たわいもない日々の雑感を綴ってみたいと思いまする。

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ストライキについて
肩こり指数★★☆

あっという間にお彼岸ですっかり春めいてきた。だいぶ日も延びてきて、日の出ははやくなり、夕暮れはおそくなってきた。そんなころに毎年恒例の”春討”じゃなくて春闘があるわけだが、おりからの世界同時不況というか、はっきりいって世界恐慌の影響を経営側に楯にされ、派遣切り、雇い止め、正社員のリストラという矛を振るわれ、いともあっさりと土俵を労働側は割っているようにおもえる。
「不況で企業が倒れようかというときに、賃上げなど問題にもならない。企業あっての労働者だぁ!」なんて大工のウェストン君みたいなことを考えているから寄り切られるのだ。まあ、そのあたりの話はまた後ほどということにして、つい先日、武装せる園芸家は持病の薬をもらいに近所の診療所の待合室でテレビをみていたら某航空会社がストライキをやっているとの報道。そういえば、ストライキといえばそれなりにインパクトがあったのは数年前の野球選手のストライキが記憶にあるが、それ以外にはほとんど耳にしたことがなくてちょっと新鮮な感動をおぼえた。

それでも、ちょっと調べてみれば航空会社はわりとストライキをかまえてきたらしいし、動労千葉はもとより、あまり報道されることはないが全国的にはストライキはおこなわれているようだ。自分のアンテナの低さを大いに反省させられた。私は学生運動はしたことがあるが、労働運動は経験がないのでそのあたりのところは大変不案内なのだ。こういったご時世にあって、労働問題の動向には大きな関心をよせてゆかねばならないし、それにかかわるところの理論的学習も必要だろうとおもう。

さて、診療所の待合でストライキの報道のなかで、毎度おなじみの定番街角インタビューがはいって3人ほどの意見が登場したが、「迷惑千万!!」というものだった。いくらバイアスかかりまくりのマスコミ報道とはいえ、むっとするような内容だった。そんなわけで、このたびは、若い頃、深い感銘をうけた、かのレーニン氏の「ストライキについて」(全集4巻に収録)をあげようかと思った次第なのである。

時代背景はロシア革命以前、ツァーの圧政が猛威をふるうなか、帝政ロシアは外国資本をテコに急速な工業化を推し進めようとしていたときのお話である。こんにちてきに読むならば、そんな非民主的な時代の話はアナクロニズムともとられようが、総資本VS.総労働という基本的関係性はなんらかわってはいない、そのありかたは昨今の労働者の”受難”をみれば明らかであるし、なお、これから世界的規模で鮮明になってゆくものであると考えている。
しかしながら、戦後「民主」主義と繁栄を謳歌してきた労働者及一般大衆がかくのごとき悲惨な労働者の待遇はありえないと思えるような一億総中産階級という「素晴らしい」かつての暮らしぶりは、ひとえにレーニン氏の成し遂げたロシア革命とそれにつらなる”革命”という現実の衝撃が資本に”譲歩”という二文字を学ばせたからにほかならないし、大量生産、大量消費に象徴される爆発的な生産力の増大によるものといえる。まあ、そんなことも頭の片隅にとどめおいて読んでいただけたらと思います。たかが全集では10ページほどなのだが、それでも長いので2回に分けます。

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ストライキについて

ロシアでは、最近数年、労働者のストライキが非常に頻繁になった。工業県ででいくつかのストライキがおこらなかったようなような県はひとつものこっていない。また、大都市ではまったくストライキの絶えまがない。だから自覚した労働者も社会主義者も、ストライキの意義、ストライキのやり方、ストライキへの社会主義者の参加の諸任務の問題を、ますます頻繁にとりあげているのはあたりまえである。

われわれは、これらの問題について、われわれの考えを二、三述べてみたいとおもう。第一論文では全体として労働運動におけるストライキの意義について、第二論文ではロシアのストライキ取締法について、第三論文では、ロシアでストライキがどういうふうに行われてきたか、またいま行われているか、自覚した労働者はストライキにたいしてどういう態度をとるべきか、ということについて述べようとおもう。



まず第一に、ストライキの発生と普及はなにによるものか、という問題をださなければならない。自分の体験や、他人の話や、あるいは新聞で知っているストライキのあらゆるばあいをおもいだしてみれば、だれでも、大工場が発生し普及しているところでストライキも発生し普及していることが、すぐわかるであろう。数百人(ときには数千人)の労働者をやとっている巨大工場で、労働者のストライキがおこならかったような工場は、まず一つもあるまい。ロシアに大工場がすくなかったころにはストライキもすくなかったが、古い工場地方でも新しい都市や村でも、大工場が急速に成長するようになってからは、ストライキもますます頻繁になる一方である。

大規模工場制生産がいつもストライキを呼びおこすというのは、なぜそうなのだろうか? それは、資本主義は必然的に労働者と雇主との闘争に導くのだが、生産が大規模になればなるほどこの闘争は必然的にストライキ闘争になるからである。

これを説明しよう。

資本主義というのは、土地、工場、道具などが少数の地主と資本家に属していて、人民大衆は、まったくあるいはほとんどまったく、なんの財産ももたないで、そのための労働者としてやとわれていくほかないような社会制度のことである。地主と工場主は、労働者をやとい、彼らにありこれの生産物を生産させて、これを市場で販売する。そのさい工場主は、労働者が家族といっしょにやっと生きていけるだけの賃金しか支払わず、それに必要な生産物の量をこえて労働者が生産するものは、全部工場主が自分のポケットにいれてしまい、それが彼の利潤を構成する。このように、資本主義経済のもとでは、人民大衆は他人にやとわれて働く。自分のためにではなく、賃金をもらって雇主のために働くのである。雇主がいつも賃金を引きさげようとつとめるのはあたりまえである。彼らが労働者にわたすものがすくなくなればすくなくいだけ、それだけ多くの利潤が彼らのてもとにのこるからである。ところが、労働者は、滋養のある衛生的な食物で家族の全員を養い、よい住宅に住み、こじきのような着物でなく、みなが着ているような着物を着ることができるように、なるべく多くの賃金をえようとつとめる。こうして、雇主と労働者とのあいだには、賃金のことで絶え間ない闘争がおこなわれる。雇主はだれでもすきな労働者をやとう自由がある。だから、雇主はもっとも安い労働者をさがすのである。労働者はだれでもすきな雇主にやとわれていく自由がある、なるべく高く支払ってくれるような、もっとも高値の雇主をさがしている。
労働者の働くところが農村であろうと都市であろうと、彼のやとわれる先が地主であろうと、富裕な百姓でであろうと、請負業者であろうと、工場主であろうと、―ともかく彼は、いつでも雇主と取引をし、賃金のことで彼らと闘っている。

だが、労働者はひとりぼっちでこの闘争をおこなうことができるだろうか?_働く人民の数はますます多くなる。農民は零落して、農村から都市へ、工場へと逃げてくる。地主と工場主は機械を取り入れ、機械は労働者から仕事をうばう。都市では失業者がふえる一方だし、農村ではこじきが増える一方である。飢えた人民は賃金をますます切り下げる。労働者はひとりぼっちで雇主と闘争することが不可能になる。労働者が良い賃金を要求したり賃金の引き下げに同意しなかったりしようものなら、雇主はこうこたえるだろう。出てうせろ、門の外には腹のへった連中がたくさんいるのだ、あの連中は低い賃金でも大喜びで働くんだぞ、と。

人民の零落がひどくなって、都市にも農村にもいつも失業した人々が群れをなすようになり、工場主が巨万の富を積み、小経営主が百万長者に駆逐されるようになると、―個々の労働者では資本家にたいして”まったく”無力となる。資本家は、労働者を完全におしつぶして、彼を、いやかれひとりでなく彼の妻も子も、死ぬほどの苦役に追いつかうことができるようになる。また実際、労働者がまだ法律の保護をかちとっていないで、資本家に反抗することのできない諸営業をみるがよい。―諸君は、一七時間から一九時間にもおよぶ法外に長い労働日を見いだすだろう。作業につかれきった五―六歳からの子供たちをみいだすだろう。いつも飢えていて、飢えのために徐々に死んでいく労働者の世代をみいだすだろう。たとえば、資本家のために家内労働をしている労働者がそれである。いや、労働者はだれでも、ほかの実例をもっともっとたくさんにおもいだすだろう! 労働者が資本家に対抗することができず、雇主の横暴を制限する法律をたたかいとることができないばあいに資本家があえてやっているほとんどの、働く人民にたいする恐ろしい抑圧は、奴隷制や農奴制度のもとでさえかつて一度もなかった。

そこで、こういうぎりぎりの状態までおしつめられまいとして、労働者は死にものぐるの闘争をはじめる。労働者は、自分たちの雇主にたいして共同して決起しはじめる。労働者のストライキがはじまる。はじめは労働者は、自分たちがなにをかちとろうとしているのかさえ理解せず、”なぜ”そうするのかさえ意識しないばあいが多い。彼らはだだ、機械をこわし、工場を破壊する。彼らはただ、工場主に自分たちの憤りをおもい知らせたいだけである。彼らはその耐えられない状態から抜けだすために、自分たちの共同の力をためしてみるが、まさになぜ彼らの状態はこんなに絶望的なのか、彼らは何をめざして努力しなければならないのかを、まだ知らない。

すべての国で、労働者の憤激はまず個々の決起―わが国で警察や工場主の呼んでいるところでは一揆―からはじまった。すべての国で、これらの個々の決起は、一方では多少とも平和な罷業を、他方では自分の解放をめざす労働者階級の全面的闘争生みだした。

労働者階級の闘争において、罷業(すなわちストライキ)は、いったいどういう意識をもっているか?この質問にこたえるためには、われわれはここで、まず罷業のことにややくわしくたち入らなければならない。もし労働者の賃金が―まえにみたように―雇主と労働者の契約によって定まり、そのばあい、個々の労働者はまったく無力だということであれば、労働者は必然的に自分たちの要求を共同してまもりぬかなければならないし、雇主が賃金を引き下げるのを妨げ、あるいはもっと高い賃金をかちとるために、必然的にストライキを組織しなければならないことは、明らかである。実際にも、資本主義制度の行われている国で、労働者のストライキがおこらないような国は一つもない。ヨーロッパのすべての国家とアメリカとで、どこでも労働者は、ひとりぼっちでは無力だということを感じており、あるいはストライキを組織することで、あるいはストライキをやると威嚇することで、だが共同して雇主に対抗することができる。そして、資本主義が発展すればするほど、大工場が急速に増加すればするほど、小資本かが大資本に駆逐されればされるほど、労働者が共同して抵抗する必要はますます緊急なものとなる。なぜなら、失業はそれだけはげしくなり、資本家が、できるだけ安く商品を生産しようとつとめて(だが、そのためには、労働者にはらう賃金も、できるだけ安くする必要がある)相互に行う競争はそれだけつよまり、産業の変動と恐慌はそれだけつよまるからである。産業が繁栄するときは工場主は大きな利潤をてにいれるが、それを労働者と分けあおうとは考えもしない。ところが、恐慌時には工場主は損失を労働者に転嫁しようとつとめる。資本主義社会のおけるストライキの必然性はヨーロッパ諸国では万人によくもとめられているので、そのでは法律でストライキの組織を禁止してはいない。ただロシアにだけ野蛮なストライキ取締法がのこっている(これらの法律とその適用については、またこんど述べよう)

しかし、資本主義社会の本質そのものから生じてくるストライキは、この社会組織にたいする労働者階級の闘争の始まりを意味する。金持ちの資本家に個々の無産の労働者が対立するとき、そらは労働者の完全な奴隷化を意味する。しかし、この無産の労働者が団結するとき、事態はかわってくる。資本家の道具と材料に自分の労働を添加して新しい富を生産することに同意する労働者がみつからないかぎり、どういう富も資本家になんの利益ももたらさないであろう。労働者がひとりひとりで雇主を相手にしているかぎり、彼らはいつまでもほんとうの奴隷のままであり、永久に一片のパンと引きかえに他人のために働き、永久に従順な、黙々とした雇人にとどまらなければならない。しかし、労働者が共同して自分たちの要求を表明し、ふくれあがった財布の持主に服従することを拒絶するとき、労働者は奴隷でなくなって人間になる。かれらは、彼らの労働がひとにぎりの寄生虫を富ませるためだけにつかわれないで、働くものに人間らしい生活をする可能性をあたえるものとなることを、要求しはじめる。奴隷が主人になりたいという要求を、―つまり、地主と資本家が欲するようにではなく、勤労者自身が欲するように働きまた生活したいという要求を、表明しはじめる。ストライキはいつも資本家に非常な恐怖をおこさせるが、それはストライキが彼らの支配をゆるがしはじめるからである。「君の力づよい腕がそれを欲するなら、いっさいの車輪はとまるだろう」と、あるドイツの労働歌は労働者階級についていっている。実際、工場、地主経営、機械、鉄道、等々これらはすべて一つの巨大な機械装置の車輪のようなものである。―この機械装置はいろいろな生産物を採取し、それに加工し、必要なところにおくりとどける。この機械装置全体をうごかしているのは”労働者”であって、労働者は、土地を開墾し、鉱石を採掘し、、工場で商品を製造し、家屋、作業場、鉄道を建設する。労働者が働くことを拒絶すれば、この機械装置全体は停止する危険にさらされる。どのストライキも、本当の主人は資本家ではなくて、ますます声たかく自分の権利を主張している労働者であるということを、そのつど資本家におもいださせる。どのストライキも、労働者の状態は絶望的ではなく、彼らはひとりぼっちではないということを、そのつど労働者におもいださせる。

次回につづく

(大月書店「レーニン全集4巻」より)

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ことしも「亡国の記念日」をちょっとだけ
肩こり指数★★★

あっというまに三月十五日になってしまったが、今年も三月十四日にまつわる話を書こうとおもっていた。

八十年代のヒット作マイケル・J・フォックスの主演映画”Back to the Future”三部作にえがかれる現在と過去、そして未来は、それらをつなぐ特別な日と特別な時間を結節点として展開される。まあ、それはフィクションであるからそういったことはアリなのだが、「事実は小説よりも奇なり」ではないが、現実になんとも因縁深い”日”というものはあるものだ。

オールド中核派ゆかりの者たちにとって3・14というのは去年も書いたことではあるが、1975年3月14日、党首であった本多書記長がカクマルの白色テロに倒れた日として忘れることのできない日なのであるが、この”3月14日”というのは奇しくも、かのカール・マルクス氏の命日でもある。

最近では対カクマル戦も「勝利宣言」でうちきったのちは、3.14復讐戦貫徹の言葉も死語となり、もっぱら関西の組織問題の始まりの3.14決起とか、法大の3.14大弾圧とかが語られるのみであるが・・・
なんとも複雑な思いを感じつつ、おくればせながら去年に引き続き”亡国の記念日」をあげておきます。



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日本帝国主義の歴史と紀元節 (続き)


この国家形態をめぐって、論争が存在しています。
明治維新で現出した国家は、旧体制と新興ブルジョア的諸関係の両勢力の均衡のうえに国家を主軸にして形成された天皇制絶対主義国であるといえますが、ところで、われわれが四五年八月一五日に見いだす国家とそれはどういう関連にあるのか、ということについて、二つの対立する考え方が過去においては支配的に存在していました。一つは、絶対主義がそのまま八月一五日までつづいていたという考え方で、日本共産党系の綱領的見解がこれです。もう一つは、明治維新そのものがブルジョア革命であるという考え方で、向坂逸郎とか大内兵衛など労農派の思想です。しかしこれは論理的に無理があります。もし明治維新がフランス革命と同じブルジョア革命だとするならば、昭和初年に日本の社会を特徴づけていたような地主制については、うまく説明がつかないことになりますし、なによりもまず天皇制のもつ独自の役割が捨象されることになります。天皇制ファシズムという日本歴史学研究会などの支配的意見は、三二テーゼ型の前者の見解を没理論的に手直しした現象論であり、ファシズムにかんするまったくの無知を意味するものです。

さきに、明治絶対主義政府が自己の生存のために資本主義を発展させたこと、この過程で形成されるブルジョアジーが自己と対抗的に登場してくるプロレタリアートに対抗するために、旧体制と妥協し、それと同盟を結びながら、その内部で絶対政府をきりくずし、ブルジョアジーの階級的利益を貫徹させていったことを指摘しましたが、わたしは、このような特殊な国家形態をボナパルティズムと規定すべきだと考えています。

ボナパルティズムは、歴史的にいうとナポレオン・ボナパルトによって代表された形態、さらに四八年の革命から反革命に転じてゆくナポレオン三世のルイ・ボナパルトの形態、そしてこんにちではドゴール型とでもいうべき形態の三つを典型としてあげることができますが、トロツキーは、この三つを比較して「ナポレオン・ボナパルトのボナパルティズムは若気のいたりのボナパルティズムである。ルイ・ボナパルトのボナパルティズムは、すでに頭の禿に気づきはじめたボナパルティズムである。そして二〇世紀に登場するボナパルティズムは、自分の老いの身を自覚したボナパルティズムである」というようなことをもうしています。このようなフランスの典型的なボナパルティズムにたいして、ドイツにおけるカイゼル主義=ビスマルク主義、ロシアにおけるツァーリズム=ストルイピン主義、そして日本の天皇制主義といわれている三つのタイプも、ボナパルティズム的形態をもって絶対主義国家から近代ブルジョア国家に移行していったもの、ないしは移行していこうとしたものだと見ることができます。

このドイツのカイゼル主義、ビスマルク主義、ロシアのツァーリズム、日本の天皇制主義の歴史をイデオロギー的に比較してみますと、はっきりすることは、旧体制の無知蒙昧(むちもうまい)なものをできるだけ近代のなかにもちこんで、むしろそのような無知蒙昧を徹底的に利用して農民のような小ブルジョアをひきつけながら、プロレタリアートに対抗する、そういうタイプの政策をもった国家であると整理することができます。

日本帝国主義の前近代性=無知蒙昧なるものは、資本主義が世界史的には没落の時代にはいりはじめたなかではじめて資本主義の歴史を開始しなければならなかった日本資本主義の世界史的特殊性、すなわち、あまりにも現代的な性格に規定されるものとして理解する必要があります。したがって日本共産党が三二年テーゼの中で主張しているように、日本には古い封建的諸形態が多く残存しているから、まずそのような古い形態をブルジョア革命によって打倒して、しかるのちに社会主義革命をめざすプロレタリア革命をおこなう、というような考え方は、資本主義の発展段階のもっている世界史的な特徴について、あるいはその特徴にもとづいて日本の近代の歴史が開始しされた特殊な意味についてまったく無知であることを示しています。

戦前の地主・小作などの農民問題の解決は、まずもってブルジョア革命によって解決されるのではなしに、地主をも同盟軍にひきつけている日本帝国主義権力を打倒していくことのなかに真の解決の道が存在していること、二段階的にではなしに、社会主義にむかってのプロレタリア革命に包摂される一段階的なものとして考えなければなりません。

したがって、八月一五日から二十数年たったこんにち、紀元節がふたたびとびだしてきたことは、日本支配階級が国民の圧倒的部分が信じるに足らないような根拠のない日を建国の日としなければならないほど血迷いはじめたことを事実をもって示しているといえます。ですから一部の近代主義者のように、紀元節のような古いものがよみがえってきたから、ますます日本を近代化してこれをとり除こうと考えるのは本末転倒したまちがいであって、むしろ日本の超近代的性格、もっと正確にいえば、日本資本主義がもっている帝国主義的特質が、逆にこうした紀元節のような無知蒙昧なものを国家の紋章として張りつけたのです。すなわち、日本の国家が、こういう荒唐無稽、無知蒙昧なるものを出発点とし、こういうものの条件のうえにしか自己の存立の条件を政治的に見いだすことができないとしたら、日本帝国主義はわれわれにむかって、みずからの死滅を宣言しているにすぎないのです。

したがって、われわれにとって紀元節のもっている意味は、たしかにこの日がきわめて不合理な日であり、学問にたいする侮辱の日であり、そして日本の教育、日本の大学のすべてが、日本帝国主義の学問否定の攻撃にたいして屈服した記念日であることの確認にとどまることはできないのであります。頭の禿げあがってしまった資本家たちにとっては建国記念日であるかもしれないけれども、批判精神をもった若い世代、民衆にとっては、この日は日本の亡国記念日として記念されなければならない日であると思います。

(本多延嘉著作選第二巻 亡国の記念日より引用)

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産業予備軍
肩こり指数 ★★☆

マルクスは資本論第一巻7編23章「資本主義的蓄積の一般的法則」でいくつかの資本主義社会の「常識」を批判している。わりと有名な話ではあるとおもうのだが”相対的過剰人口”の問題ががここであきらかにされている。

いま私が再読に使用している岩波文庫では160ページほどのボリュームをさいて事細かくマルクスは記述している。終わりのほうではイギリスとアイルランドの事例をひいて例証をおこなっている。そのへんの記述は19世紀中葉の話と軽くスルーできないほどこんにちの格差社会と世界同時不況がもたらすであろう労働者人民の受難の予言にみちている。

さて、相対的過剰人口だが、かんた~んに言えば、資本は工場建物、機械設備、原料などの不変資本と労働力である可変資本へと投下され、双方を結合して拡大再生産をおこなうのであるが、他の資本との競争を契機に資本は不可避的に蓄積されてゆくのである。
不変資本と可変資本との比率は資本の価値を構成するものであり、同時に一定の生産技術に規定されるものとして資本の有機的構成という。

この資本の有機的構成は、資本の蓄積の過程で不変資本の比率を増加させる傾向をしめす。投下される資本に占める可変資本の割合は小さくなる。これを資本の有機的構成の高度化という。具体的には、生産の技術革新にみられるように他の資本に先駆けすぐれた生産設備を導入すれば生産効率はアップしより多くの剰余価値(特別剰余価値)をうることができる。

さて、ここで注意しなければならないことは、総資本に占める可変資本の比率が小さくなるということが、必ずしも可変資本の絶対的減少を意味するということでもないことだ。ある生産工場の有機的構成が50C(固定資本)+50V(可変資本)であったものから80C+20Vへと高度化したものとして、10億円だった資本がその過程で蓄積され、30億円へ増加したとすれば可変資本は5億円から6億円へと絶対的増加をする。

しかしながら、ここが大事なのだが、資本の有機的構成が50C+50Vの場合に労働の需要を20%増大させるとしたら、総資本を20%増大させればOKであるのに対して、それと同じ人員の需要を実現するには80C+20Vの場合は総資本を300%増大させなければならない。100=50+50→120=60+60  100=80+20→300=240+60

手っ取り早い話が機械化がすすんで労働力はどんどん削減されということだ。だが、資本主義的生産様式では様々な産業分野で等しく足並みを揃えて資本の有機的構成の高度化が進むわけではなく不均等発展の法則が支配している。そこで、過剰な労働人口は市場原理にもとづき再分配されるわけなのであるが、そうした過程を通じてもなお相対的に過剰な労働人口は必ず形成される。相対的過剰人口というのはストレートに言えば”失業者”あるいは”半失業者”のことであり、エンゲルスは就業労働者を”産業現役軍”と対で”産業予備軍”とよんだ。

この産業予備軍は絶えず生産が拡大と縮小を繰り返す資本主義的生産様式にとっては不可欠なもの、というよりこの労働力のプールの創出なしにはそれは勃興し得なかったというくらい切り離すことのできない絶対条件なのである。つまり、資本主義的生産様式でははなっから完全雇用など原理的にありえないのだ。

資本主義の勃興期かの、イングランドでは土地を追われた農民が浮浪者となり産業予備軍を形作ったわけなのだが、我が「神の国」ニポーンではそうした旧社会の農村共同体を解体して産業予備軍をうみだすのではなく、地方の農村を貨幣経済という万力で絞め殺すようにして産業予備軍へと転化していった過程はいぜん「明治維新考」で書いたとおりだ。

そしてこんにち、産業予備軍の収容施設をなしているものが、社会学チックにいうならば労働集約型、資本の有機的構成が著しく低い、少額の資本で起業できる小資本家なのである。コイズミ&ヘイゾーがなしたことは、この労働力の売買の制約を取っ払い「自由」な取引を可能にしたことである。新自由主義というのは資本が一切の社会的制約から解き放たれて自由に自己増殖をする自由を認めるものに他ならない。

労働のあり方は、ますます資本主義的生産様式における本来のあり方に接近しつづけてきた。産業現役軍は産業予備軍へとなることを恐れるあまり、賃金の切り下げに屈し、サービス残業に精をだす。産業予備軍は産業現役軍の賃金低下を梃子に生活保障を切り下げられる。互いの存在を脅威におもう双方は団結して、資本に挑むことがデフォでは叶わない。いま現実に生起している問題はすでに資本論のなかでマルクスは懇切丁寧に詳細にかたっているのだ。もっとも資本主義らしい資本主義の先にあるものは次の社会への扉に違いない。しかし、その扉へと辿り着くにはいくつもの嘘で舗装された迷い道を避けねばならない、そしてその扉はたくさんの人の手をもってせねば決して開くことがない”重い扉”であるが、それをあけることは人類の責務であるとおもう。


追伸 タモ・ツン糖酒が自ブログで書評を書いていたが(http://red.ap.teacup.com/tamo2/937.html)、絶滅危惧種マル経学者の的場氏が「超訳『資本論』 (祥伝社新書)とかいうのを書いているそうな。なにやら「『革命』の必然性」を書いているらしい。これはいっちょう読んでみようとおもふ。


写真は本文とは一切関係ないがはじめて見た必殺6匹”団結”猫団子!迫力に一歩引いた(^^)
人もまたこうでありたい
P1010091.jpg



イラクでのレジスタンス 解題にかえて
肩こり指数 ★★★

さきに上げさせていただいた”イラクでのレジスタンス”という記事で、要点をおさえて簡潔にイラクでのレジスタンス運動の流れを記述しておられたNKさまの文章を転載させていただいた。ひさびさにアッテンさんのところでお見かけしたNKさまにその旨をお伝えしたところ、拙い当方のブログにコメントをよせていただき、快諾をいただいたうえ希望していた文献の紹介もしていただいた。まことに有り難いかぎりである。

帝国主義者は自国の民衆には時として、怒りをなだめすかすために「笑顔」をむけることもあるが、新植民地体勢のもとで苦闘する民衆には無慈悲である。そして自国の民衆に向かってこう言い放つ「汝の幸福のためともに無慈悲たれ!」と。
そうしたありかたに抗する民族解放の闘いとはなにか、それに呼応する帝国主義足下で生きる民衆自身の解放の闘いの必要に論及し、文献の紹介をしていただき、たいへん豊かな内容を展開してくださっているNKさまよりいただいたコメントを”イラクでのレジスタンス”という記事の解題にかえて記事として再掲載させていただこうと思うものであります。


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「イラクでのレジスタンスについて」へのお返事

ご指名をいただいておりましたのに、返事が遅くなりました。まず私の書いたイラクレジスタンス(民族解放闘争)の記事については、闘いの全貌もしくは、その本質や実態について書かれた本は、いわゆる「ブッシュの戦争」についての大量の出版物がある一方でまったくといって良いほど無いように思います。この事自体、侵略された側については何の関心も持とうとしない、自分たちが押し潰した国と2700万人の国民については、可哀想な被害者、援助が必要な対象としてしか見ない(それすら「内戦」のせいにするのですが)帝国主義抑圧民族特有の心理構造が反映されているように思います。

(中略)

そう云う訳で、私が知る限りでは、イラクの民族解放闘争についてまとまった本としての参考文献は参照しようにも存在していないと思います。がアル バスラネットの英文から翻訳された山本史郎氏の「イラクレジスタンスレポート」日本語版 「イラク情勢ニュース」 の情報にほとんど依拠しています。その他、斎藤力次郎氏のアラビア語からの翻訳記事、バスラネット英文記事の翻訳ソフトを通したもの、グーグル日本語=アラビア語翻訳をとおしてぼんやり意味がわかる程度のものまで収集しています。これらを2003年からプリントアウトしたファイルはかなりの量になります。また現在はユーチューブをはじめとして排除されていますが、レジスタンスは大量のビデオを配信してきました。知ろうと思えば知ることのできる問題だとは思います。が、いかんせん左翼も含めて自国の垂れ流すウソのほうが真実よりは耳に心地よいのが現状です。

※ 「イラクレジスタンスからのメッセージ」というDVDが「イラク情勢ニュース」より発売されています。それぞれ時期と異なる組織による3篇のメッセージが収録されており、私は「世界の人々へ」という2004年のものがバックに同年の映画「アレキサンダー」から、アレキサンダーがヒンズークシ山脈を越えるシーンのテーマが流れていて飽きずに見ています。よければ購入してみてください。

その上で、一般的に私たちがイラクレジスタンス(「市民レジスタンス」などという偽物も有りますが)と総称している武装解放闘争を民族解放闘争と規定するに当たり、幾つかの文献を参考にしました。まずフランツファノンの「地に呪われたるもの」「革命の社会学-アルジェリア革命第5年 」(何れも著作集より)アミルカル カブラルの著書(本の名を忘れました)レーニン「東方諸民族の民族解放運動について」(全集からの抜粋)などですが、前2つは被抑圧民族内部の人間解放の論理と構造、過程を明らかにするものですし、レーニンのものは抑圧民族の側からそれに学び合流しようとする努力を現しているもので貴重だと思います。

民族解放闘争は、単なる独立や自治を求める闘いにとどまらず、帝国主義の世界支配が帝国主義特有の経済的土台によって、帝国主義国国内における様々な階層への人民の分化を生み出し人民同士の抑圧差別の機構を作り出すとともに、他国、他民族を支配従属させ暴力的収奪を恒常的に繰り広げる事を自己の生存の条件とするため、帝国主義の世界支配を覆さない限り本当の意味での民族解放はありえないということになります。民族解放闘争の勝利は帝国主義の支配が世界的規模で倒される時にはじめて、決して後戻りはしないという意味で達成されるものだと思います。また被抑圧民族が銃剣によって奪われた自己の暴力を奪い返し武装闘争に立ち上がるとき、家族、共同体、人種、宗教による分断支配を破壊し新しい人間関係をつくりだすこと、被抑圧民族内部の経済社会関係を根本的に再編して一律に平等主義的義務と権利の体系の共産主義の指向を持つことは、「独立革命」などの呼び方に明らかなように実際に家族・社会のあり方に根本的な変化をもたらすことからきた民族解放闘争の人間解放闘争としての本質に根ざすものだと思います。

(以下略)

NK | URL | 2008/09/30/Tue 00:35

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「神の国」ニポーンにくらす私たちが、遠いイラクのことなんか気にしない、「イラク人民の塗炭の苦しみを我がものとうけとめる」ことなどできはしないと言い切ることはとても簡単なことかもしれないが、イラクで、アフガニスタンで開始された解放の闘いの前進は、世界中で日々抑圧の苦痛に苦しむ圧倒的大多数の被抑圧民族を解放闘争へと立ちあがらせずにはおかない。

それは、サミットに結集したほんのひとつまみほどの世界の支配者達の国で暮らす私たちの「平和」など呑み込んでしまうことだろう。なにより、私たちはいま参戦国家に暮らしているのである。そのことをあっさりスルーさせてもらえるほどもはや世界は狭くないし、抑圧されし民達の寛大さにも限りがある。そしてなによりそれ以上に私たちの頭上に君臨する帝国主義者たちは民族解放の闘いを断固として許しはしない。そんな彼らが声高に叫んで止まない「テロとの戦い」という嘘と欺瞞の向こうになにがあるのかをしっかりと見なければいけないだろう。主体的な選択の日は近い。

NKさまありがとうございました。m(_ _)m


イラク・レジスタンスからのメッセージ
イラクレジスタンスからのメッセージ



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これはイラクのあるレジスタンス組織が世界にむけて発したメッセージです。TUP翻訳メンバーの千早さんが日本語に翻訳してくれました。アルバスラネットのサイトでは次のような英文でも紹介されています。(日本語ビデオの字幕とは別の全訳です。)


イラク・レジスタンスからのメッセージ
A Message From The "Iraq Resistance"


もっとも慈悲深く、もっとも恵み豊かな神の御名において

第6コミュニケ

イスラミック・ジハード軍
メディア小隊
ヒジュラ暦1425年
シャワル(イスラムの暦で第10番目の月)27日 
2004年12月10日

世界の人々よ! この声明は、侵略戦争に至るまで、米英の犯罪的な政権によって課せられた(経済)制裁の中、なんとか生き延びようと苦闘してきた者たちからあなたたちに向けて放たれたものです。

私たちは、恐怖より道義を重んじる、誠意ある人間です。

私たちは、私たちが真の大量破壊兵器と考える犯罪や制裁に苦しめられてきました。

何年にも亘る苦悩と絶望――非難されるべき国連が「世界の安定と平和のため」と言いつつ私たちの石油収益で商売しているあいだに。

200万以上の無辜の命の犠牲のうえに、トンネルの先に見える光を待っていたのに、私たちの国の占領と私たちの資源の盗難という結末を迎えるだけだったのです。

米英政権のイラクにおける数々の犯罪ののち、私たちは自分たちの未来を選びました。人類史上、常に苦闘してきたレジスタンスの途を。

彼らの選んだ政府が私たちの国で破壊し、盗んだものに対し、彼らの国が道徳的、経済的に責任を負うべき占領軍に反撃するのは私たちの義務であり、権利であります。

私たちは大洋を渡って英国や米国を占領したりしませんでした。また、9/11の悲劇に対してなんらの責任もありません。これらは、成長を続ける中国や、力強く統一されたヨーロッパを前にして、世界のエネルギー資源を支配しようという真の企みを隠蔽するための、彼ら犯罪者たちの数多くの嘘の中の一例に過ぎません。(諸問題に)目覚めぬ世界の代わりに、増大する戦闘に(無実の)イラク人が正面切って耐えなければならないのは皮肉なことです。

私たちは、英米人も含め、この侵略戦争やグローバリズムに反対して抗議行動に参加してくれた人々に感謝します。また現在に至るまで、少なくとも賢明で均衡の取れたと思われる姿勢を見せてくれたフランス、ドイツや他の国々にも感謝します。

今日、私たちは再度あなた方に呼びかけます。

武器や戦闘員は充分にあるので、それらを要求するわけではありません。

私たちは、あなた方に「戦争と制裁に対する世界的な同盟」を構築してほしいのです。賢く、知識も豊富な者によって管理される同盟を。改革と秩序をもたらす同盟を。今、腐敗しているものに取って代わる、新たな制度を。

米ドルを使うのはやめて、ユーロや、米ドル以外の主要通貨を使ってください。英・米製品の消費を減らすか、止めてください。シオニズムが世界を終わらせてしまう前に、シオニズムを終わらせましょう。懐疑的な人々には、この闘いの真の本質について教育し、彼らのメディアを信用しないように――彼らの死傷者数は、彼らが認めるよりずっと多いのですから。

彼らの本当の敗北を世界に見せるため、もっとカメラがあったらよかったのに、と思います。

敵は逃走しています。見えない、予測のできないレジスタンスの動きに、彼らは恐れおののいているのです。

いつ、どこで、どのような攻撃をするかを決めているのは今や私たちです。そして、私たちの祖先が文明の最初の光を導き出したように、私たちが「征服」という言葉の意味を問い直すのです。

今日(こんにち)、私たちが市街戦の技法を新たに書き換えます。

「イラクの民を助けることが、あなたたち自身を助けることになる」と知ってください。明日はあなたが同様の破壊にみまわれるかもしれないのですから。

イラク人を助けるのは、そこかしこでアメリカ人と取り引きして契約を結ぶことなどではありません。彼らの戦略は、孤立させねばなりません。

この戦闘は、もはや地域的な戦争などではないのです。また世界が、アメリカの一般大衆が苦しめられている、際限なく再生される恐怖の虜でい続けることもできません。

私たちは、ここイラクに彼らを釘付けにし、財源や人的資源、また闘う意志を枯渇させます。彼らが私たちから盗むだけ、あるいはそれ以上を消費させます。

盗まれる石油の流れを混乱させ、止めさせます。そうして彼らの計画を台無しにしてしまいます。

動きが早ければ早いほど、彼らが倒れる日も早まるのです。

それから米兵には「あなたたちも、私たちと一緒に暴政と闘う選択ができるのだよ」と言いましょう。武器を捨て、モスクや教会や家々に逃げ込みなさい。あなたたちを守ります。そしてこれまでにも何人かにそうしたように、あなたたちをイラクの外へ逃しましょう。

家へ、家族へ、愛する人の元へ戻るがいい。これはあなた方の戦争ではありません。ましてイラクで、真の大義のために闘っているのではないのです。

それからジョージ・W・ブッシュにはこう言いましょう。

「『かかって来い!』と言ったから、そうしたのだ。あなたが予測もできなかったほどに。もっと挑戦するかい?」と。


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NKさまより教えていただいた ”イラク・レジスタンスからのメッセージ”のひとつ。
ひさしぶりに泣けた! そして、日本はアメリカと一体となって遠いイラクの地に、アフガニスタンの地に暮らす人々に耐え難い苦痛をあたえ続けている。その”事実”から目をそらしてはならない、無自覚であってはならない。そう強く思った。

”無知は何も救わない” ちょっと検索をかけるだけで、イラクのレジスタンスに深い関心と支持を寄せておられるブロガーをたくさんみることができた。自分の無自覚と無知をことごとく思い知らされた思いがした。民族問題によこたわるたいへんに困難な諸問題は、レーニンVSローザの論争などにもみることができるわけだが、それゆえにその理解を上っ面の原則論にとどめ深化してゆくことをしてこなかった自分の努力不足が、実際現実に生起する事象の前に思考停止をもたらしたものと思った。これは私自身にとっての7・7といってもいいくらいのショックだった。

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