たわいもない日々の雑感を綴ってみたいと思いまする。

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ホワイトカラー・エグゼンプション
肩こり指数 ★★★

マルクス「ネタ」が連チャンとなった。ついでにもう一つ。

ちょくちょくのぞかせていただいている津久井先生のブログでマックの店長裁判の判決をとりあげておられた。お題は「McDonaldでホワイトカラー・エグゼンプション違法の先取り」。

私は法学部に行ったのだが、なにも学ばなかったので亜法(「阿呆」)学部。な~んて、全くのド素人で一般庶民。そんな庶民でも理解できるようにわかりやすく論じてくださるので、たいへんに助かっている次第ある。とかく法曹界の用語は専門性がたかく難解で判決文などは、超大作ばかりなので最高の睡眠薬である。だが、民主主義をないがしろにしようとするものとの主戦場の1つは司法の場であるから、無関心であってはならない。

さて、このホワイトカラー・エグゼンプションのホワイトカラーというのは、すでによく知られた言葉であるが、狭義には生産現場からはなれ、商品の販売・管理・事務処理などをする労働者のことをさしてきた。広義には、公務員や生産管理事務・教育・コンサル系サービスなどもふくめるようである。

日本ではこのホワイトカラーが高度成長期の鉱工業、重化学工業のめざましい発展と歩調をあわせて爆発的に増大してきた。それは、単純にいえば増大する生産が生み出す膨大な商品は、商業資本の急速な発展をもたらし、それをもって商品は「命がけの飛躍をなし」貨幣へと姿をかえなくてはならなかったからである。セーが言ったような脳天気な法則はもはや陳腐なものでしかなかったのである。商業資本の役割はとてつもなく重要なものとなった。

さて、ホワイトカラーが多く生息する、商業資本なのであるが、これが資本論のなかで登場するのは、全3巻の3巻目である。いよいよここではじめて資本主義的生産のトータルな姿が論じられるのである。そのなかで「第4篇 商品資本及び貨幣資本の商品取引資本および貨幣取引資本への(商人資本への)転化」ではじめて商業資本は論じられる。

そのなかの「第17章商業利潤」の終わり際でマルクスは実にホワイトカラー・エグゼンプションの必然性を予見したような興味深い指摘をおこなっている。

「商業労働者は直接には剰余価値を生産しない。しかし、彼の労働の価格は、彼の労働力の価値によって、すなわちその生産費によって、規定されているとともに、他方、1つの緊張、力の発揮、および消耗としての、この労働力の行使は、すべての他の賃金労働者のばあいと同様に、決して彼の労働力の価値によって制限されてはいない。それゆえ、彼の賃金は、彼が資本家のためにその実現を助ける利潤量にたいしては、何ら必然的な関係にたたない。かれが資本家に費用をかけるものと、彼が資本家にもたらすものとは、異なるおおいさである。かれがこれを資本家にもたらすのは、かれが直接に剰余価値を作り出すからではなく、彼が一部分は、不払いの労働をなすかぎりにおいて、剰余価値実現の費用の軽減を助けるからである。」

「本来の商業労働者は、賃金労働者の比較的高給な部類に、すなわち、その労働が熟練労働であって平均的労働のうえに位する賃金労働者に属する。しかし、賃金は、資本主義的生産様式の進展とともに、平均的労働にたいする比率においてさえも、低落する傾向がある。これは、一部は店舗内の分業によるものである。すなわち、労働能力のただ一面的な発達がおこなわれることになり、そしてこの生産の費用は、一部は資本家にとって何ら費用をかけるところがなく、むしろ労働者の熟練が機能そのものによって発達し、しかもこの熟練が分業とともに一面的になればなるほど、ますます急速に発展するからである。
第二には、資本主義的生産様式が教授法その他を、ますます実用本位とさせるにしたがって、予備教育、商業知識、言語知識等が、科学や国民教育の進歩とともに、ますます急速に、容易に、一般的に、低廉に再生産されるようになるからである。国民教育の一般化は、この種類の人々を、以前は除外されていた、より劣悪な生活様式に慣らされた諸階級から補充することを、可能にする。さらにそれは志願と、したがって競争とを増大させる。したがって、若干の例外を除けば、資本主義的生産の進展とともに、これらの労働者の労働力は低減する。彼らの労働能力は増加するのに、彼らの賃金は低下する。資本家は、より多くの価値と利潤とが実現されべき場合には、これらの労働者の数を増加させる。この労働者の増加は、つねに剰余価値の増加の結果であって、決してその原因ではない。」


長い引用で恐縮なのであるが、前半の引用は、商業資本における労働は価値を生み出さない。利潤をうみだすものではない。それらを費用を投じ実現するものであることをいっている。

たいへん大雑把な説明となることをあらかじめお断りした上で、産業資本は生産活動において、労働者がうみだした剰余価値を含む商品を、自らが販売し剰余価値ともども貨幣として回収することよりも、商業資本という販売の専門家に剰余価値の一部をつけて商品を譲り渡すのである。その結果、産業資本は「商品の命がけの飛躍」とよばれる売れ残りのリスクと流通過程での時間のロスを商業資本におわせ、資本の回収とそれによる資本の回転を速めるのである。

剰余価値つきで商品を受け取った商業資本は費用をかけて、それを貨幣にかえる。それが商業資本の使命でありそれがすべてだ。かかる費用はすべて産業資本から受け取った剰余価値から支払われる。ゆえに費用をかけず、すべての商品を貨幣へと飛躍させることが剰余価値を利潤へと転化する唯一の道なのである。長い歴史をもつ商業資本は、それに長けている。

そして、後半の引用であるが、ここからががホワイトカラー受難の予言である。資本主義的生産様式の進展により、第1に、分業がすすみ経理事務や営業、在庫管理などなど細分化専門化することによって熟練し、対費用の効率がアップするということ。

第2に教育が社会に広く浸透するに従い、高い能力をもった労働者予備軍が低価格で提供されるようになる。それらは、互いに競争をすることによってますます自らの価格を引き下げる。

さらに今日的には、ITの驚くべき進展がますますにホワイトカラーの価値を引き下げたのではなかろうか。いまや簿記会計の知識がなく、勘定科目を熟知していなくても会計ソフトは入力をどしどし仕分けし、転記し、精算書から経営分析までおこなう時代である。
かつては、販売には天才が存在した。いまでも存在しているのは私もしっている。だが、そんな天才の販売技術は徹底的に分析され標準化されるべくマニュアルとなる。
販売促進のためのあらゆるノウハウをもった、広告代理店が絶大な力を誇る。

産業資本が技術革新をつうじて、高性能な機械が労働を単純化し、より少ない低価格な労働力でより大きな生産をなしてきたように、流通とその派生である商業資本が流通革命とIT革命を梃子にして、より少ない、そして安価な労働力で商品を貨幣へと飛躍させることがかなったいまの世にあってはじめて、おりからのコイズミ&ヘイゾーが切り開いた市場原理主義の回帰はなしえたのであろうし、そうしたあり方を積極的に追認するものとして、ホワイトカラー・エグゼンプションは登場したのではなかろうか。この労働者の新たな受難の始まりはかつて、ブルーカラーとホワイトカラーという色分けをもって労働者に分断をもちこんだイデを乗り越える諸関係ととらえ、働く者がともに手を結びあう契機として積極的にとらえかえさなければならないだろう。

最後に、岩波版資本論では訳者の向坂氏がこうつけくわえている、
「この1865年に書かれた商業プロレタリアートの運命の予測が、それ以来いかに実証されたか、これについては、あらゆる商業的操作と三ヵ国ないし四ヵ国語とに通じていながらも、ロンドンのシティで一週間25シリング――熟練機械製造工一人の賃金よりもはるかに安い――の勤め口を探しあぐねている幾百のドイツ人事務員が、身にこたえて知っている。」とマルクスは手記のなかにかき加えていたと。


やっぱ天才だよね 床屋にはいったほうがいいとおもうけど
Karl_Marx.jpg

Comment

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 例の裁判で敗訴して控訴してる日本マクドナルドの社長が、改めて「店長は管理職、残業代は払わない」と公言したそうですよ。いいですねえ、この反応。改めて経営者ってのはどういう人種なのかを教えてくれますわ。
shira | URL | 2008/02/06/Wed 20:22[EDIT]
こんばんわshiraさま
最後までお読みいただき有り難うございました。肩でもおもみいたしませう。モミモミ。

日本マクドナルドの社長は、きっとこう考えていることでしょう「ならいいよ、店長する人はいくらでもいるんだから。うちの店長はね、だれでもできるの~♪」って。

そんな、資本の権化のような社長ですら、所詮は資本の操り人形。日本マクドナルドを支配するほんのわずかな金融資本こそが「越後屋」なのであります。時代は危機の時にあってこそ、その問題性を自ら鮮明にする。そんな社長の「有り難いお言葉」なのではないでしょうか。
薩摩長州 | URL | 2008/02/06/Wed 22:50[EDIT]
こんばんわ
プロフィールにあるみけねこちゃん,改めてみるととてもキリットしていて素敵な青年?ですねぇ!うちのミーちゃんの息子みたいです!
今初めてマルクスを本気で勉強しようという気になりました.それではまた.
アルバイシンの丘 | URL | 2008/05/07/Wed 21:40[EDIT]
アルバイシンの丘さまこんばんわ
記事を上げて、それなりにまとまった内容でお返事申し上げようかと思ったのですが、連休中園芸三昧のツケが回ってきたようで、いきなり忙しいので簡潔に「高賃金労働者も搾取されていると言えるのか」というご質問への示唆だけということでm(_ _)m。

TBさせていただいた内容どおり、剰余価値は流通過程で生じることはなく、産業資本が生産活動を行うことからのみうまれます。商品を売って儲かるのではなく、商品を生産するから儲かるのであります。初めから商品がなくては売りようがありません(笑)。
そうして生みだされた剰余価値は産業資本から流通&商業資本や利子生み資本としての銀行資本などなどに分配されるのであります。

マルクスの時代にあっては、資本家は、労働者の労働能力を引き出すために、賃金格差をもうけ競争を強います。そのなかでも熟練工のような特別な能力をもった労働者は剰余価値の分配にあずかり資本家の良き友になるのであります。それは、銀行や証券や不動産のような利子生み資本(剰余価値の分配を受けとる権利を商品として扱う資本)とて同じ事であります。

預金集めの天才、金融商品の販売の天才、超能力トレーダーとはいわないまでもそういう高給取りがいるのは、そうした能力をもった労働者は、資本にとって自己を増殖させる有用な労働力商品であるのです。そういう有用な労働力商品は当然高価なのであります。マルクスは「賃労働と資本」のなかで最も安価な労働力は食って寝て単純労働をする労働者であると言っています。高価な労働力は、一般的傾向として高額の教育資本が投じられているものであります。例外があることはもちろんのことでありますが。

さて、もうひとつTBさせていただいた「日本昔話」に書きました、産業資本と銀行資本が一体となって集積がすすみ金融資本を形成するようになると、資本は創設者の資本家の手から離れるのであります。雇われ社長をトップに、下々の新入社員までみな労働者となるわけであります。産業資本と銀行資本が一体となりつつも銀行資本の支配が貫徹するような帝国主義段階へと資本主義が発展をとげると、かくのごとき資本の意に忠実なる労働者による労働者の搾取が生まれるのであります。くわえて、ロシア革命以降革命の現実性という危機感から、労働者の利害を代表する労働官僚的な部分にさえ資本は超過利潤のおこぼれをニギニギさせることによって、資本の側へととりこんできたのであります。レーニンはかの歴史的著作「帝国主義論」のなかでそんな資本に買収され、身も心も資本に捧げた労働者を労働貴族と呼びました。

以上簡単なお答であります。本当は銀行、証券、不動産などの利子生み資本についてもっと踏み込んだ説明をしないと説得力はアップしないと思うところなのですが、ここらは私諸説、諸解釈があり難解にして、私自身も一知半解なものでただいま暇を見ながら再学習中なのであります。まあ、たまにはわかりやすい言葉と言い回しで記事にしようとおもっておりますのでともに学んでいけたらラッキーです。

まずは、「賃労働と資本」をお読みになったらとよろしいかと。幸いデジタル化されてタダでよめますのでおすすめしておきます。
http://www.gameou.com/~rendaico/marxismco/marxism_genriron_gensyo_thingin.htm

そして、資本論をお読みになるのであれば、
http://kyawa.no-ip.info/capital/capital-index.htm
こちらの解説をおすすめいたします。

追記 海外交易で売り渡すものも、買ってくるものもどちらも人が働いてつくった商品なのであります。ただそこには不均等発展の法則が支配する国際社会に規定された、不等価交換の収奪が存在するから「儲かる」のであります。
薩摩長州 | URL | 2008/05/08/Thu 22:39[EDIT]
ありがとうございます
わざわざお返事戴き恐縮です.ありがとうございました.
『預金集めの天才、金融商品の販売の天才、超能力トレーダーとはいわないまでもそういう高給取りがいるのは、そうした能力をもった労働者は、資本にとって自己を増殖させる有用な労働力商品であるのです』
よくわかります.なんか勉強への興味がわいてきますねぇ
テキストのご紹介,誠にありがとうございます.
ところでお勉強シリーズの第2編を書いてみたのですが,なぜかTBが通りません.お知らせのみ申し上げます.
身の程知らず,なにとぞお許しを!
アルバイシンの丘 | URL | 2008/05/09/Fri 09:40[EDIT]
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