たわいもない日々の雑感を綴ってみたいと思いまする。

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「亡国の記念日」をちょっとだけ
肩のこる話 ★☆☆

今日は「建国記念日」である。昨年の教育基本法の「改正」が真っ正面からうちだした「愛国」ともあいまって、なんともいっや~な気分の一日である。岩国市長選の惜敗と沖縄での海兵隊の少女暴行事件はそんな気分にさらに重くのしかかるようだ。

毎年この日に思い起こすのは、本多著作選のなかでも高い評判があるもののひとつ、亡国の記念日という一九六九年二月一〇日慶応大学でおこなわれた講演を書き起こしたものだ。天皇制ボナパルティズム論を基礎とし、「建国記念日」を論じたものである。

今日は、この「良き日」に、亡国の記念日のエンディングである、「ミネルバの梟は日暮れてとびたつ」の下りを紹介させていただこうと思う。学問とはなんたるかを論じたちょっとお気に入りの下りなのである。

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東大闘争のあの一月一八日、一九日の激闘ののち、法学部研究室にとびこんでいった学者たちがいます。加藤代行のブレーンをなしている国際法の寺沢一、ドイツ政治史の篠原一、国際政治学の坂本義和など高名な諸教授でありますが、これらの教授が東大の問題をどううけとめたのかのなかに、じつは日本の学問のもっている腐敗のふかさを見ることができます。

たとえば、篠原一教授はドイツ政治史の専門家で、最近ではファシズムの研究をやっているようでありますが、どのかれが、今回の東大闘争でナチス・ドイツの法律にかんする貴重なマイクロフィルムが破壊されたので、もう学問をする気がしなくなった、と嘆いているそうであります。しかし、もしファシズムの法律にかんする資料がそんなに重要なら、マス・プリでもして配ればよいので、それを自分の研究室に大事にしまっておいて、はじから小出しにしてそれを研究の成果とするような金利生活者みたいなやり方で学問をやっているところにもともとかれの問題があるわけです。自分の研究室で階級闘争がおこったのだから、これほど研究の素材が、豊富になったことはない。おおいに意気を燃やして学問研究に接近しなければならにはずであります。ところが、からはそういうアプローチの方法をとらないで、マイクロフィルムのなかに学問があると考えている。

もちろん、ナチスの法律の研究をすることじたいが無意味だというわけではありません。ナチスというのは、たとえばアウシュヴィッツ収容所のユダヤ人の大量虐殺の例のようにものすごく残忍で反人間的なことをやっておきながら、他方ではナチスの法律を研究していくと、ナチスが「非常にやさしいこころね」と「ものを大事にする精神」をもっていることがわかります。

たとえばナチスの法律には「カニ・エビその他の甲殻動物であって、その肉が人間の食用に供せられるものを殺すときは、熱湯に、なるべくひとつづつなげこまなくてはならぬ。これらの動物を冷水あるいは温水に入れてから加熱することは、これを禁止する」(生魚その他の冷血動物の屠殺および貯蔵にかんする条令第二条「一」一九三六年一月一四日施行)というような法律が沢山あります。このようにナチス・ドイツは、アウシュヴィッツ収容所で何百万という人間を殺しておいて、他方ではカニやエビの死に方について法律をつくっている。しかし、これこそナチズムというものがもっている本質的論理構造であるといえるのであります。つまり、もののあわれとか、花の風情を一方で盛んにいっている人たちが、もう一方では人間を食いものにし、人間の虐殺のうえに政治をやり、みずからの利益を貫徹するようなことを平気でやっているのですが、だが、この両者のあいだになにひとつ矛盾が存在していないのであります。ところが、わが篠原教授は、ナチスの法律の研究をとおして、こうした支配者の論理構造ををつかみとり、これを実践的に粉砕していくのではなく、逆に、国家権力の重圧のなかで支配者の論理構造の恥ずべき走狗となっていたのであります。

反動的マスコミ屋どもは、東京大学のなかで文化が失われたといっていますが、だいたい文化とは、マイクロフィルムでなくて、まず人間であります。学生が警察権力によって弾圧をうけて、両眼が失明したり、死の危険にさらされているこの事実について、寺沢一や篠原一や坂本義和が心を集中しないで、まず大学の研究室のドアを開けて「オレの本がどれ位残ったか、マイクロフィルムがどの位破損したか」と腐心して泣きべそをかいている――こういう論理構造が進歩の名において東大に存在しているわけです。

ある人たちは、東大のなかにだってマルクス主義の研究がおこなわれ、政府の批判がおこなられているから、学問の真理の探究がおこなわれていると主張してますが、これはまったくおろかなことです。むしろ一見政府を批判するようなものすら大学の中に存在しながら、全体として建国記念日を認め、大学のなかに国家権力をひきこんで、その手によって非人間的行為が現実に展開されているにもかかわらず、そのことのなかからみずからの政治学的結論をひきだすことができないで、マイクロフィルムの損失しか嘆くことができないほどこんにちの大学は腐敗しているとみるべきであります。

そもそもわれわれにとってファシズムの研究とは、ファシズムをなくすこと、あるいはファシズムに代表されているような圧政者の論理を打倒することでなければならないのであります。しかし、実際上は、大学のなかで学問の自由が存在しているかのようなたてまえが、建国記念日というかたちでおこなわれている無知蒙昧を学問の名において、大学の名において擁護するゆえんになってしまっている。こういう大学のあり方そのものをわれわれはうちやぶっていくことでなければならない。

したがって、こんちにの学生にとって唯一のモラルは行動すること、つまり、こういう日本の社会、大学の状態を根本的に変革するたたかいの具体的な担い手として一人ひとりの学生がたちあがることでなければならない。つまり大学中に、社会の不正と徹底的にたたかうというような力が澎湃(ほうはい)としてまきおこり、これが大学を砦として社会の不正に、権力に対抗する部隊として登場してきたときに、はじめて大学は大学のもっているみずからの使命を今日的に達成することになるのだと思います。

われわれは、第二次大戦の最中のレジスタンスにおいてジョリオ・キューリー研究所の内部で、ウラニウムを研究したその手で、試験管をふるったその手で、キューリー爆弾=火炎ビンの製作に熱中していたこの学者たちの態度こそ、こんにちもっとも学問的な態度であるとみなさなくてはならないのであります。もちろん、われわれは学問研究を放棄せよといっているのではない。だがむしろわれわれにとって必要なことは、ファシズムを研究することとファシズムをなくしていくことを篠原一のように機械的に分離することが、実際上それに似たような事柄がおこったときはなんの力にもならないでむしろ権力のなかにあるファシズム的な論理を助長し、イデオロギー的意義を付与していくようなものにしかならなかったのだと、厳しく自己反省し、ファシズムを研究することとファシズムをなくしていくこの両者を一つの実践的行為のなかに結びつけていくことでなければならないのであります。

「ミネルバの梟(ふくろう)は、日暮れてとびたつ」という諺があります。「ミネルバの梟」とは学問とか真理とか研究をさし、「日暮れて」は「人間の実践的行為が終わったあと」をさしています。つまり、人間の歴史的行為が終わったあとに学問は発生するという意味です。つまり歴史を選択し決定するような行為は、あるいはそういう時代がはじまっているようなときは、既成の理論よりむしろおこっている事柄の方がもっとも大きな意味をもっている場合が多いのであります。したがってこんにち必要なのは、こんにち世界の歴史がもっている曲がり角をはっきりと見きわめること、そしてすでに七〇年にむかって開始されている民衆の行動の背後に存在する論理を理論的にふかめながら、同時に七〇年にむかって歴史を動かしていく行為のなかにそれを止揚していくことでなければならない。そしてこんにちの段階では、「学びつつたたかい、たたかいつつ学ぶ」この論理でなければならない、いや学生のみならず、日本のすべての民衆が、七〇年へむかってひとしくかちとってゆくべき共同の論理でなければならないのであります。

こういう日本の歴史の大きな胎動が開始されるときに、はじめて日本において新しい文化が創造される歴史的条件が形成されるのです。われわれは紀元節によって代表されるような無知蒙昧な、荒唐無稽なものが国家の紋章として張りつけられているようなさげすむべき国家に最後の言葉を投げ与えて、新しい日本の社会、国家、文化をわれわれが作りあげていく、その歴史の曲がり角のカジを握らなくてはならないとおもいます。
(本多延嘉著作選第二巻 亡国の記念日より引用)

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古き良き時代のノスタルジーを彷彿させながらも、ロドスへいたるための姿勢が説かれているようにおもわれる。それは、いまでもかわらないものであると。
つづきは、また来年の亡国の記念日にということで・・・

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要するに希少価値&出世主義
後生大事に稀少資料を抱え込んで、『値を吊り上げ』
小出しにして、値打ちを『こく~』なんていうせこい態度って、
今のデズニーの著作権70年云々と同じですね。
「コウキ何千年」とかいうのも、ある意味、似てますけど、まあ、『畏怖』によって『大劇変』[破壊的なのね]を抑えるという『効用』はあるのでは?
『惧れ』を知らぬ無謀な科学万能主義や法ゴリゴリ主義の『暴走』や『無礼』はむしろ、色んな世界帝国への渇望とその失敗の中で、大挙して発生してますからね。
そこら辺の歴史的実例[古代ローマ帝国なんて、ボカスカ皇帝が首すげ替えられて、ちっとも落ち着かなかったんですから、(えへへh。90年代の日本の首相ほどじゃないですけど、)そこらの不安定さが、どうも怖いがゆえに、保守の側って、対米従属派と自主独立派共に、ふがいなく見える原因かなと?想像してみたりします。まあ左派も煮え切らないという意味では、似たようなもんですけど・・。
ああ、じれったい。って云うのが、僕のような『素人』さンの感想です。薩長さんは、どう感じてます?
三介 | URL | 2008/02/11/Mon 23:37[EDIT]
実践論
ずっと昔に読みました。
「おい。中核の新聞を、大ぴらに読むのかよ」、とか言われた覚えがありますが。(笑)
随分歯切れのいい調子で、実践論について革命家が語っていると思いました。
そして、その通りだとも。

それから40年近くが経ちましたが、ここで披瀝されている精神、ロゴスは、何時の時代にあっても、党派を問わず必要だと思っています。

そういうことが分からない人も、いるにはいるのですが。(笑)
土岐幸一 | URL | 2008/02/12/Tue 13:46[EDIT]
こんばんわ三介さま
>『畏怖』によって『大劇変』[破壊的なのね]を抑えるという『効用』はあるのでは?

といわれますと、その通りでございます。ただ、『畏怖』というからにはただものではなりません。その昔、ロシアでしたらツァーリズムとかドイツでしたらカイザー主義、そして我が国ニッポンの天皇制主義のようにまるで天から降ってきたような有り難い御仁でなければなりません。

さて、突然ですが資本主義は必ず破綻するしくみになっています。どんどん作りすぎる、本来の価値以上に投資が集中し価値をとてつもなく投機的に跳ね上げる。そこで、破綻をとおしてシステムをリセットします。それのくりかえし。ところが、1917年のロシア革命以降、リセットが革命に転化するヤッバイ状況がうまれてからは、パッチをあててリセットをさきのばしするようになったようであります。パッチはとてもお金がかかるのでその結果は巨大な財政赤字を生み出すようになります。それでもこの資本主義的生産様式という枠内で問題の解決を右「左」双方絡み合いながら模索するわけでありますが、結局はどうにもならない。その過程がはたで見ているものにとってはとてもふがいないモノに見える。右も「左」もなんとも煮え切らない。

そこで、スーパーヒーローの登場を期待してしまうのが庶民の業なのでありますが、体制内の折り合いを探し求めて迷子になっている「左」ではなくて、体制を突き破って問題の解決をめざす左は、80年代の凄まじい弾圧と重圧のなかですっかり衰弱し、それをいいことに右は性懲りもなくスーパーヒーロー天皇の登場をもって右からの体制の解体と再構築をめざして慎重なれど確実に前進中といったふうに感じております。もちろん右の意志はまだ一枚岩ではないし、迷走する「左」ともあいまって、今はまだ煮え切らないという印象が残像のように見えますが、コイズミ以降はっきりと右はそのフラッグシップをなす部分において、体制内で解決しようという考えを捨て去ったというふうにとらえております。
薩摩長州 | URL | 2008/02/13/Wed 20:41[EDIT]
こんばんわ土岐さま
そうですか、前進でお読みになられたのですか。東大闘争の直後に2回にわけて掲載したものであると冒頭書いてありました。たしかに40年近く前の話となりますね。
本多著作選は今読み返してみても、新鮮であったりするのであります。無念にも1巻と7巻と「勝利に向かっての試練」は某大学の学生会館に残してきたので手元にありませんが。

私らのころは、他党派の新聞や文献にふれる機会はありませんでした。党派党争をつうじて理論を鍛え上げてゆくということからみれば、おかしな態度であったかもしれません。3派で共闘をしていた時代はそんなことはなかったのでありましょうね。
薩摩長州 | URL | 2008/02/13/Wed 21:00[EDIT]
 建国記念の日、ですね。
 大学時代に講義を受けたとある先生によると、九州から北海道までの日本列島全体が1つの政治支配下におさめられたのは明治時代であると。例えばクマソは大和朝廷にとって敵国であったし、蝦夷は江戸幕府の支配力の及ばない別の国家であったわけです。
 従って、統一国家日本が完成したのは19世紀と考えるのが妥当であると。
 私の現住所などは、神武天皇がご降臨なさったとされる時分には、大和でも日本でも何でもないただの辺境の未開地(フロンティア?)だったわけでして、私は建国記念の日というのはどーにも他人事としか思えません。
shira | URL | 2008/02/14/Thu 22:12[EDIT]
そうなんですshiraさま
統一国家日本が完成したのは19世紀というのはまったく正しいのであるマス。

政治学的には欧州において16世紀から17世紀にかけて絶対王政という旧社会の封建勢力と新興勢力のブルジョアジーとの均衡状況において絶対王政という政治形態をもって国家的統一がなされるのであります。

経済学的にみると、生産力の発展が市場をうみ貨幣が流通をはじめると、拡大する商売に偏狭な領地が桎梏となる。より大きな開かれた市場をもとめてそれを突破しようと試みが統一国家という単位での巨大市場の形成なのであります。

世界史的にみると、我が国ニッポンは室町、安土桃山時代にあたるわけなのですがすでに市場経済と都市の形成、貨幣の流通がみられこのあたりで国家的統一という方向性は明確にあったものの、ながびく内戦により疲弊した経済は封建勢力の延命をもたらし、徳川幕府という半封建的な中央政権を誕生させるにいたったのであります。

ここでの300年の遅れをとりもどすべく、日の丸?天皇?という庶民の意識を根底から変革し統一国家ニッポンを――カップヌードルのごとくお湯を注いで3分のごとく――即席につくりだす梃子となったものが紀元節=建国記念日であったと思われます。

てなわけで、本来それ自体、根も葉もないイデですのでそれが推進力としての政治的暴力と結合しないかぎりにおいては「他人事」でしかなく、ただの労働の休息日でしかありません。が、政治的暴力との結合はひそやかにこっそりと、しかし着実に準備されていると思われるのはやはり日の丸君が代につづく教育基本法の「改正」などにみることができるのであります。ふたたび、ニッポン人の心にどれだけ「愛国心」が芽生えたか危機感をもって点検する日として「建国記念日」を私はうけとめたいと思っております。
薩摩長州 | URL | 2008/02/17/Sun 09:52[EDIT]
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