たわいもない日々の雑感を綴ってみたいと思いまする。

スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「暴力の復権のために」冒頭の紹介
肩こり指数 ★☆☆

今日はちょっといそがしくもあり。てなわけで、先般「決めポーズ」
http://kangun.blog123.fc2.com/blog-entry-60.html のおしまいに紹介した「暴力の復権のために」のエンディングにつづいて、冒頭を紹介させていただきます。


暴力の復権のために

「もしも、ある社会の根底に非和解的な階級対立や社会矛盾が存在しているにもかかわらず、なおそれらの対立や矛盾が暴力的衝突として発現していないとするならば、このような事態はいったい肯定されるべきことなのであろうか。もちろん、人間史の究極においてみるならば、階級対立や社会矛盾の止揚そのものが問題となることはいうまでもなかろう。
だが、人間はいかにしてその止揚をなしとげるのだろうか。いや、そもそもいかにして問題の所在をつかみとるのであろうか。

いくつかの例をあげて見ることにしよう。

アメリカにおける黒人問題はどうであろうか。アンクル・トムやブラック・ジョニーが神を信じ、奴隷としての平和を愛していたとき、だれが黒人の解放を本気で考えたであろうか。そこに抑圧が存在しなかったわけではないことはいうまでもない。だが、白人ばかりではなく、黒人までもが、黒人の奴隷的秩序を運命のごとくうけいれ、その秩序が動揺して運命の怒りにふれるのをおそれていたのだ。

イエス・キリストのまえの平等だけが、黒人の唯一の救いであったのだ。もう我慢できない──こう叫んで、黒人の青年たちが白人専用のバスやレストランや学校にのりこんだとき、そしてまた白人の過敏なまでの差別的激情を挑発し、警官やK・K ・Kの襲撃に銃をもって返答をしたとき、はじめて奇跡がおこったのだ。黒人は、自分たちの奴隷的差別をなくすためにはまず行動すべきことをしったのであり、また、白人のなかにも黒人の奴隷的抑圧こそ、自分たちの抑圧を運命づけているものだということをしるものがあらわれたのである。二世紀にわたる黒人解放の説得にもかかわらず、運命のごとく北米大陸を支配してきた色の論理は、もう一つの色の論理によっていまや崩壊の端緒に直面しているのだ。

ベトナム問題はどうであろうか。南部ベトナム解放民族戦線は、パリの変形デスクのまえに着席し、アメリカ帝国主義やそのカイライ政権と対峙して、「平和交渉」をつづけている。アメリカ本国ではベトナムにおける自国の敗北を求める声と運動が日に日にたかまっている。だが、最初からこうだったのだろうか。六〇年春、山岳地帯で、水田地帯で、南部解放の武装闘争が開始されたとき、解放戦線にいかなる合法性が保障されていたというのであろうか。五四年のジュネーブ会談によって帝国主義支配のもとにとり残された南部ベトナムの民衆は、アメリカ帝国主義とそのカイライ政権の陰惨きわまる抑圧、ベトミン狩と称しておこなわれた不服従分子の処刑、そして部落の戦略的封鎖のなかで、しかも、ホー・チ・ミン政権の北部支配権を代償に帝国主義の南部支配を承認した中、ソ共産党の裏切りのなかで、無一物の武装闘争を開始したのである。

カイライ軍を追いつめ、米侵略軍を山地やデルタにふかくひきこみ、その戦線を分断し、孤立させ、壊滅させ、さらに都市部を逆包囲し、都市部住民の深部に不抜の革命のとりでをきずきあげたとき、はじめてアメリカ帝国主義はベトナム侵略戦争政策の再検討を余儀なくされたのであり、アメリカ本国の民衆も真剣にベトナム反戦にとりくみ、政府の欺瞞的な「撤退」政策を根底から揺るがしはじめたのである。

「平和交渉」なるものは、ベトナム人民の武装解放闘争に追いつめられたアメリカ帝国主義が、それに合法的地位を与え、体制内的に包摂していこうとする攻撃であり、当然ベトナム人民はこうした帝国主義の苦しまぎれの野望にたいし幻想をふきとばして前進しているが、しかし、ともあれ、この程度の譲歩すら、非合法的な武装闘争がなかったなら問題たりえなかったであろう。」
(改行は薩摩長州によるもの 本多延嘉著作選第二巻より引用)


とかく「理性的」といわれる人類の知性はいまだ社会において暴力を止揚するに至らず。それはあたかも口で言ってもきこうとしない「だだっ子」にも似て。

Comment

 秘密にする

着々と進んでいますね。
 本多著作選の学習、はかどっているようですね。私なぞ去年取りかかった「戦争と革命の基本問題」が停滞したままです。そのくせ色々と他の本に手を伸ばしたりしています。やはり集中して学ばないといけませんね。
アッテンボロー | URL | 2008/02/01/Fri 22:57[EDIT]
こんばんわアッテンさま
いやいや、いらしゃいませ。私としては、生の本多書記長の言葉を広く知っていただきたいと思い、そのまま引用というかたちで紹介させていただくことにしました。

ただし、一応は「著作権」なども考慮する必要があるので、お気に入りの部分や、記事に関しての引用というふうにしています。てなわけで時間をかけての順不同にして小出しの紹介です。

出し尽くしましたら、最後に順番をつけて通しで読めるようにしようかと。

そうそう、草加さまが「小説・三里塚」を掲載しておいでで、リンクをはらせていただこうと思っている今日この頃であります。

もうお読みのこととは思いますが、例の「意見書NO.2」はすごく為になりました。労働運動に軸足をおいてNCが立ち上がったなんて知らなかった。恥ずかしながら。
薩摩長州 | URL | 2008/02/01/Fri 23:40[EDIT]
Track Back
TB*URL

Copyright © たわいもない話. all rights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。