどよろしくお願いします。<(_ _)>
薩摩長州 | URL | 2007/12/11/Tue 09:31[EDIT]
搾取の基礎ですね。
 会社で社員一人一票で経営を決定しておれば、その会社の範囲でいえば、搾取はないですね。階級もない。しかし、例えば、銀行、土地所有者、大企業からは搾取されているし、社会規模でみれば階級も搾取もある。

 結局、すべての会社員が労働組合に参加し、個別会社で一人一票制を慣習法として確立し、実質化しながら、国の立法、行政制度を変革する労働運動を基礎に、議会政治運動へ発展させるしかないですね。

 階級と搾取の存在を認識すれば、賃金がいくら上昇しても労働者は資本家、経営者に強奪されているということにありますから、労働運動における条件闘争においても迫力がでるんですがね。賃金は上がれば上がるだけよい。つまり、経営側の経営情報の完全開示、説明責任を強制する事実上の圧力にあるからです。

 階級と搾取を知るということは絶大な物質的な力になるんですね。
東西南北 | URL | 2007/12/13/Thu 02:07[EDIT]
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左右の対立へのスタンス
 私の最近の記事で,周囲の人から危惧,ないしは忠告のようなものを示された.私の論調は『分断』が基本にあるのではないか,もう少し反対者も仲間に入れるような論調にならないのか,という趣旨である.これを聞いて,私ははたと思い当たることがあった. この危惧は左...  [続きを読む]
アルバイシンの丘 2007/12/11/Tue 16:03
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