たわいもない日々の雑感を綴ってみたいと思いまする。

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犯罪
さぁって記事をかくぞおぉお!!と気合いをいれて枕を書いたところで、ローザが仕事部屋にはいってきて、パワーポイントでレジュメを作ってくれと言う。パワーポイントぉおお!もう十年くらいプレゼンしなきゃなんないような仕事してないっしょ、とっくに使用方法をわすれますた。といって断る。

するってーと、自分でするからどいて頂戴とのこと。しぶしぶ今日もリビングでテレビを眺めながらじっと我慢で待つ。たぶん1時間くらいではできないだろーな、とは思っていたのだがふたたびPCの前に座ることが出来たのは4時間を過ぎていた。

てなわけで土曜日分の更新は日曜日にずれこんでしまった。致し方ないので手抜きなのだが引用ものでお茶をにごしておこう。

マルクスの「剰余価値に関する諸学説」通称、剰余価値学説史のなかの下りを紹介させていただきます。よく当ブログにコメントして下さる三介さまや、ときたまのぞかせていただいている神山先生もとりあげておられたので結構有名な下りであります。剰余価値学説史は、マルクスが資本論の第4巻として構想していたものなのだが未完にて、その死後世に出たものだ。当然能力のとぼしい私はこれを読破してはいない。いまでは古本市場で探し出すより入手するすべはないようだ。太古のむかし経済原論の講義のなかで生産的労働と不生産的労働に関係してこの下りを読んだような記憶がある程度のものなのだが、当時はずいぶんと斜に構えた文章だと思った。


「哲学者は思想を、詩人は詩を、牧師は説教を、教授は概説書を生産する等々。犯罪者は犯罪を生産する。このあとのほうの生産部門と社会全体との関連をもっと詳しく考察すれば、多くの偏見を免れるであろう。犯罪者は犯罪を生産するだけでなく、刑法をも、またそれと同時に刑法を講義する教授をも、またさらに、この同じ教授が自分の講義を『商品』として一般市場に投ずるために必要な概説書をも生産する。これによって国民的富の増加が生ずる。……犯罪者はさらに、警察および刑事裁判所、刑吏、判事、絞首刑吏、陪審員などの全部を生産する。そして、これらのいろいろな職業部門はすべて、社会的分業のそれだけの数の部類を形成しつつ、人間精神のいろいろに違った諸能力を発展させ、新たな諸欲望とそれらを満たす新たな諸方法とをつくりだす。拷問だけでも、きわめて巧妙な機械的発明のきかっけを与え、その道具の生産にたくさんの尊敬すべき職人たちを従事させた。
「犯罪者は、半ば道徳的な、半ば悲劇的な印象を生産し、こうして公衆の道徳的および審美的感情の動きに、ある『サーヴィス』を提供する。彼は、刑法概説書を生産するだけでなく、刑法典としたがってまた刑法立法者とを生産するだけでなく、技術、文学、物語、さらには悲劇をも生産するということは、ミュルナーの『罪』やシラーの『群盗』ばかりではなく、〔ソフォクレスの〕『エディプス』や〔シェークスピアの〕『リチャード三世』さえもが証明するとおりである。犯罪者は、ブルジョア生活の単調と日常の平安とを破る。それによって彼は、停滞を予防し、また、それなしには競争の刺激さえ鈍くなるにちがいないかの不安な緊張と可動性とを呼び起こす。こうして彼は生産諸力に刺激を与える。犯罪は、過剰人口の一部を労働市場から取り去り、それとともに労働者間の競争を減少させ、それによって最低限以下への労賃の低下をある点まで阻止するのであるが、他面、犯罪にたいする闘争が同じ人口中の他の一部を吸収する。このようにして犯罪者は、正しい釣り合いを生み出して『有用な』就業部門の全体の展望を開くところの、かの自然的な『均等化』の一つとして登場するのである。
「犯罪者が生産力の発展に及ぼす影響は詳しく実証することができる。一人の泥棒もいなかったとすれば、いったい錠前が今日のように完成されていたであろうか? 一人の鋳貨偽造者もいなかったとすれば、銀行券の製造が現在のように進んだであろうか? 商業において詐欺がなかったなら、通常の商業部面に顕微鏡の用途が見いだせたであろうか(バベジを見よ)? 応用化学は、尊敬すべき生産熱のおかげであるのと同じように、商品偽造とそれを摘発しようとする努力のおかげではないのか? 犯罪は、つねに新しい財産攻撃手段によって、つねに新しい防禦手段を生じさせ、こうして、機械の発明にたいするストライキとまったく同様、生産的な作用をする。また、私的犯罪の部面は別としても、いったい、国民的犯罪なしに世界市場は、いや諸国民でさえも、成立したであろうか? また、罪の樹は、アダムの時代以来、同時に智恵の樹ではなかったか? 」

なんでも疑ってかかれ!ということを信条にしていたマルクスが書く文章はじつにアイロニーにいつも溢れていて、それゆえに難解である。別段彼がとびっきりの根性曲がりであったとはおもわない。それは彼のブルジョア社会への強烈な怒りをこめた批判のあらわれであり、その情熱のほとばしりだったのだろう。このことにかんしては、誰かが毎度くちにする言葉ではないが理解が出来ないのは理解する側のリテラシーがたりないということになろう。

さて、この下りを出してきたのは、新年早々お玉さまのところで語られた死刑廃止をめぐる熱い討論をきっかけとして犯罪と社会の関係におもいが巡っているからなのである。
貧困が犯罪をもたらす。いや、貨幣が犯罪を誘惑する。あふれかえるばかりの商品の山をなす先進国ニッポンで 発生する犯罪はその多くが貨幣と無縁ではなかろう。私はそのほとんどが貨幣が支配する物神崇拝に帰するものであるような気がする。

そのあたりの社会と犯罪の関係性を唯物論から、とりわけ明治以降から敗戦にいたるまでのスパンで考察してみたいとおもっているのである。政治犯が多かったのは直感でおもうところであるが、貧困故の犯罪はものすごく多かったようなきがするし、社会規範の崩壊が凶悪犯罪を生み出していたようなきがするのであるが、調べてみないことにはなんともいえないところであるが。まあ、ひまにまかせてぼちぼちといったところだ。


追記です。

資本主義的生産様式と犯罪はまるで親子のような切っても切れない関係である。この一文でマルクスがいわんとしていることはそういうこと。社会的な生産活動が生み出す価値が旧社会のように、生の生産物としてあった時代ではその蓄積は倉庫にしまっておくことしかできなかったが、社会的価値が商品として生み出され、商品が貨幣をその価値の表現としたとき、貨幣は限りなく価値を蓄積するすべを獲得する。貨幣は労働が生み出した価値であり、まさに労働そのものだ。

人から人が貨幣を奪うことは、労働の成果を奪うことに他ならない。そうした犯罪が多くのビジネスチャンスをもたらす。それはビッグビジネスだ。社会の主要な産業部門を形成しているといってかまわないだろう。犯罪は資本主義的生産様式になくてはならないものだ。

いっぽうで犯罪の始まりはなんであったか?以前から幾度かふれてきたが資本の本源的蓄積過程(資本主義社会の誕生の過程)は自給自足の農民を暴力的に土地という生産手段から切り離して、大量の日暮らし者の浮浪者を生み出した。おりからの産業資本の勃興に労働者としてそれらは吸収されるわけであるが、職をすべての浮浪者がえることができたわけではない。職にあぶれた者達は犯罪という自営業を始めるにいたるのである。ここに諸国民が成立する。

いまひとつの本源的蓄積過程は、大航海時代をつうじ世界のいたるところで金銀財宝をかき集め貨幣のもとをたくわえる必要があった。東インド会社も悪逆の限りを尽くした、インカ帝国は金銀財宝を奪い尽くされ滅亡した。まさに国民的犯罪をもって世界市場はきりひらかれた。資本主義的生産様式は犯罪をもって成立したのである。




Comment

 秘密にする

唯物論…。
薩摩長州さん、おじゃまします。
お玉さんのところで毎日不毛な議論を繰り広げているわたしですが、田柄さんとChic Stoneさん以外、誰も相手にしてくれないもので、しかもその田柄さんも、最近はうんざりといった様子で…。
そこで、薩摩さんになにとぞお相手していただきたく、また性懲りもなく参上いたしました。もし、おじゃまでしたら「じゃま!」とおっしゃってくださいね。
そこで質問です。「唯物論」を薩摩さんは信じていらっしゃるのですか?
naoko | URL | 2008/02/03/Sun 04:57[EDIT]
マルクスですな
おー、マルクス!格差社会のワーキングプア、地球規模の環境破壊の進行・・。どん詰まりの「資本主義」を目の前にしてマルクスの理論を再検討してみたいとは思いますね。生産力至上主義に陥らぬ新たな社会主義の道はないものかな?
BORA | URL | 2008/02/03/Sun 07:22[EDIT]
幽霊の・・・
いらっしゃいましnaokoさま、どうぞ気兼ねなくいらしてください。とはいえ、私のような者では全ての返答ができるわけではありませんが。とりわけ人の信条にかかわるところは、特別な理由でもない限り粘り強い対話を通じて互いの理解を勝ち取るということは、本ブログでは考えておりませんので、1つの貴重なご意見として聞かせていただくというスタンスです。てなわけで、かなり踏み込んで論を開かねばならないと思われる場合は、あっさりスルーすることもございますがご容赦くださいませ。

さて、私は別段唯物論を信じているのではなく、方法論として唯物的なものの見方を選択しているものでございます。もちろん私のようなレベルでは全てを見通すことはできませんけど。幽霊の正体見たり枯れ尾花 ってとこでしょうか。
薩摩長州 | URL | 2008/02/03/Sun 13:19[EDIT]
ようこそ
いらっしゃいませBORAさま。がんばっておられますね。ちょくちょく拝見させていただいてます。最近「佐藤優現象」などと言う奇妙な現象が起こっているそうで。
せんだって近くの本屋にいったら「私のマルクス」なる氏の著作が並んでおりました。
氏はパクられて拘置所にいるとき宇野段階論を学んだんだそうです。そして強い「真理の確信」をえたそうであります。

そうした体験をベースに氏は自らの保守反動のイデをマルクスの「言葉」で語るという曲芸を身につけたようで。いまとっても危ないブルジョアイデオローグの一人ではないでしょうか。真っ直ぐな心は理論の不足をおぎなって余りあるが。曲がった心根では十全な理論も曲がると。ちょっと観念的かな。
薩摩長州 | URL | 2008/02/03/Sun 13:46[EDIT]
お初にお目にかかります
コメントありがとうございます。
傘寿に近い年寄りのすること、ただ新聞とテレビからの情報だけです。今後ともよろしく。
憂楽嘲(ごまめの翁) | URL | 2008/02/03/Sun 19:48[EDIT]
ようこそお越し下さいました
とんでもございません、コンパクトにして過不足なく情報を提供しておられるといたく感心いたしました。当ブログはお気楽系にて時事問題は速攻で扱いません。いろいろと方々から情報を拝見させていただいて、話題にもならなくなってから論じるような、亀ブログであります。これからも情報源としてのぞかせていただきます。なにとぞよろしくお願いいたします。コメントをよせていただきましてありがとうございました。
薩摩長州 | URL | 2008/02/03/Sun 20:17[EDIT]
ギョーザの検査も
こんばんは。薩長さん。
そうそう、さいきんのお餃子のねたも
コウロウショウ辺りが、検疫強化、
のううすいしょうが食料自給率強化の種にする
っていうのが一方ではあるでしょうね。
朝日の夕刊に「牛の全頭検査やっているけど、危険度はアメリカより高く、イギリス並みとか。」
なんのこちゃら~?って思いましたよ。
そう言えば、先日星川淳さんの「調査捕鯨。官製情報に注意せよ」っていう意見も載ってました。毎年千頭も調査の名で、鯨を殺すのはやり過ぎやね。
その点、NHKの「土佐の池鯨」の番組は微笑ましかったです。「伝統」を騙った「商売」には気をつけんと、あ官話~。まあそういった「偽装」があるから、こっちもブログのねたには困れヘンねんけど、マルクス君が言う様に・・。でも何分書いてる間が・・。或いは自己批判検討する間も・・。
三介 | URL | 2008/02/04/Mon 23:49[EDIT]
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集会を行なう自由を守るために
マイミクさんの日記から転載します。 集会の自由がつぶされたら、それは独裁国家と同  [続きを読む]
アッテンボローの雑記帳 2008/02/04/Mon 23:41
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